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ある者の語り

ある師匠の吐露

作者: ヒイラギ
掲載日:2026/07/02

「連れ戻しに来たぁ?」

「そんなことでわざわざ山奥まで来たのかよ」

「お前さんも、剣帝なんて称号貰ったんだ」

「おてんばも大概にしとけよな」

「師匠からのありがたーい忠告だぞ?」

「……まあまあ落ち着けって」

「そんなに怒ってると美人な顔が台無しだぞ?」

「おっと、睨むな睨むな」

「悪かったよ。おじさんの軽口だ」

「……あのな」

「褒めてくれるのは嬉しいんだがな」

「俺にそんな大層な実力はねえよ」

「…………」

「ああ、お前たぶん勘違いしてるぜ?」

「俺は別に追い出された訳じゃなくて」

「山奥でのんびり暮らしたいなーって思っただけなんだ」

「俺もいい年だしな」

「ふらっと辞めちまったから色々噂になってんだろ」

「納得してくれたか?」

「よかった、よかった」

「……ここを選んだ理由も特にねえよ」

「なんとなく静かそうだったからだ」

「まあ、魔物はちょくちょく出るけどな」

「大した強さじゃねえよ」

「…………」

「そうか?」

「俺でも倒せるくらいの雑魚だぞ?」

「ほら、わかったらさっさと戻れよ」

「お前がいなくなったら大騒ぎだろ」

「えぇ……相変わらず強情だな……」

「でも、こればっかりは譲れねえんだよ」

「頼むから」

「街に戻ってくれ」

「…………」

「はあ」

「俺がここにいるのは理由があるんだ」

「だから、俺は戻らない」

「魔物被害を減らす?」

「いいや、そんなご立派なもんじゃねえ」

「……本当に違うんだよ」

「醜くて歪んだ動機なんだ」

「だから、何も聞かずに帰ってくれ」

「…………」

「本当に知りたいか?」

「後悔するぞ」

「……そうか」

「仕方ねえ、白状するよ」

「今までお前らの前では、優しい師匠みたいなツラをしてたよな?」

「だけどな」

「本当の俺は、そんな良い人間じゃねえんだ」

「人を守りたくてここにいるんじゃない」

「俺は」

「魔物が憎くて憎くてしかたねえんだよ……!」

「どれだけぶち殺しても足りないくらいにな」

「ははっ、びびらせちまったか」

「でも、そういうことだ」

「俺は、強い魔物が出る場所を選んでここにいるんだよ」

「俺は自分が強いことなんて知ってるよ」

「プロの冒険者だったんだ」

「自分の強さに無自覚でいられるわけないだろ?」

「……さっき、俺の力を知らしめたいって言ってくれたよな」

「いや、嬉しいさ。ありがとな」

「でもな、わざと隠してんだよ」

「そっちの方が都合がいいからな」

「……本当は誰にも言うつもりなんてなかったのに」

「お前は、こんなとこまで追いかけてきちまうんだもんな」

「ごめんな」

「失望しただろ?」

「俺はしょうもない人間なんだ」

「……別に構わねえよ」

「珍しい話でもねえ」

「昔、妻を殺された」

「それだけだ」

「…………」

「ああ、言ったことなかったしな」

「お前らにはさ」

「余計なこと考えず、すくすく育ってほしかったんだよ」

「他のやつらには、全部内緒にしててくれねえか?」

「脳筋バカとか、魔法オタクとか」

「手のかかるやつらばっかだけど」

「俺のこと慕ってくれてるみたいだし」

「お前だけに背負わせちまうのは悪いけど」

「……ありがとよ」

「そうだったな」

「お前は、あいつらの姉貴分だもんな」

「ああ、お前らのことは今でも大切だよ」

「お前たちと過ごした時間は楽しかった」

「……でもな」

「……消えねえんだよ」

「魔物どもへの怒りが!!」

「どれだけ楽しくても、どれだけ嬉しくても」

「心の底ではずっと憎しみが燻ってんだよ」

「お前たちは全員、自分の道を見つけた」

「でも、俺はあの頃からずっと魔物を殺すことしか見えない」

「もう、どうしようもなくなって」

「こんな山奥にいるんだよ」

「だからさ」

「俺のためになにかしたいって言うなら」

「魔物を一匹でも多く殺し――」

「…………」

「……違う」

「……違う」

「……違う!」

「俺はそんなこと望んでない……」

「俺は」

「『お前たちが強くなって、魔物をたくさん殺してくれて助かってる』なんて思ってない!」

「…………っ」

「分かっただろ……?」

「俺は、お前に尊敬されるような人間じゃない」

「だからもう、ここへは来るな」

「せめて、お前たちの記憶のなかでは完璧でいたいんだよ……」

「…………」

「ははっ、お前は本当に強情だな」

「それなら好きにすればいい」

「だがな、きっと俺はもう変われない」

「諦めがついたら、自分の道を進んでくれ」

「いいな?」

「よし、今日はもう話は終わりだ」

「山の入り口までは見送ってやるよ」

「あいつらによろしく言っといてくれ」

「俺は」

「いつでも、お前たちの幸せを願ってる」


山を出るまで見送られ、弟子は一度だけ振り返った。

師匠は、いつものように笑って手を振っていた。

弟子は深く頭を下げると、ゆっくり歩き出す。

けれど、数歩進んだところで足が止まる。

木々の奥で、何かが蠢く気配がした。

もう一度だけ振り返る。

山へ戻っていく師匠の横顔が、一瞬だけ見えた。

それは、弟子たちに向けられていた師の顔ではなかった。

憎悪にまみれた、復讐者の顔だった。


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― 新着の感想 ―
軽口をたたく気さくな師匠が、山奥に残る本当の理由を明かしていく流れが切なかったです。妻を奪った魔物への憎しみを抱えながらも、弟子たちには幸せでいてほしいと願い、記憶の中では完璧な師であろうとする姿に胸…
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