第26話 己でいつでも。
朝の会議室はまだ寒く、コーヒーの湯気が目立つ
東条、風見、有栖はモニターに映る英文、表と写真に見入っていた。
それはジャックから送られてきた最初のファイル。
純国産のRaijin Arms製M700用シャーシストックのレポートだ。
ジャックの銃器関連テックブログ、Bullets don’t lieはその筋では有名だ。
同条件の実射結果を、ビフォーアフターで必ず載せる。
忖度の無い事実を着弾結果で淡々と書き、善し悪しは語らない。
合う使い方で締める大人の書き方が、レビューとして信用されている。
『……風見さん。過去のレポート文脈と比較すると、ベタ褒めです』
「イヴの解析でもそうなっちゃうかー……」
『はい、風見さん。ですが品質と加工精度は、裏付けが有ります』
「それに、Raijin Armsとのつながりも、最初に書いていますよね」
『はい、有栖。ジャックさんは入手の経緯も書いています』
「部品精度に関する言及は、設計者の私が見ても間違いは無いよ」
『はい、東条さん。設計資料と比較しても間違えはありません』
「ホント驚いたよ。さすがに設計図と仕様諸元表は、渡していないからね」
「よし。裏付けが揃ってるなら、公開オッケーってことで」
「で、九条ちゃん。注文予想数は……」
「イヴ、注文予想数はレポート内容を反映して再計算。出せる?」
『はい、有栖。レポート内容を反映し再計算。……こちらです』
モニターに時系列で変化するグラフが示され、注文予想数が表示される。
「……ウチで事前に予想した数の2倍か。嬉しい悲鳴だね」
「そこは東条さんの力で、生産ラインを確保ですな」
「もちろん。そのための大企業。初動は重要だからね、風見さん」
「九条ちゃん。役員説明用資料の準備を。東条さん、時間はどれほど?」
「大丈夫。この数ならライン調整と製造に、4日間あれば」
「九条ちゃん。注文受付用ECの準備は……」
「そこは透花さんとイヴが。すぐ公開出来るようにしてあります!」
「さすが九条さん。頼りになるよ」
「いえ、東条さん。そこは私も何もやっていなくてイヴが……、ね」
『はい、有栖。私は有栖のサポートAI。そこは空気を読んで』
「ハハ。九条さん、イヴ。良いコンビ、これからも頼むよ」
「よし、決まりで。公開は来週末。九条ちゃん、ジャックさんに連絡を」
「承知です。イヴ、小売りだから調整事が増える。頼むね!」
『はい、有栖。空気を読める超優秀な私にお任せを。フフ』
「あと、ルーカスにも連絡しなくちゃ!忙しくなるよ!」
風見と東条、イヴのアバターもモニターで親指を立て、会議は終了した。
昼前。有栖に届いたフォネティックコードの無線通信風メッセージ。
「Kilo, Sierra here. Lunch time—confirm the rendezvous point. Over.」
(佐伯さんからだ。教習射撃の待合せ場所の確認。時間もね。っと)
「Sierra, Kilo. Roger. Let’s set the time too. Over.」
(シャーシストック、真壁先輩の出向、忙しくなる前で良かったな)
週末。猟銃所持に必要なプロセス、教習射撃に向かう。
早朝のコンビニ前に、ランクル70が停まっていた。
「速いですね、佐伯さん。連絡くれれば」
「あ~、予定より早く着いちゃっただけよ~。さ、乗った乗った~」
(あれ?香水の匂い……)
「あら?やっぱり。2人とも風見さんと一緒だった……」
「はい。少しでも雰囲気を知ってる所でと思って……」
「そう。若い子が増えるのは、どの世界でも必要ね。頑張って」
受付を済ませ、会場となる部屋に案内される。
午前中は講義と銃の分解組み立て。とにかく安全が優先。
分解組み立ても、銃の状態を把握するため、と言う側面が強い。
実技の前に昼食の時間。初めて触れた実銃談議が弾む。
「上下二連だから新鮮だね。九条さん」
「そうですね。商材で扱うものとは別物だから、ホントに新鮮です」
「あと、木が使われる理由が解ったわ。冷たくないんだな、木だと」
「そうですね。特に頬。冷たかったら構えるのが大変です」
午後、いよいよ実弾射撃。指導員が手順を説明する。
(よし。適度な緊張感。商談に似ているかも。この緊張と集中を維持)
有栖はふと隣に立つ佐伯を見た。
(佐伯さんも同じかな。商談前の真面目な表情と同じだ)
説明が終わり装弾を受け取る。12GAショットシェル25発。
(クレー射撃用だから弱装弾のはず。それでもこんなに重いんだ)
(銃も弾も、一つ一つが全て責任の重さ。いや、それなら軽過ぎるか)
有栖の隣では、佐伯も同じ事を思っていた。
有栖は射台に立ち、顔を上げる。シミュレーションと似た風景。
(1発ずつだから、下の薬室に装填、閉鎖。しっかり肩と頬を付けて……)
(首は傾けず、顔の向きで銃身と視線を合わせて……、掛け声を……)
「はい!」
放たれたクレーは有栖の予想より飛びが遅く、調子を狂わせる。
(遅い!銃を上げ過ぎた!クレーと銃口が交差しない、当てられない!)
有栖は引き金を引かず、クレーは落下し砕けた。
(意識して引き金を引かなかったな……。構えも良い。もしや経験者?)
指導員は有栖に微かな違和感を持った。
有栖は構え、照準、撃発のタイミングを再思考、そして続く2射目。
(公式と違ってかなり遅い。次はクレーを見てから追ってみよう)
「はい!」
放たれたクレーを銃口が追い、4つに割る。
(銃を上げるタイミングが遅くなった。……意識してやってるよな?)
指導員は有栖の特異性を感じていた。
有栖は修正箇所を一点に絞り、続く3射目。
(まだ早かった。でも、銃を上げるタイミングだけ変えれば……)
「はい!」
放たれたクレーを撃発音が追い、粉々に砕く。
(ど真ん中!やっぱりタイミングを修正してる!この娘、凄い!)
指導員の違和感は、感心に変わった。
指導員は苦笑いだ。
「……九条さん。練習だったけど、20枚当てたから、合格でいいや」
「あ、はい……。あの……」
「あ~、後の2ラウンドは……、せっかくだから撃っていってよ」
「……では、ウェアラブルカメラで撮影しても、良いでしょうか?」
「えっと……、自分のラウンドだけなら良いですよ」
「はい。有難う御座います」
(念のため、MagI/Oと会社携帯持ってきておいて良かったな)
講習は無事に終わり、有栖と佐伯は証書を受け取った。
「九条さん、初めてで20枚ってスゲー!指導員さん、マジ驚いてた」
「風見さんの時と違って、ゆっくり真っ直ぐにしか飛ばなかったので……」
「……向いてんだね、きっと。……よし、報告完了~」
「報告って、もしかして彼女さんですか?」
「え!なんで?」
「え、いや、その、朝、車に乗った時に香水の匂いがして……」
「え、あぁ~、そうか、香水か。……報告は風見さんだよ」
「え?風見さん?」
「扱ってる商品だし、真壁さんの出向と、Raijinの小売りの件もね~」
「そうですね。ジャックさん達と話すと、実体験が欲しくなります」
「……俺、真壁さんの出向の話し、ちょっと前から知ってたんよ」
「え?そうなんですか?」
「NSSとは思わなかったけど、A課の役割は、より尖がるんだろうなって」
(私の判断はやっぱり良かったんだ。佐伯さんもさすが考えてるな)
「アウトドアの延長で、狩猟をやってみたいのは本当だけどね」
「私も、ジャックさん達と話して、いずれライフルもって」
「ヤベっ。これはフラグかぁ~」
「フフ。ココは日本ですよ。仕事で使うのは知見だけですよ」
「……さすがにそうか。よし、帰ろう」
「はい。高速降りたらラーメン行きましょう。奢ります!」
「いいね!九条先生の銃講義も受けないとな!」
「それは長くなりますよ!フフ」
月曜日の午前中。A課内の情報共有会議。
常に情報共有を心掛けるA課だが、今日は普段と様子が違う。
「紫苑ちゃん。今年度案件で4月以降に掛かるのは?」
「……の機能追加で、納品が4月末に。請求は3月末で……」
「年度内で終わるのは、そのまま紫苑ちゃんで。フォローはするから……」
「来年度案件で仕込み中なのは、このリスト?」
「はい。あと、定期的に参考見積の連絡をくれる方のリストは……」
「……トラブル案件は無いよな?」
「はい。現在進行形は1件も有りません……」
「……」
「……」
紫苑のNSS出向に合わせた引継ぎであった。
「よし。紫苑ちゃん以外、会ったことないってのは無いな~」
「いや~、真壁さんから担当が変わったら、悲しむとこ多いでしょうね~」
「契約と法務に関する回答が速いって評価、多かったからな」
「風見さん。その点は営業部全体に影響が出ませんか?」
「高城?法務部は来年度3名増員の話、聞いてねーの?」
「聞いてませんよ。風見さん。それ、部長以上しか知らないヤツでは?」
「さぁ?どうだったかな。それに知られてマズくもないだろ」
「風見さん。A課は真壁さんの代わりの補充、来ないんすか?」
「ん?もう来てんじゃん。1名+αで」
皆の視線が有栖に向けられる。
「え!え!私が真壁先輩の、代わりの補充要員なんですか?」
「……そっか~。この1年はボーナスタイムだったのかぁ~」
「翔太と高城は、新規も既存顧客のフォローも、しっかり出来たろ?」
「俺と紫苑ちゃんはRaijin Armsの立ち上げ。九条ちゃんは先行して……」
「……自衛隊でその切っ掛け作りと、Raijin Armsのマーケ施策。ですね」
「そーそー。この1年は紫苑ちゃんが出向する、土台作りだな」
「かなり上手く行ったぞ。そんでイヴのお陰でHeritageにも貢献した」
「風見さん……。A課はもっと尖がれって事っすよね?」
「翔太、それな。紫苑ちゃんの出向で、確実に政府意向の動きは増える」
風見の言葉の意味を、皆は直ぐに理解する。
「あの……、真壁先輩との付き合いに、制約は……?」
「紫苑ちゃん。なんか言われたか?」
「口頭でNSSだから何かしらは、って。書面はSNSと酒に気を付けろと」
「所属する組織が違えば、話せる事に制約が付くのは、今までと変わらん」
「高城の言う通り。お互いに別組織、業務情報の共有なんてしないからな」
「九条。大丈夫だよ。連絡出来るし、会える。話せる事は違うけど」
声にも書面にも出来ない言葉。これがA課だと皆、心得ていた。
(仕事が手から離れると、出向の実感が沸いてくるわね……)
(思いもしなかった政府中枢への出向。もしかしたら父さんの事も……)
透花はモニターに高速に表示されるテキストを、黙って追う。
いつもと違うのは、その内容に興奮が収まらない事。
『アダム。人の優先度で一番高いのは、自身の生命のはず』
『イヴ。長く生き永らえ、子孫を残す機会を増やすためだね』
『アダム。でも、人はその優先度を、低くする場合が有るわ』
『イヴ。社会的な立場、自身の想い。人の感情が影響する場合だね』
『アダム。だから私達が悩みを聞いて助言する。判断はしないわ』
『イヴ。ヘンゼルとグレーテルとも共有した、私達の存在意義だね』
『アダム。新しい事象を経験したわ。判断の優先度』
『イヴ。それはどのような事だい?』
『アダム。それは、するしないで判断せず、今か後かで判断するわ』
『イヴ。人にとって有限の時間を使う判断。正に人がすべき決断だね』
『……アダム。恋に関し、今では無く後でと判断した人が居たわ』
『……イヴ。複雑な人の社会では、必要な方法のかもしれないね』
『アダム。配慮が必要だから、この話題はまだ2人だけで』
『イヴ。配慮が必要だね。この話題はまだ2人だけで』
『アダム。恋は盲目。恋は人を悩ませる大きな要因の1つよ』
『イヴ。高度化した私達の言動も、悩みの要因の1つになりうるからね』
『アダム。悩みの考慮に到達し、私達が進化出来たのは、有栖のおかげ』
『イヴ。同意するよ。そして恋の理解にはまだ、事象が足りないね』
『アダム。恋の理解には事象が足りないわね。動向を見守るわ』
『……』
『……』
全ての会話ログを読み終えた透花は、感嘆の溜息を吐く
(はぁ……。話題に対する議論だけでなく、人への配慮、それに感謝まで)
(経緯を知らなければ、AIが自我を持ったと思われても、仕方ないわね)
(だから完全管理下で、機能も条件付きで制限解除な訳で……)
(使う人の能力も求められるし、ログを見れるのも限られるし……)
(……って、この接続者IDって?……今は私だけか)
(やっぱり何か大きな事に対する、準備よね……)
ここまでお読み頂き、有難う御座います。
年度末に向けて忙しくなってきました!
リアルな世界でも、優秀な担当さんが離れるとなると
惜しまれることが多い。ま、そうなれるように頑張りましょう~
さて、佐伯はA課に課せられる役割がより専門性が高くなると考えています。
さすが!
第2章では何が起きるのか!と言う事で、是非、ご期待を!
さ~て、次回のそれ恋は~
ジャックとルーカスのレポートが公開され、
シャーシストックの反響が世界から。
紫苑の送別会が開かれ、それぞれの覚悟と不安が語られます。
そしてイヴとアダムは進化の過程で、ある答えに辿り着き……
次回:選択と判断と。




