ある師匠の吐露
「連れ戻しに来たぁ?」
「そんなことでわざわざ山奥まで来たのかよ」
「お前さんも、剣帝なんて称号貰ったんだ」
「おてんばも大概にしとけよな」
「師匠からのありがたーい忠告だぞ?」
「……まあまあ落ち着けって」
「そんなに怒ってると美人な顔が台無しだぞ?」
「おっと、睨むな睨むな」
「悪かったよ。おじさんの軽口だ」
「……あのな」
「褒めてくれるのは嬉しいんだがな」
「俺にそんな大層な実力はねえよ」
「…………」
「ああ、お前たぶん勘違いしてるぜ?」
「俺は別に追い出された訳じゃなくて」
「山奥でのんびり暮らしたいなーって思っただけなんだ」
「俺もいい年だしな」
「ふらっと辞めちまったから色々噂になってんだろ」
「納得してくれたか?」
「よかった、よかった」
「……ここを選んだ理由も特にねえよ」
「なんとなく静かそうだったからだ」
「まあ、魔物はちょくちょく出るけどな」
「大した強さじゃねえよ」
「…………」
「そうか?」
「俺でも倒せるくらいの雑魚だぞ?」
「ほら、わかったらさっさと戻れよ」
「お前がいなくなったら大騒ぎだろ」
「えぇ……相変わらず強情だな……」
「でも、こればっかりは譲れねえんだよ」
「頼むから」
「街に戻ってくれ」
「…………」
「はあ」
「俺がここにいるのは理由があるんだ」
「だから、俺は戻らない」
「魔物被害を減らす?」
「いいや、そんなご立派なもんじゃねえ」
「……本当に違うんだよ」
「醜くて歪んだ動機なんだ」
「だから、何も聞かずに帰ってくれ」
「…………」
「本当に知りたいか?」
「後悔するぞ」
「……そうか」
「仕方ねえ、白状するよ」
「今までお前らの前では、優しい師匠みたいなツラをしてたよな?」
「だけどな」
「本当の俺は、そんな良い人間じゃねえんだ」
「人を守りたくてここにいるんじゃない」
「俺は」
「魔物が憎くて憎くてしかたねえんだよ……!」
「どれだけぶち殺しても足りないくらいにな」
「ははっ、びびらせちまったか」
「でも、そういうことだ」
「俺は、強い魔物が出る場所を選んでここにいるんだよ」
「俺は自分が強いことなんて知ってるよ」
「プロの冒険者だったんだ」
「自分の強さに無自覚でいられるわけないだろ?」
「……さっき、俺の力を知らしめたいって言ってくれたよな」
「いや、嬉しいさ。ありがとな」
「でもな、わざと隠してんだよ」
「そっちの方が都合がいいからな」
「……本当は誰にも言うつもりなんてなかったのに」
「お前は、こんなとこまで追いかけてきちまうんだもんな」
「ごめんな」
「失望しただろ?」
「俺はしょうもない人間なんだ」
「……別に構わねえよ」
「珍しい話でもねえ」
「昔、妻を殺された」
「それだけだ」
「…………」
「ああ、言ったことなかったしな」
「お前らにはさ」
「余計なこと考えず、すくすく育ってほしかったんだよ」
「他のやつらには、全部内緒にしててくれねえか?」
「脳筋バカとか、魔法オタクとか」
「手のかかるやつらばっかだけど」
「俺のこと慕ってくれてるみたいだし」
「お前だけに背負わせちまうのは悪いけど」
「……ありがとよ」
「そうだったな」
「お前は、あいつらの姉貴分だもんな」
「ああ、お前らのことは今でも大切だよ」
「お前たちと過ごした時間は楽しかった」
「……でもな」
「……消えねえんだよ」
「魔物どもへの怒りが!!」
「どれだけ楽しくても、どれだけ嬉しくても」
「心の底ではずっと憎しみが燻ってんだよ」
「お前たちは全員、自分の道を見つけた」
「でも、俺はあの頃からずっと魔物を殺すことしか見えない」
「もう、どうしようもなくなって」
「こんな山奥にいるんだよ」
「だからさ」
「俺のためになにかしたいって言うなら」
「魔物を一匹でも多く殺し――」
「…………」
「……違う」
「……違う」
「……違う!」
「俺はそんなこと望んでない……」
「俺は」
「『お前たちが強くなって、魔物をたくさん殺してくれて助かってる』なんて思ってない!」
「…………っ」
「分かっただろ……?」
「俺は、お前に尊敬されるような人間じゃない」
「だからもう、ここへは来るな」
「せめて、お前たちの記憶のなかでは完璧でいたいんだよ……」
「…………」
「ははっ、お前は本当に強情だな」
「それなら好きにすればいい」
「だがな、きっと俺はもう変われない」
「諦めがついたら、自分の道を進んでくれ」
「いいな?」
「よし、今日はもう話は終わりだ」
「山の入り口までは見送ってやるよ」
「あいつらによろしく言っといてくれ」
「俺は」
「いつでも、お前たちの幸せを願ってる」
山を出るまで見送られ、弟子は一度だけ振り返った。
師匠は、いつものように笑って手を振っていた。
弟子は深く頭を下げると、ゆっくり歩き出す。
けれど、数歩進んだところで足が止まる。
木々の奥で、何かが蠢く気配がした。
もう一度だけ振り返る。
山へ戻っていく師匠の横顔が、一瞬だけ見えた。
それは、弟子たちに向けられていた師の顔ではなかった。
憎悪にまみれた、復讐者の顔だった。




