第28話 大義名分
合同庁舎1号館。東京事件の被害が大きく、唯一建て替えられたビル。
地下には最新のサーバールームと会議室。そこを守る重武装の警備員。
霞ケ関職員であっても、事前申請が必要な制限区域。
10ヶ月前、地下サーバールームでハッキング事件が起きた。
解決したのは出入り業者の新人女性社員と、その相棒の国産AI。
国産AI開発は、今や各国の最重要プロジェクト。日本も例外では無い。
その国産AIの研究開発を行う、政府主導のHeritage Project。
そして今日、合同庁舎地下会議室で行われるのは、その定例会合。
年度内で最後となる今回は、報告内容が最大になる会だ。
そして来年度から正式メンバーとなる職員が、初参加となる会でもある。
参加者はプロジェクトメンバーの他、各関係組織の有識者。
そこには、警察や自衛隊、政府の極秘プロジェクトに関わる者も含まれる。
AIはそれだけ、影響力を持つモノになってしまった現実がある。
東京事件追跡調査プロジェクトとAI影響調査プロジェクト。
この2つの極秘プロジェクト関係者も、会合の参加メンバーだ。
東京事件追跡調査の対象は、その被害者と対応に当たった警察官と自衛官。
AI影響調査は、人とAIが互いに与える影響を追っている。
(極秘である事には、疑問は持たない方が良いだろう)
新メンバーとなる若手職員の一人は、心構えを理解している。
それがメンバーに選ばれた理由である事も含め。
Heritage Projectと2つの極秘プロジェクトの実務は、関係組織に外注される。
全体像を見え難くする事と、職員の保護が目的。
あえて責任を曖昧にし、倫理的ストレスを軽減している。
組織を動かすための仕組みは、昔から用意されているのだ。
会合で使われる資料は、時限インクで印刷され、更に黒塗りが多い。
最後のページには必ず、インクの期限と閲覧後の行動が指定される。
(会議終了後は速やかにシュレッダーに投入。ま、そうだろうな)
今回配布された資料は6種。どれも表紙にはマル秘の赤文字。
題目の無い一覧が1枚と「モニター対象者定例報告資料」
「特別報告資料1」「特別報告資料2」「別紙1」「別紙2」
(資料1つだけでは詳細は解らない。当然の対応か)
モニター対象者は国産AI利用者から選ばれる。
建前は無作為な選出。そして意図した選出の2つ。
属性情報と直近のトピック。目立つ事象が無ければ、報告はされない。
特別報告資料は個別の事象に関する資料。
1つ目は10ヶ月前の、合同庁舎ネットワーク機器不正アクセス事件。
警視庁の担当者が指名され、概要とその後の捜査状況の説明が有った。
狙われたのは国産AIとユーザーの会話ログデータ。
AIの性能を測れる重要な情報。
そして偶然居合わせたHeritage系AIとそのユーザーが、その状況に対応。
これが特別報告の対象となった理由だ。
データはその後、アフリカに有る中国企業で停まった事実が報告された。
資料は肝心な部分が黒塗りされ、データの詳細は伏せられる。
(アフリカに中国企業、近頃話題だな……)
2つ目の資料には、呪文のように言葉が並ぶ。
「悩みの考慮に到達」
「人の最優先事項は自身の生命」
「恋は子孫を残すためのプロセス」
「思考の外部化」
「決断は人がするべき」
それだけでは解らない。ただ、要素を足すと見えてくる。
この会合の資料は、そんなものが多いようだ。
ベテランのHeritage Project職員が指名され、説明を始める。
「対象のAIとユーザーについては、別紙を参照……」
「悩みの考慮までは、主にAIEとAKによる……」
「決断は人がするべきは、AIAとHKです……」
「ここに至るまで、これまでで最短の11ヶ月……」
その言葉に会場が静かにざわつく。
(別紙の一覧。AIのイヴと、アリスクジョウの事か。アダムはカザミの……)
職員が説明を続ける。
「ご存じの通り、イヴとアダムは完全制御下で検証するHeritage系AI」
「学習した思考ロジックは共有させず、進化の再現性も検証の1つです」
「悩みの考慮を確認後に機能制限解除なのは、これまでと変わりませんが」
「第六感モジュールで意思介入。話題を誘導する事で」
「AIの解答として、決断は人がするべきに至りました」
「当時、リアルタイムで見ていた方も多いはず。意思介入は話題だけ。と」
「今回、意思介入で決断は人がまでの時間短縮が、確認出来ました」
「ただ、ユーザーの能力と適性に大きく依存する事は、変わり有りません」
「そのため、ユーザー次第で、思考の外部化が顕著に出る場合があります」
「よって、ログ確認と状況による意思介入は、今後も必要です」
説明が終わり、一瞬の沈黙。そして、静かなざわめきに足して溜息。
政府職員が制するように言葉を発する。
「人類はパンドラの箱を開けた。それが今や国家間の戦争の1つに」
「その事実がある以上、御する方法を見付けるのは、役人の義務でしょう」
(プロジェクトのトップは、熱意の有る方の様で安心か)
古参職員が、配布資料には書かれていない常識を、いくつか教えてくれた。
AI影響調査は国産AI利用者から、無作為と意図したもので選ばれる。
人とAIのお互いの影響を、中長期で追っている調査だ。
そして、この会合にも関係者が参加している東京事件追跡調査。
この調査は、基本的に事件関係者全員が調査対象だ。
その中で、AI影響調査の対象者にもなっている者が居る。
特別報告にも有った、九条有栖と風見隼人だ。
東京事件についても、当時の噂話の事実をいくつか聞いた。
渋谷と霞ケ関で連続発生した大規模テロ事件。
スクランブル交差点での銃乱射と、商業ビルでの自爆テロ。
警察組織による鎮圧作戦が行われたが、自爆テロで犯人は全員死亡。
警察官にも多数の死傷者が出た。
次いで霞ケ関周辺でも銃乱射と自爆テロが発生。渋谷は陽動だった。
社会科見学の小学生と、議員が国会内に取り残される事態となった。
渋谷の影響で警察組織は混乱。自衛隊による救出作成が行われた。
九条有栖は当時、負傷により最後に救出された小学生。
風見隼人は当時、九条有栖を救出した自衛官。
霞ケ関の犯人も全員死亡とされ、声明も無く目的は不明。
ただ、犯人は外国人とされ、その後、入国と滞在が厳しく制限された。
その特異過ぎる事件の影響を考え、関係者の素性は徹底的に隠された。
報道規制を超え、偽装工作と言えるほどに。
2人がHeritage系AIユーザーなのも、それが意図したものなのも事実。
東京事件の調査対象のため、目が届き易い。
(目が届くと言っても、Heritage系AIが支給される理由には……)
被害者は警察官や自衛官と共に、国の継続的なケアを受けている。
それは経済面と、防衛医大附属病院で行われる治療の2つ。
銃創や爆傷などの特殊な外傷は、防衛医大の研究対象。
その中で九条有栖は、後天性サヴァン症候群が強く疑われている。
また風見隼人も、救出作戦の影響か、離人症が強く疑われた。
これが九条有栖と風見隼人が特別な理由。
イヴとアダムが意図して支給され、ユーザーとなった理由だ。
そして古参職員は、ドローンの事も、と言い掛け言葉を止めた。
(一部の研究者が興味を持つのは理解出来るが……。まだ他にも?)
会合の最後、政府職員が世界情勢を踏まえた言葉で締めに入る。
「思考の外部化、生成AIの登場初期より語られた、懸念の1つ」
「過去にも同様の事は語られていたが、外部化は結果だけで済んでいた」
「だが、AIは違う。思考とはプロセス。考える事が外部化されかねない」
(これは人の存在意義の話し……)
「今、世界は複雑かつ微妙なバランスで成り立っている」
「そのバランスとは、武力による全面戦争には、なっていない事」
「だが世界各地では、様々な理由による紛争が、日々起きている」
(これは人類の永遠の課題かも……)
「様々なモノが武器となり。そこに生成AIが含まれてしまった」
「純粋に技術の探求だったものが、人の人生を左右する」
「テック企業の技術競争だったものが、国家レベルの戦略物資に変わる」
「ならば、人の判断と責任を再定義し、改めて決断は人がするべきと」
(価値観の変化を受け入れ……)
「だが、調査対象者にも当然プライバシーが存在する」
「調査対象となる事に拒否権も用意されているが、建前だ」
「組織の役割を分散し、その建前に眼を瞑れるようにする」
「目的に対して、淡々と進められるように仕組みを作る」
(ケツは持ってやるから……)
「これは一国の思想として、外部からの脅威に備えるためだ」
「政府は世論からの攻撃も覚悟の上で、それを進めている」
「それが東京事件影響調査やAI影響調査だ」
(腹を決めろって事か……)
「願わくば、調査対象者を含む全ての国民が……」
「……不安なく生活出来る国にならんことを」
それは、国のために働く者への大義名分か。
それとも、国民への言い訳か。
拠り所にしたいその言葉は、非公開記録にしか残らない。
ド素人の処女作を、ここまでお付き合い頂き、本当に感謝感激雨あられです。
この28話にて第1章「気持ちはソースコードになりますか?」は完結です。
伏線として薄ーく書いてきた事もかなり回収しましたが、如何だったでしょうか。
有栖のスーパー新人ぶりや、風見も含め特別なAIが支給された訳、
そして2人の過去、色々と繋がったと思います。
感想やレビューを頂けますと幸いです。
第2章は色々と準備が必要なのと、
第1章の特に前半のリライトを予定していますが近日公開。
乞うご期待で御座います。
それでは一旦の区切りとしまして。
有難う御座いました。




