第12話:特殊能力解禁!(その1)
結局、春姉は当初の俺の相談など無視して、自分の頼みごと(もとい命令)を済ますと、さっさと俺を部屋から締め出した。
「ち、ちょっと待てよ。まだ、話は終わってないだろ」
春姉の頼みごと(金儲け)を半ば強制的に引き受けさせられた後
「じゃあ、そういうことだから、分かったらさっさと出てってよ」
と思いやりのカケラもない言葉を浴びせられながらも、俺はそう言ってできうる限りの抵抗を試みたのだ。だが、それも徒労に終わることとなった。
「話って?」
「いや、だから、今相談したことだよ」
「――ああ。じゃあ……告白でもすれば?」
「……」
お前、さっき知らない男にいきなり告白なんかされたって気持ち悪いだけ、って言ったよな。とは思いながらも、すでにベッドに寝転んでファッション雑誌の続きを読みだした春姉を見ると、文句を言う気にもなれず、俺は無言で春姉の部屋を後にした。そうして、俺は知られたくないことは知られ、しりたいことは知れず、挙げ句の果てには理不尽な頼みごと(もとい命令)を押しつけられるというおまけ付きで、無事(変に興味を持たれるよりはマシという意味)自分の部屋にたどり着いたのだった。
こんな扱いを受ければ、血気盛んな世の15歳男子はみんな
「ふざけんじゃねえ! こらあ!」
とぶちキレることだろう。姉弟の切実な恋の相談に
「じゃあ――すれば?」
といういい加減なつなぎを用い、挙げ句の果てには冗談だと言い放ったことをそのまま答えに引用してくるような相手だ。
誰だって、怒る。
怒るに決まっている。
だが、散々理不尽な扱いを受け、その度にぶちキレるほどの破壊衝動を抑え続けてきた俺の理性は、打たれ続けるうちに知らず知らずじょじょに耐久力をつけ続けていたのだ。数年も休まるときも与えてもらえず、強制的に鍛え続けられたそれは、今や向かうところ敵なしのキャパシティを誇るまでに成長を遂げており、もはや今の俺が姉の理不尽な扱いに
「ふざけんな! こらあ!」
とぶちキレるようなことはまずありえない。
ぶちキレて返り討ちにあうか。理不尽な扱いに順応するか。悲しいかな。俺の中の防衛本能は、前者を選ぶことを許してはくれなかった。
「はあ……」
この先、当分はこのネタで身勝手な頼みごとを押しつけられるだろうことを思うと、暗闇のどん底につき落とされたような気分になってしまう。――まあ、部屋の明かりを消しているので、今は本当に暗闇の中にいるには違いないのだが。
ドアを閉めて完全に暗闇に包まれた中で、俺はパイプベッドの上に身を投げた。春姉の頼みごととは、俺のある特殊能力をえさにして金儲けに利用することだ。それは、言い換えれば、えさにすれば金儲けに利用できるということで、春姉にとって大事なのはそこだけなのだろう。現に、あの女俺の特殊能力を少しも信じちゃいないのだ(その時点でもう詐欺だ)。
俺は小さなため息をついて、せめてこのときだけでも全てを忘れ去ってしまおうと、そっと目を閉じた。視界が完全に閉ざされ、意識が暗闇の中にとけ込んでいく――と、すぐに俺はその気配を感じ取って、反射的に身を起こした。
皮膚の表面から、じわじわと染み込んでくるような異様な寒気。空気がよどんででもいるような、不自然な息苦しさ。そして、この気配。
俺は慌ててベッドから離れて部屋の明かりをつけた。瞬間的に感じた嫌な予感と直感は、やはり間違いではなかったらしい。
――どうやら、せめてこの時だけでも、なんてつつましい望みさえ俺には許されないようだ。
俺は視界の中心に
「それ」
を捉えつつ、またため息をついた。