第16話:弟子入り志願!(その1)
沈みかけた夕日の名残がアスファルトを照らして、そこに立つ俺としゃがみ込んだ坂本の影を映しだしていた。
言葉もなく立ち尽くし、遠くを見つめる俺。その俺の足下にしゃがみこみ、うなだれる坂本。そして、夕日を背にしたこのシチュエーション。
まさに、青春の1ページといった様相だ。ここで、俺が坂本の肩にそっと手を置いて
「泣くなよ、坂本(泣いてないが)」
なんて優しい言葉をかけてやれば、坂本は
「金常時君!」
なんて言って、俺に泣きながら抱きついてきそうだ。
俺は、うなだれた坂本の肩に手を置くわけもなく、なにもせずに言葉だけを投げかけた。
「お前、言ってたよな。自分は誰かにいびられて生きていくしかないってよ」
坂本は、ゆっくりと顔を上げて俺を見上げた。
「あのガキは、もうどんなに望んでも、自分で母親に想いを伝えることはできねえ。でも、お前はそんなあいつとは違うだろ。お前も俺も、生きてんだからよ」
「き、金常時君……」
「お前だって、ほんとは変わりたいって思ってんだろ。違うか?」
「……」
「だったら、自分はこうだなんて決めつけんなよ。望むことができるだけ、俺たちは幸せ者なんだからよ」
――なんて言いながらも、この冷たすぎる現実を嫌というほど味わい、変わることもできずにいる自分のことを思うと、なにもできない坂本の気持ちは手に取るように分かってしまう。
それがどんなに難しいことで、それがどんなに勇気がいることなのか。でも、だからこそ、俺は坂本を放っておけなかったのだ。俺は、初めから坂本にじゃなく、自分自身にこの台詞を伝えたかったのかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えていると、いつの間にか、目にウルウルと涙をためた坂本が俺のことを見つめていた。一方、ぼんやりとしているうちに、俺も坂本のことを見つめていたようだ。
見つめ合う俺と坂本。なんだ、この状況……。
俺は今にも抱きついてきそうな坂本に抱きつかれてしまう前に、そそくさと坂本に背を向けた。
「じ、じゃあな……」
「あ! ま、待ってよ、金常時君!」
そう叫ぶと、坂本は後ろからいきなり俺の足にしがみついてきた。
「な! なにやってんだよ、お前! 放せ!」
無理やり引き離そうとしても、全体重をかけてしがみつかれた俺の足は、坂本を振り払うことはできなかった。
周りの通行人が、白い目を俺に向けて横を通り過ぎていく。いくら引きずっても、坂本は俺の足にしがみついて離れない。
「おい! いい加減にしろ! 恥ずかしいだろが!」
「ぼ、僕……! 初めてなんだ!」
「はあ?」
「僕のことを見てくれる人……まして、なにかを言ってくれる人なんて……初めてなんだよお!」
坂本の目から涙がポロポロとこぼれ落ちる。が、この状況で優しく手を差し伸べてやるほど俺はできた人間ではない。いつの間にか、通行人はわざわざ足を止めて俺たちを傍観し始めているのだ。
「いいから放せ、馬鹿!」
「待ってよお! 行かないでよお!」
じょじょに俺たちの周りに人だかりができてくる。俺はその気配に冷や汗を流しながら、なおも坂本を引きずり、坂本は坂本でなおも俺の足に強くしがみついてくる。
ちくしょう。このままじゃ、また変な噂がたっちまうじゃねえか!
「おい! いい加減にしろ! 俺にどうしろってんだよ!」
「ぼ、僕! 初めてだったから!」
「だから、なんだよ!」
「だから! だから、僕を弟子にしてよお!」
「はあ? 弟子!」
「お願いだよお!」
――弟子って……なに時代の人間だよ。ってか、だから、ってなんだよ。だから弟子にしてくれって。
その気にさせた責任取れとか、そういうことか?
「ふざけんじゃねえ!」
「真剣だよお! 僕も金常時君みたいに強くなりたいんだよお! 強くなって、クラスの人気者になりたいんだよお!」
お前、そこまで変わりたかったのか……。
この際、それは無理だとはっきり言ってやった方がこいつの為なのだろうが、今の俺にツッコミを入れる余裕などありはしなかった。とにかく、俺と坂本を取り囲んだ壁から放たれる冷たい視線とひそひそ話の中から、一刻も早く抜け出してしまいたい。
俺は、涙ながらに訴えてくる坂本に、しょうがなく言ってやった。
「分かったよ! 分かったから、さっさとその手を放せ!」
「じ、じゃあ、僕を弟子にしてくれる?」
「あ? あ……ああ」
と答えなければ、こいつは一生この手を放さないだろう。
俺の返事を聞くと、坂本はようやく俺の足から手を放した。こいつの貧弱な体のどこにこんな力が宿っているのだろうか……。
俺は満足そうな笑顔をして立ち上がる坂本を見つつ、ため息をついた。