第6話 カレー事件
俺は風見 隼人。H&C商事株式会社営業A課の課長だ。
今日はA課の労いの日。休日に集まった本来の目的はこの飲み会だ。
A課は主に政府関連を顧客とする特殊な課だ。
そのため、課員にも相応の能力が求められるが、皆優秀だ。
だが、信頼は知ることから。
このAI時代でも、アナログな関係は大事だと思っている。
座敷の個室は良い密度感だ。
七輪に火がともり、皆のメニューを見る目は、仕様書を確認するかの如く真剣だ。
『外部視聴モジュール、フルアクティブ。幸福度計測開始』
(……MagI/Oのクソ高ぇセンサー群、使うのココかよ!)
イヴのオープンモードの声に、皆、何かを警戒している様子だ。
「例の一件ではよくやってくれた。今日はささやかな慰労……」
「かんぱーい!」佐伯は笑顔で鋭く刺し込む。
(俺の話、まだ途中なんだが……)
佐伯 翔太。自称A課ぺーぺー。愛嬌と明るさで皆を引っ張るムードメーカー。
だが仕事を共にすれば解る。能ある鷹が爪を隠している事を。
周囲をよく見、先回り、調整し、結果を引き出せるヤツだ。
あえて言えば先回りの結果が、たまに空気読めない、になることがタマニキズだ。
高城が、メニューを前に唸る。
「タレと塩……」
(仕事の判断は早いが、皆の好みに配慮して?)
高城 直哉。A課主任。元外務省職員の寡黙な知略家。
冷静な仕切りと交渉力は海外現地職員時代、叩き上げで身に着けてきたもの。若いのに経験の重みが違う。
なのに、食い物に関しては優柔不断。即決は羊羹を買う時だけだ。
「高城さん、まずは塩、味の濃いタレは後」紫苑は理由も添えて、相手を黙らせる。
「ハラミ塩4、タン塩4、あとキムチ2。ユッケとレバ刺しは貴重ね、2つずつ」
「九条は弱いんだから水も一緒に。交互にね」
(配慮と気遣いの紫苑ちゃんは、ただのブレーキでは無い。止まるけど止めない。そうABS)
真壁 紫苑。課長補佐。契約と法令に関しては法務部にも負けない。
それどころか、AIチェックのハルシネーションすら見抜く。
A課だけではない。営業部全体が彼女に助けられている。
懸念なのは、グラビアアイドルばりの、そのルックス。
過去、紫苑ちゃんの配慮と気遣いを勘違いし、勝手に撃沈する輩を何人も見てきた。
彼女が通った後には、突っ伏してむせび泣くヤツが必ず居る。
『乾杯後の幸福度、平均値+18%。特に九条』
「私ですか?」
『はい。心拍と表情筋の微細運動から推定』
(……まぁ、今日は良いか)
テーブルに肉が並ぶが、翔太は「待て」のポーズを取る。
網がまだ温まっていないようだ。
(肉焼く前に決めポーズ必要か?つーか座敷なんだから座れって)
「ヤキニクは炭火だよねぇ~。遠赤外線で火の入り方が違うよ~」
「ガスよりおいしいのは、そこに秘密が?」紫苑が疑問を口にする。
「ガスは燃焼すると、水と二酸化炭素が発生するから~」佐伯の即答。
(翔太は見た目によらず、アウトドアで科学してるな)
有栖は、ゆっくりと、2杯目に手を出していた。
「大丈夫?」ABS紫苑は有栖を気に掛ける。
「……はひ」
『血中アルコール濃度が上昇。キケンキケン』
「イヴ~、静か~に~」
(紫苑ちゃんが一緒じゃないと危ないなコリャ)
「……風見しゃん」
「ん?」
「しゅきなものしゅきって言えで、よかっだでしゅ。」
「好きなもの?」
「はひ。ばっしゅと……てっぽう」
「お、おぅ」
「わだし、ロ……グア……のぎゃカッコいいど思うんでしゅ」
「?……何がカッコいいって?」
「九条さん、告白でもするんすか?」酔っぱらいの佐伯が紫苑に耳打ちした。
「はい九条、離れて!水飲んで!」紫苑はABSを切った。
有栖は水を一口、そして拳を握りしめ「ロングアクションのがカッコいいと思うんですよ!」
と、力強く言い放った。
室内が一瞬静止。笑いが波打つ。
「ロングアクションかぁ~」紫苑が肩を震わせる。
「え?何が長いの?」佐伯はなぜか真顔だ。
高城は無言で頷き、トングで肉を捌いていた。
『用語検索、若い女性が口にすることで……』
「イヴ、ログ取りはやめとけ」
思わず口が出た。イヴは小さく間を置く。
『……そうね。記録は保留』
(ん?そうね?)
……(ロングアクションのが、と言った。M700が好きだと力を込めていたが、そこまで拘るのか)
九条 有栖。今年の新卒。紫苑ちゃんの後輩。繰り返しになるがA課は特殊な課だ。
新卒がいきなり配属されるような課ではない。
だが、合同庁舎の一件ではイヴのサポートの下、機械式スイッチのチューニングをやり切った。
その鬼強メンタルに、そこはかとないポテンシャルを感じざるを得ない。
だが、スーパー新卒故の心配ごと。客観的に九条ちゃんはかなり可愛い。
タイプこそ違えど、紫苑ちゃんと張れるレベルの美形。ガンマニア。そして酒に弱い。
取引先の野郎どもに色々と影響が出そうだが……
第二の紫苑ちゃんにならない事を切に願う。
テーブルの上が寂しくなる頃、個室の引き戸が、コンコンと小さく叩かれた。
「失礼しまーす。今月のキャンペーンはカレ……」
「いえ、別のを」紫苑と高城が、同時に小さく手を上げる。
仕事でもこの反応速度はなかなか見れない。2人とも微妙に焦っている。
(よく覚えていてくれた。……が)
「いいっすね!カレ……」佐伯は笑顔で言い掛け、ハッとする。
有栖は理解していない。「佐伯さん?グーですよ?カレー」
(九条ちゃんは知らない。それは仕方ない)
『幸福度、平均値-12%。一名だけ急降下。』
「えー?イヴー?」まだ酔っている有栖は無邪気だ。
『匿名化処理中……』
「……カレー味のものは食えん」制御が効かない、口が先に動いた。
個室の空気がピシっと音を立てた。
「……」
紫苑が店員に笑顔を送る。「辛いの苦手で~。べ、別のオススメは何かしら~」
紫苑の動揺を察知した店員は静かに消えた。
「ゴメン!ヤキニクだから油断した」紫苑は有栖をフォロー。
高城も佐伯も、無言だが顔にゴメンと書いてある。
……が、3人はお互いを視線で責め合っていた。
堅いと思った大型案件を失注したときでも、こうはならない。
「わだし……しゅみましぇん……」
「謝ることはない。九条さんに非は無いし情報共有ミスだ」
高城がわずかに息をつき、佐伯が頭を掻いた。
「悪いのは自分!済みません!」
(素直に頭を下げる、良いことだ。まだA課は強くなる!)
『幸福度、平均値が回復。補足、仕事との関係性は……』
(いいんだよ、イヴ)
「風見さんはカレー味がダメなの」
紫苑が有栖のグラスに水を足し視線を合わせる。
「ね、気にしない」
「……はい」
(部下の成長を見守るのは俺の役目。知らないことは共有して次に活かす。だがしかし!カレーはダメだ)
タレの肉が場を元に戻す。
高城は紫苑のメニューチョイスに身を任せ、先回りの佐伯は皆の皿を伺う。
紫苑はイイ感じの酔いをキープし、有栖はまだ呂律が回っていない。
「風見しゃんのM700の弾は?」
「.308 だが」
「ロングアクションのがカッコいいと思うんですよ!」
「…….308 ならショートアクションのが操作が速いぞ」
「私、自衛隊のM24が好きで。7.62だけど、ロングアクションのとこが」
「詳しいな。結局、弾薬変更せず更新されちゃったけどな」
「7.62 でもロングアクションだと、マガジンからチェンバーの給弾角度が浅いので……」
「ほほぅ」(本当に好きなようだ)
「……大事なマッチグレード装弾にも余計な力が掛かりませんよ」
「なるほど、一理あるか」
佐伯、高城、紫苑は肉をつつきながら、2人の会話に聞き入る。
「九条さんガチですね。正直オレ、よく解らない」
「M24のあの点を語る女性は、そうはいないな」
「でも、この作者が好きで書いてるだけだから、解らなくても大丈夫にするって」
「あの紫苑さん?何言ってんの?」
「え?」
「え?」
「ライフルの相談、来てたな」高城は思い出したように言う。
「風見さんがそのうち、聞きに行くって」佐伯が答える。
「ふぅ~ん」3人は何かを思ったようだ。
「あと、エジェクションポートが大きいのが……」
「排莢と装填に大事な点だな」
「……迫力があってカッコいいです!」
(ソコかよ!カッコいいは大事なんだな)
『有栖、幸福度上昇。風見は驚嘆と感心、そして……』
「イヴ、それぐらいで~」
『……そうね。……了解しました』
(そうね?誰かと?)
「風見さん、ここに居られるのがすごく嬉しいです」
「それはなによりだ」
「最初はビビりました。仕事も皆さんもイヴも」
「イヴも?」
「はい。全部が速くて正解が用意されてるみたいで。でも今日は好きなものを好きと言ったら、皆さんが笑ってくれて」
「笑いは承認だからな」
「承認ですか」
『承認は社会的報酬。幸福度上昇に寄与……』
「イヴ」
『そうね……観察継続』
(まただ。誰と話して?)
「九条さんのロングアクションは熱いな」佐伯が笑う。
「でも嬉しいです……」
(お互いを知りそして認め合う。部下の成長を実感す……)
風見が久しく胸の高鳴りを感じたその時、その瞬間、二度目の事件が起きる。
「〆のカレーリゾットでーす!」
それは突然やってきた衝撃。
その不意打ちになす術は無く、高城も佐伯も紫苑も、カレーリゾットから出る光に呑まれ消えた。
有栖も学んだがもう間に合わない。3人を追うように光に消えた。
『幸福度、平均値急降下。心拍数……』イヴの声も吸われ消える。
そして、「なんでヤキニク屋でカレー味が出やがんだよぉぉぉぉぉっ!」
風見の薄れていた感情が爆発する。
だが、店員もプロだった。笑顔を崩さずカレーリゾットを後退させた刹那、冷麺のメニューで切り返す。
「ウチの冷麺、評判なんでーす!」添えられるトークもプロ。
いつの間にか光から帰ってきた紫苑が速攻で返す。「ミニ冷麺、人数分お願いします」
佐伯、高城、有栖も光から帰り、ハッと我に返る。
「真壁さんもスゲーが、あの店員もスゲー」佐伯は胸に手を当て息を整える。
高城は何事もなかったように無言で肉を裏返す。
有栖は両手で口を押えたまま、安堵で半ベソになっていた。
「あの、風見さん……」
「すまん。取り乱した。ゆるせ」
『幸福度、平均値回復。経過を……』
「イヴ」
『……そうね。観察継続』
(やはり誰かと話して回答している。誰とだ?)
評判の冷麺が並び、場は再び笑いに包まれた。
この瞬間を逃すまいと紫苑が立ち上がる。
「はい、今日の教訓。情報共有は忘れずに。……で、一番苦労してるのは私、と」
笑いと拍手。パチパチと七輪の炭も追いかける。
「ま、困難は個とチームを強くするのに必要な過程だな。そうだろイヴ」
『……そうね、同意します』
店を出ると、夜の熱は店内よりもやわらかい。
幹線通りから一本入った住宅街。街灯が一定のリズムで足元を照らす。
紫苑が、ふと足を止め、空を仰いだ。
「……ん?」
「どうかしたかー?」佐伯が振り返る。
「いや、……アレ」紫苑が指さした先、二階建ての屋根を黒い影が横切っていく。
丸く小さい。少し遅い。
(交通情報用ドローンはこの時間に住宅街は飛ばないし、風はあるけど揺れないし)
「真壁先輩?」
「……なんでもない。行こ」紫苑は笑顔を作り、歩き出した。
有栖は少し遅れて彼女の隣に追いつき、腕を軽く組む。
高城は車道側を歩き、佐伯は後ろから全体を眺める。
俺は最後尾から、通りの角と屋根のラインを確認した。
(日常に紛れる何かの影。俺の勘はときどき当たる。願わくば外れてほしいのだが……)
『歩行速度、安定。九条の幸福度、上昇。』
「イヴ~」風見は軽くけん制。
『……そうね。観察終了』
俺は息を整えた。
(さて、来週からまた取り調べと狂った予定のリカバリー。しばらく忙しそうだ)
5話に続きメンバー紹介話、風見視点の部下評価風にしました。
コメディを超えてギャグ回になっていますが、
掘り下げられた各メンバーのキャラ像は、
今後の展開の重要な布石になっています。
特に有栖のRemington製ボルトアクションライフルのM700に対する拘りは、
今後展開される新たなビジネスパートのカギとなり、
高城の台詞の「ライフルの相談」につながっていきます。
そしてタイトルにもなる「カレー」は風見の数少ない弱点の1つですね。
これも風見の過去の経験からで、いずれ真意を語るときがくるでしょう。
さ~て、次回のそれ恋は~
事件を2つ乗り越え、相互理解を深めたA課は新たな商談に向け動きます。
有栖の成長と共に、イヴは人の感情と関係性に興味を持ち始めますが…
次回:共感_v1.0をインプリしました。




