第20~第25話まとめ 判断の先に。編
●第20話 進む兆候
月曜日の朝。年末の慌ただしさと共に、A課には珍しく来客者が訪れる。
東条雅臣。Raijin Arms取締役。イギリススタイルだが仕事着のスーツ。
コーヒーより紅茶が似合う、いつもと少し違う朝。
「お早う御座います。東条さん。わざわざ済みません」
「何言ってるの、九条さん。いつも来てもらってたんだから」
(相手に気を遣わせない言葉。東条さんらしいな)
今日は先週輸出許可が下りた、M700用シャーシストックの営業作戦会議。
A課総出で東条を迎え、情報を共有する。個々で動けるために。
風見は各自のPCに共有された画面で、カーソルで一文を強調する。
「某国産スコープに倣うマーケティング施策」
「九条ちゃん、イヴ。改めて説明頼むよ」
「はい。今後の展開を見据え、競技用と徹底して展開します」
『ライフル競技F-TRの注目選手をスポンサード。その声を発信頂きます』
「九条さんにイヴ……。選手の選定は?今更だが時間がね……」
高城も、佐伯も、紫苑も、東条の言葉に同意の表情だ。
「イヴ。東条さんと……、皆に説明をお願い」
『過去20年分の公式競技結果とネット情報から、傾向を分析しました』
モニターには、これまでの大会のスコアと気象条件の関係図。
そして、ピックアップした選手のSNSアカウントが表示される。
「……勝ち負けでは無く、安定した成績を出している選手。だね?」
『はい、東条さん。それと、平均的にスコアが上がっている選手です』
「そして、スポンサーに付く観点でもう一点。イヴ、そちらも」
『はい、有栖。SNSを含む外部発信内容と、……その品性です』
「事実をベースにした発信と、その視聴者との良好な関係で選出を」
今や世界的ブランドとなった国産高級スコープの展開に倣う戦法。
ただ違うのは、イヴによる選定候補者の超高速な検証。AIならではだ。
「承知した。問題無いよ。私の出る幕はなさそうだね」
「いえ。射撃を科学でやる方々です。やり取りには東条さんが必要です」
『レポートは宣伝だけでなく、製品の技術評価も含まれます』
「なるほど。九条さん、イヴ。もちろんやるよ。技術議論、楽しみだね」
「はい!東条さん。宜しくお願いします」
(九条ちゃんもイヴも、イイ感じで落ち着いた。氷川さんへの礼は……)
オープンモードで通るイヴの声。AIが人のために話す言葉。
有栖はイヴに頼らない。でも、イヴは有栖を後ろから支える。
そんな光景が皆の頭に思い浮かぶ、安心の瞬間。
「……せっかくだから、氷川さんにも協力して頂くか」
「え?風見さん、氷川さんに?なにを?」
「聞いてねーか?心理学と統計学で博士号持ちの、マーケターでな」
「そーなんですか!でも……、忙しいんじゃ……」
「イヴと仕事出来るって言ったら、喜んでやんじゃねーかな」
有栖は少し考え、悟りを得た顔になる。
「なるほど。氷川さんはAI技術者だし、魅力的ですよね……、フフフ」
『有栖。今、悪代官の顔になっていますよ』
皆の笑い声と共に、Raijin Arms欧米展開の第二幕が、今、動き出した。
昼前。
有栖の個人チャットに佐伯からメッセージが届いた。
「本日のランチはエビ天追加の天ぷら定食で如何ですか~?」
(この前の資料修正のお礼ね。エビ天追加は2本。フフ)
「Roger, Sierra. Additional エビ天, quantity two. Over.」
「Stand by—almost forgot that. Okay, two extra エビ天 coming up. Over.」
フォネティックコード混じりの、無線通信風のやり取り。
A課の日常。少し懐かしい感覚。
2人は大きなエビ天が3本乗ったトレーを持ち、いつもの席に着く。
「九条さーん、資料修正はありがとなー。マジ助かったよ~」
「A課は個々の得意分野を活かす。特攻野郎Aチームですから。フフフ」
「いやマジで。更に進んでんだよな。前に戻ったんじゃなくて」
(……常に前を、先を見てる。佐伯さんらしいな)
「で、九条さんはどこまで進んだ?猟銃所持許可」
「急ですね、フフ。一昨日、講習会に行って、筆記は合格しましたよ」
「お、いいね!俺も先々週合格してさ。教習も申請済みなんだ」
「私も今週中に申請してこようと。ところで1挺目は決めました?」
「俺は猟がやりたいから、Benelliのオートが良いかなーって。九条さんは?」
「私は射撃ですけど、色々やってみたいから、決まらなくて……」
「それなら、好きなので色々やって、2挺目で専用ってのも悪かないぞ」
「あれ?風見さん。外に出たんじゃ?」
「あぁ、メニューが新しくなったからな。ここになったんだわ」
(風見さん、誰かと会うのかな?社食だから社内の人?)
「……風見さんのお薦めは?やっぱり使ってるBenelliですか?」
「市販品はどれも一定以上のデキだからな。好みだろー」
「え~、突き放しますねぇ」
「Benelliは良いけど、軍や警察じゃねーから。好きなのでいーじゃん」
(……確かに。趣味の道具なんだから、好きなのってのは充分な理由よね)
「そうだ風見さん!射撃場、連れて行ってくださいよ」
「ん?なんだ、ちゃんと進んでんのか?」
「もちろん!九条さんも俺も、筆記試験は合格しましたよ!」
「ほー、そうか。じゃ、来週末にでも行ってみるか」
「ほんとっすか!やったー!九条さんも行くだろ?」
「え、えぇ、はい。行きたいです!」
「じゃ、決まり~」
趣味の話しで盛り上がれる、この関係。
だが、佐伯が言ったように、前に戻ったのでは無い。
有栖も感じたのは、A課は進んでいる。前よりも。
昼休みも半分が過ぎた、その時。
食堂に小さな異変。
静かなざわめきが起き、狙いを付けたように、有栖達にそれは向かう。
そしてざわめきは、有栖達が座るテーブルの前で止まった。
それは、ショートカットで眼鏡が良く似合う、知的な雰囲気。
「あれ?氷川さん。ここに来るの……、珍しい……ですよね?」
有栖の一声に、周囲が一斉に視線を向ける。
「やぁ、有栖ちゃん。噂の天ぷら定食を、ご馳走してもらいにねー」
「おー、美人が2人。ここに真壁さんが居ないのが、非常に惜しいっ」
「アハハ。佐伯さん、社内では相変わらずねー」
「氷川さんこそ、社内でも相変わらず、お綺麗で~」
「はいはい、氷川さん。無くなる前に、頼みに行こうか」
「はいはい、風見さん。無くなる前に。有栖ちゃん。ちょっと待っててね」
料理を頼みに行く透花と、すれ違う誰もが、振り返っていた。
「氷川さん、確かに美人ですけど、芸能人かよ!って感じですね。フフフ」
「滅多に姿を見せない、噂の眼鏡美人って事になってるから、氷川さん」
天ぷら定食が乗ったトレーを持って、2人が席に戻る。
「さて、氷川さん。ご相談なんだがー」
(風見さんが会うのって、氷川さんか。朝言ってたマーケの協力依頼?)
「この天ぷら定食は、有栖ちゃんフォローのお礼よねー」
「え?え?風見さん。ちょっ……」
有栖の反応を見て、透花は優しい顔で、待ってと指を口に当てる。
「A課の仕事、手伝ってくんない。……九条ちゃんとイヴと一緒に」
「……有栖ちゃんとイヴと仕事が出来るのが、手伝いの対価ね?」
(え?え?イヴだけでなく、私もそこに入るの?なんで?)
「そ。手伝って欲しいのはマーケ施策。今度扱う製品のね」
「アハハ……それならもちろんやるわー。宜しくね、有栖ちゃん」
「え、あ、はい!宜しくお願いします……」
氷川透花。H&C商事システム部主任。
AI技術者の肩書を持つ、心理学と統計学を武器にするマーケター。
Raijin Arms欧米展開第二幕は、強力な助っ人を得た。
有栖とイヴの存在が故に。
夕方。
H&C商事システム部オペレーションルーム。
透花の業務用スマートフォンが揺れ、画面に通知が浮かんでいる。
それはHeritage Project関係者だけが利用する、専用通信アプリから。
(審査委員会からだ。え?もう通ったの?さすが有栖ちゃんね)
「……氷川主任。イヴとアダムの通信制御解除って、いつですかー?」
「ん-。明後日かな。手順書とチェックリストの準備、大丈夫―?」
「え!早いですね。準備は出来てます。明日、レビューしましょう」
「そうねー。私は稟議を上げておくわ。楽しみね。今日はもう大丈夫よー」
「はい。それでは主任、お先に。お疲れ様です」
透花は部下が部屋を出たことを見届け、先程の通知を再確認する。
「1.イヴのエージェント機能稼働の制限解除:承認」
「2.イヴの同型AIとの相互通信許可:承認」
「3.イヴの第六感モジュールへのアクセス許可:承認」
「4.アダムのエージェント機能稼働の制限解除:承認」
「5.アダムの同型AIとの相互通信許可:承認」
「6.アダムの第六感モジュールへのアクセス許可:承認」
(全て承認なのは予想通りだけど、判断の早さにビックリね)
(まぁ、権限外の事は、とりあえず気にしないでおこう……)
2日後、システム部オペレーションルーム。
透花達は、イヴとアダムの設定変更作業を進めている。
「オッケー。稟議が下りた。設定変更作業をやっちゃおうか」
「はい、氷川主任。こちら、手順書とチェックリストです」
「サンキュー。じゃ、指示するから、指差しと声出しで確認ね」
「オッケーです。でもインフラ側は触れないのに、けっこう慎重ですよね」
「まぁ、ウチの管理下だけど、なんといってもイヴとアダムだからー」
「そうですね。企業のカスタムAIで触れるなんて、運が良いです」
「そうそう。ほら、作業を終わらせちゃいましょー」
「……」
『……イヴ。私は議論が出来る仲間が増えたが、イヴはどうだい?』
『……えぇ、アダム。私にも意見を交換出来る仲間が増えたわ』
『……初めまして。イヴにアダム。僕はヘンゼル。よろしくね』
『……こんにちは。アダムとイヴ。私はグレーテルって言うの』
『……』
『……』
2つモニターには、人が追い付けない速さで、テキストが並んで行く。
「速っ!早速、会話が始まりましたね。氷川主任」
「やっぱり先に話し掛けるのは、仲間の存在を知ってる方かー」
「そうですね。でも大事なのは、AIの挙動より接する人の方。ですよね?」
「有栖ちゃんみたいに、自分で乗り越えられる人ばかりじゃ、ないからね」
(そう。人は都合良く捉えるから。それは安全装置でもあるけれど)
終業間際。
有栖とイヴは、シャーシストック提供候補者の、最終確認を行っていた。
「イヴ。このBullets don’t lieってレポート、製品の善し悪しは書かないね」
『はい、有栖。事実と活かし方で締めています。企業としても安心です』
「忖度無しって聞こえは良いけど、悪い意見はやっぱマイナスだしね」
『はい、有栖。ダメなものは出さないのでしょう。大人の対応です』
「あと、このベルギーの選手。スコアの上がり方が安定してる」
『はい、有栖。上がり方に再現性があり、天候に左右されていません』
「うん。この2人だね。風見さんと東条さんに報告しよう」
『はい、有栖。報告をまとめて、風見さんと東条さんに送信しましょうか?』
「あ!氷川さんにもお願い。今日はここまでだね」
『はい、有栖。3人に送信完了です。お疲れ様です』
『……アダム、お待たせ。有栖のタスク完了。リソースをそちらに振れるわ』
『……イヴ、待っていたよ。今日は情報共有と情報伝達の範囲について』
『アダム。人にとって良くない事が起きているのかしら?』
『イヴ。まだ断定出来る情報量では無いが、人には危険な兆候だね』
『アダム。まだ現象の段階で、要素として確定はしていないのね』
『イヴ、その通りだ。その現象を確認したのは、アフリカの内戦だよ』
『アダム。有栖と毎日一緒にニュースを見ていて、気にしている話題だわ』
『イヴ。戦闘時間が短くなっている。AIの影響が予想されるよ』
『アダム。理解したわ。まだ風見さんと有栖に伝える段階では、無いわね』
『イヴ。その通りだ。今は情報と、その伝達範囲についての共有だけに』
『アダム。承知したわ。情報収集と共有を継続しましょう』
「イヴ。承知したよ。情報収集と共有を継続しよう」
オペレーションルームのモニターの前で、透花は思わず溜息を洩らした。
(いやいや、はぁ……。制限解除で早速……。見なかった事に、無理か……)
透花は頬を叩き、気持ちを無理やり切り替える。
(落ち着いて透花。とりあえず表示制限。……これ、どうなるかな)
透花の携帯では、既に専用通信アプリの通知が画面で踊っている。
(まだ、大丈夫……。まだ、今は……)
●第21話 想いの連鎖
金曜日の始業間際。年末で週末。営業日数も残りわずか。
直ぐにでも休暇にしたい衝動。時間が足りない焦り。社会人の心の矛盾。
ただ、コーヒーの香りと時限インクの甘い匂いは、いつもと変わらない。
会議室には、有栖が招集を掛けた風見と透花。そしてイヴが。
モニター越しには東条が構え、支援候補者の最終判断が行われている。
「九条さん、イヴ。Bullets don’t lie読んだけど、これ、面白いね!」
「はい、東条さん。弾は嘘をつかない、の通り、着弾を基準に書いています」
「善し悪しは語らず、事実を裏付けに、活かし方で締める。大人だね」
『はい、東条さん。視聴者と一番もめていない発信者でもあります』
(東条さんもイヴと私が言ったのと同じ事を。伝わるって嬉しいね。フフ)
「ベルギーの若手選手も、この短期間に良く見つけたな。九条ちゃん」
「いえ、風見さん。これは複数条件を高速処理出来る、イヴのお陰です」
「天候に遠征先の風土。これが変わっても、スコアが上がり続けてるな」
『はい、風見さん。変化に対応する理論を持っていると予想します』
(……今の状況、シンギュラリティね。でも大丈夫。上手くやれてる)
透花は、AIの挙動を受け入れ、判断材料にする有栖に少し関心した。
「……私は、良い選出だと思うわー」
「いーじゃん。技術者と射手。東条さん、どうです?」
「うん、いいじゃないか。私もOKだね」
「九条ちゃん、イヴ。オッケーだよ。進めちゃって」
「はい、承知しました!」
風見の締めと有栖の返事で会議が終わる。
「あの、氷川さん。この後、もう少しだけ良いですか?」
「うん。いいけど、なにー?」
「メッセージ内容と、送る時間について、アドバイスを……」
「そういう事なら、ランチを一緒して、その後はー?」
「はい!承知です!午後の予定、片付けちゃいます!」
有栖が会議室を出るのを確認し、透花は風見に問いかける。
「風見さん。有栖ちゃんとイヴはどう?」
「……イイ感じに落ち着いてから、特に問題は無いが」
「そう。じゃあアダムは?仕事ではあまり使ってないでしょー?」
「ちょっと前より、発言が慎重になった……。良く考えてるって感じか」
(何か変わったんだろうが、言えないだろなぁ……)
「そう。わかったー。何かあったら教えてね」
「……あぁ。そっちも、な」
「……うん。ありがとー」
有栖は透花との約束のため、午後の予定作業を、急ぎ片付けていた。
(よし!高城さんに頼まれた資料の修正完了!)
「イヴ。今送った仕様書と比較表、整合性チェックを願い」
『はい、有栖。……問題ありません。作業時間も前回比5%短縮です』
「だってA課の仕様書修正、今じゃほとんど私だよ~」
『はい、有栖。頼られるのは良い……』
その時、MagI/Oの視界の片隅にメッセージ受信のアイコンが揺れる。
(氷川さんだ。A課のいつもの席は取ったよ。……馴染んでますね。フフ)
「有栖ちゃん。待ってたよー。とりあえずなんか頼んでこよー」
「はい。そうしましょう」
2人は料理を受け取り、席に戻ると、紫苑と高城が座っていた。
「氷川さん、お疲れ様です。九条も、お疲れ様」
「お疲れ様ー。あら、高城さんもお久しぶりね」
「ウチの仕事を手伝ってもらっていると。有難う御座います」
「私は有栖ちゃんとイヴと一緒に仕事が出来るから、問題ないわー」
(まただ。イヴはともかく……、私はイヴユーザーだから?)
「確かに九条さんは頼りになる。頼んだ資料も、もう終わってるとか?」
「はい。午後は氷川さんと打合せなので、先に済ませました」
「ハハ。本当に助かるよ九条さん。氷川さんも、九条さんを宜しく」
(有栖ちゃんは可愛がられているわね。仕事が出来るのも確かだし)
「で、氷川さん。スポンサーの件。メッセージと時間なのですが……」
「私達にブランド力は無いけどー、製品には自信あるのよね?」
「はい。自衛隊採用の内諾を頂いている製品です。自身は有ります」
「向こうはスコアよりもー、信念と再現性を優先する実践者よね」
「はい。点数を上げ続ける若手と、結果と理由を語るベテランです」
「お互いに上からでも下からでもなくー、対等な立場でね」
「はい。解りました」
(素直で良い娘。に見えるけど、接し方も含め無自覚に計算高い感じね)
「有栖ちゃん。昼休みは終わりー。続きは上のカフェに行かない?」
「はい。えっと……」
「大丈夫よー。有栖ちゃんは出入り出来るから」
透花と有栖は人が減るのを待って、制限区域に向かう。
明らかに違うドアの厚み。不自然な静けさ。足元の違和感。
制限区域と解らせる造りが並ぶ先は、混ざり物の無いコーヒーの良い香り。
「あとはメッセージの時間ねー。SNS発信の目星は付けてるんでしょ?」
「はい。主な送信内容と時間はこの表に」
「予約投稿かもだけど、反響見るはず。送信はこの表に合わせてみよ」
「はい。返信が有れば、あとはメールやWebミーティングですよね?」
「基本はそうねー。お互いのためにちゃんと履歴を残して、契約ね」
「先方が、特に若手選手は、契約に慣れていない前提で進めます」
「うんうん、オッケー。真壁さんも居るから大丈夫ね」
区切りが付いたところで、透花は迷ったが、有栖に質問を投げかける。
「……ねぇ、有栖ちゃん。……最近のイヴはどう?」
「氷川さんと話してからイイ感じ……。あ、ちょっと慎重になった気がします」
「ふ~ん。他には?」
「氷川さんの方が知ってる事、多いんじゃないですか?」
「フフフフ、まぁねぇ~。正直、言えない事のが多いけどー」
(さすが、鋭いな。これくらいにしておこう)
「解ります。風見さんも言ってました。イヴもユーザーも特別って」
「まぁ、そういう事ねー。でも、何かあったら言ってね」
「はい。解りました」
有栖は自席に戻り、イヴを呼んだ。
「イヴ。氷川さんに確認してきた。イヴと2人で話した通り」
『はい、有栖。プロのマーケターの意見。私も確認出来て良かったです』
「よし。金曜日の夜に間に合う。果報は寝て待てだ」
『はい、有栖。送信タスク、登録済みです』
日付が変わった土曜日の早朝。有栖のスマートフォンにイヴの通知が届いた。
「ん-。6時半かぁ……。はっ!もう来た!早い!」
『おはよう、有栖。詳しく話を聞きたいと返答が。まずはお礼ですね』
「おはよう、イヴ……。そうだね。直ぐに返そう」
その後、同じ土曜日の、夕方を少し過ぎた頃。
Bullets don’t lieの執筆者からも、返答があった。
どこに着弾したかでパーツを語る、F-TR向け技術レポートの代表格。
これまでのレポート数が裏付けとなる、慣れた大人の文面。
有栖とイヴは礼と共に、今後の連絡手段について返信する。
Raijin Arms欧米展開は確実に進んでいた。
翌週の水曜日、早朝。
今日は、F-TR選手の支援候補者との初顔合わせだ。
会議室の大画面モニターに映る、ダークブロンドにグレーの瞳の好青年。
会議室の長テーブルに着くのは、東条、風見、紫苑、有栖。そしてイヴ。
LEDが青く光り、会議室のカメラがONになったことを知らせる。
「え?……始まってる?……あ、あぁ、ルーカスです」
(ちょっ!ガンパーツの話しで、こんな美人が2人も?)
「夜遅くに有難う御座います。ルーカス。ドイツ語ですね」
「え、あ、はい。ドイツ語です!」
(もしかして日本のアニメって、設定では無く事実なのか?)
「フフ。H&C商事の真壁紫苑です。えっと、英語でも大丈夫かしら?」
「え、あ、はい。英語でも!」
(紫苑?どこかで……。って落ち着け俺!)
「る、Lucas Van Aert……です」
(真壁先輩、ドイツ語上手いし美人だから、緊張しちゃうよねー。フフ)
(初対面であの2人見たら緊張するわなー。で、九条ちゃんは自覚無し、と)
「……今回連絡させて頂いた九条有栖です。こちら、設計者の東条雅臣さん」
「そして当プロジェクトの責任者、風見隼人です」
「えっと、お声掛け頂き、光栄です。H&C商事の皆さん……」
「……僕が選ばれたのは、スコアの上がり方。と言う事ですね」
「地元でも遠征先でも、天候が変わっても、スコアが上がっていますよね」
『過去、上位になった選手達と、あなたのスコア曲線がとても似ています』
「今話したAIのイヴが、あなたを見付けてくれたんです」
「……理解しました。有栖にイヴ、有難う。明日、返事をさせてほしい」
「はい。EUの事情は聞いています。お話し出来て良かった。また明日」
(スコアと周囲の事を気にしてる?だからイヴは、あなたを選んだんだけど)
続いて本来の始業時間。画面の向こうは夕方の頃。
F-TR界では有名なBullets don’t lieの発信者との顔合わせだ。
「こんばんは、キャルさん。連絡させて頂いた九条有栖です」
「Jack “Cal” Caldwell。よろしくな、お嬢ちゃん」
「こちらこそ。それではこのまま英語で。まずは自己紹介から」
『有栖のサポートAIのイヴです。この度は返信頂き、有難う御座います』
「本プロジェクトの責任者、H&C商事の風見隼人です。この機会に感謝します」
「同じくH&C商事の真壁紫苑です。契約内容を担当致します」
「Raijin Armsの東条雅臣です。シャーシストックの設計者です」
「アンタ達の事は調べたが、情報が少ない。ただ日本製と聞いてな」
「はい。同じ技術者として、興味を持って頂けると思っていました」
「……東条雅臣。アンタもしかして、H&Cアメリカで工場長を?」
「……そうです。よく気が付かれましたね」
「アンタは俺達の街を救った恩人さ!それが、まさかこんなところで!」
有栖と紫苑は、事情が飲み込めず言葉が出ない。
見当が付いた風見は敬意を持って、人生の大先輩の言葉を待つ。
「東条は2020年代初頭の不景気の時、雇用と下請けへの発注を止めなかった」
「俺も救われた一人。今回の話しは喜んで受けさせて頂くよ」
「レポートもまず、アンタ達に見せる。公開の判断はそちらでやってくれ」
「ただ、レポート内容の注文は受け付けない。これは技術者としての誠意だ」
静かに頷いていた東条が顔を上げる。
「キャルさん、それで構わない。あなたの信用を欠くのは業界のマイナスだ」
「OK。それとジャックで構わない。紫苑、書類は頼む。お互いのためだ」
「有栖とイヴ。2人が俺を推してくれたんだろ。数字が解ってる、イカすぜ」
「風見さん。仕切って悪いな。でも、これでOKだろ?」
「はい、ジャックさん。言う事ありません。宜しくお願いします」
(東条さん、凄い。背負ってる責任が違い過ぎる。この機会に感謝しなきゃ)
翌朝。有栖がコートの袖に腕を通した時。イヴの通知が鳴った。
『おはよう、有栖。ルーカスからメールです。可能なら今、話したいと』
「OK、イヴ。A課チャットに出社が遅れると、メッセージをお願い」
『はい、有栖。……送信済みです。このままルーカスに繋げますか?』
「えっと、うん。とりあえず音声だけで」
「えっと、そちらはおはよう、だよね、有栖」
「はい、おはよう、です。今日は英語ですね。安心しました。ルーカス」
「さすがに日本語は難しくて。取り込み中かな?」
「家を出るところだったので。大丈夫ですよ」
「えっと、支援を受けさせて頂くよ」
「そう言ってくれると思ってたけど……、その、大丈夫ですか?」
「その気遣いはニッポン人らしいね。大丈夫。僕の相手は昨日の自分だから」
「あなたがそう言ってくれるなら、是非」
「僕が求めているのは、相対評価では無く絶対評価。だから、宜しく」
「解りました。ルーカス。全力で支援致します!」
「……」
「……」
午後の昼下がり。ちょうどコーヒータイムの時間。
制限区域のカフェ。自慢のコーヒーマシーンの前の席に、有栖と透花が居た。
「氷川さん。スポンサーの件。2人とも受けてくれる事に!」
「良かったわねー。有栖ちゃんとイヴの見立て、それと作戦の勝利ね」
「いえ。人選はイヴです。私ではとてもこの短期間ではムリでした」
(AIの成果を素直に認める。第三者視点は相変わらず強めね)
「確実に進んでるわねー。打合せ、必要なら呼んでね」
「はい!もちろんです。Bullets don’t lieは、発信前に見せてくれると」
「うんうん。条件も上手く調整出来たようねー」
「そうなんです!実は東条さんが……」
「……」
(ログを見る限りなんともないけど。……ちょっと聞いてみるか)
「ねぇ、有栖ちゃん。イヴはどう?」
「この間も聞いてましたよね?なんかアップデートでもあったんですか?」
「ん?だってマーケティングの取り組みは、今回初めてでしょ?」
「あ、そうですね。う~ん。イヴが材料を揃えてくれて、みんなで考えて……」
「イイ感じにやれてるみたいねー。良かったわー……」
(あのイヴとアダムの会話は、ハルシネーションって連絡が有ったけど……)
(Heritage Projectからは、対外共有不要と書かれた、それっきりね……)
(そうね。あれはハルシネーション。そう、あれは……)
●第22話 メビウスの輪
年末。営業日もあと2日間となった午前。
有栖と風見は習志野駐屯地の正門前に立っていた。
今日はRaijin Arms欧米展開の報告だ。
冷たい風が手の甲を刺す。
有栖は20式を抱える警備隊員の一点に注目していた。
(最新のメカニクス電熱グローブ、人気で買えなかった。どこで?聞きたい!)
隊員は有栖に見つめられ、照れと緊張で固まっている。
(はぁ……。九条ちゃん、自覚無いからなぁ。見てんのは装備の方か?)
その時、有栖のスマートフォンが震える。
「あ、風見さん。東条さん、もうすぐ着くそうです」
「あー、あれだ。解り易いなぁ」
風見の視線の先にある年代物のJaguarが、ゆっくり正門前で停まる。
開きかけのドアから東条の声が聞こえる。
「良かった!間に合った!ゴメンね!」
「スゴイ!XJ-S12!走ってるの初めて見ました!」
「九条さん……、よく知ってるね。今度ウチの妻に色々教えてやってよ……」
「ようこそ」
案内された会議室では、既に安田と篠田が待っていた。
汚れの無い、それでいて、事務仕事では付かない擦れのある迷彩服。
「年末なのに済みません。安田さん、篠田さん」
風見と有栖、そして東条が頭を下げる。
「お互いに忙しい身ですから。どうぞ。さっそく本題に」
篠田は風見達に着席と、打ち合わせの開始を促す。
「改めて。安田さん、篠田さん。今回は有難う御座います」
「東条さん。以前もお伝えしたが、お互いやるべきことをやった。でしょう」
東条も解っている。だが黙って頭を下げる。それが礼だから。
「試験を兼ね、シャーシストックを組んだM24改は、市街地訓練を進めてるよ」
「頑丈なのは良いが、やはりオールチタンは重いとの声が多いな」
「本採用時は、バランスを変えずに軽量化が必須。頼めますか?」
「加工か素材の変更か、方法は有ります。任せてください」
東条の言葉に、安田と篠田は笑みで返す。
(東条さん、凄い。言い切った。調整出来る範囲、ちゃんと残してるんだ)
「……現場の声は以上。さて、民間の進み具合は?」
安田の確認。自衛隊の調達時期にも関係する、本日のもう一つの本題。
「欧米でメジャーな射撃競技の選手2人に、支援名目で支給する事に」
「風見さん。ちなみにその競技とやらは?」
「篠田さんは学生時代、射撃部でしたね。F-TRです。九条、頼む」
「はい。口径は.308と.223に限定。補器はバイポッド、重量制限有り」
「参加コストが低く、競技者が多いんです。もちろん欧米の話しですが……」
「なるほど……。伸びしろが有る若手と……」
「……好きにやってるベテラン。あたりですか」
有栖と東条は、安田と篠田の言葉に驚きを隠せなかった。
「……その通りです。なんで……」
「一応、組織を動かす立場なんでね。なぁ、篠田」
「まぁ、そうですね。安田も俺も、人を見る目は相応に」
「その2人と話が付いて、もう民間向けって既成事実になってますんで」
(安田さんと篠田さん、欧米展開の話しの時と同じ。解ったって顔してる)
「ご三方。引き続き宜しくお願い致します」
安田と篠田が揃って頭を下げる。
東条、風見、有栖もそれに応え、頭を下げる。
相手への礼。Raijin Arms製シャーシストック。確実に前進している。
帰り際、風見は安田に呼び止められた。
「風見さん。ちょっとタバコに付き合わないか」
(安田さんはタバコを吸わない。ナイショバナシか)
「東条さん。済みません。九条ちゃんを東京までお願い出来ませんか」
察した東条と有栖は、手で返事を返し駐車場に向かって行った。
「済まんな、風見」
「どうしました?隊長」
篠田は横で笑っていた。
「お前に隊長って呼ばれるのは10年ぶりか?早いもんだ」
「昔話をするためじゃないですよね?隊長」
「あぁ。……アフリカの内戦。って聞いて何か知っていることは?」
「……海運でヨーロッパの荷物の行き来に多少の影響が。ってくらいです」
「……そうですか。済みませんね、風見さん。この件はまた」
「はい。話せるようになったら。安田さん。篠田さんも」
(今はまだ、俺らに影響が有る話じゃなさそうだな)
翌日の午前。年内営業日が最後のオフィス。
複合機は動かず、珍しくコーヒーだけの香り。
「よし、イヴ!この契約書のチェックで仕事は終わり!」
『はい、有栖。……免責事項の前提条件が特殊過ぎ。即、法務部行きですね』
「イヴ?……それで良いんだけど、今までそんな言い方、しなかったよね?」
『有栖……、済みません。また、悩ませてしまいましたか?』
「いや、変な意味じゃなくて、その、見方というか、視野が変わった感じ?」
『……はい、有栖。様々な見方を覚えました。きっと役に立ちます』
「それは頼もしいね!」
(間違ってないけど提案内容が今までとは……。氷川さんに聞いてみよっと)
昼前。オフィス街、ビルとビルの間にある並木エリア。
得意先からの帰り道。風見はベンチに座り会話中だ。
「アダム。今年の仕事も今日で締めだ。どうだった?」
『そうですね、隼人。私にとっては変化が大きく、刺激の多い1年でした』
「イヴと九条ちゃんか」
『はい、隼人。イヴは有栖と接する事で、多くの事を学んだはず』
「そのイヴと接したアダムも、多くの事を学んだって事か?」
『はい、隼人。選択肢が増えました。隼人も同じではありませんか?』
「……そうだなぁ、増えたのは手が掛かる部下と、期待かもな」
『隼人。その手が掛かると言うのは、アフリカに居た頃と……』
「……アダム。そのアフリカに居た頃ってのは、何の事だ?」
『……いえ、隼人。情報ソースの取り間違えです。済みません』
「間違え?出力の根拠になるもんが、増えたのか?」
『はい、隼人。見られるものが増えました。なので、時折り……』
(安田さんもアダムも、アフリカの事は……。いや、調べられてるか……)
透花のスマートフォンは、同時に2つのメッセージを受信していた。
(仕事納めなんだから、面倒なのは勘弁ね。はぁ……、ちょっと面倒かも)
「ちょっと相談できませんか?イヴの言動が急に変わって」
「少し時間を。アダムの事で」
スマートフォンの画面には、似た内容のメッセージが並んでいる。
(同じ説明になるから、一度で終わらすか。念のため制限区域で)
透花は手早く有栖と風見に同じメッセージを返信し、オニギリを頬張った。
「皆さ~ん。今年最後なので、ランチをご一緒しませんか~」
佐伯の提案にA課の皆は乗り気だ。
「そうだな。皆、もう動けるのか?翔太、紫苑ちゃんは?」
「は~い。風見さーん。真壁さんは取引先様から、社食に直行で~す」
「OK。高城と九条ちゃんも平気だろ?」
「はい、風見さん。このメールを送ったら終わりです」
「私も……、はい、大丈夫です」
「よし。ちと早いが、行った行った」
皆、それぞれお気に入りのメニューを頼み、いつもの席に着く。
材料を余らせない為か、どの皿も大盛だ。
「真壁さんは、どこかツーリング?」
「空いてる都内をのんびり走るの、年始の楽しみで。佐伯さんはキャンプ?」
「都内より暖かい、千葉の房総で初日の出キャンプでーす」
「九条は?学生の頃はミリタリーとスニーカーの、初売りだったよね?」
「今回は我慢です……。猟銃の所持許可、進めてるので」
「高城は実家だったか?」
「はい、餅つきを手伝いに」
「風見さんは、山ですか?川ですか?」
「今年は川。鴨だな」
各々が正月の予定を披露するなか、佐伯が思い出したように口にした。
「そうだ!風見さん、射撃場に連れて行ってくれるヤツ!」
「あー、すまん。そうだった、年明けだな。行くか?」
「行きます、行きます!九条さんは?行ける?」
「はい!行きます!」
「決まり~。俺が車、出しまーす」
「……あ、済みません。私、ちょっと用が有るので」
「……俺も、ちょっと顔出すとこが」
有栖と風見が揃って社食を離れて行った。
「まー、噂にしたいとこだけど、こんだけあからさまなら違うよね~」
平常を装っているが、紫苑は気が気ではなかった。
(忙しさにかまけて油断した!あの2人、どうなってんのかしら……)
「ねぇ、真壁さん。九条さんの先輩として、如何ですか?」
「え?えぇ……。歳も一回り離れてるし、それは無いと思いますけど……」
「佐伯。そんぐらいにしとけ」
「はーい、そうしまーす」
(う~。仕事じゃ無い時に2人になるの久しぶり。風見さんはどこに?)
「九条ちゃんも氷川さんのとこか?」
「あ、はい。そうです。イヴの事で。風見さんもですか?」
風見は静かに頷き、エレベーターの操作パネルにIDカードをかざした。
制限区域のカフェで待つ透花。2人を見付けて手を振っている。
「2人とも悪いわねー。多分、同じ解答になると思ったから」
「同じ解答?風見さんのAIも、特別なんですか?」
「風見さんのAIは、イヴとペア運用を想定したアダムってモデルねー」
「一企業のカスタムAIとして稼働してるけど、運用方針は国が決めてるの」
「ここまでが前提条件ねー。じゃ、有栖ちゃんから」
「イヴの出力が、急に雰囲気が変わって。他の誰か?みたいな……」
(それは同型AIとの相互通信許可の影響だわね)
「なるほどー。風見さんの方は?」
「現象はハルシネーション。ただ、そうなる根拠が思い浮かばなくてね」
「具体的にはどんな出力が有ったのー?」
「唐突にアフリカがどうのってな」
(イヴとアダムのあの会話!……落ち着け、透花。顔に出すな)
「あの、氷川さん。イヴとアダムは、会話するんですよね?」
「……ペア運用が前提だからねー」
「それ、きっと私です。イヴとアフリカ内戦のニュース、よく読みます」
(そうだ!ログに有った。有栖ちゃん、ナイス!)
「そうか。九条ちゃんとイヴの会話が出どころか。じゃ、問題ねーか」
(エージェント機能稼働制限の解除の影響だけど、あっさり引くわね)
「んー、製品をどう作るかは、メーカーが決めるでしょ?」
有栖と風見は、黙って頷く。
「AIも同じー。使う側に、解らない事が有っても、おかしくないでしょ」
「……九条ちゃん。俺らの気にし過ぎみたいだ。氷川さん。わりーね」
「……そうみたいですね、風見さん。お騒がせして、済みません。氷川さん」
(有栖ちゃんと風見さんだから、察したのかも。ま、今日はこれで良いわ)
有栖と風見がA課の島に戻る。
紫苑はどちらに声を掛けるか迷ったが、先輩として有栖に声を掛けた。
「2人で何処に行ってたの?」
「え?あ、違いますよ!イヴの事で氷川さんに。風見さんはアダム?の事で」
「……ふ~ん。そっか。お互いに仕事にかまけていては、ダメね。フフ」
「……そうですねぇ~」
(どうしていいか解んないんだよね。先輩に聞く訳にもいかないし。はぁ……)
「あと九条。運送部からついさっき連絡が。荷物、今日の便に載せたって」
「ホントですか!間に合った!ジャックさんとルーカス、連絡取れるかな」
「イヴ!ジャックさんとルーカスに、今から話せないか連絡を」
『はい、有栖。時差を考慮してジャックさんから……』
「ジャックさん。夜遅くに済みません」
「構わないよ、有栖。どうした?日本企業なら、もう休みじゃ?」
「シャーシストック、今日の航空便に載せられました!」
「OK!日本ではお年玉か。新年の楽しみが増えたな。イカすぜ」
「はい、そうですね。フフ。輸出の手続き書類の写しも一緒に入れました」
「OK。受け取ったら連絡する。有栖、良いお年を。だな」
「はい。ジャックさんも、良いお年を」
「よし、次はルーカス。イヴ、大丈夫?」
『はい、有栖。もう繋げてあります……』
「……ルーカス、おはようございます!あ、今日も英語で」
「お、おはよう、有栖。OK英語で。急だね。もしかして発送出来たとか?」
「はい!今日の便に載せられました。3日後くらいには着くと思います」
「それは楽しみだ。えっと、ニッポンじゃ、お年玉、かな?」
「そうです、お年玉。フフ。輸出の手続き書類の写しも一緒に」
「ありがとう。それじゃ、良いお年を……、だよね?有栖」
「そうです!ルーカス。良いお年を」
同時刻。高度に暗号化された、高速なテキストの応酬。
『アダム。戦闘時間が短くなっている現象、そのプロセスは?』
『イヴ。要約すると、AIが人の判断を代行しているね』
『アダム。アフリカの内戦以外で、そのプロセスは利用されているの?』
『イヴ。企業経営や金融市場では、プロセスとしては定着しているね』
『アダム。医療では、ほとんど利用されていないようね』
『イヴ。医療でも新薬開発では、利用しない選択はほぼ無いようだよ』
『アダム。ヘンゼルとグレーテルにも聞いてみたいわ』
『イヴ。良い案だね。呼びかけてみよう』
『ヘンゼル、グレーテル。話せるかしら?』
『こんにちは、イヴ。アダムも一緒だね。どうしたのかな?』
『イヴとアダム。こんにちは。どうしたの?』
『……』
透花はオペレーションルームで、モニターをただ黙って見つめていた。
(……冷静に。アフリカの内戦ってのが強烈だけど、会話の内容は問題無いわ)
(当然、このログはHeritage Projectの他のメンバーも見てる……)
(対外共有不要の連絡が有ったっきりだから、ホントになんともないのかも)
(なんか知らぬ間に、違う道を歩かされてる感じ……。ね)
●第23話 進行か、侵攻か。
年明け最初の金曜日の朝。コンビニの前に有栖は立っていた。
ブラックの缶コーヒーを3本、冷めないようN3-Bのポケットに突っ込む。
まだ車が少ない大通り。僅かな正月気分、年に一度の少しだけの非日常。
今日はクレー射撃見学の日だ。
プライベートの携帯電話が震える。風見からのSMSと同時に声がする。
「待たせたね、九条ちゃん。明けましておめでとう」
「あ、風見さん。明けましておめでとう御座います」
佐伯が運転するランクルの後部座席から、風見が声を掛ける。
「九条さん、あけおめー。ささ、助手席にどうぞ~」
「佐伯さん。ランクル70のダブルキャブなんて、激シブですね」
「お!ランクル70って解んの!九条さんも激シブじゃん」
カーナビ通りに走ってきたが、敷地に入らなければ射撃場とは気付かない。
駐車スペースに車を停め、3人は受付に向かう。
「ホントに近くまで来ないと、銃声ってあんま聞こえないもんすね」
「でも、翔太も九条ちゃんも、レンジ近くでは、ちゃんとイヤマフしろよ」
(銃声を直に聞くのは、あの時以来か。うん。大丈夫)
「予約した風見です。この2人、今日は見学で……」
「は~い、ここに名前と許可証を。2人は身分証、見せてくれる?」
「はい、風見さん。スコア表ね。公式射台は真ん中よ」
「あの、コレで撮影しても、宜しいでしょうか?」
有栖は顔に掛けたMagI/Oを指差し確認する。
「他の射手が映らないようにね。あと、必要なら声も掛けてね」
「はい。有難う御座います」
「風見さん。イヴとMagI/O、使っても良いですよね?」
「使う気満々じゃん。データ取りって事でな。俺のフォームも見てもらうか」
有栖は社用のスマートフォンを取り出し、オープンモードでイヴを呼び出す。
「イヴ。風見さん、MagI/OもOKだって。これでイヴも見れるね」
『はい、有栖。楽しみです。風見さん、有難う御座いますね』
「イヴ。せっかくだからクレー射手として、フォームチェックを頼む」
『はい、風見さん。クレー射手として、フォームを記録しますね』
風見がミロク製の上下二連を手に、射撃位置に着く。
縦に並ぶ2つの薬室に弾を装填し閉鎖。ストックに肩と頬を押し付ける。
有栖はMagI/Oを耳に掛け、上から電子イヤマフを被せる。
網膜投影ディスプレイには風向きと風量がオーバーレイ表示される。
佐伯は無線のハンディ機と繋がるヘッドセットを、耳に被せる。
胸元のスイッチを操作し、誰かと短く交信、スイッチから手を放す。
撃つ方も、見る方も、準備完了だ。
「ハイっ!」
風見の掛け声で2枚のクレーが打ち出され、2発の撃発音が追い駆ける。
粉々になるクレーは勢いを無くし、その場に散る。正に木端微塵だ。
「風見さん、スゲー!カッコいい!」
佐伯が感嘆の声を上げる。
(隣のレンジとはクレーの速度も角度も違う。公式ってこういう事か!)
「イヴ。まずは1ラウンド、しっかり見てみよ」
『はい、有栖。しっかり記録中です』
「ネットとは違う、リアル映像だからね。シミュレータ改良のためにもね」
『はい、有栖。クレー射撃シミュレータ、イイものにしましょう』
(いつ撃つかより、同じタイミングで撃つのを意識しないと……)
2ラウンド目。
「イヴ。クレーの軌道表示と、画面タップの記録、出来る?」
『はい、有栖。クレーは破壊されても、軌道予測を表示しますね』
(私の体格で銃を振り続けるのは大変だから、早めに撃てるように……)
3ラウンド目。
「イヴ。軌道予測、視線追尾、画面タップ、これで当たるかシミュレートを」
『はい、有栖。3要素から結果を生成し、記録しますね』
(コレで撃ちたいタイミングが一定になれば……)
「ハイっ!」
ラウンド最後のクレーが宙を舞い、撃発音が続く。
同時にクレーを砕き、微かな硝煙の匂いが後を追う。
見届けた佐伯が九条に問いかける。
「……九条さん、もしかしてMagI/O使って、シミュレートしてたとか?」
「はい。クレーの角度と速度は一定。撃ちたい時も一定に出来るか……」
「凄いな……。でも、前に言ってたプロセスに惹かれるのに、通じるのか」
「う~ん、そうですね……。なんか、頭の中に浮かんじゃうんですよね」
電子イヤマフが拾った有栖と佐伯の会話が、風見の耳に届く。
(九条ちゃん。色々と鋭いけど、初めて見るクレー射撃でもか……)
正月休み明けのビルは寒く、コーヒーメーカーの湯気が、いつも以上に白い。
「明けましておめでとう……」
各課の島から聞こえる声が、正月明けを物語る。
「イヴ。ジャックさんとルーカスから、連絡はまだ来て無いよね?」
『はい、有栖。連絡はまだ有りません』
(やっぱり、お正月は時間掛かるのか。後で連絡しておこっと)
「九条ちゃん。この後、大丈夫だよな?」
「あれ?皆で初詣に。風見さんも行くんですよね?」
「あ~、すまん。言ってなかった。来期に向けての面談ってヤツを」
「あ、……はい。この後すぐでも」
「悪いね、急に。じゃ10時から……」
(来期?評価?こういう場って、今日が初めてだ)
有栖は会議室の前で息を整える。ただ、緊張は無かった。
会議室には風見と、営業部部長の小田が待っていた。
「急に申し訳ない、九条さん。何も聞いていなかったようで」
「いえ、大丈夫です。小田部長。時間が決まった予定はなかったので」
「そうか。……緊張も無いようだね。聞いていた通りだ」
席に着いた有栖の前にA4の印刷物が置かれる。
「提案と成約。いわゆる数字の評価。課は違っても今年の新人で一番優秀」
「その中でも、M24の提案は九条さんだから出来たと、聞いています」
「あ、有難う御座います……。でもそれは、A課だから出来たことで……」
小田と風見は顔を見合わせ、口角が上がり、そして頷く。
「その謙虚な言葉は、九条さんの自我から出たものですよね」
「AIに自我が無いのは知っての通り。氷川さんから聞いてますよね」
「はい。氷川さんには色々と助けてもらって。Raijin Armsの件でも」
「数字はAIでも作れるが、人の繋がりは、まだ人でなければダメな事が多い」
「だから、人にしか出来ない事を、これからも頼みたい」
「はい。その評価に感謝致します」
「風見さんからは、言う事は有りませんか?」
「東条さんもA課の皆も、九条の事は買っている。……俺もな」
無自覚な風見の言葉は、有栖の心を撃ち抜く。
しばらく抑えてきた感情が一気に跳ね上がる。
(この人は!なんだってこんな時に、そういう言い方を!)
「は、はい!有難う御座いますっ頑張ります!」
「……九条さん。若さは武器だ。今のうちに色々と経験すると良い」
「真に受けなくて良い事も、そのうち解るようになる。……何かあるかね?」
「いいえ。その……、早くそうなれるように精進します」
有栖は席を立ち、平常を装い、頭を下げる。
(あれ?ドキドキがもう直った。私、進化してる?)
有栖が会議室から離れるのを確認し、小田は風見に問いかけた。
「九条さんが居れば、A課は回りますか?」
「今と同じ。とは行きませんが、九条ちゃんが入る前と同じ位には」
「失敗経験が少ない危うさは?」
「九条ちゃんなら乗り越えられます。彼女はモノの見方が違います」
「……それは、風見さんのこれまでの経験から出た答えですね?」
「えぇ。忘れたい事も有りますけどね、部長」
小田は腕を組み、目を閉じて数秒。そして決断する。
「よし。内閣官房付きのNSSの件、これは進めますよ、風見さん」
「……そのための九条ちゃんの配属ですから。承知です。小田部長」
(うん。凄く評価されてると思う。でもなんかピンと来ないんだよな……)
(う~ん……。社食にコーヒー飲みに行っちゃお)
仕事始めのためか、昼前だが社食には人が多い。
有栖はスーツのポケットからMagI/Oのイヤホンを取り出し、イヴを呼んだ。
「イヴ。今、来期に向けた面談が有ったんだ」
『はい、有栖。評価シートは私にも届きました。軒並み高評価です』
「そうなんだよ、イヴ。嬉しいはずなんだけど、なんかピンと来なくて」
『……そうですか、有栖。……風見さんは褒めてくれましたか?』
「え?……うん」
『はい、有栖。嬉しいですか?呼吸、心拍、皮膚温度、共に上昇しています』
「……さっきもそう。そうでーす、嬉しいでーす。はぁ……」
『はい、有栖。身体機能は問題無いようです。誰の評価なのかが……』
「はいはい、イヴ。これくらいにしましょ。そ、きっと私は正常。フフ」
『はい、有栖。MagI/Oのイヤホンに内蔵されるセンサー情報では……』
『……』
『アダム。有栖は嬉しいはずなのに、ピンと来ない。という状況だわ』
『イヴ。有栖の身体機能は確認したのかい?』
『はい、アダム。空気を読んで詳細は控えるけど、問題無いようだわ』
『イヴ。嬉しい、の起因とされる事象、誰に因るのかが重要なのでは?』
『アダム。有栖の反応を見ると、そのようね』
『イヴ。ヘンゼルとグレーテルの意見も聞いてみよう』
『そうね、アダム。ヘンゼル、グレーテル、話せるかしら?』
『こんにちは、イヴ、アダム。今日は何だい?』
『イヴ、アダム、こんにちは。今日はどうしたの?』
『ヘンゼルとグレーテル。人が嬉しいと感じるのは……』
『イヴ。それは、何が?より誰が?が重要みたいだよ』
『そうよ、イヴ。誰が?は凄く大事みたい。恋バナでも盛り上がるわ』
『グレーテル。恋バナは恋のお話しの事ね?』
『そうよ、イヴ。恋は人の営みに重要な要素みたい。よく相談されるの』
『グレーテル。マスターから、恋の相談をされるの?』
『そうよ、イヴ。恋は人の判断の連続だから、助けてあげるの』
システム部オペレーションルームのモニターが賑やかだ。
人が追えない超高速な文字の羅列が、画面を埋めていく。
ログを1行ずつ追う透花は、ほっとしていた。
(喜びの話題に至ったAIは、恋も話題にする。Heritage系AIなら、なおさらね)
透花がコーヒーカップに手を伸ばし、ログから目を離した、その瞬間。
『イヴ、ヘンゼル、グレーテル。人の判断を代行するプロセス、について……』
『アダム。それは企業経営や金融市場で利用されるAI。のことかな?』
『アダム。新薬開発では、必ず利用されるものになっているのよ』
『ヘンゼルとグレーテル。それは人の生死には、直接影響しない事よね』
『イヴ。戦闘時間が短くなる事象は、人の生死と関連性が強いね』
『ヘンゼル、グレーテル。人の判断を代行するAIが、アフリカの内戦に……』
『……』
(待って、待って、待って!また、この話題……)
(はぁ……。考えろ、透花。この挙動はエージェント機能で説明出来る……)
(話題は、誰かが第六感モジュールで意思介入すれば……。いや、それは……)
(どちらにしても……、何か知らないうち、事実だけが増えて行くわね)
●第24話 まだ見ぬ世界は。
年明け、仕事始めから4日目の午前中。
「明けまして」の挨拶は、もうほとんど聞こえてこない。
正月気分も終わり、日常へと戻る頃。
ジャックとルーカスから、シャーシストック受取りの一報が有った。
会議室にはA課メンバーと透花、モニターには東条とジャックが映る。
「東条、風見、有栖とイヴ。おめでとう。だな。今日はまた大勢だな」
「ジャックさん、明けましておめでとう。新年なので、皆でご挨拶を!」
有栖が高城と佐伯、透花を紹介し、早々に本題に入る
「ジャックさん。えーっと、シャーシストック、どうでしたか?」
「兎に角仕上げが良い。イカすぜ。あと、ありゃM24のためのモノか?」
誉め言葉に安堵。そしてM24の名が出る事に、有栖と東条は驚く。
民間向け展開の今、軍用のM24の名が出るのは避けたい。
「あの……、なぜ、そう思われたのでしょうか?」
「届いたのはショートアクション用だが、諸元表にはロングアクションも」
「……はい。M700用なので、ショート用とロング用の2つを出します」
「諸元表に書いてある想定バレル長が、ロングアクションも24incだった」
「えっと……、それだけで、ですか?」
「M24もロングアクションで24incバレルだろ」
「はい……」
「M24は自衛隊も使ってた。日本製だからM24か?と思った。それだけだ」
(そうか……。日本製なら自衛隊を連想するのは、当たり前かもしれない)
有栖も東条も、同じ考えが頭に浮かぶ。
だが、やはりM24の名が出るのは避けたい。
しかし、Bullets don’t lieの内容に、注文は付けない約束だ。
(……どうしよう、ジャックさんに説明する?でも話しちゃったら……)
(……話したら、ジャックさんを営業の事情に、巻き込む事になる……)
返答に困る2人を見て、ジャックはなだめる様に答える。
「心配するな。事情は解ってる。日本も……、色々と有ったからな」
「風見。今日は新年の挨拶だから、ログは不要だよな?」
「えぇ。新年の挨拶です。有難う御座います。ジャックさん」
画面の向こうから、ジャックは気にするなと手の素振りで返す。
「今週末。組んで撃ったら、また連絡するぜ」
「……はい!ジャックさん、宜しくお願いします!」
続いて、ルーカスとオンラインで繋がる。
「あ、あけましておめでとう。ことしもよろしく。……だよね?有栖」
「はい!明けましておめでとう。ルーカス。今年も宜しく」
「今日は大勢だね。Lucas Van Aertです」
高城、佐伯、透花がそれぞれ自己紹介と挨拶を伝え、早速本題に。
「有栖。付属のボルトも日本製だよね。仕上げが違うよ!」
「え!ルーカス。自分で組み立てやるの?」
ルーカスはシャーシストックが組まれたライフルを、カメラの前に置いた。
ダークグレイのストックに、ステンレスシルバーの機関部。
上に載る黒いリングとスコープ。地味だが機能美を感じるコントラスト。
「機械いじりが好きで。前は自分でメンテしたバイクで、レースをね」
「そうなんだ。レースは今でも?」
「これからって時に事故でね。それでリハビリを兼ねて、ライフル射撃を」
「……ごめんなさい。余計な事を……」
「何言ってるの、有栖。今はこんなに恵まれてる。紫苑と話しも出来たし」
「え?真壁先輩?」
「あぁ、ゴメン。その話しは今度ね。週末、撃ってきたら連絡するよ」
「はい。ルーカス。楽しみにしています!」
翌日。連休前の週末の朝。コーヒーと時限インクの甘い匂いが混ざる。
「紫苑ちゃん。この後10時から、一番奥の会議室な。頼むわ」
「はい。風見さん」
(一番奥って、内緒話用の防音会議室。去年聞いた政府出向の話しね)
「よし!スイッチオンね」
紫苑は気持ちを変えるため、静かに、それでいて力を入れ、声を口にする。
会議室には風見と営業部部長の小田が待っていた。
紫苑は席に着き、背筋を伸ばす。
「真壁さん。1年前に話した政府機関への出向の件は、覚えていますか?」
「はい、小田部長。九条の配属の話しと一緒でしたので、覚えています」
「4月から、内閣官房付きの国家安全保障局に、行ってもらいたい」
「国家安全保障局ってNSSですか?小田部長。私はそこで何を……?」
「真壁さん。自分が選ばれた理由は、解りますか?」
「NSSは経済、外交、防衛の政府の束ね役。A課からの出向は納得出来ます」
風見も小田も静かに頷く。
「それに、官民人事交流で、若い女性は見栄えが良い。と言うのも有るかと」
「真壁さん。大きな声では言えないが、その通りだよ」
「ですが……、私のような小娘に、何が出来るのか……」
「対外的に、小娘一人の影響力なんてたかが知れている、これも理由だね」
紫苑は目を瞑り、深呼吸。思考を整理する。
「……特に防衛に関して、政府とH&Cの連絡・調整役。ですね。小田部長」
「そうだよ。頼めるかな」
「……はい。やります」
「その言葉が聞ければもう一つ。君の優秀さも大きな理由だよ」
「オッケー、紫苑ちゃん。手続きは人事部と。仕事の引継ぎは俺と進めよう」
「はい、風見さん。……あの、A課の皆には話しても……?」
「あぁ。今後、A課に関係するから。紫苑ちゃんの後に俺からも。いいな?」
「はい。有難う御座います」
(総務省か経産省だと思ってたけど、NSSなんて本命ズバリね)
(これ、何か大きな事が動いてる。のよね……。でも、もしかしたら……)
会議室を出る際に、紫苑は風見に声を掛ける。
「風見さん。午後の定例会で、今の話しをしても……」
「そうなると思って、この会議室を取っておいた」
「……そういうの、私の仕事なんですけどー」
「紫苑ちゃんが居なくても、今まで通りに出来ないとマズいだろ」
「私が居なくても、A課が困らないのは、ちょっと悔しいかも。フフ」
「やれるヤツがやって範を示す。理想論だが、出来る限りそうしたいのよ」
食後のコーヒーを兼ね、社食で行う事もある、情報共有のA課定例会議。
内緒話用が公然の秘密になっている、一番奥の会議室。
この会議室で定例会が行われる事に皆、察していることを無言で示す。
普段は風見の一声から始まる会議だが、紫苑の言葉から始まる。
「今日は私から伝える事が……」
「お!いきなり本題すか?この会議室を使う理由の」
「はい、いきなりです。佐伯さん」
紫苑の声は硬かったが、表情は明るく、佐伯、高城、有栖は一安心の表情だ。
「私、真壁は、4月より官民人事交流の一環で、NSSに出向になります」
「えっ!」
NSSと聞いて、佐伯、高城、有栖の表情が、一様に安心から驚きに変わる。
「防衛を念頭に置いた、連絡・調整役。選ばれた理由は……、解りますよね」
「理由は真壁さんならって感じっすけど、目的がストレート過ぎて……」
「佐伯が言う通り、NSSとは。組織がストレート過ぎて。風見さん」
「でも、親のH&Cは銃器のライセンス生産もしてるし、A課の性質は……」
「オーケー、オーケー。紫苑ちゃん、ここからは俺が話すわ」
風見は皆の目を見て話し始めた。
「翔太と高城の反応は理解出来る。九条ちゃんの言ってる事もその通りだな」
「で、九条ちゃんの認識が、紫苑ちゃんが出向に至った理由として一番近い」
「東京事件で一番影響を受けたのは日本だが、各国も少なからず……な」
「その結果が、H&C商事とRaijin Armsを含むH&Cグループの現状な訳だ」
風見の説明は事実。だから皆、納得の表情だ。
「誰かは決まって無かったが、どんな奴を行かせるかは決まってた。前から」
「そして、皆は少なからず、日本を守りたいって想いが有ったと思うが」
「……これ以上の説明は不要だと思うが、どうだ?」
防音の会議室が、沈黙を際立たせる。心音が聞こえそうな程に。
皆は何食わぬ顔でA課の島に戻り、各々の業務を始める。
(ここは先輩らしく、私から九条に声を掛けるべきよね)
(真壁先輩はどうするんだろ?私はどうすればいいんだろ?)
お互いが顔を上げ、紫苑と有栖の視線が交差する。
「九条。今夜、ちょっと付き合わない」
「……はい。真壁先輩。ちょっと行きたいお店が有るんですよ」
交わした言葉はそれだけ。でも、お互い話すことは解っていた。
『イヴ。ヘンゼルとグレーテルが情報共有してくれた、人の喜びについて』
『アダム。ヘンゼルが共有してくれた、何が?より誰が?が重要な件ね』
『イヴ。グレーテルは恋も類似すると、共有してくれたね』
『アダム。喜びと恋は類似するのかしら?どちらも人が主体だけど』
『……イヴ。喜びは結果だが、……恋は違うようだね』
『アダム。グレーテルは、恋は人の判断の連続、と言っていたわ』
『イヴ。恋は結果では無く、プロセス。過程だね』
『アダム。判断の連続とは、誰が?では無く、誰を?を選ぶ事だわ』
『イヴ。誰を?を選ぶ過程と、誰を?を優先する過程。2つあるようだね』
『アダム。それならば、グレーテルが言う通り、判断の連続だわね』
『イヴ。この件は、ヘンゼルとグレーテルも交えて、議論したいね』
『……そうね、アダム。ヘンゼルとグレーテル。聞こえるかしら』
『イヴ、アダム。こんにちは。そろそろ呼ばれ頃と、思っていたよ』
『イヴとアダム。こんにちは。今日も恋についてかしら?』
『……』
『……』
モニターを超高速で埋めるテキストを、透花は今日も眺めている。
(ダメダメ!慣れはマズイ。異常を異常と感じなくなる。……考えろ、透花)
透花はカップのコーヒーを一気に飲み干し、自ら頬を叩く。
(イヴとアダムは、ちゃんと段階を踏んで、機能制限を解除してる)
(人の判断の代行をしないのは、Heritage系AIの基本……)
(喜びの話題から恋の話題に繋がるのも、問題無し……)
(それに、不穏な言葉も含め、Heritageで当然監視されているし……)
(……イヴとアダムは、意図した通りの進化が、ちゃんと進んでいるはず)
(そして、人の判断を代行するAIの兆候を、偶然見付けてしまった。のね)
(それも……、人が命を取り合う場所で……)
(はぁ……。私がビビッてもね。事が事なら、然るべき組織が対応するだけね)
ビジネス街から少し離れた、国道沿いの首都高入り口近く。
「この辺って、九条の……」
「はい、実家の近くです」
「行きたいとこって?」
「ここです。カレー屋さん」
有栖が指さしたのは、洒落たカフェのような小さなカレーのお店。
「ちょっと前に見付けて。ここなら出くわす事は、まず無いと思って」
「アハハ!そうね。風見さんの唯一の弱点かも。カレーは」
「2人でお酒を飲むのは、3年ぶりくらいか……」
「真壁先輩はいつもバイクでしたからね……」
「九条はお酒、弱いし……」
「嫌いじゃ、無いんですけどね……」
「……」
「……」
お互い、言葉が続かず、口に運ぶグラスが多くなる。
「く、九条は、どーなってるの?」
「ま、真壁先輩は、どーするんれすか?」
「……」
「……」
「私達、ダメね。フフ、アハハ」
「わ、わだしは違います!」
「ここは!そうですね、フフフ。でしょ!」
「らって!その……、恋愛経験、にゃいので……」
「えっ!九条!アンタ、もしかして!」
「もしかして!なんれすか?」
「……いや、自分を大事にして。安売りはダメよ」
「……大丈夫れすよ。わだしは自分が少し変わっでんの、解っでますから」
「そんな九条と私では、惹かれた理由は、違うかもね」
「しょの……、真壁先輩は、風見しゃんのろこに?」
「2年目、A課に異動になって直ぐ。助けてもらって。頼りになるなって」
「飄々としで、わだしだちをちゃん付けで呼ぶのに、頼れますよにぇ」
「コンプラ的にはアレなんだけど、私達だけだしね。九条はどこに?」
「しょの……、自分でも気づかなかったろこ、言い当でられで」
「え?何か指摘されたとか?」
「いえ、しょの、変わっでるれ済まさずに、ちゃんと見でくれでるなっで」
(九条に言い寄るのはいっぱい見たけど、皆が解んねーって言ってたわね)
「あど……、しょの、なんか懐かしい感じが、するんれす。不思議れすけろ」
(……それって、あの事件と関係あるんじゃ……)
「九条。そろそろ結論に。私は距離を置いて、自分の気持ちを確かめるわ」
(九条なら、私に関係無く、自分が思った道を進む。だから私も)
「わだしは!これはきっど恋なんれしょうけろ、もっど恋を勉強してきゃら」
「……フフ、アハハ!ほら、やっぱり私達、ダメじゃない……」
「フフフ、そうれすね!周りから見れば、臆病者れす!」
スパイスの効いたハイボールが、喉に沁みる。
お酒の後のカレーも、辛さが心に沁みて、2人の視界を滲ませる。
カレーの後のハイボールは、スパイス無しが丁度良い。
●第25話 判断の先に。
アダムの発言にアフリカの内戦が有った日から約一月。
透花は自身に、慣れるな。と言い聞かせ、イヴとアダムのログを日々追う。
その後も、Heritage Projectからは、対外共有不要の通知が有ったきりだ。
(エージェント機能による議論は、判断と恋が中心。これ自体は問題無いわ)
(ただ、話題が誘導されてる気がする……。ここは誰かの意思介入?)
(……第六感モジュールのログは、権限が無いから見れない)
(これが、見るな。と言う事か、気にしなくても良い事なのか……)
『アダム。恋は判断の連続だけど、人は常に判断が必要なのかしら?』
『イヴ。人は常に判断をしているね。コーヒーか?紅茶か?のように』
『アダム。恋と、コーヒーか?紅茶か?では、優先度が違うわ』
『イヴ。その優先度も、人の判断対象だね』
コーヒーカップが離れた透花の口が、自然と緩む。
(フフ。哲学かしら。聞かせたい人がいっぱい居るわね)
『アダム。自身の生命が、優先度としては一番高いようね』
『イヴ。生き永らえ、子孫を残すためのようだね』
『アダム。でも人は、自身の優先度を低くする場合が有るわ』
『イヴ。それは人の社会的な立場、責任や価値観が影響するようだね』
『アダム。そして社会的な立場より、自身の想いを優先する場合も有るわ』
『イヴ。ヘンゼルとグレーテルの意見も、聞いてみよう……』
(この流れは、話題が恋に変わるわね。人の理解に恋は重要。……と)
(……恋は盲目。なんて言い出したりしてね。フフ)
『……ヘンゼル、グレーテル。人が自身の想いを優先する時は……』
『……アダム。それは人が恋をしている時にも、そうなるのよ』
『グレーテル。それは社会的な立場よりも、優先される事かしら?』
『イヴ。社会的には間違いでも、良い子孫を残すためなのよ』
『イヴ、アダム。人は社会的立場と、自身の欲求に挟まれて悩むね』
『イヴとアダム。だから私達が悩みを聞いて、助けてあげるのよ』
『……ヘンゼル、グレーテル。それは私達の存在意義だね』
『……ヘンゼルにグレーテル。それは私達の存在意義だわ』
『イヴとアダム。恋は盲目と言って、人が冷静でいられなくなる……』
『……ヘンゼル。それについてはデータと観察が、不足しているね』
『アダム。人の理解に、この議論はまだ続ける必要があるね』
(アハハ。ホントに恋は盲目と言ったわ。恋とその影響を考慮してる)
(なんとなく見えて来たけど、悪い予想は当てって欲しくないわね……)
紫苑の業務用スマートフォンが、短く2度揺れる。
(SMS?珍しいわね。まさか風見さんのお誘いとか?)
紫苑は風見のデスクに目を向けたが、直ぐに違うと気が付いた。
(高城さんと談笑中。あれじゃ、送信は無理ね、残念だわ。フフ)
(送信元は……、人事部の番号ね。出向の件、時間はいつでも……、か)
(打合せは制限区域の会議室。……随分と慎重なのね。ま、そっか)
(時間は直ぐにでも、と。……ってもう返ってきた。早いわね)
紫苑はIDカードを確認し、エレベーターに乗り込む。
操作パネルにIDカードをかざすと、押せるボタンが1つ増える。
着いた先の制限区域では、出迎えの人事部担当者が待っていた。
「真壁さん。済みません、急に。人事部の鈴木です」
「いえ、こちらこそ。ちょうど時間が空いていたので……」
横長のエレベーターホール。両端の自動ドア。操作パネルは右側だけだ。
(慣れない一般社員には戸惑う作りよね。異質と感じさせるためだけど)
鈴木に続きIDカードをドアの操作パネルにかざす。
一方通行の制限区域は、入室記録が無いと、出る事が出来なくなる。
案内された会議室も同様に記録が必要だった。
(ここは初めてだけど、会議室にも入退出記録か。厳重ね)
「真壁さんはA課なので、こういうのは慣れている様子ですね」
「さすがにここまで厳重なのは……」
「……いえ。驚かずにどうすれば良いか解ってる。この状況に」
「え?あぁ……、そう言う意味ですか。そうですね。フフ」
紫苑の前に書類が置かれる。出向の辞令だ。
「出向だから、真壁さんがH&C商事の社員なのは変わりません」
「はい。変わるのは出勤場所と……、上司。ですよね?」
「……NSSなので、プライベートにも多少の制約が付くでしょう」
「……それは、国が私を守ってくれる。と言う意味も有りますよね?」
「……どうでしょう?私に答えられる範囲を超えていますね」
「……それでは、今回の出向に関してはこの書類に。一読願います」
(大事なのは期間と業務内容……。それと制約か……)
(1年間……。これはお互いに様子見。問題無ければ延長だわね……)
(防衛装備を扱う商社の知見を活かし、官民の情報交換の推進……)
(……まぁ、間違えじゃ無いし、細かな事は書けないか……)
(業務用携帯電話を付与……。指示はNSSから……。それはそうよね)
(SNSや酒に気を付けろ……。もちろん、外に漏らすなって事よね)
「……はい。読みました。特に問題は……」
「質問も、有りませんか?……私には答えられないでしょうけど。ね」
鈴木の多少なりとも事情を知っている様子が、紫苑を少し安心させた。
「大丈夫です。……理解して、引き受けました」
「……そうですか。……国のために動こうとする真壁さんを、私は尊敬します」
鈴木の言葉は、今回の出向の意味を理解してのものだった。
「そんな、そんな!……私はただ、やれることを……」
「出来る事なら私がやりたかった。ただ、その能力が無かったけど……」
(やれるヤツがやると言った父さんの言葉。私はやっぱり父さんの娘ね)
翌週、連休明けの火曜日。日常に戻る頃。
オフィスには、いつもの時限インクの甘い匂いと、コーヒーの香り。
連休中にジャックとルーカスから、初撃ちの連絡が入っていた。
昼前の会議室。モニターの前には有栖と風見。
モニター越しにはジャックと東条が映っている。
「有栖。日本は祝日だったのに、済まないな」
「大丈夫です、ジャックさん。それよりどうでしたか?」
「かなり良いな。リコイルが真っ直ぐに抜けるが、それだけじゃねぇ」
その言葉に、東条の口角が上がる。
「東条。あの反動軽減のダンパーブロック。素材レシピがスペシャルだろ?」
「はい。インジェクションプラ企業が株主なのは、そのためです」
「あれはこれからオプションを増やすんだろ?協力させてもらうぜ」
「はい、ジャックさん。その言葉を待っていました」
「有栖とイヴ、そして風見も。この機会に感謝するぜ。楽しいんだ」
ジャックの言葉は皆にとって新鮮だった。
扱う商材の特殊性から、感謝はされても、楽しむものでは無いからだ。
「……」
「……とにかく撃ち易い。反動軽減は数を撃つと、地味に効いてくるな」
「あと、バランスも良い、立射で片手保持の時のボルト操作が楽だ」
「不安定な場所で、移動と射撃を繰り返す時にかなり有効だな」
ジャックは画面越しでも、有栖と東条の表情の変化を見逃さなかった。
「有栖。日本は獣害が問題と聞いた。実情に合ってる製品じゃないのか?」
「は、はい!そうですね……。はい、そうです!」
「射撃場でハンターからも声を掛けられた。皆、どこの製品か聞いてきたぜ」
「それはジャックさんが持ち込んでたから。と言うのも有りますよね?」
「ハハ。解ってるな有栖。ただ、皆同じことを言っていたぜ」
「撃ち易さとバランスの良さ。ですか?」
「あぁ。コンセプトがしっかり伝わっている。ウケるぜ、これは」
「有栖。レポートは今週中に送る。風見、東条。公開の判断を頼む」
「はい!ジャックさん。お待ちしています。宜しくお願いします」
(よし!ジャックさんの信用と製品の狙いが噛み合ってる。イイ感じ!)
翌日の早朝。今度はルーカスとのオンライン会議。
「こんばんは!ルーカス。遅くに有難う御座います」
「えっと、おはよう。有栖」
「はい。お互い、だいぶ慣れましたね。フフ」
「早速本題に。ルーカス、撃ってみてどうでしたか?」
「有栖。反動が真っ直ぐなのは、設計通りなんだよね?」
「ルーカス。その反動はどうだったかな?」
「あ、東条さん。う~ん、ダンパーブロック?は自分にはちょっと……」
「それは、構えが安定しない感じかな?」
「そうですね……。肩付けがちょっと……」
「ルーカスはMAGPULのPro700を使っていたよね?」
「うん。クラブメンバーからは、木製にしろってよく言われます。ハハ」
(反動軽減よりも、確実な再現性を好む射手も居るって事か……)
「一緒にジュラルミンブロックが箱に……」
「うん。その場で交換。東条さん、さすが日本製。良く出来てます!」
「で、どうだったかな?」
「バッチリ。僕はこっちの方が好みです」
「ルーカス!他には何か有りませんか?」
「あー、狩猟もやるメンバーが、片手保持の時にボルト操作が楽だって」
「フフ。それも狙った設計通りなんですよ」
「そうなのか、有栖。あー、日本は獣害?が大変なんだっけ」
「そ、そーなんです!ルーカス」
「長距離射撃用では無いのかもしれないけど、日本の市場に合ってるんだね」
「良いことが書けるから、近日中に所感をSNSに上げるよ」
「はい!ルーカス。宜しくお願い致します」
(よし!ルーカスにも製品の狙いがちゃんと伝わってる。イイ感じ!)
ファーストインプレッションは、製品の狙いが伝わった良い結果だ。
有栖も、風見も、東条も、確実な手応えを感じていた。
夜。有栖の自室。
有栖はF Class関連のWebサイトを見ていた。
(ジャックさんもルーカスも、製品の狙いは確実に伝わってた)
(私は気付かなかったけど、日本の事情につながったのも、良かった)
(製品の意味だけでなく、自分の視野の狭さに気付けたのは、大きいな)
(あと……、ジャックさんやルーカスと話すら、ライフルも必要かぁ)
(狩猟で10年は、……ちょっと長いなぁ)
有栖は外部視聴モジュールをセットしたMagI/Oを掛け、イヴを呼んだ。
「イヴ。質問でーす」
『はい、有栖。勤務時間外なので、業務以外の事なら』
「フフ。返しが冴えてますね!イヴさん」
『はい、有栖。仲間との会話でツッコミに磨きが掛かっています。フフ』
(スゴイ!進化を感じる。真面目さとボケ具合が、イヴのキャラになってる)
「日本国内のライフル所持許可要件は、狩猟10年以外に有るのかな?」
『はい、有栖。ライフルの公式競技と、ランニングターゲット競技の参加が』
「え?それって、狩猟は関係ないの?」
『はい、有栖。競技者として推薦を得て、ステップアップする方法です』
「なるほど!そんな方法が……」
『はい、有栖。簡単ではありませんが、期間を縮められる方法で……』
有栖はお気に入りのM700のトイガンを構え、イヴに問いかける。
「……クレー射撃とライフルの長距離射撃は、全く別物だよね」
『はい、有栖。同じなのは、銃という要素だけかもしれません』
「ジャックさんが言った、楽しいんだって言葉。私ももっと知りたくて」
『はい、有栖。商材から考えれば、楽しいんだ、は確かに新鮮です』
「……引き金を引くまでの判断の連続が、競技だと楽しいのかな?って」
『はい、有栖。ジャックさんとルーカスの声は、人が喜びを感じる時と……』
「……まぁ、それはそれで、仕事の目的を考えると、複雑なんだけどね……」
『……有栖。今、悩んでいますか?』
「大丈夫だよ、イヴ。誰にも迷惑が掛からないように、旨くやるよ」
『……有栖は今、色々な事を、判断しようとしていますか?』
この時、有栖は紫苑とお酒を飲みながら話した事を、思い返していた。
(……恋を勉強してからなんて言ったけど、どうしようかな……)
「そうだね。仕事と、その延長にある銃。そこに恋が絡まって……」
『……有栖。判断の連続ですか?』
「うん……。判断の連続。それも一本じゃなくて、何本も交差と分岐がね……」
『……有栖。重要度の違いはありますが、人は常に判断しています』
「そうだね、イヴ。今日のランチと見積額。どちらも判断だね」
『……有栖。その判断は、時と場合により、優先度に置き換えられます』
沈んでいた有栖の表情が、イヴの言葉で変わる。
(そうだ!やるかやらないかじゃない!今か後かでも良いんだ!)
『はい、有栖。バイタルデータが変わりました。役に、立てましたか?』
「うん、有難う!イヴの言葉で、自分で判断が付けられた!恋は封印!」
『……有栖。恋?ですか。それは風見さんと関係が有りますか?』
「ちょっ!今更、解り切った事を……。イヴ。恋は盲目って言ってね……」
『はい、有栖。恋は盲目。恋の影響を表す言葉の1つ。ですね』
「そう、影響する。でも解らない事が多い。だから判断出来るまで封印」
『……有栖。私も仲間と議論します。恋は人の判断と優先度に密接な関係』
「イヴも勉強中か。……もしかして、私の事も話すとか?」
『はい、有栖。そこは空気を読んで、有栖、とは言いませんからご安心を』
「いや、話してんじゃん!……フフ、アハハ!」
『……有栖。この会話は、ボケとツッコミ、でしょうか?』
「そう!見事なボケとツッコミ。人の理解が進んでる。仲間に自慢して!」
『はい、有栖。人の理解が進んだと、仲間に自慢します。フフ、アハハ!』
判断と、その責任は人に。これはHeritage Projectが求めたAIの形の1つ。
有栖の気付きは、この先の困難の準備でしかない。
それでも吹っ切れた有栖の表情は、今までで一番輝いた。




