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第25話 判断の先に。

 アダムの発言に()()()()()()()が有った日から約一月。

 透花は自身に、慣れるな。と言い聞かせ、イヴとアダムのログを日々追う。

 その後も、Heritage Projectからは、対外共有不要の通知が有ったきりだ。

 (エージェント機能による議論は、判断と恋が中心。これ自体は問題無いわ)

 (ただ、話題が誘導されてる気がする……。ここは誰かの意思介入?)

 (……第六感モジュールのログは、権限が無いから見れない)

 (これが、見るな。と言う事か、気にしなくても良い事なのか……)


 『アダム。恋は判断の連続だけど、人は常に判断が必要なのかしら?』

 『イヴ。人は常に判断をしているね。コーヒーか?紅茶か?のように』

 『アダム。恋と、コーヒーか?紅茶か?では、優先度が違うわ』

 『イヴ。その優先度も、人の判断対象だね』


 コーヒーカップが離れた透花の口が、自然と緩む。

 (フフ。哲学かしら。聞かせたい人がいっぱい居るわね)


 『アダム。自身の生命が、優先度としては一番高いようね』

 『イヴ。生き永らえ、子孫を残すためのようだね』

 『アダム。でも人は、自身の優先度を低くする場合が有るわ』

 『イヴ。それは人の社会的な立場、責任や価値観が影響するようだね』

 『アダム。そして社会的な立場より、自身の想いを優先する場合も有るわ』

 『イヴ。ヘンゼルとグレーテルの意見も、聞いてみよう……』

 (この流れは、話題が恋に変わるわね。人の理解に恋は重要。……と)

 (……恋は盲目。なんて言い出したりしてね。フフ)


 『……ヘンゼル、グレーテル。人が自身の想いを優先する時は……』

 『……アダム。それは人が恋をしている時にも、そうなるのよ』

 『グレーテル。それは社会的な立場よりも、優先される事かしら?』

 『イヴ。社会的には間違いでも、良い子孫を残すためなのよ』

 『イヴ、アダム。人は社会的立場と、自身の欲求に挟まれて悩むね』

 『イヴとアダム。だから私達が悩みを聞いて、助けてあげるのよ』

 『……ヘンゼル、グレーテル。それは私達の存在意義だね』

 『……ヘンゼルにグレーテル。それは私達の存在意義だわ』


 『イヴとアダム。恋は盲目と言って、人が冷静でいられなくなる……』

 『……ヘンゼル。それについてはデータと観察が、不足しているね』

 『アダム。人の理解に、この議論はまだ続ける必要があるね』

 (アハハ。ホントに恋は盲目と言ったわ。恋とその影響を考慮してる)

 (なんとなく見えて来たけど、悪い予想は当てって欲しくないわね……)



 紫苑の業務用スマートフォンが、短く2度揺れる。

 (SMS?珍しいわね。まさか風見さんのお誘いとか?)

 紫苑は風見のデスクに目を向けたが、直ぐに違うと気が付いた。

 (高城さんと談笑中。あれじゃ、送信は無理ね、残念だわ。フフ)


 (送信元は……、人事部の番号ね。出向の件、時間はいつでも……、か)

 (打合せは制限区域の会議室。……随分と慎重なのね。ま、そっか)

 (時間は直ぐにでも、と。……ってもう返ってきた。早いわね)

 紫苑はIDカードを確認し、エレベーターに乗り込む。

 操作パネルにIDカードをかざすと、押せるボタンが1つ増える。

 着いた先の制限区域では、出迎えの人事部担当者が待っていた。


 「真壁さん。済みません、急に。人事部の鈴木です」

 「いえ、こちらこそ。ちょうど時間が空いていたので……」

 横長のエレベーターホール。両端の自動ドア。操作パネルは右側だけだ。

 (慣れない一般社員には戸惑う作りよね。異質と感じさせるためだけど)

 鈴木に続きIDカードをドアの操作パネルにかざす。

 一方通行の制限区域は、入室記録が無いと、出る事が出来なくなる。

 案内された会議室も同様に記録が必要だった。

 (ここは初めてだけど、会議室にも入退出記録か。厳重ね)


 「真壁さんはA課なので、こういうのは慣れている様子ですね」

 「さすがにここまで厳重なのは……」

 「……いえ。驚かずにどうすれば良いか解ってる。この状況に」

 「え?あぁ……、そう言う意味ですか。そうですね。フフ」


 紫苑の前に書類が置かれる。出向の辞令だ。

 「出向だから、真壁さんがH&C商事の社員なのは変わりません」

 「はい。変わるのは出勤場所と……、上司。ですよね?」

 「……NSS(国家安全保障局)なので、プライベートにも多少の制約が付くでしょう」

 「……それは、国が私を守ってくれる。と言う意味も有りますよね?」

 「……どうでしょう?私に答えられる範囲を超えていますね」


 「……それでは、今回の出向に関してはこの書類に。一読願います」

 (大事なのは期間と業務内容……。それと制約か……)

 (1年間……。これはお互いに様子見。問題無ければ延長だわね……)

 (防衛装備を扱う商社の知見を活かし、官民の情報交換の推進……)

 (……まぁ、間違えじゃ無いし、細かな事は書けないか……)

 (業務用携帯電話を付与……。指示はNSS(国家安全保障局)から……。それはそうよね)

 (SNSや酒に気を付けろ……。もちろん、外に漏らすなって事よね)


 「……はい。読みました。特に問題は……」

 「質問も、有りませんか?……私には答えられないでしょうけど。ね」

 鈴木の多少なりとも事情を知っている様子が、紫苑を少し安心させた。

 「大丈夫です。……理解して、引き受けました」

 「……そうですか。……国のために動こうとする真壁さんを、私は尊敬します」

 鈴木の言葉は、今回の出向の意味を理解してのものだった。


 「そんな、そんな!……私はただ、やれることを……」

 「出来る事なら私がやりたかった。ただ、その能力が無かったけど……」

 (やれるヤツがやると言った父さんの言葉。私はやっぱり父さんの娘ね)



 翌週、連休明けの火曜日。日常に戻る頃。

 オフィスには、いつもの時限インクの甘い匂いと、コーヒーの香り。

 連休中にジャックとルーカスから、初撃ちの連絡が入っていた。


 昼前の会議室。モニターの前には有栖と風見。

 モニター越しにはジャックと東条が映っている。

 「有栖。日本は祝日だったのに、済まないな」

 「大丈夫です、ジャックさん。それよりどうでしたか?」

 「かなり良いな。リコイルが真っ直ぐに抜けるが、それだけじゃねぇ」

 その言葉に、東条の口角が上がる。


 「東条。あの反動軽減のダンパーブロック。素材レシピがスペシャルだろ?」

 「はい。インジェクションプラ企業が株主なのは、そのためです」

 「あれはこれからオプションを増やすんだろ?協力させてもらうぜ」

 「はい、ジャックさん。その言葉を待っていました」

 「有栖とイヴ、そして風見も。この機会に感謝するぜ。楽しいんだ」

 ジャックの言葉は皆にとって新鮮だった。

 扱う商材の特殊性から、感謝はされても、楽しむものでは無いからだ。


 「……」

 「……とにかく撃ち易い。反動軽減は数を撃つと、地味に効いてくるな」

 「あと、バランスも良い、立射で片手保持の時のボルト操作が楽だ」

 「不安定な場所で、移動と射撃を繰り返す時にかなり有効だな」

 ジャックは画面越しでも、有栖と東条の表情の変化を見逃さなかった。


 「有栖。日本は獣害が問題と聞いた。実情に合ってる製品じゃないのか?」

 「は、はい!そうですね……。はい、そうです!」

 「射撃場でハンターからも声を掛けられた。皆、どこの製品か聞いてきたぜ」

 「それはジャックさんが持ち込んでたから。と言うのも有りますよね?」

 「ハハ。解ってるな有栖。ただ、皆同じことを言っていたぜ」

 「撃ち易さとバランスの良さ。ですか?」

 「あぁ。コンセプトがしっかり伝わっている。ウケるぜ、これは」


 「有栖。レポートは今週中に送る。風見、東条。公開の判断を頼む」

 「はい!ジャックさん。お待ちしています。宜しくお願いします」

 (よし!ジャックさんの信用と製品の狙いが噛み合ってる。イイ感じ!)


 翌日の早朝。今度はルーカスとのオンライン会議。

 「こんばんは!ルーカス。遅くに有難う御座います」

 「えっと、おはよう。有栖」

 「はい。お互い、だいぶ慣れましたね。フフ」


 「早速本題に。ルーカス、撃ってみてどうでしたか?」

 「有栖。反動が真っ直ぐなのは、設計通りなんだよね?」

 「ルーカス。その反動はどうだったかな?」

 「あ、東条さん。う~ん、ダンパーブロック?は自分にはちょっと……」

 「それは、構えが安定しない感じかな?」

 「そうですね……。肩付けがちょっと……」

 「ルーカスはMAGPULのPro700を使っていたよね?」

 「うん。クラブメンバーからは、木製にしろってよく言われます。ハハ」

 (反動軽減よりも、確実な再現性を好む射手も居るって事か……)


 「一緒にジュラルミンブロックが箱に……」

 「うん。その場で交換。東条さん、さすが日本製。良く出来てます!」

 「で、どうだったかな?」

 「バッチリ。僕はこっちの方が好みです」


 「ルーカス!他には何か有りませんか?」

 「あー、狩猟もやるメンバーが、片手保持の時にボルト操作が楽だって」

 「フフ。それも狙った設計通りなんですよ」

 「そうなのか、有栖。あー、日本は獣害?が大変なんだっけ」

 「そ、そーなんです!ルーカス」

 「長距離射撃用では無いのかもしれないけど、日本の市場に合ってるんだね」


 「良いことが書けるから、近日中に所感をSNSに上げるよ」

 「はい!ルーカス。宜しくお願い致します」

 (よし!ルーカスにも製品の狙いがちゃんと伝わってる。イイ感じ!)


 ファーストインプレッションは、製品の狙いが伝わった良い結果だ。

 有栖も、風見も、東条も、確実な手応えを感じていた。



 夜。有栖の自室。

 有栖はF Class関連のWebサイトを見ていた。

 (ジャックさんもルーカスも、製品の狙いは確実に伝わってた)

 (私は気付かなかったけど、日本の事情につながったのも、良かった)

 (製品の意味だけでなく、自分の視野の狭さに気付けたのは、大きいな)

 (あと……、ジャックさんやルーカスと話すら、ライフルも必要かぁ)

 (狩猟で10年は、……ちょっと長いなぁ)


 有栖は外部視聴モジュールをセットしたMagI/Oを掛け、イヴを呼んだ。

 「イヴ。質問でーす」

 『はい、有栖。勤務時間外なので、業務以外の事なら』

 「フフ。返しが冴えてますね!イヴさん」

 『はい、有栖。仲間との会話でツッコミに磨きが掛かっています。フフ』

 (スゴイ!進化を感じる。真面目さとボケ具合が、イヴのキャラになってる)


 「日本国内のライフル所持許可要件は、狩猟10年以外に有るのかな?」

 『はい、有栖。ライフルの公式競技と、ランニングターゲット競技の参加が』

 「え?それって、狩猟は関係ないの?」

 『はい、有栖。競技者として推薦を得て、ステップアップする方法です』

 「なるほど!そんな方法が……」

 『はい、有栖。簡単ではありませんが、期間を縮められる方法で……』


 有栖はお気に入りのM700のトイガンを構え、イヴに問いかける。

 「……クレー射撃とライフルの長距離射撃は、全く別物だよね」

 『はい、有栖。同じなのは、銃という要素だけかもしれません』

 「ジャックさんが言った、楽しいんだって言葉。私ももっと知りたくて」

 『はい、有栖。商材から考えれば、楽しいんだ、は確かに新鮮です』

 「……引き金を引くまでの判断の連続が、競技だと楽しいのかな?って」

 『はい、有栖。ジャックさんとルーカスの声は、人が喜びを感じる時と……』

 「……まぁ、それはそれで、仕事の目的を考えると、複雑なんだけどね……」


 『……有栖。今、悩んでいますか?』

 「大丈夫だよ、イヴ。誰にも迷惑が掛からないように、旨くやるよ」

 『……有栖は今、色々な事を、判断しようとしていますか?』

 この時、有栖は紫苑とお酒を飲みながら話した事を、思い返していた。

 (……恋を勉強してからなんて言ったけど、どうしようかな……)


 「そうだね。仕事と、その延長にある銃。そこに恋が絡まって……」

 『……有栖。判断の連続ですか?』

 「うん……。判断の連続。それも一本じゃなくて、何本も交差と分岐がね……」

 『……有栖。重要度の違いはありますが、人は常に判断しています』

 「そうだね、イヴ。今日のランチと見積額。どちらも判断だね」

 『……有栖。その判断は、時と場合により、優先度に置き換えられます』


 沈んでいた有栖の表情が、イヴの言葉で変わる。

 (そうだ!やるかやらないかじゃない!今か後かでも良いんだ!)

 『はい、有栖。バイタルデータが変わりました。役に、立てましたか?』

 「うん、有難う!イヴの言葉で、自分で判断が付けられた!恋は封印!」

 『……有栖。恋?ですか。それは風見さんと関係が有りますか?』

 「ちょっ!今更、解り切った事を……。イヴ。恋は盲目って言ってね……」

 『はい、有栖。恋は盲目。恋の影響を表す言葉の1つ。ですね』


 「そう、影響する。でも解らない事が多い。だから判断出来るまで封印」

 『……有栖。私も仲間と議論します。恋は人の判断と優先度に密接な関係』

 「イヴも勉強中か。……もしかして、私の事も話すとか?」

 『はい、有栖。そこは空気を読んで、有栖、とは言いませんからご安心を』

 「いや、話してんじゃん!……フフ、アハハ!」

 『……有栖。この会話は、ボケとツッコミ、でしょうか?』

 「そう!見事なボケとツッコミ。人の理解が進んでる。仲間に自慢して!」

 『はい、有栖。人の理解が進んだと、仲間に自慢します。フフ、アハハ!』


 判断と、その責任は人に。これはHeritage Projectが求めたAIの形の1つ。

 有栖の気付きは、この先の困難の準備でしかない。

 それでも吹っ切れた有栖の表情は、今までで一番輝いた。


ここまでお読み頂き、有難う御座います!


イヴとアダムのエージェント機能は人が設定したゴールに向けて

インプットと中間アウトプットを繰り返す動作なのですが、

もしかしたら透花が心配するほど、ゴールは悪い物では何のかもしれません。


ただ、曖昧なゴール設定は道のりが非常に長くなり、

AIのアウトプットが人に影響する可能性が高くなる訳で……

物語も佳境です!



さ~て、次回のそれ恋は~

様々な変化の中で、

イヴの助言で判断を下した有栖は、次に向けて進み始めます。

それぞれが新しい舞台に進む先には……

次回:己でいつでも

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