雪解けの雫
久しぶりに彼からの一緒に帰ろうと誘いがあった。誰もいない教室で、ただ静かに想い人を待つ。
「お待たせ、雫」
急いで来てくれたのだろう、雪斗の額には汗が滲んでいた。内心とても喜んだが、声に出ないように慎重に言葉を紡ぐ。
「ううん、大丈夫。どうしたの?」
「ちょっと話したいことあって……」
期待と心配が入り混じった感情が湧き出てくる。外から聞こえていた生徒の声も、耳に水が入ったかのようにぼやけて聞こえた。
「うん。なに?」
なるべく冷たくならないように意識したつもりだったが、声が低くなってしまった。目の前から大きく呼吸のする音が聞こえた。
雪斗に視線を向けると、胸に手を当てて深呼吸をしている。私は首を傾げて待った。
「雫のことが好きです」
告げられた言葉に自分の心臓の音以外なにも聞こえなくなり、まるで時が止まったかのようだった。固まっていると雪斗の足音が聞こえて、現実にスッと引き戻される。頑張って出した言葉は信じられないほどか細かった。
「……え」
「小さい頃からずっと雫のことが好きだったよ。雫が僕のこと避けてるのは知ってる。それでも伝えたかったんだ」
——ん?
何か勘違いしているのだろうか。
「待って雪斗。私、雪斗のこと避けてなんかないよ?」
「え?だって……」
雪斗は考えるように顎に手を当てて下を向く。視線をこちらに向けたかと思うと、驚くべきことを告げた。
「いつも声かけると突き放すような感じだったから……。避けられてるのかと思った」
「あ……」
雪斗にはそう思われてしまっていたらしい。申し訳なさで顔を下に向ける。そのままの姿勢で思っていることを言葉にした。
「ごめん、無意識だった。雪斗のみんなに優しいところは好きで、そんな雪斗でいて欲しかったんだけど……」
言葉がうまくまとまらず、少し間をおいて告げる。
「他の人に向けられる笑顔が嫌だった。自分だけに向けて欲しいって思った。だから……」
言葉の途中で恥ずかしくなり、頰を紅く染めた。雪斗の方を見ると目を丸めて、でもすぐに優しい笑顔を向けてくれた。
「それって、やきもち?」
「……そうだと思う」
二人とも頰を赤らめて、少しの沈黙が落ちると、やがて雪斗が私に言葉を贈った。
「好きです。僕と付き合ってください」
「……私でよければお願いします」
涙を浮かべて答えると抱きしめられた。その温もりに凍った心が溶けていくように感じる。私の瞳から零れた涙が夕日に照らされ静かに輝いていた——。




