第10話:初恋……!(その3)
俺を見ても怯えないということは、心が綺麗な証拠だ。俺の、この意味もなく相手を怯えさせてしまう特性も、こういうことを計ることだけには役に立つのだ。もっとも、俺を見ても怯えない女の子が見近にいるが、その場合だけは例外だ。その女の子の場合はただ単純に俺よりも喧嘩が強いわけで、怯える必要などこれっぽっちもなく、その心は――……。
とにかく、その翌日から俺は学校が終わると彼女と出会った周辺を中心に彼女の捜索を開始した。そして、苦労の末ついに彼女がいつも帰り道に通っている通りを発見し、毎日ひたすら2、3秒の間だけ彼女を見守っているというわけだ(決してストーカーではない!……つもり)。
あの雨の日に、彼女がなぜ傘もささずにあんなところに突っ立っていたのかということは心の端っこに引っかかってはいたけど、様子から察するにきっと何か悲しいことでもあったのだろう。
例えば、失恋……とか?
だとしたら、彼女は今フリーということになる。
そして、その時期に彼女と出会ったことは、まさに……運命だ! そう! 神様が俺にあの娘と付き合いなさいと言って、優しく微笑んでいるのだ! そうとしか思えない! ――などと思いつつ、出会いからこっち声すらかけられず未だに彼女の名前すら知ることができていない現状にはがみする日々が続いている今日この頃……。
なんとかして早く彼女とお近づきにならないと、いつ悪い虫が付くとも限らない。それに、あの天使のような綺麗な心と容姿を備えた女の子を、世の男ども(俺も含む)が放っておくわけがない!
早く手を打たなければならないことぐらい分かってはいるのだが、こと恋愛に対して俺の控えめで、人見知りする性格はその本領を発揮してしまう。このままでは、この恋も夢に描いた学生ライフと同じ道を辿ってしまうのは目に見えている。
どうする? どうすればいい? とりあえず、俺の存在を相手に知ってもらわなければ駄目だ。とりあえずは、そこからだ。そう。問題はどうやって俺という人間をあの娘に気づかせるかなのだ。
――散々悩んだ挙げ句、全くいい手段が思い浮かばなかった俺は、ある恐ろしい結論にたどり着いてしまった。どうやってあの娘と知り合いになるかはともかく、女の子のことは女の子に聞くのが一番ではないか。こともあろうに、俺はそう思い当たってしまったのだ。
念のため断っておくが、俺にそんなことを相談できる女の子の友達なんていやしない。身近にいる女の子といえば、そう……春姉だけだ。しかし、春姉に相談したとしても結果は見えている。ってか、それは自殺行為だ。あの自己中心的な人間が、俺の相談を真面目に聞いてくれるとは思えない。
「あんたが、恋? マジで? ちょっと待って。超ウケるんだけど」
とか言って笑われるに決まってる。いや、それだけならまだしも、最悪の場合俺の思いを寄せる彼女を○○○○して、俺を散々×××××挙げ句、俺の目の前で彼女に△△△するという暴挙に及びかねない!……が、実際問題このままではどうしようもない。
まあ、要は俺が恋をしていることを知られずに、それとなく女の子の気持ちというものを聞き出せばいいだけのことだ。
あくまで、さりげなく。あくまで、自然に。あくまで――絶対ばれないように!
ホームドラマなら、ここは少々くさい感は否めずも、思わずふっと微笑んでしまうような姉弟の微笑ましいシーンになるはずだ。高視聴率ゲットすること請け合いだ。が、現実はドラマのように微笑えましくも、優しくも、甘くもない。
ちくしょう! 傍若無人な姉を相手に、微笑ましいシーンなんてできるか! 別の観点で高視聴率がゲットできても、その時には俺の恋ははかなく散ってんだよ! シャレになんねえだろうが!
「……くそ。なんで姉弟間で素直に恋の相談もできないんだよ……」
沈痛な思いを胸に宿したまま、その1時間後に
「ただいまー」
という春姉の声が玄関から響いてきた。俺は、ゴクリと唾を飲み込むと、深呼吸を数回繰り返してから覚悟を決めた。