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雇われ王女、はじめました

作者: 成若小意
掲載日:2026/06/06

 私は雇われ王女だ。意味が分からない? 大丈夫、私も最初、意味が分からなかった。

 まあ話は簡単だ。私は雇われて”王女”をやっている。ちなみに期間限定。

 もともとは、無職だった。

 治安もあまりよくない地元で、無職仲間と一緒にプラプラしているところを、身なりのいい男に声をかけられたのだ。『いい仕事がある』と。


 誘われて行ってみたら驚いた。豪奢だけど黒塗りでいかつい馬車に詰め込まれ、向かった先はどこかひっそりとしているけれど、明らかに上流階級の人が住むお屋敷。使用人も何人いるかわからないほどたくさん。

 馬車の中でフード付きのローブを着せられた私は、半ば隠されるように屋敷の中に迎え入れられ、屋敷の中でも端のほうの部屋へ。

 そこで数人の使用人に囲まれて『これ、やばい仕事じゃ?』とようやく警戒をして震えあがる私。

 そこからその使用人たちに、なんと風呂に入れられ肌を磨かれ、髪をくしけずられ、見事なドレスと薄い化粧をされるとあら不思議。


「いいだろう」


 偉そうにしている執事みたいな人が、眼鏡をクイッとあげて、私に()()を出す。

 周りの使用人たちも「お綺麗です」「本当、似ていらっしゃる」と口々に感想を述べる。


 鏡の前には、どこぞの貴族のお嬢様のようになった私がいた。

 くすんでいた髪はきれいに洗われ何かの薬とオイルを塗られて、つやつやの金髪に。そばかすの浮いた肌は粉をはたかれて、元からの血色の良さも相まってなかなかに見れた顔だと思える。


「えっと。これから何をすればいいんです?」


 その問いに、なぜか執事が鼻で笑いながら言う。


「君には王女になってもらう。そのために君を雇った」


 そのあとにポソっと「うまくいくといいんだがな」と言ったのを、私は聞き逃さなかった。




 私に課せられた仕事はこうだ。

 留学先である隣国の学園へ行き、プロムと呼ばれるダンスパーティーと、卒業式に出てくること。そしてそれまでの授業を最低限受けてくること。それ以上の説明はなかった。


(王女様、学校が面倒でブッチしちゃったのかな~)


 あまり貴族の問題に首を突っ込んでもいいことはないというのは、平民の常識だ。

 うっかりだいぶ踏み込んでいる気はするけれど、これ以上は関わらないようにするのが、この仕事をやり切るうえでの肝だろう。


 時間があまりないようで、早急に学園へ行く準備が進められる。国境を越えた学園までは馬車でここから二日ほどの距離。今は長期休暇期間らしい。

 出立前に父親である国王陛下に挨拶するために、これまた馬車で移動。今いる屋敷は別邸で、隣国から近いことから王女が帰省する際に使っていたようだ。

 王様は国の真ん中のほう。


 王様の住むのは当然それはそれは豪華なお城。

 先ほどまでいたお屋敷も十分立派だったけれど、そのお屋敷が何個入るのだという敷地面積で、一人で歩いたら迷子になりそう。もちろん一人では歩けないけどね。

 執事に誘導され、というか連行されて、玉座の間に行く。


「太陽とともにあらせられる賢王ルファス陛下。娘フィアーチェ、学園へ戻り学業に励んでまいります。祖国のため尽力できるよう研鑽を積んでまいります」


 嚙みそうな口上を何とか言い終える。親子なのに寒々しい関係だ、と思う。


 ちなみに私の母親はその昔、舞台女優だった。そのため、長台詞の練習をよく家でやっていた。その姿を見ていたからか、今回こんな場で私も割と上手に演じられた。どこで何が役に立つかわからないものだ。


 王様はフィアーチェ王女様の父親なはずなのに、ゆっくりと目を向け、感情のない顔で鷹揚にうなずいただけ。


 思っていたけれど、このお城でも私が偽物だとは誰も気が付かないし、お屋敷でも誰も騒ぎ立てない。


(なんか王女様って、さみしいね)


 そんなことを帰りの馬車で考えてしまった。




 自分ではほとんど何もしない間に、学園へ向かう準備は終わっており、いざ学園へ。

 自分の名前のエリザは一旦忘れることにして、フィアーチェの名を何度も呟いて頭に刻み込む。


 そうして着いた先は……。

 きらびやかな校舎! 豪奢なカフェテリア! 留学生であるフィアーチェには寮が用意されているのだが、これも私のもともと住んでいる小部屋が軽く十個入りそうな広さだった。


「う〜ん、この仕事、最高!」


 三日ほど学園に通った頃には、行動パターンにも早々に慣れ、仕事という名の贅沢な生活を満喫し始めていた。


 校舎では、お付きの侍女が何かと世話を焼いてくれる。授業も特別待遇なのか、ただ聞いているだけでいい。

 昼食や軽食をとれるカフェテリアは、貴族向けの専属シェフがついており、食べたことのない料理を好きなだけ食べられる。


 本来なら勉学の重圧や社交に悩む環境なのだろうけど、私はそこは気にしなくていい。雇われだからね!




 そんな贅沢な暮らし。からの……、同級生の嫌がらせが始まる。


 さすが貴族というべきか、私の地元みたいに怒鳴ったり取っ組み合いの喧嘩になるなんてことはない。

 ただ、こそこそと陰険に悪口を言ったり、うっすら分かる程度の仲間はずれをしてくる。


 悪口を主に言ってくるのは、少し偉そうでやたら宝石をじゃらつかせた貴族のご令嬢。


「フィアーチェ様。ご自分のお立場を意識して振る舞うのは、まことに難しいことですわよね」


 とか、


「あら、フィアーチェ様のお国のマナーは変わってらっしゃるのね。私たちにはうまくできないわ」


 とか。


 明らかな悪口ではないが、よく聞くとしっかりと嫌味が入っているのだ。


 でも、気にならない。私には関係ないからね。


(知らない子の悪口を言われたところで、痛くも痒くもないしねー)


 マナーは、流石に満点と言えないから、『フィアーチェの評判を落としちゃって、ごめんね』ってちょっとは思ったけど。

 最初に行ったお屋敷で、執事にみっちりマナーを教え込まれたし、親と少し高級なところで食事をしたこともあったから、最低限はできてたつもりだったんだけどね。




 そんなこんなで、面倒な同級生たちを適当にあしらっているうちこと数日。

 一つ目の目標であるプロムが開かれた。異性を誘ってダンスをすると言われている、あれだ。


 綺麗なドレスを着て美味しいものを食べられると聞いて楽しみにしていたのだけれど、当日一緒に踊ることになっていた婚約者とやらが、別の女性と参加することになったのだと、直前にわかった。


 しかも、


「フィアーチェ! そなたは我が友人のアリアナに嫌がらせをしていたと聞く! そのような卑劣な行いをする人間は我が伴侶にふさわしくない! ここで、婚約破棄を言い渡そう!」


 私が会場入りした途端、そんなことを喚いた。もちろんショックなどない。むしろ、こんな寸劇が目の前で見られて面白い、まである。だって、雇われだからね。


 私が代役してるフィアーチェ様は王女様だけど、この留学先の国の王子と結婚することになっているらしい。

 そしてまさに今、その話はなくなったようだ。

 別に婚約者どうこうの話は雇用時の要件に入っていなかったから、多分問題なし。


「あの王子、どうしよう。なんかずっと喚いてたし。怖〜」


 結局対応に困ったので、びっくりしたふりをしてから控室にこもった。そこに軽食とか持ってきてもらえたから、楽しみだった美味しいものを十分に満喫できたので、私にとってもなんの問題もなし。


 あの後も広間に戻らず寮に戻ったので、どうなったのかは知らないままだし興味もない。


 そして、プロムが終われば授業もほとんどなくなるとのことで、いったん帰省と称してお屋敷に帰ることに。

 執事に業務報告をするためだ。



「ということで、恙無く学園生活を送っております」と、お屋敷に戻り次第、執事に報告。

 私の働きぶりを伝えるだけなので、ひとまず諸々の状況は割愛した。どうせお付きの人たちからも報告は来ているだろう。

 私の報告の次に、学園であったことについて執事からの質問のターンかな、と思ったときに、お屋敷に来訪者があった。


 門の前がにわかに騒がしくなったので窓から見ていたら、少し若々しさの残る精悍な青年が、使用人たちが戸惑う中ズカズカと屋敷のなかに入ってきていた。

 そのまま私と執事のいる部屋にやってきて、私のことをちらりと見た青年は、ちょっとだけびっくりした顔をしたが私のことはスルーして執事に詰め寄る。


「どういうことだ」


「ウィルヘルム様。フィアーチェ様は行方不明となっております。この者は、代役です」


 王女様は学校が嫌になって引きこもっているのだとばかり思っていたけれど、どうやら行方不明らしい。


 執事と、ウィルヘルムと呼ばれたこの青年のやりとりをしばらく聞いていてわかったのは、どうやらウィルヘルムはフィアーチェの幼馴染らしく、最近音沙汰がないのを心配して屋敷にやってきたのだそうだ。


(なんだ、王女様を心配する人もちゃんといるのね)


 ここで雇われるようになってから、誰一人として私を偽物だと言ってくる人がいなかったので、さすがにどうなっているのだと思っていたのだ。


 ここまでウィルヘルムが憔悴しているところを見ると、かなり心配しているようだ。もしかしたら王女様が思い人だったりするのかもしれない。

 婚約者がいる幼馴染を思う人なんて、演劇の題目になりそうだ。


「まあ、学園での王女様のあの扱いを見たら、逃げ出したくもなるわよね」


 同情心からつい口をはさんでしまった。

 驚くことに、その言葉に二人がこちらを振り向く。驚いたウィルヘルムは、私にはあえて関わらないででいた感じだったのに、勢い良く近寄ってきて私の肩をガシっとつかむ。


「どういうことですか? 何か事情を知っているのですか?」


「えっと、事情はよく知らないけど、王女様、学園でいじめみたいなのにあっていたっぽいですよ」


 それだけ言うと、怒りで真っ赤だったウィルヘルムの顔が面白いくらいに青ざめていった。


「こうしてはいられない」


 そう言い捨てて、ウィルヘルムは来た時と同様嵐のように去っていった。理由や詳細は、当然私は聞くような立場にはない。よくわからないまま状況を見送る。


「フィアーチェ様の捜索はウィルヘルム様に任せて、我々は我々のできることをしましょう」


 相変わらず感情の見えない顔で、執事がそう言った。





「ウィルヘルムは一発で私を見破っていたわよね」


 よくよく考えるとおかしな話だ。いくら似ているらしいといっても、毎日見ている者の顔をそう間違えるだろうか?


「双子の友達も毎日会っていたら見分けつくしね~」


 再び戻ってきた学園の寮で一人考える。

 あとは多少残っている授業を消化して、卒業式に出るだけ。やることがあまりなくなって、少し退屈してきていたので、謎解きをしてみることにした。

 ちなみに卒業証書さえもらえれば、フィアーチェ様にとって十分なのだと執事は言う。貴族のことはよくわからないが、雇用主がそう言うのだからそうなのだろう。



 改めて考えてみる。お屋敷にいた使用人たちは私を王女様のように扱ってはいたけれど、『気づいていない』というわけではないのかもしれない。

 使用人の中で一番偉い執事がそうだと言えばそう扱うだけ、の話だ。皆、深く干渉しないようにしているのだろう。


 王様はよくわからない。貴族の親子は実際に触れ合う時間が少ないというから、本当に気づいていない可能性はある。


 では、学園の人たちはどうなんだろう?


 そう考えてるうちに、ウィルヘルムの懸命な顔を思い出す。


「王女様もなんだか可哀想だし、おいしい料理ときれいなドレスのお礼に、ひと仕事追加してあげようかな」


 そうしてちょっとしたお節介を焼きながら、私は学園生活の最後を過ごした。




「はい、これ」


 学園を無事卒業し、屋敷に戻って報酬を受け取るとき、私は一束の調査資料を執事に手渡した。


「なんですか? これは」


 不思議そうな顔をして執事が聞く。こいつの感情が少し見られただけでも頑張ったかいがあったというものだ。


「これはですね。王女と学園の生徒の関係図です」


 学園に通う同級生全員が王女に嫌がらせをしていたわけではない。むしろ王女などという高位の者にたてつける者など限られており、ごく一部の人間だけが嫌がらせをしていた。大多数の生徒は空気だった。災いが通り過ぎるのを息をひそめてやり過ごしていたのだろう。


 しかし、その中でも何人かの生徒は目立たぬようにだけれど王女に接触して、勉学の協力をしたりして支えていたようだった。その人たちは、私のことをすぐに見抜いていた。婚約破棄のこともあるし、王女様に何かあったのかととても心配して、こっそりと寮の部屋を訪れてくれていたのだ。


 屋敷から連れてきていた侍女や使用人たちについては問題なかった。寮の中に留まるように王女から言われて、詳しい情報を得られなかったようだ。

 王女は身近な者に心配されたくなかったのだろう。『言葉が通じにくいから自学自習をするのだ』と王女に言われて、引きこもり生活を送っていたのだと、侍女たちが言っていた。


 この関係図をこの執事がどう使うかはわからないけど、王女に酷いことをした人たちは痛い目に合えばいい、と思った。


 それから王様には、学園を無事に卒業できたと挨拶をしに行くことに。私としてはもう契約が終わったので、出資者への最後のご挨拶という気分だ。

 また他人行儀な挨拶が終わった後、執事が王様に手招きをされていた。

 あとから執事に聞いたところ、「この者に、十分な報酬を」と告げられたそうだ。


「なんだ、ばれてたんじゃん」


 そう言ったら、「当り前だ」と執事がぴしりと言い捨てた。




 ところで王女はどこへ行ってしまったのだろうか。高貴なご身分の方が一人でどこか遠くまで行けるとは思えない。


 幼馴染であるウィルヘルムには何も言わずに行ったらしい。


「だれか、手引きした人がいるはずよね。事情を知っていて、王女の味方で、屋敷のことも把握していて、一番近くにいる人……」


 ここに来てからこれまであったことを思い返してみる。


「あ」


 一人の人物の顔が思い浮かんだ。この一連で最初から最後まで関わっていて、それだけの権力と行動力のありそうな人。それは私のかかわることではないと、誰にも言わずにいようと思っていたけれど、お屋敷から出るときに、たまたまウィルヘルムがまた屋敷を訪れていた。

 王女様の足取りを必死で探しているのだろう。


『執事が怪しいんじゃないのかな』と伝えると、ウィルヘルムは驚いた顔をしていた。面白そうだったので、こっそり後ろから追って行って、様子をうかがうことにした。


 執事に詰め寄っていたところまでは見えたけれど、何か聞き出せたのか、勢いよく踵を返してまた出て行ってしまった。


「ようやく、うまくいきました」


 執事はたくらみが成功した少年のように、にやりと笑っていた。





 一生働かなくてもいいほどの大金、とは言えないまでも、かなりまとまったお金を手に入れた私は、故郷に帰り平穏な生活を取り戻した。


 貴族のあれやこれやは深く知らなくていい。いろいろなことを目の当たりにしたけれど、私の人生には関係ないわ。


「だって、ただの雇われだもの」

登場人物紹介


王女フィアーチェ 

気弱だけれど芯のしっかりした女の子。幼馴染に迷惑をかけたくないと、ウィリアムには黙って逃げ出す。逃げ出した先は隠居した祖母宅。一時期心が折れてしまったけれど、再びウィルヘルムに会いに行けるように、祖母に厳しくしつけなおしてもらっている。


ウィルヘルム

王女の幼馴染。両親が病に倒れ領地経営を任されることになり、フィアーチェを気にかけながらも、動けずにいた。


王様

生真面目で愛情深い人。職務を放棄できないけれど、娘のことが心配でならない。


執事

有能でいろいろなことが見えている。人生に行き詰って動けなくなってしまった人たちを見ているとイライラしてしまう。


エリザ

下町育ちのたくましい少女。都落ちした元貴族の母親がいる。気立ての良さと行動力、そして母親から受けた教育によって将来性は十分だったが、地元でくすぶっていたところを、フィアーチェ付きの執事に拾い上げられる

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