第8話 無音に惹かれる
秋は翌年の予算確保に向け、事務方がざわつき始める季節。
装備が欲しい要求元と、商品を売りたい業者の思惑が、現場で飛び交う。
……いつもなら。
そのいつもなら、が今日は違う。
習志野駐屯地正門。東京事件以降、敷地内に警備で立つ自衛官の20式には実弾が装填されている。
基地として当然の緊張感。そんな緊張感が滲む守衛所から声がする。
「ヴィーナス一行が到着されました!はっ!今日はサプライズが御座います!」
……非常事態のようだ。
(……紫苑ちゃんだけでも沸くのに、九条ちゃんも一緒だからな)
風見はいつものように飄々として笑い、A課メンバーを連れて建屋に向かう。
まるで映画に出てくる特殊部隊のリーダーのように。
少し早めの午前中。正門を抜けた瞬間、線が引かれているように、空気の変化。
整列した車両、抑制された足音、規律の匂い。
だが、今日は守衛所が非常事態を察知、瞬く間に伝播する。
「え!レースクイーンの紫苑じゃん!ヴィーナスって紫苑の事かよ!」
「え?レースクイーン?……って紫苑嬢ってだけ有名だけど!」
初見で驚く隊員と、待ってましたと喜ぶ隊員。
「ご苦労様です」紫苑は近くの隊員に声を掛ける。
隊員はガッツポーズで走っていってしまった。
(紫苑ちゃんに悪気は無いけど、コレで勘違いしちゃうんだよなぁ)
有栖は今一つ状況が掴めていないようだ。
「自衛隊基地って、もっと厳かな雰囲気かと思ってましたけど、なんか騒がしくないですか?」
(メンタルが強いのか鈍感なのか。ま、九条ちゃんの自覚の無さも、悪気無いんだろうけど)
風見はまた飄々と笑う。
「サプライズって、あの子か!」「ちょーカワイイじゃん!」「声がデケーって!」
「女神が、ふたりだよ……」
棒立ちの隊員が、紫苑と有栖を交互に見ながらつぶやく。
(え?え?……私の事?)さすがに有栖も視線に気付いたようだ。
佐伯が肩を小突く。「九条さん、人気者~」
「違います、誤解です!」
高城は無言で咳払いし、足を速める。
紫苑が首だけ傾け、静かに言う。「視線を上手くかわさないと、雰囲気に呑まれる。慣れないと苦労するわ」
「はい、頑張ります……」
(緊張とは違うんだけど……昔から、なんか苦手なんだよなぁ)
「こちらです」案内役の自衛官が立ち止まり、ドアに手をかざす。
ノックの後、室内へ。部隊幹部2人が静かな笑みで迎える。
「安田さん、篠田さん、ご無沙汰してます」風見が頭を下げた。
「来るのが遅かったな、風見さん。例の件がまだ?」安田は合同庁舎の件を気遣っている。
「取り調べは終わったと聞いたよ。大変だったな」篠田も気に掛けて、言葉を掛ける。
「その件の一番の功労者は、九条ちゃんですね」
「九条有栖です。宜しくお願いします」
(ん?安田さんと篠田さん……なにか?)
「……古い装備から更新が進んで、重武装化は良くも悪くも進んでいるよ」安田が話し始めた。
「そうなると別の問題が出る。特に我々の場合」篠田の切替し。
「人質救出ですね。市街地や人混みの」風見は2人の声色で重要度を測る。
安田が目線を有栖に向ける。「何か案はないかね、お嬢ちゃん」
ピン、と空気が張った。
(風見さんの狙い通りか)高城、佐伯、紫苑は過去の自分を思い出す。
(さあ、安田さんの新人教育、九条ちゃんはどうするかな?)
有栖は小さく呼吸を整えた。「M24は、まだ残っていますか?」
「ほぉ」安田と篠田は喜びに近い声を上げる。
「想定は市街地や人混み、短距離の精密射撃で宜しいでしょうか?」
「あぁ、それで構わない」
「M24なら7.62なので弾薬調達も問題ありません」
「理想は5.56ですが、発射機構の変更は銃の再調達扱いになります」
「手続きが増え、費用対効果の説明が面倒です」
(ヤベー、エスパーかよ。ホント調達面倒なんだよ)
(ヤベー、ホントに新人?経験者じゃないの?)
安田と篠田は揃って苦笑いだ。
「弾薬調達や予算、操作性を考慮すると、眠っているM24の機関部を流用し、ストック交換で近代化をお勧めします」
「アクセサリー、特にスリングの取り付け位置を改善できれば、移動と構えに間は不要になります」
「現場の隊員の方も同じ事を考えていると思います。……お二人も、そうではありませんか」
しばしの沈黙。
「あのー、俺ら、居なくてよくないすか?」佐伯が沈黙を破る。
解ける緊張を風見が追う。
「彼女の言ってること、ほぼ完ぺきだと思うんですが、どうです?」
「はいそうですおねがいします」安田も篠田も素直だった。
「九条ちゃん、他にある?」
「はい!これで大好きなM24が復活です!やっぱロングアクションのがカッコいいです!」
「……やっぱソコかよ!ア ハハハハハ!」
「……期待以上だよ!ガハハハハハ!」
笑いの後で、篠田が真面目に問う。「近代化の落とし穴は?」
「機能の盛りすぎと、訓練メニューの反映。もちろん、そこも対応致します」
(色々と気を使う場だから、イヴは一緒じゃない。でも、不思議なくらい落ち着けてるな)
「いつ見れる?」安田からは本日最後の依頼だ。
風見が笑う。「じゃ、適当にブツ選んで、日時は追ってご連絡致します」
(適当に、は最適解ってことだ。風見さん、あてがあるんだな、きっと)
「……九条有栖とはな」A課が会議室を離れるのを待ち、安田が口にした。
「あぁ、東京事件の九条有栖、大きくなったもんだ」篠田も追う。
「あの大事件、公職の仲間が大勢逝ったが、彼女の救出は俺達の支えだった」
「それが、今じゃ風見の部下か」
「世の中が狭いのか、それとも運命か」
「モニター対象だったな」
「何かあれば助ける。そうだろ、篠田」
「そんなことは起きてほしくは無いがな、安田」
「ヴァルキリーズが帰投されるぞ!」A課が基地を出るとき、どこからともなく声がし、隊員たちが敬礼で見送ってくれた。
駐屯地を出た途端、社用車の中はいつものA課に戻る。
佐伯が窓に額をくっつけ、「いやぁ~、あそこまで完璧だとは!」
「俺達とはずいぶん違ったな」高城も珍しく苦笑まじり。
「正直、私の時は何も出来ませんでした……」紫苑はため息まじりだ。
「え?え?私、試されてたんですか?」
「A課の通過儀礼。俺も新人の時、今の部長に連れて来られてな」
(そうか、皆も。あと、風見さんの昔話、ちょっと嬉しいかも)
有栖はまた、自分の居場所が確かになるのを感じていた。
風見は前を見たまま、静かに言う。
「九条ちゃんの提案はほぼ完璧。しいて言えば数値化が欲しいな」
「数値化ですか。数字でないモノを置き換えろってことですか?」
「そうそう。狙撃手なら300メートル、1インチ、1クリック。馴染んだ単位は、同意を得るための実弾だな」
「……でも、置き換えた単位が数値的に合ってないとダメですよね?」
「もちろん。知らない事は学べば良い。手段が目的化しないようにな」
(知識を付けるのは手段。立ち止まって見返してみるのも、大事だな)
翌日午後。有栖と風見はH&C本社会議室の1つを改装した、ショールームの前に立っていた。
チタンのストックフレーム、CFRPとインジェクションFRPの外装パーツが、壁の一面に並ぶ。
そして商談テーブルには「Made in Japan/to the World」の小さなプレート。
日本のチタン、ジェラルミン、インジェクションのトップ企業と、H&Cグループの戦略的合弁企業。
Raijin Arms。武器扱いにならないパーツで勝負する、日本発の新興ブランド
(コレ、機関部が無いから武器じゃないけど、一般人はそうは見ないよね)
「風見さん、今日は何をタカられるんです?」
Raijin Arms担当者の第一声に嫌味は無かった。
名刺を交換し有栖は驚いた。見た目は若いが先方の肩書は取締役。
新興企業とはいえ、日本のその業界ではトップ企業の合弁企業。
並みの実績で取締役になれるはずが無い。
「自衛隊採用決めますから、試作したM24のシャーシストック、出してくれませんか。保守部品付きで」
「またぁ……」
風見は微笑。そして無言で仕様と計画をまとめた資料を渡す。
取締役は無言で資料に見入る。
長い沈黙。風見の無音の交渉。
針の音が空調よりも大きい。時計の秒針が、もう何周しただろうか。
取締役は書類を一枚めくり、また戻す。視線が落ち着かない。
「……ふぅ。OK、解ったよ」
「一度ダメになったM24 改修計画、数は少ないけど自衛隊採用はデカいですよ」
「解ってる。宜しくお願い致します」取締役が深々と頭を下げる。
「ちゃんと他の部隊にも、売り込んできますんで」
「当然。っていうか、ウチのストック使えば、旧式が最新ライフルになっちまうぜ」
(……すごい。言葉で押さない。無音で相手を居心地の悪さから動かす。これが、風見さんの交渉……)
胸の内側が、じわっと熱くなる。
(この無音に、この雰囲気に、凄く惹かれる)
「時間が経ってるんで要求仕様が多少違うんです。直せますよね?」
風見の何気ない要求。
「想定運用では、スリングの取り付け位置変更とM-LOK採用が必須」
「話が早いです」
取締役は口角を上げ、図面を広げてくれた。
そこに描かれた各寸法の数字達は、既に置き換え不要の実弾以上の効果を持っていた。
オフィスに戻り、自販機の前。
「顔、赤いよ」紫苑が有栖に水を渡す。
『心拍が少し高い。あなた、大丈夫ですか?』
「えっ、暑いだけです!」
「ちょっとテラスに出ようか。……風見さんの交渉、どうだった?」
「その、無言じゃなくて、無音の会話というか……」
「うん。無音の会話で間を測ってる。あれは凄いと思う」
(いつかどこかで感じた安心感、みたいな。私は風見さんの無音に惹かれてる)
「風見さんの交渉、凄いっすよね」佐伯も缶コーヒー片手に頷いている。
「それぞれの色があるからな、マネはしなくても良いぞ」高城の言葉は皆に向けたフォローだった。
〈EVE_LOG/共感_v1.0〉
[15:32:08 チーム内の価値観共有→有栖の緊張緩和]
[15:32:20 推奨:自己認知ラベリング「惹かれた対象=沈黙の配置」]
[15:32:28 備考:言語化は感情の温度を下げる。今は微温が適温]
ビルを出ると、夕風が頬に触れた。
帰路の角で、紫苑が唐突に足を止める。
「……まただ」
高城が視線で問う。
「……まただな」
頭上を、丸く小さな黒い影が横切った。
監視用ドローン?かもしれない。鳥にしては遅すぎる。
有栖の呼吸が一拍だけ途切れる。
(社内でも時折、真壁先輩は窓の外を見ていた。あのドローンを見つけていたのかも)
「気のせいに、したいわね」
紫苑はそれ以上、言わない。
沈黙が落ちる。この無音は好きでは無い。
〈EVE_LOG/共感_v1.0〉
[18:11:04 観測:不明影(推定UAV)→回避行動は不要判定]
[18:11:09 九条の視線停止 1.2秒→再歩行]
[18:11:12 提案:「帰路の速度」+6%、会話:軽め]
歩幅を合わせる。街灯が、私たちの前に等間隔の影を置いていく。
有栖はイヴにささやく。
「イヴ、今日の学びは?」
『私がその場に居られなかったのが残念ですが、無音の会話の凄さは、皆の会話から理解しました』
「うん」
『もう1つ。あなたは、その無音に惹かれている』
「ちょ!イヴはそういうの解るの?……皆には黙っててね、お願い」
『承知。ただ、ログは消えない』
「う~、解った。でも共感_v1.0ってスゴイな」
部屋に戻る鍵が、朝よりも軽い。
机にMagI/Oを置くと、イヴが小さく呼吸した気がした。
『記録。今日の幸福度、平均+12%。承認、成長、……そして恋?』
「イヴからそんな事を言われるとは。けっこうビックリだね」
『有栖、驚き過ぎ。共感_v1.0の学習による価値観の理解、そして副作用』
有栖はイヴとの会話にちょっと笑って、そして少しだけ真顔になる。
(無音の会話を学んだ。私が使えるかは解らない。でも、間を測れるのは交渉で強みになる)
カーテンの向こう、さっきの黒い影が、気のせいで済むことを祈る。
無音の願いは、まだバラバラのままだ。
コメディ調で始まりましたが、至って真面目に営業をするA課です。笑
この「自衛隊編」では、商談の提案、交渉、実証、成立を
4話にわたって書いていきます。
様々な場面のリアルな雰囲気に、エンターテインメントとしての創作を足して、
楽しんでもらえるものになればと思います。
また、有栖の感情にも注目です。是非お楽しみに。
さ~て、次回のそれ恋は~
提案内容を詰める過程で、有栖はまた違う風見の手腕を目の当たりにし…
イヴも感情の理解が新たな領域にと広がります。
次回:戦術転換




