第13話:特殊能力解禁!(その2)
霊を感じることができるようになったのは、いつからだったろう。
見えるようになったのは、しゃべれるようになったのは、触れられるようになったのは――いつからだったろう。
正確な覚えがないということは、多分、物心がつく前からそうだったのだろう。もっとも、幼かった俺の不可解な言動を両親や春姉は、ただかまってほしいだけの言動に過ぎない程度にしかとらえなかった。俺自身、それが特別なことだとは理解していなかったし、おかしいと自覚しだした頃には、もうそれなりの分別をわきまえるぐらいには成長を遂げていた。
「おい、聞いてくれよ。俺って幽霊と話できんだぜ。すっげーだろ!」
なんて浮かれるほど脳天気でもなかったし、ましてや、この特殊能力をまともに他人が信じてくれると思えるほど、俺は馬鹿じゃなかった。つまるところ、俺に残された道は人知れず霊の存在に苦労する、ということだけだった――。
――パイプベッドの脇に立っている少女に、俺は目を留めた。
見たところ、まだ7、8歳ぐらいだろうか。肩まで伸ばして整えられた髪。眉の少し上で切りそろえられた前髪のすぐ下には、子供らしい、丸くて大きな瞳がパッチリと開かれている。そして、無表情ながらも、どことなく愛嬌を感じさせるぷっくりと膨れた鼻。
どこにでもいそうな、何の変哲もない少女だ。そう……両足がないこと以外は。少女は一向にしゃべろうとする気配を見せず、俺をただじっと見上げていた。このままずっと見合っているわけにもいかず、俺は仕方なく先に声をかけてやった。
「――俺になんか用か?」
「やっぱり……お兄ちゃん……あたしが見えるんだ……」
「ああ。でも、俺に憑いてもなんもしてやれねーぞ」
「お花……」
「……」
「お花……ママが……くれた……」
よせ。そんな哀願するような目で俺を見るんじゃねえ……。
「お兄ちゃん……」
俺は今、それどころじゃねえんだよ!
「お花……」
「……」
「お兄ちゃ――」
「だああ! 分かった! 分かったよ! 分かったからそんな目で俺をみるんじゃねえよ!」
「要するに、その不良たちを追い払えばいいんだな」
少女から大方の事情を聞き終えた俺は、そう言って少女に確認をとった。少女は、大きな目を数度しばたかせてから、安心したようににっこり笑うと
「うん……」
と肯いた。
「――で? お前、いつ俺に憑いた?」
「今日……。学校から帰るお兄ちゃん、見かけた時……」
「……おかしいな。今の今までそんな気配はなかったけどな」
「それは、あたしがばれないようにしてたから……」
「ばれないようにしてた? なんでだよ」
「だって、お願い聞いてくれるかどうか不安だったから……」
「……」
「でも、さっきお姉ちゃんにひどいこと言われてるのに、文句一つ言わないお兄ちゃん見てたら、大丈夫かなって……」
――言わないんじゃねえ。言えないんだよ……。
俺はパイプベッドの上に寝転んで大仰にため息をついた。
――この少女は、この近所で交通事故に遭い亡くなった霊らしい。俺がこの町に引っ越してきたばかりの頃、散歩の途中で珍獣スキンヘッドたちに訳の分からない因縁をふっかけられた、二度と思い出したくもない場所。その少し先の交差点で事故に遭い亡くなった子供というのが、どうやらこの少女らしいのだ。
一度、珍獣スキンヘッドたちを追い払いはしたのだが(ただの成り行きだが)、どうやら、この町には死者への供え物でサッカーをする単細胞がまだ他にもいるらしい。そこで――。
「お兄ちゃん……一度頭ツルツルのお兄ちゃん、やっつけてくれたでしょ……? だから、お兄ちゃんなら力になってくれるかなって思ったの……」
というわけだ。
……幽霊からの頼みごとは、これで何度目だろうか。生きた人間よりも死んだ人間との会話の総数が圧倒的に勝っている俺って……。
――とにかく、断りたいのはやまやまだが、一度憑かれるとこいつらは自分の頼みごとを聞いてくれるまで、しつこくまとわりついてくるのだ。よって、俺に許された選択肢は、こいつらに目を付けられた瞬間から一つしかない。
「追い払うのはいいけどよ」
俺はそう言って、横目で少女を見た。
「お前にも、ちょっと働いてもらうぞ」
「え……」
「ま、心配すんな。殴るよりよっぽど効く方法があんだよ」
「なに……それ……?」
「それより、不良たちの出没時間とか分かるか?」
「うん……夕方の5時から6時の間ぐらい……」
「そうか。じゃあ、明日それぐらいの時間に行ってやる。だから、今日はもう帰れよ」
「……うん」
少女は小さく肯くと、俺の部屋を出ていこうとした。俺は、少女の姿が完全に部屋をすり抜ける前に
「ちょっと、待て!」
と声をかけた。
「……?」
不思議そうな顔をして、少女が俺の前に立つ。俺は言おうかどうか迷いながらも、結局はそれを口にした。
「その……早く成仏しろよな。今度の奴ら追い払っても、ちょくちょく見に行ってやるからよ」
「……ありがとう。お兄ちゃん……」
もう死んでしまったとは思えない、気持ちのいい笑顔を残して、少女は俺の前から姿を消した。
俺はその笑顔がもうこの世にはないものだということが信じられなくて、少しの間、少女のいた虚空に目を留めた。
いくら目を凝らしても、やはりそこに少女の笑顔が浮かぶことはない。
俺はやりきれない思いを持て余しながら、そこから目を逸らした。