第1話:金常時春香
「いや、もういい加減俺で金儲けするのはやめろよ」
「失礼ね! 誰があんたで金儲けしてるってのよ!」
……いや。あんただ。あんた……。
「なに? なんか文句でもあんの?」
「いや……」
「そう。じゃあ、今週の日曜日だからよろしくね。あ、言っとくけどすっぽかしたらぶっ殺すからね」
語尾にハートマークのつきそうな穏やかな笑顔とは裏腹の春姉の言葉に、俺は背筋に冷たいものを感じながら、部屋を出ていく春姉の後ろ姿を見送った。
その笑顔だけ取れば可愛くて清楚な女の子であり、放たれた捨てぜりふも可愛いものだと微笑をもって受け流せそうなものだが、うちの姉の場合はそうはいかない。
金常時春香。18歳。全国高等学校空手道選手権大会三年連続優勝。世界空手道選手権大会3位入賞という恐ろしい肩書きを持つ二つ年上の俺の姉だ。清廉可憐、純情無垢な天使のような女の子としてはまさに理想的な容姿をした姉だが、俺は知っている。
その小さくてかわいらしい手が、コンクリートブロック二枚を軽々と粉砕してしまう凶器だということを。その誰もが見とれてしまう柔らかそうで文句のつけようのない綺麗な脚が、木製バット3本をまとめてへし折ってしまう凶器だということを。
姉の言葉がただの脅し文句ではないということを……俺はよく知っている。
俺は大きく息を吐いて、部屋の端っこに置かれたパイプベッドの上に寝っ転がった。
春姉の頼みとは、俺のある特殊能力をえさにして金儲けに利用することだ。――俺のある特殊能力……。その詳細は、まだ伏せさせてほしい。ってか、話したくねえ!
ちくしょう! 今の俺は、春姉のくだらない金儲けに付き合ってる余裕なんてないんだ! この意地汚い金の亡者め! そんなに金が欲しいんなら、いっそ銀行強盗でもなんでもやっちまえってんだ! いっつも俺が言いなりになってると思ったら大間違いだからな! 分かったか、この二重人格女!
ああ……。心の中だけでなく、本人を前にして堂々と叫んでみたい。その2秒後に天使のような笑顔のもと殺人が行われるにしても、一度でいいから(ってか、2度目はないからな、多分)本人に訴えてみたい。
ちくしょう……。どうして、俺だけがこんなに不幸なんだ。世の中絶対間違ってる!