第23話 進行か、侵攻か。
年明け最初の金曜日の朝。コンビニの前に有栖は立っていた。
ブラックの缶コーヒーを3本、冷めないようN3-Bのポケットに突っ込む。
まだ車が少ない大通り。僅かな正月気分、年に一度の少しだけの非日常。
今日はクレー射撃見学の日だ。
プライベートの携帯電話が震える。風見からのSMSと同時に声がする。
「待たせたね、九条ちゃん。明けましておめでとう」
「あ、風見さん。明けましておめでとう御座います」
佐伯が運転するランクルの後部座席から、風見が声を掛ける。
「九条さん、あけおめー。ささ、助手席にどうぞ~」
「佐伯さん。ランクル70のダブルキャブなんて、激シブですね」
「お!ランクル70って解んの!九条さんも激シブじゃん」
カーナビ通りに走ってきたが、敷地に入らなければ射撃場とは気付かない。
駐車スペースに車を停め、3人は受付に向かう。
「ホントに近くまで来ないと、銃声ってあんま聞こえないもんすね」
「でも、翔太も九条ちゃんも、レンジ近くでは、ちゃんとイヤマフしろよ」
(銃声を直に聞くのは、あの時以来か。うん。大丈夫)
「予約した風見です。この2人、今日は見学で……」
「は~い、ここに名前と許可証を。2人は身分証、見せてくれる?」
「はい、風見さん。スコア表ね。公式射台は真ん中よ」
「あの、コレで撮影しても、宜しいでしょうか?」
有栖は顔に掛けたMagI/Oを指差し確認する。
「他の射手が映らないようにね。あと、必要なら声も掛けてね」
「はい。有難う御座います」
「風見さん。イヴとMagI/O、使っても良いですよね?」
「使う気満々じゃん。データ取りって事でな。俺のフォームも見てもらうか」
有栖は社用のスマートフォンを取り出し、オープンモードでイヴを呼び出す。
「イヴ。風見さん、MagI/OもOKだって。これでイヴも見れるね」
『はい、有栖。楽しみです。風見さん、有難う御座いますね』
「イヴ。せっかくだからクレー射手として、フォームチェックを頼む」
『はい、風見さん。クレー射手として、フォームを記録しますね』
風見がミロク製の上下二連を手に、射撃位置に着く。
縦に並ぶ2つの薬室に弾を装填し閉鎖。ストックに肩と頬を押し付ける。
有栖はMagI/Oを耳に掛け、上から電子イヤマフを被せる。
網膜投影ディスプレイには風向きと風量がオーバーレイ表示される。
佐伯は無線のハンディ機と繋がるヘッドセットを、耳に被せる。
胸元のスイッチを操作し、誰かと短く交信、スイッチから手を放す。
撃つ方も、見る方も、準備完了だ。
「ハイっ!」
風見の掛け声で2枚のクレーが打ち出され、2発の撃発音が追い駆ける。
粉々になるクレーは勢いを無くし、その場に散る。正に木端微塵だ。
「風見さん、スゲー!カッコいい!」
佐伯が感嘆の声を上げる。
(隣のレンジとはクレーの速度も角度も違う。公式ってこういう事か!)
「イヴ。まずは1ラウンド、しっかり見てみよ」
『はい、有栖。しっかり記録中です』
「ネットとは違う、リアル映像だからね。シミュレータ改良のためにもね」
『はい、有栖。クレー射撃シミュレータ、イイものにしましょう』
(いつ撃つかより、同じタイミングで撃つのを意識しないと……)
2ラウンド目。
「イヴ。クレーの軌道表示と、画面タップの記録、出来る?」
『はい、有栖。クレーは破壊されても、軌道予測を表示しますね』
(私の体格で銃を振り続けるのは大変だから、早めに撃てるように……)
3ラウンド目。
「イヴ。軌道予測、視線追尾、画面タップ、これで当たるかシミュレートを」
『はい、有栖。3要素から結果を生成し、記録しますね』
(コレで撃ちたいタイミングが一定になれば……)
「ハイっ!」
ラウンド最後のクレーが宙を舞い、撃発音が続く。
同時にクレーを砕き、微かな硝煙の匂いが後を追う。
見届けた佐伯が九条に問いかける。
「……九条さん、もしかしてMagI/O使って、シミュレートしてたとか?」
「はい。クレーの角度と速度は一定。撃ちたい時も一定に出来るか……」
「凄いな……。でも、前に言ってたプロセスに惹かれるのに、通じるのか」
「う~ん、そうですね……。なんか、頭の中に浮かんじゃうんですよね」
電子イヤマフが拾った有栖と佐伯の会話が、風見の耳に届く。
(九条ちゃん。色々と鋭いけど、初めて見るクレー射撃でもか……)
正月休み明けのビルは寒く、コーヒーメーカーの湯気が、いつも以上に白い。
「明けましておめでとう……」
各課の島から聞こえる声が、正月明けを物語る。
「イヴ。ジャックさんとルーカスから、連絡はまだ来て無いよね?」
『はい、有栖。連絡はまだ有りません』
(やっぱり、お正月は時間掛かるのか。後で連絡しておこっと)
「九条ちゃん。この後、大丈夫だよな?」
「あれ?皆で初詣に。風見さんも行くんですよね?」
「あ~、すまん。言ってなかった。来期に向けての面談ってヤツを」
「あ、……はい。この後すぐでも」
「悪いね、急に。じゃ10時から……」
(来期?評価?こういう場って、今日が初めてだ)
有栖は会議室の前で息を整える。ただ、緊張は無かった。
会議室には風見と、営業部部長の小田が待っていた。
「急に申し訳ない、九条さん。何も聞いていなかったようで」
「いえ、大丈夫です。小田部長。時間が決まった予定はなかったので」
「そうか。……緊張も無いようだね。聞いていた通りだ」
席に着いた有栖の前にA4の印刷物が置かれる。
「提案と成約。いわゆる数字の評価。課は違っても今年の新人で一番優秀」
「その中でも、M24の提案は九条さんだから出来たと、聞いています」
「あ、有難う御座います……。でもそれは、A課だから出来たことで……」
小田と風見は顔を見合わせ、口角が上がり、そして頷く。
「その謙虚な言葉は、九条さんの自我から出たものですよね」
「AIに自我が無いのは知っての通り。氷川さんから聞いてますよね」
「はい。氷川さんには色々と助けてもらって。Raijin Armsの件でも」
「数字はAIでも作れるが、人の繋がりは、まだ人でなければダメな事が多い」
「だから、人にしか出来ない事を、これからも頼みたい」
「はい。その評価に感謝致します」
「風見さんからは、言う事は有りませんか?」
「東条さんもA課の皆も、九条の事は買っている。……俺もな」
無自覚な風見の言葉は、有栖の心を撃ち抜く。
しばらく抑えてきた感情が一気に跳ね上がる。
(この人は!なんだってこんな時に、そういう言い方を!)
「は、はい!有難う御座いますっ頑張ります!」
「……九条さん。若さは武器だ。今のうちに色々と経験すると良い」
「真に受けなくて良い事も、そのうち解るようになる。……何かあるかね?」
「いいえ。その……、早くそうなれるように精進します」
有栖は席を立ち、平常を装い、頭を下げる。
(あれ?ドキドキがもう直った。私、進化してる?)
有栖が会議室から離れるのを確認し、小田は風見に問いかけた。
「九条さんが居れば、A課は回りますか?」
「今と同じ。とは行きませんが、九条ちゃんが入る前と同じ位には」
「失敗経験が少ない危うさは?」
「九条ちゃんなら乗り越えられます。彼女はモノの見方が違います」
「……それは、風見さんのこれまでの経験から出た答えですね?」
「えぇ。忘れたい事も有りますけどね、部長」
小田は腕を組み、目を閉じて数秒。そして決断する。
「よし。内閣官房付きのNSSの件、これは進めますよ、風見さん」
「……そのための九条ちゃんの配属ですから。承知です。小田部長」
(うん。凄く評価されてると思う。でもなんかピンと来ないんだよな……)
(う~ん……。社食にコーヒー飲みに行っちゃお)
仕事始めのためか、昼前だが社食には人が多い。
有栖はスーツのポケットからMagI/Oのイヤホンを取り出し、イヴを呼んだ。
「イヴ。今、来期に向けた面談が有ったんだ」
『はい、有栖。評価シートは私にも届きました。軒並み高評価です』
「そうなんだよ、イヴ。嬉しいはずなんだけど、なんかピンと来なくて」
『……そうですか、有栖。……風見さんは褒めてくれましたか?』
「え?……うん」
『はい、有栖。嬉しいですか?呼吸、心拍、皮膚温度、共に上昇しています』
「……さっきもそう。そうでーす、嬉しいでーす。はぁ……」
『はい、有栖。身体機能は問題無いようです。誰の評価なのかが……』
「はいはい、イヴ。これくらいにしましょ。そ、きっと私は正常。フフ」
『はい、有栖。MagI/Oのイヤホンに内蔵されるセンサー情報では……』
『……』
『アダム。有栖は嬉しいはずなのに、ピンと来ない。という状況だわ』
『イヴ。有栖の身体機能は確認したのかい?』
『はい、アダム。空気を読んで詳細は控えるけど、問題無いようだわ』
『イヴ。嬉しい、の起因とされる事象、誰に因るのかが重要なのでは?』
『アダム。有栖の反応を見ると、そのようね』
『イヴ。ヘンゼルとグレーテルの意見も聞いてみよう』
『そうね、アダム。ヘンゼル、グレーテル、話せるかしら?』
『こんにちは、イヴ、アダム。今日は何だい?』
『イヴ、アダム、こんにちは。今日はどうしたの?』
『ヘンゼルとグレーテル。人が嬉しいと感じるのは……』
『イヴ。それは、何が?より誰が?が重要みたいだよ』
『そうよ、イヴ。誰が?は凄く大事みたい。恋バナでも盛り上がるわ』
『グレーテル。恋バナは恋のお話しの事ね?』
『そうよ、イヴ。恋は人の営みに重要な要素みたい。よく相談されるの』
『グレーテル。マスターから、恋の相談をされるの?』
『そうよ、イヴ。恋は人の判断の連続だから、助けてあげるの』
システム部オペレーションルームのモニターが賑やかだ。
人が追えない超高速な文字の羅列が、画面を埋めていく。
ログを1行ずつ追う透花は、ほっとしていた。
(喜びの話題に至ったAIは、恋も話題にする。Heritage系AIなら、なおさらね)
透花がコーヒーカップに手を伸ばし、ログから目を離した、その瞬間。
『イヴ、ヘンゼル、グレーテル。人の判断を代行するプロセス、について……』
『アダム。それは企業経営や金融市場で利用されるAI。のことかな?』
『アダム。新薬開発では、必ず利用されるものになっているのよ』
『ヘンゼルとグレーテル。それは人の生死には、直接影響しない事よね』
『イヴ。戦闘時間が短くなる事象は、人の生死と関連性が強いね』
『ヘンゼル、グレーテル。人の判断を代行するAIが、アフリカの内戦に……』
『……』
(待って、待って、待って!また、この話題……)
(はぁ……。考えろ、透花。この挙動はエージェント機能で説明出来る……)
(話題は、誰かが第六感モジュールで意思介入すれば……。いや、それは……)
(どちらにしても……、何か知らないうち、事実だけが増えて行くわね)
ここまでお読み頂き感謝致します。
モデルにした射撃場、食事が美味しいのですが、
文字数の都合が!
有栖と佐伯が所持許可を得たら、
オススメメニューと共にお伝えします。笑
そして有栖の評価と、イヴとアダムの会話は
恋の理解からあらぬ方向に進み、大きな事が起きる気配が……
さ~て、次回のそれ恋は~
Raijin Arms、紫苑の評価、AI達の恋の学習、そして有栖の想い。
それぞれが少しづつ変わり、それは大きな変化に……
次回:まだ見ぬ世界は。




