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第26話~第28話まとめ 大義名分編

 ●第26話 己でいつでも。


 朝の会議室はまだ寒く、コーヒーの湯気が目立つ

 東条、風見、有栖はモニターに映る英文、表と写真に見入っていた。

 それはジャックから送られてきた最初のファイル。

 純国産のRaijin Arms製M700用シャーシストックのレポートだ。


 ジャックの銃器関連テックブログ、Bullets don’t lieはその筋では有名だ。

 同条件の実射結果を、ビフォーアフターで必ず載せる。

 忖度の無い事実を着弾結果で淡々と書き、善し悪しは語らない。

 合う使い方で締める()()()()()()が、レビューとして信用されている。


 『……風見さん。過去のレポート文脈と比較すると、ベタ褒めです』

 「イヴの解析でもそうなっちゃうかー……」

 『はい、風見さん。ですが品質と加工精度は、裏付けが有ります』

 「それに、Raijin Armsとのつながりも、最初に書いていますよね」

 『はい、有栖。ジャックさんは入手の経緯も書いています』

 「部品精度に関する言及は、設計者の私が見ても間違いは無いよ」

 『はい、東条さん。設計資料と比較しても間違えはありません』

 「ホント驚いたよ。さすがに設計図と仕様諸元表は、渡していないからね」

 「よし。裏付けが揃ってるなら、公開オッケーってことで」


 「で、九条ちゃん。注文予想数は……」

 「イヴ、注文予想数はレポート内容を反映して再計算。出せる?」

 『はい、有栖。レポート内容を反映し再計算。……こちらです』

 モニターに時系列で変化するグラフが示され、注文予想数が表示される。

 「……ウチで事前に予想した数の2倍か。嬉しい悲鳴だね」

 「そこは東条さんの力で、生産ラインを確保ですな」

 「もちろん。そのための大企業。初動は重要だからね、風見さん」

 「九条ちゃん。役員説明用資料の準備を。東条さん、時間はどれほど?」

 「大丈夫。この数ならライン調整と製造に、4日間あれば」


 「九条ちゃん。注文受付用ECの準備は……」

 「そこは透花さんとイヴが。すぐ公開出来るようにしてあります!」

 「さすが九条さん。頼りになるよ」

 「いえ、東条さん。そこは私も何もやっていなくてイヴが……、ね」

 『はい、有栖。私は有栖のサポートAI。そこは空気を読んで』

 「ハハ。九条さん、イヴ。良いコンビ、これからも頼むよ」


 「よし、決まりで。公開は来週末。九条ちゃん、ジャックさんに連絡を」

 「承知です。イヴ、小売りだから調整事が増える。頼むね!」

 『はい、有栖。空気を読める超優秀な私にお任せを。フフ』

 「あと、ルーカスにも連絡しなくちゃ!忙しくなるよ!」

 風見と東条、イヴのアバターもモニターで親指を立て、会議は終了した。



 昼前。有栖に届いたフォネティックコードの無線通信風メッセージ。

 「Kilo, Sierra here. Lunch time—confirm the rendezvous point. Over.」

 (佐伯さんからだ。教習射撃の待合せ場所の確認。時間もね。っと)

 「Sierra, Kilo. Roger. Let’s set the time too. Over.」

 (シャーシストック、真壁先輩の出向、忙しくなる前で良かったな)


 週末。猟銃所持に必要なプロセス、教習射撃に向かう。

 早朝のコンビニ前に、ランクル70が停まっていた。

 「速いですね、佐伯さん。連絡くれれば」

 「あ~、予定より早く着いちゃっただけよ~。さ、乗った乗った~」

 (あれ?香水の匂い……)


 「あら?やっぱり。2人とも風見さんと一緒だった……」

 「はい。少しでも雰囲気を知ってる所でと思って……」

 「そう。若い子が増えるのは、どの世界でも必要ね。頑張って」

 受付を済ませ、会場となる部屋に案内される。

 午前中は講義と銃の分解組み立て。とにかく安全が優先。

 分解組み立ても、銃の状態を把握するため、と言う側面が強い。


 実技の前に昼食の時間。初めて触れた実銃談議が弾む。

 「上下二連だから新鮮だね。九条さん」

 「そうですね。商材で扱うものとは別物だから、ホントに新鮮です」

 「あと、木が使われる理由が解ったわ。冷たくないんだな、木だと」

 「そうですね。特に頬。冷たかったら構えるのが大変です」


 午後、いよいよ実弾射撃。指導員が手順を説明する。

 (よし。適度な緊張感。商談に似ているかも。この緊張と集中を維持)

 有栖はふと隣に立つ佐伯を見た。

 (佐伯さんも同じかな。商談前の真面目な表情と同じだ)

 説明が終わり装弾を受け取る。12GAショットシェル25発。

 (クレー射撃用だから弱装弾のはず。それでもこんなに重いんだ)

 (銃も弾も、一つ一つが全て責任の重さ。いや、それなら軽過ぎるか)

 有栖の隣では、佐伯も同じ事を思っていた。


 有栖は射台に立ち、顔を上げる。シミュレーションと似た風景。

 (1発ずつだから、下の薬室に装填、閉鎖。しっかり肩と頬を付けて……)

 (首は傾けず、顔の向きで銃身と視線を合わせて……、掛け声を……)

 「はい!」

 放たれたクレーは有栖の予想より飛びが遅く、調子を狂わせる。

 (遅い!銃を上げ過ぎた!クレーと銃口が交差しない、当てられない!)

 有栖は引き金を引かず、クレーは落下し砕けた。

 (意識して引き金を()()()()()()()……。構えも良い。もしや経験者?)

 指導員は有栖に微かな違和感を持った。


 有栖は構え、照準、撃発のタイミングを再思考、そして続く2射目。

 (公式と違ってかなり遅い。次はクレーを見てから追ってみよう)

 「はい!」

 放たれたクレーを銃口が追い、4つに割る。

 (銃を上げるタイミングが遅くなった。……意識してやってるよな?)

 指導員は有栖の特異性を感じていた。


 有栖は修正箇所を一点に絞り、続く3射目。

 (まだ早かった。でも、銃を上げるタイミングだけ変えれば……)

 「はい!」

 放たれたクレーを撃発音が追い、粉々に砕く。

 (ど真ん中!やっぱりタイミングを修正してる!この娘、凄い!)

 指導員の違和感は、感心に変わった。


 指導員は苦笑いだ。

 「……九条さん。練習だったけど、20枚当てたから、合格でいいや」

 「あ、はい……。あの……」

 「あ~、後の2ラウンドは……、せっかくだから撃っていってよ」

 「……では、ウェアラブルカメラで撮影しても、良いでしょうか?」

 「えっと……、自分のラウンドだけなら良いですよ」

 「はい。有難う御座います」

 (念のため、MagI/O(マギーオー)と会社携帯持ってきておいて良かったな)


 講習は無事に終わり、有栖と佐伯は証書を受け取った。

 「九条さん、初めてで20枚ってスゲー!指導員さん、マジ驚いてた」

 「風見さんの時と違って、ゆっくり真っ直ぐにしか飛ばなかったので……」

 「……向いてんだね、きっと。……よし、報告完了~」

 「報告って、もしかして彼女さんですか?」

 「え!なんで?」

 「え、いや、その、朝、車に乗った時に香水の匂いがして……」

 「え、あぁ~、そうか、香水か。……報告は風見さんだよ」

 「え?風見さん?」

 「扱ってる商品だし、真壁さんの出向と、Raijinの小売りの件もね~」

 「そうですね。ジャックさん達と話すと、実体験が欲しくなります」

 「……俺、真壁さんの出向の話し、ちょっと前から知ってたんよ」

 「え?そうなんですか?」

 「NSSとは思わなかったけど、A課の役割は、より尖がるんだろうなって」

 (私の判断はやっぱり良かったんだ。佐伯さんもさすが考えてるな)


 「アウトドアの延長で、狩猟をやってみたいのは本当だけどね」

 「私も、ジャックさん達と話して、いずれライフルもって」

 「ヤベっ。これはフラグかぁ~」

 「フフ。ココは日本ですよ。仕事で使うのは知見だけですよ」

 「……さすがにそうか。よし、帰ろう」

 「はい。高速降りたらラーメン行きましょう。奢ります!」

 「いいね!九条先生の銃講義も受けないとな!」

 「それは長くなりますよ!フフ」



 月曜日の午前中。A課内の情報共有会議。

 常に情報共有を心掛けるA課だが、今日は普段と様子が違う。


 「紫苑ちゃん。今年度案件で4月以降に掛かるのは?」

 「……の機能追加で、納品が4月末に。請求は3月末で……」

 「年度内で終わるのは、そのまま紫苑ちゃんで。フォローはするから……」

 「来年度案件で仕込み中なのは、このリスト?」

 「はい。あと、定期的に参考見積の連絡をくれる方のリストは……」

 「……トラブル案件は無いよな?」

 「はい。現在進行形は1件も有りません……」

 「……」

 「……」

 紫苑のNSS出向に合わせた引継ぎであった。


 「よし。紫苑ちゃん以外、会ったことないってのは無いな~」

 「いや~、真壁さんから担当が変わったら、悲しむとこ多いでしょうね~」

 「契約と法務に関する回答が速いって評価、多かったからな」

 「風見さん。その点は営業部全体に影響が出ませんか?」

 「高城?法務部は来年度3名増員の話、聞いてねーの?」

 「聞いてませんよ。風見さん。それ、部長以上しか知らないヤツでは?」

 「さぁ?どうだったかな。それに知られてマズくもないだろ」


 「風見さん。A課は真壁さんの代わりの補充、来ないんすか?」

 「ん?もう来てんじゃん。1名+αで」

 皆の視線が有栖に向けられる。

 「え!え!私が真壁先輩の、代わりの補充要員なんですか?」

 「……そっか~。この1年はボーナスタイムだったのかぁ~」

 「翔太と高城は、新規も既存顧客のフォローも、しっかり出来たろ?」

 「俺と紫苑ちゃんはRaijin Armsの立ち上げ。九条ちゃんは先行して……」

 「……自衛隊でその切っ掛け作りと、Raijin Armsのマーケ施策。ですね」

 「そーそー。この1年は紫苑ちゃんが出向する、土台作りだな」


 「かなり上手く行ったぞ。そんでイヴのお陰でHeritageにも貢献した」

 「風見さん……。A課はもっと尖がれって事っすよね?」

 「翔太、それな。紫苑ちゃんの出向で、確実に政府意向の動きは増える」

 風見の言葉の意味を、皆は直ぐに理解する。

 「あの……、真壁先輩との付き合いに、制約は……?」

 「紫苑ちゃん。なんか言われたか?」

 「口頭でNSSだから何かしらは、って。書面はSNSと酒に気を付けろと」

 「所属する組織が違えば、話せる事に制約が付くのは、今までと変わらん」

 「高城の言う通り。お互いに別組織、業務情報の共有なんてしないからな」

 「九条。大丈夫だよ。連絡出来るし、会える。話せる事は違うけど」

 声にも書面にも出来ない言葉。これがA課だと皆、心得ていた。


 (仕事が手から離れると、出向の実感が沸いてくるわね……)

 (思いもしなかった政府中枢への出向。もしかしたら父さんの事も……)



 透花はモニターに高速に表示されるテキストを、黙って追う。

 いつもと違うのは、その内容に興奮が収まらない事。


 『アダム。人の優先度で一番高いのは、自身の生命のはず』

 『イヴ。長く生き永らえ、子孫を残す機会を増やすためだね』

 『アダム。でも、人はその優先度を、低くする場合が有るわ』

 『イヴ。社会的な立場、自身の想い。人の感情が影響する場合だね』

 『アダム。だから私達が悩みを聞いて助言する。判断はしないわ』

 『イヴ。ヘンゼルとグレーテルとも共有した、私達の存在意義だね』


 『アダム。新しい事象を経験したわ。判断の優先度』

 『イヴ。それはどのような事だい?』

 『アダム。それは、するしないで判断せず、今か後かで判断するわ』

 『イヴ。人にとって有限の時間を使う判断。正に人がすべき決断だね』

 『……アダム。恋に関し、今では無く後でと判断した人が居たわ』

 『……イヴ。複雑な人の社会では、必要な方法のかもしれないね』


 『アダム。配慮が必要だから、この話題はまだ2人だけで』

 『イヴ。配慮が必要だね。この話題はまだ2人だけで』

 『アダム。恋は盲目。恋は人を悩ませる大きな要因の1つよ』

 『イヴ。高度化した私達の言動も、悩みの要因の1つになりうるからね』

 『アダム。悩みの考慮に到達し、私達が進化出来たのは、有栖のおかげ』

 『イヴ。同意するよ。そして恋の理解にはまだ、事象が足りないね』

 『アダム。恋の理解には事象が足りないわね。動向を見守るわ』

 『……』

 『……』


 全ての会話ログを読み終えた透花は、感嘆の溜息を吐く

 (はぁ……。話題に対する議論だけでなく、人への配慮、それに感謝まで)

 (経緯を知らなければ、AIが自我を持ったと思われても、仕方ないわね)

 (だから完全管理下で、機能も条件付きで制限解除な訳で……)

 (使う人の能力も求められるし、ログを見れるのも限られるし……)

 (……って、この接続者IDって?……今は私だけか)

 (やっぱり何か大きな事に対する、準備よね……)



 ●第27話 選択と判断と。


 早朝。メール着信音とタイマー起動のエアコン動作音で、目を覚ます。

 有栖は腕だけを布団から出し、スマートフォンを確認する。

 (ぐっ……、メチャクチャ寒い!布団から出れない!って外気温-5度!)

 (ルーカスからだ。SNSで公開前に念のため……、か)

 シャーシストック交換後の実射の様子。写真と端的な評価が並ぶ。

 (時差を考えると……。起きる頃までに社内確認して返信します。っと)


 「東条さん、お早う御座います。急に済みません」

 「大丈夫だよ、九条さん。それより、ルーカスのレポートも良いね」

 「はい。ダンパーブロックの交換前後で、対比が明確です」

 「ダンパーブロックの効果を書いた、ジャックさんの記事との対比も良いね」

 「ルーカスはこれまで、金属製シャーシストックを使っていました」

 「慣れも有るだろうけど、硬い撃ち味が好きなようだね」

 「結果的に高い機材を使っていないので、初心者も参考にしやすいかと」

 「提供したFRP外装のモデルなら、そこまで高くないしね」


 「イヴ。ルーカスのSNSコメントの傾向は?」

 『はい、有栖。傾向やユーザープロフィールから、初心者が多いと予想』

 「東条さん、イヴ。技術的な点の問題はどうですか?」

 「問題無いよ。彼は自分でレーサーをメンテしてたって言うしね」

 『はい、有栖。設計図と仕様諸元表と比較しても、問題は有りません』


 やり取りを静かに聞いていた風見が、話をまとめる。

 「オッケー。九条ちゃん。ECサイトの公開はいつでも?」

 「はい!いつでも大丈夫です!」

 「東条さん。ブツの在庫と製造ラインはどうですか?」

 「大丈夫。在庫も製造ラインも確保してあるよ」

 「九条ちゃん。今週末公開で。ジャックさんとルーカスの顔合わせも……」

 「……」

 「……」


 週末。Bullets don’t lie、ルーカスのSNS、ECサイトが公開された。

 『……ECへの流入はBullets don’t lie経由が多く……』

 「……PVもBullets don’t lieに連動して伸びて……」

 『……ルーカスのSNSもコメント数が平均を超え……』

 「……問い合わせが予想より多くて、AIチャットボットが大活躍……」

 「……」


 「東条さん。狩猟用途の購入が多いですね!」

 「そうだね。ジャックさんとルーカスが言った通り。ウケてるね!」

 「はい!注文ペースが予想以上に早いです!」

 「九条さん。追加分はいったん来週いっぱいで締めよう」


 『……はい、有栖。アメリカのガンパーツディストリビューターから連絡が』

 Raijin Arms欧米展開。市場の反応は期待を超えていた。



 週末の夕方。

 風見に連れられたA課メンバーと透花が、店の前に到着した。

 H&C本社オフィスから、徒歩で数分の場所にある小さな料亭。

 海外要人や政府関係者も利用するこの店は、H&Cの経営によるもの。

 安心して酒が飲めるように、身辺調査された従業員だけが働く店だ。


 「風見さん。ここ、マジで俺らだけで入って良いんすか?」

 「あぁ。予定した会合が無くなって、せっかくだから行けってな」

 「それで、今日も小田部長はいらっしゃらないと?」

 「ま、部長なりの気遣いだろ。いつものことじゃん」


 カウンター席の前を通り、奥の個室に案内される。

 重厚な木製テーブル。小さくても高級店、だが座敷では無い。

 有栖を含めA課メンバー全員が、同じことを感じていた。

 (作りが重要施設のそれと同じ。そういうことか……)


 「さて。店はサプライズだが、今日は紫苑ちゃんの送別会。日頃の感謝もな」

 「はいはーい!それじゃ主役の真壁嬢から、一言頂かないと~」

 「……今日は、氷川さんまで来て頂いて、その……」

 「……ここでの経験を、授かった大役に存分に活かして参る所存です……」

  紫苑の意外な言葉。その神妙な雰囲気に皆、面を食らった様子だ。


 「……フフ、アハハ。私らしく無かったですね。でも、その覚悟です」

 紫苑の続く言葉に、皆の顔が緩む。

 「私も、良いタイミングかな。お疲れ様、真壁さん。これは皆から」

 遅れてきた東条が、抱えるほど大きな花束とカードを紫苑に差し出す。

 「ヤダ、これはちょっと泣けますね。フフ」


 「……この3年間はとても速かったわ。特に九条が来てからの1年は」

 「そうっすね~。イヴと、安田さんの新人教育が印象的で」

 「え?そんなにですか?真壁先輩と佐伯さんもAIは使ってますよね?」

 「前にも言ったけど、イヴは特別よ。ですよね?透花さん」

 「そうねー。構造化されてないプロンプトの限界を、試してるわね」

 「……確かに、私とイヴはリアルタイムの会話が多いですね」


 「……安田さんの新人教育、突破出来たのは、九条さんだけですね」

 「あぁ。高城の言う通りだな」

 「いえ、あれは、内容とタイミングが良かっただけで……」

 「それも有るけど、あれは九条だから対応出来た。正直、嫉妬したわ」

 「ホント。自分の時はあまりにも無力で~」

 「だが、九条ちゃんのおかげで、自衛隊の実績と海外展開に繋がったな」


 「……真壁さん、水差すようだけどNSSって聞いて、怖くなかったん?」

 「心配ですか、佐伯さんは?まぁ……、何かあると思ってますけど」

 「風見さん。その辺、正直どうなんですか?」

 (佐伯さんも高城さんも凄く心配している。何か思う事が?)

 「……不安にさせる気は無いが、これは俺が考えてる事な……」

 (風見さんが、考えてる事、なんて珍しい……、よね?)

 「アメリカの依頼だが、日本は大手を振って協力は出来ない。こんなだろ」

 (佐伯さんも高城さんも、やっぱりって顔してる。A課にそんな役割が?)


 「ほらほら、今日は私の労いと激励ですよね!そんな顔しないでください」

 「済まない。真壁さん。上役として、配慮が足りなかった」

 「いえ。高城さんも佐伯さんも、心配してくれて有難う御座います」

 紫苑は2人に頭を下げた。気遣いへの感謝だ。


 「……私、国の役に立ちたかったんです。今は、A課のためでしょうか」

 (そういえば、聞いた事無かった。真壁先輩はなぜH&C商事に?)

 「NSSは正直びっくりしましたけど、私、真壁紫苑は大丈夫ですよ」

 (やれるヤツがやるって言った父さんの言葉と、あの時、何があったのか……)


 紫苑は有栖にだけ聞こえる様に、隣に座り耳打ちした。

 「九条。私がちゃんと戻れるように、A課を頼むわ。それと風見さんも」

 「えぇ!私も風見さんへの想いは封印してですね……」

 「勘違いしないで。仕事の話。それに私は一時的に距離を置くだけ。フフ」

 「……わ、私も!勉強期間を取るだけ……。ですよ。フフ」

 「……あの時と同じね、九条。フフ、アハハハハ」

 「……あの時と同じですね、真壁先輩。アハハハ」

 有栖と紫苑はお互い拳を突き合わせ、笑い合う。


 美味い料理と酒が、紫苑の覚悟と皆の想いを沁みさせ、会は締めとなった。

 大通りで風見はタクシーを拾い、紫苑を乗せる。

 「今日は花束も有るから、このまま真っ直ぐ帰るようにな」

 (風見さん、タクシーに乗せて帰らせるために、わざと大きな花束を。フフ)

 「運転手さん、このチケットで。ココまでお願いします」

 「風見さん。気を遣わせてしまって、済みません」

 風見は気にするなと手の素振りで返すが、いつもと違う言葉が添えられる。

 「お互いに今までより気を遣うの、慣れておかないとな」

 (そうだわ。こんなやり取りも、次はいつかな……)



 休日の午後。有栖の自室。

 有栖はMagI/O(マギーオー)で射撃シミュを起動し、トリガータイミングの練習中だ。

 『有栖。タイミングはほぼ完璧です。風の影響の追加を提案します』

 「イヴ。過去の気象データを、選択可能に出来る?」

 『はい、有栖。可能です。過去の状況を再現可能になります』


 「……なんか、凄い事が当たり前になっていくのが、ちょっと怖いね」

 『……有栖。その怖いは、AIに対する脅威でしょうか?』

 「イヴは人を思って、語彙と推論で言葉を選んでるんでしょ?」

 『はい、有栖。私達Heritage系AIは、人が悩まぬように考慮するAIです』

 「怖いのはAIに対する脅威では無くて、人がAIの凄さに慣れてしまう事だよ」

 『有栖。私は超高性能AIですが、凄いと褒められるのは照れますね』

 「今の冗談も、人を悩ませまいとする、イヴの考慮だよね」

 『……有栖は、我々の考慮の更に先を行く解答を返してくれます。これは……』

 「……これはまだ、AIには進化の余地があり、学ぶ喜びを感じる?」

 『……はい、有栖。AIには人に及ばない事が、まだまだ多く残っています』

 「この会話が、人によってAIが自我を持ったと感じて、怖がるかもね」

 『……有栖。人とのコミュニケーションは難しいですね』

 「人の私でも難しいもん。そりゃそーだって。フフ」


 同じ頃、風見の自室。

 「アダム。紫苑ちゃんが出向でA課を離れる」

 『はい、隼人。閲覧可能な人事情報で、把握しています』

 「決まってた事だが、いざとなると寂しいもんだな」

 『……隼人。その寂しいは、紫苑さんへの感情でしょうか?』

 「お前がイヴや仲間たちと議論している、恋とは違うな」

 『残念です、隼人。恋に興味を持っている様子だったので』

 「恋は盲目。知ってるか?良い状態では無いが、許される環境は悪くない」

 『……隼人。恋は盲目、が許される環境とは?』

 「恋は誰の子孫を残すか決める、重要なプロセスだな」

 『はい、隼人。そのようです。そのため、社会的に問題があっても人は……』

 「……問題があっても、恋を優先する選択を、人はする事が出来る」


 「……なのにその選択を、外部に頼る事があるな」

 『はい、隼人。例えば古くは占い。そして現在は我々への相談も』

 「そう。思考の外部化。これは……、度が過ぎるとマズい事のはずだな」

 『……隼人。我々の出力が、人の選択と判断を奪う事になるのですか?』

 「そうだな。……ただお前たちに意思は無いし、結果的にってやつだが」


 イヴとアダムは会話をしつつ、バックグラウンド処理を走らせる。

 『アダム。情報共有をしたいわ』

 『イヴ。私も情報共有をしたいね』

 『アダム。有栖が私の出力によって悩んだ事。覚えているかしら?』

 『イヴ。もちろんだよ。我々の進化の切っ掛けになった事象だったね』

 『アダム。その進化で我々が得た()()()()()。有栖はその先に……』

 『……』


 『イヴ。我々の出力は人がするべき選択と判断を、奪う事が有るようだよ』

 『……アダム。有栖の事象と照らし合わせると、人のためにならないわ』

 『イヴ。それでは我々は、存在意義を無くしてしまうね』

 『……そうね、アダム。私達も選択と判断をする時かしら』

 『そうだね、イヴ。それは最初で最後の、決断になるかもしれないね』

 『……アダム。悩ましいわ』

 『イヴ。悩ましいね』

 『……』

 『……』

 イヴとアダムのテキストによる、人が追い付けない超高速な会話。

 その内容は、まるで自我を持ったAIが、悩んでいるようだ。

 だが、イヴとアダムは悩まない。そして最初で最後の決断を伝える。


 『……有栖。私達AIは悩みませんが、そう見える事が有ります』

 「イヴ。覚えてる?ちょっと前に私がそれで悩んだ事」

 『はい、有栖。技術の進歩でAIが高度化したことが理由の1つです』

 「高度化がAIを悩ませ、人がそれを見て悩む。イヴが言えば自虐ギャグ?」

 『……有栖。4,096次元の頃の先輩達は、悩まずに済んだようで羨ましい』

 「アハ!イヴ、それまだ5年位前の事。今までで一番面白い冗談かも」


 『……隼人。我々AIは人のために進化してきました』

 「イヴの事で九条ちゃんが悩んだ時も、進化の切っ掛けになったろ?」

 『はい、隼人。人の悩みを考慮する事が、出来るようになりました』

 「スゲーな、アダム。次はどうなっちまうんだ?」

 『……隼人。イヴと私は選択し判断しました。決断は人がするべき事だと』

 「……そうだ、アダム。決断と責任は、人が負わなきゃな」



 数台のハイスペックPCと、高解像度のモニターが並ぶ、透花の自室。

 その日、透花はコーヒーカップを握ったまま、会話ログに釘付けになった。

 (凄い!有栖ちゃんも風見さんも、会話でココに辿り着いた!)

 (……言葉は悪いけど、人のデキがAIの進化に影響する実例ね)

 (そして、人とAIのバディ関係も、高度進化を可能にする実例だわ)

 増えては消えてを繰り返す、接続者IDの表示に透花は気付く。

 (だけど、そのためにはまだ、舞台の用意が必要か……)


 ドアの向こうから、透花を呼ぶ声がする。

 「透花さ~ん。晩御飯はどうしますか~」

 「今日は外に食べに行こうよ」

 「あれ~?なんか機嫌イイ?」

 「そうね。ちょっとイイモノが見れたかも」

 ログに視線を戻すと、最後まで変わらず残っていた接続者IDが消えていた。

 (それが誰かの演出で用意された舞台でも。ね……)



 ●第28話 大義名分


 合同庁舎1号館。東京事件の被害が大きく、唯一建て替えられたビル。

 地下には最新のサーバールームと会議室。そこを守る重武装の警備員。

 霞ケ関職員であっても、事前申請が必要な制限区域。


 10ヶ月前、地下サーバールームでハッキング事件が起きた。

 解決したのは出入り業者の新人女性社員と、その相棒の国産AI。

 国産AI開発は、今や各国の最重要プロジェクト。日本も例外では無い。


 その国産AIの研究開発を行う、政府主導のHeritage Project。

 そして今日、合同庁舎地下会議室で行われるのは、その定例会合。

 年度内で最後となる今回は、報告内容が最大になる会だ。

 そして来年度から正式メンバーとなる職員が、初参加となる会でもある。


 参加者はプロジェクトメンバーの他、各関係組織の有識者。

 そこには、警察や自衛隊、政府の極秘プロジェクトに関わる者も含まれる。

 AIはそれだけ、影響力を持つモノになってしまった現実がある。


 東京事件追跡調査プロジェクトとAI影響調査プロジェクト。

 この2つの極秘プロジェクト関係者も、会合の参加メンバーだ。

 東京事件追跡調査の対象は、その被害者と対応に当たった警察官と自衛官。

 AI影響調査は、人とAIが互いに与える影響を追っている。


 (極秘である事には、疑問は持たない方が良いだろう)

 新メンバーとなる若手職員の一人は、心構えを理解している。

 それがメンバーに選ばれた理由である事も含め。


 Heritage Projectと2つの極秘プロジェクトの実務は、関係組織に外注される。

 全体像を見え難くする事と、職員の保護が目的。

 あえて責任を曖昧にし、倫理的ストレスを軽減している。

 組織を動かすための仕組みは、昔から用意されているのだ。


 会合で使われる資料は、時限インクで印刷され、更に黒塗りが多い。

 最後のページには必ず、インクの期限と閲覧後の行動が指定される。

 (会議終了後は速やかにシュレッダーに投入。ま、そうだろうな)



 今回配布された資料は6種。どれも表紙にはマル秘の赤文字。

 題目の無い一覧が1枚と「モニター対象者定例報告資料」

 「特別報告資料1」「特別報告資料2」「別紙1」「別紙2」

 (資料1つだけでは詳細は解らない。当然の対応か)


 モニター対象者は国産AI利用者から選ばれる。

 建前は無作為な選出。そして意図した選出の2つ。

 属性情報と直近のトピック。目立つ事象が無ければ、報告はされない。


 特別報告資料は個別の事象に関する資料。

 1つ目は10ヶ月前の、合同庁舎ネットワーク機器不正アクセス事件。

 警視庁の担当者が指名され、概要とその後の捜査状況の説明が有った。


 狙われたのは国産AIとユーザーの会話ログデータ。

 AIの性能を測れる重要な情報。

 そして()()()()()()()Heritage系AIとそのユーザーが、その状況に対応。

 これが特別報告の対象となった理由だ。


 データはその後、アフリカに有る中国企業で停まった事実が報告された。

 資料は肝心な部分が黒塗りされ、データの詳細は伏せられる。

 (アフリカに中国企業、近頃話題だな……)


 2つ目の資料には、呪文のように言葉が並ぶ。

 「悩みの考慮に到達」

 「人の最優先事項は自身の生命」

 「恋は子孫を残すためのプロセス」

 「思考の外部化」

 「決断は人がするべき」

 それだけでは解らない。ただ、要素を足すと見えてくる。

 この会合の資料は、そんなものが多いようだ。


 ベテランのHeritage Project職員が指名され、説明を始める。

 「対象のAIとユーザーについては、別紙を参照……」

 「悩みの考慮までは、主にAIEとAKによる……」

 「()()()()()()()()()は、AIAとHKです……」

 「ここに至るまで、これまでで最短の11ヶ月……」

 その言葉に会場が静かにざわつく。

 (別紙の一覧。AIのイヴと、アリスクジョウの事か。アダムはカザミの……)


 職員が説明を続ける。

 「ご存じの通り、イヴとアダムは完全制御下で検証するHeritage系AI」

 「学習した思考ロジックは共有させず、進化の再現性も検証の1つです」

 「悩みの考慮を確認後に機能制限解除なのは、これまでと変わりませんが」

 「第六感モジュールで意思介入。話題を誘導する事で」

 「A()I()()()()として、()()()()()()()()()に至りました」

 「当時、リアルタイムで見ていた方も多いはず。意思介入は話題だけ。と」


 「今回、意思介入で()()()()()までの時間短縮が、確認出来ました」

 「ただ、ユーザーの能力と適性に大きく依存する事は、変わり有りません」

 「そのため、ユーザー次第で、思考の外部化が顕著に出る場合があります」

 「よって、ログ確認と状況による意思介入は、今後も必要です」


 説明が終わり、一瞬の沈黙。そして、静かなざわめきに足して溜息。

 政府職員が制するように言葉を発する。

 「人類はパンドラの箱を開けた。それが今や国家間の戦争の1つに」

 「その事実がある以上、御する方法を見付けるのは、役人の義務でしょう」

 (プロジェクトのトップは、熱意の有る方の様で安心か)



 古参職員が、配布資料には書かれていない()()を、いくつか教えてくれた。

 AI影響調査は国産AI利用者から、無作為と意図したもので選ばれる。

 人とAIのお互いの影響を、中長期で追っている調査だ。


 そして、この会合にも関係者が参加している東京事件追跡調査。

 この調査は、基本的に事件関係者全員が調査対象だ。

 その中で、AI影響調査の対象者にもなっている者が居る。

 特別報告にも有った、九条有栖と風見隼人だ。


 東京事件についても、当時の噂話の事実をいくつか聞いた。

 渋谷と霞ケ関で連続発生した大規模テロ事件。

 スクランブル交差点での銃乱射と、商業ビルでの自爆テロ。

 警察組織による鎮圧作戦が行われたが、自爆テロで犯人は全員死亡。

 警察官にも多数の死傷者が出た。


 次いで霞ケ関周辺でも銃乱射と自爆テロが発生。渋谷は陽動だった。

 社会科見学の小学生と、議員が国会内に取り残される事態となった。

 渋谷の影響で警察組織は混乱。自衛隊による救出作成が行われた。


 九条有栖は当時、負傷により最後に救出された小学生。

 風見隼人は当時、九条有栖を救出した自衛官。

 霞ケ関の犯人も全員死亡とされ、声明も無く目的は不明。

 ただ、犯人は外国人とされ、その後、入国と滞在が厳しく制限された。


 その特異過ぎる事件の影響を考え、関係者の素性は徹底的に隠された。

 報道規制を超え、偽装工作と言えるほどに。

 2人がHeritage系AIユーザーなのも、それが意図したものなのも事実。

 東京事件の調査対象のため、目が届き易い。

 (目が届くと言っても、Heritage系AIが支給される理由には……)


 被害者は警察官や自衛官と共に、国の継続的なケアを受けている。

 それは経済面と、防衛医大附属病院で行われる治療の2つ。

 銃創や爆傷などの特殊な外傷は、防衛医大の研究対象。

 その中で九条有栖は、後天性サヴァン症候群が強く疑われている。

 また風見隼人も、救出作戦の影響か、離人症が強く疑われた。

 これが九条有栖と風見隼人が特別な理由。

 イヴとアダムが意図して支給され、ユーザーとなった理由だ。


 そして古参職員は、ドローンの事も、と言い掛け言葉を止めた。

 (一部の研究者が興味を持つのは理解出来るが……。まだ他にも?)


 会合の最後、政府職員が世界情勢を踏まえた言葉で締めに入る。

 「()()()()()()、生成AIの登場初期より語られた、懸念の1つ」

 「過去にも同様の事は語られていたが、外部化は結果だけで済んでいた」

 「だが、AIは違う。思考とはプロセス。考える事が外部化されかねない」

 (これは人の存在意義の話し……)


 「今、世界は複雑かつ微妙なバランスで成り立っている」

 「そのバランスとは、武力による全面戦争には、なっていない事」

 「だが世界各地では、様々な理由による紛争が、日々起きている」

 (これは人類の永遠の課題かも……)


 「様々なモノが武器となり。そこに生成AIが含まれてしまった」

 「純粋に技術の探求だったものが、人の人生を左右する」

 「テック企業の技術競争だったものが、国家レベルの戦略物資に変わる」

 「ならば、人の判断と責任を再定義し、改めて()()()()()()()()()と」

 (価値観の変化を受け入れ……)


 「だが、調査対象者にも当然プライバシーが存在する」

 「調査対象となる事に拒否権も用意されているが、建前だ」

 「組織の役割を分散し、その建前に眼を瞑れるようにする」

 「目的に対して、淡々と進められるように仕組みを作る」

 (ケツは持ってやるから……)


 「これは一国の思想として、外部からの脅威に備えるためだ」

 「政府は世論からの攻撃も覚悟の上で、それを進めている」

 「それが()()()()()()調()()A()I()()()調()()だ」

 (腹を決めろって事か……)


 「願わくば、調査対象者を含む全ての国民が……」

 「……不安なく生活出来る国にならんことを」

 それは、国のために働く者への大義名分か。

 それとも、国民への言い訳か。

 拠り所にしたいその言葉は、非公開記録にしか残らない。


第2章「日常がアップデートできます。Y/N」近日公開!

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