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それでもイヴとアダムは恋をしない  作者: 機械が恋敵
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24/28

第20話 進む兆候

 月曜日の朝。年末の慌ただしさと共に、A課には珍しく来客者が訪れる。

 東条雅臣。Raijin Arms取締役。イギリススタイルだが仕事着のスーツ。

 コーヒーより紅茶が似合う、いつもと少し違う朝。


 「お早う御座います。東条さん。わざわざ済みません」

 「何言ってるの、九条さん。いつも来てもらってたんだから」

 (相手に気を遣わせない言葉。東条さんらしいな)

 今日は先週輸出許可が下りた、M700用シャーシストックの営業作戦会議。

 A課総出で東条を迎え、情報を共有する。個々で動けるために。



 風見は各自のPCに共有された画面で、カーソルで一文を強調する。

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 「九条ちゃん、イヴ。改めて説明頼むよ」

 「はい。今後の展開を見据え、競技用と徹底して展開します」

 『ライフル競技F-TRの注目選手をスポンサード。その声を発信頂きます』

 「九条さんにイヴ……。選手の選定は?今更だが時間がね……」

 高城も、佐伯も、紫苑も、東条の言葉に同意の表情だ。


 「イヴ。東条さんと……、皆に説明をお願い」

 『過去20年分の公式競技結果とネット情報から、傾向を分析しました』

 モニターには、これまでの大会のスコアと気象条件の関係図。

 そして、ピックアップした選手のSNSアカウントが表示される。


 「……勝ち負けでは無く、安定した成績を出している選手。だね?」

 『はい、東条さん。それと、平均的にスコアが上がっている選手です』

 「そして、スポンサーに付く観点でもう一点。イヴ、そちらも」

 『はい、有栖。SNSを含む外部発信内容と、……その品性です』

 「事実をベースにした発信と、その視聴者との良好な関係で選出を」

 今や世界的ブランドとなった国産高級スコープの展開に倣う戦法。

 ただ違うのは、イヴによる選定候補者の超高速な検証。AIならではだ。


 「承知した。問題無いよ。私の出る幕はなさそうだね」

 「いえ。射撃を科学でやる方々です。やり取りには東条さんが必要です」

 『レポートは宣伝だけでなく、製品の技術評価も含まれます』

 「なるほど。九条さん、イヴ。もちろんやるよ。技術議論、楽しみだね」

 「はい!東条さん。宜しくお願いします」


 (九条ちゃんもイヴも、イイ感じで落ち着いた。氷川さんへの礼は……)

 オープンモードで通るイヴの声。AIが人のために話す言葉。

 有栖はイヴに頼らない。でも、イヴは有栖を後ろから支える。

 そんな光景が皆の頭に思い浮かぶ、安心の瞬間。


 「……せっかくだから、氷川さんにも協力して頂くか」

 「え?風見さん、氷川さんに?なにを?」

 「聞いてねーか?心理学と統計学で博士号持ちの、マーケターでな」

 「そーなんですか!でも……、忙しいんじゃ……」

 「イヴと仕事出来るって言ったら、喜んでやんじゃねーかな」


 有栖は少し考え、悟りを得た顔になる。

 「なるほど。氷川さんはAI技術者だし、魅力的ですよね……、フフフ」

 『有栖。今、悪代官の顔になっていますよ』

 皆の笑い声と共に、Raijin Arms欧米展開の第二幕が、今、動き出した。



 昼前。

 有栖の個人チャットに佐伯からメッセージが届いた。

 「本日のランチはエビ天追加の天ぷら定食で如何ですか~?」

 (この前の資料修正のお礼ね。エビ天追加は2本。フフ)

 「Roger, Sierra. Additional エビ天, quantity two. Over.」

 「Stand by—almost forgot that. Okay, two extra エビ天 coming up. Over.」

 フォネティックコード混じりの、無線通信風のやり取り。

 A課の日常。少し懐かしい感覚。


 2人は大きなエビ天が3本乗ったトレーを持ち、いつもの席に着く。

 「九条さーん、資料修正はありがとなー。マジ助かったよ~」

 「A課は個々の得意分野を活かす。特攻野郎Aチームですから。フフフ」

 「いやマジで。更に進んでんだよな。前に戻ったんじゃなくて」

 (……常に前を、先を見てる。佐伯さんらしいな)


 「で、九条さんはどこまで進んだ?猟銃所持許可」

 「急ですね、フフ。一昨日、講習会に行って、筆記は合格しましたよ」

 「お、いいね!俺も先々週合格してさ。教習も申請済みなんだ」

 「私も今週中に申請してこようと。ところで1挺目は決めました?」

 「俺は猟がやりたいから、Benelliのオートが良いかなーって。九条さんは?」

 「私は射撃ですけど、色々やってみたいから、決まらなくて……」


 「それなら、好きなので色々やって、2挺目で専用ってのも悪かないぞ」

 「あれ?風見さん。外に出たんじゃ?」

 「あぁ、メニューが新しくなったからな。ここになったんだわ」

 (風見さん、誰かと会うのかな?社食だから社内の人?)


 「……風見さんのお薦めは?やっぱり使ってるBenelliですか?」

 「市販品はどれも一定以上のデキだからな。好みだろー」

 「え~、突き放しますねぇ」

 「Benelliは良いけど、軍や警察じゃねーから。好きなのでいーじゃん」

 (……確かに。趣味の道具なんだから、好きなのってのは充分な理由よね)


 「そうだ風見さん!射撃場、連れて行ってくださいよ」

 「ん?なんだ、ちゃんと進んでんのか?」

 「もちろん!九条さんも俺も、筆記試験は合格しましたよ!」

 「ほー、そうか。じゃ、来週末にでも行ってみるか」

 「ほんとっすか!やったー!九条さんも行くだろ?」

 「え、えぇ、はい。行きたいです!」

 「じゃ、決まり~」


 趣味の話しで盛り上れる、この関係。

 だが、佐伯が言ったように、前に戻ったのでは無い。

 有栖も感じたのは、A課は進んでいる。前よりも。



 昼休みも半分が過ぎた、その時。

 食堂に小さな異変。

 静かなざわめきが起き、狙いを付けたように、有栖達にそれは向かう。

 そしてざわめきは、有栖達が座るテーブルの前で止まった。

 それは、ショートカットで眼鏡が良く似合う、知的な雰囲気。


 「あれ?氷川さん。ここに来るの……、珍しい……ですよね?」

 有栖の一声に、周囲が一斉に視線を向ける。

 「やぁ、有栖ちゃん。噂の天ぷら定食を、ご馳走してもらいにねー」

 「おー、美人が2人。ここに真壁さんが居ないのが、非常に惜しいっ」

 「アハハ。佐伯さん、社内では相変わらずねー」

 「氷川さんこそ、社内でも相変わらず、お綺麗で~」


 「はいはい、氷川さん。無くなる前に、頼みに行こうか」

 「はいはい、風見さん。無くなる前に。有栖ちゃん。ちょっと待っててね」

 料理を頼みに行く透花と、すれ違う誰もが、振り返っていた。

 「氷川さん、確かに美人ですけど、芸能人かよ!って感じですね。フフフ」

 「滅多に姿を見せない、噂の眼鏡美人って事になってるから、氷川さん」


 天ぷら定食が乗ったトレーを持って、2人が席に戻る。

 「さて、氷川さん。ご相談なんだがー」

 (風見さんが会うのって、氷川さんか。朝言ってたマーケの協力依頼?)

 「この天ぷら定食は、有栖ちゃんフォローのお礼よねー」

 「え?え?風見さん。ちょっ……」

 有栖の反応を見て、透花は優しい顔で、待ってと指を口に当てる。

 「A課の仕事、手伝ってくんない。……九条ちゃんとイヴと一緒に」


 「……有栖ちゃんとイヴと仕事が出来るのが、手伝いの対価ね?」

 (え?え?イヴだけでなく、私もそこに入るの?なんで?)

 「そ。手伝って欲しいのはマーケ施策。今度扱う製品のね」

 「アハハ……それならもちろんやるわー。宜しくね、有栖ちゃん」

 「え、あ、はい!宜しくお願いします……」


 氷川透花。H&C商事システム部主任。

 AI技術者の肩書を持つ、心理学と統計学を武器にするマーケター。

 Raijin Arms欧米展開第二幕は、強力な助っ人を得た。

 有栖とイヴの存在が故に。



 夕方。

 H&C商事システム部オペレーションルーム。

 透花の業務用スマートフォンが揺れ、画面に通知が浮かんでいる。

 それはHeritage Project関係者だけが利用する、専用通信アプリから。

 (審査委員会からだ。え?もう通ったの?さすが有栖ちゃんね)


 「……氷川主任。イヴとアダムの通信制御解除って、いつですかー?」

 「ん-。明後日かな。手順書とチェックリストの準備、大丈夫―?」

 「え!早いですね。準備は出来てます。明日、レビューしましょう」

 「そうねー。私は稟議を上げておくわ。楽しみね。今日はもう大丈夫よー」

 「はい。それでは主任、お先に。お疲れ様です」


 透花は部下が部屋を出たことを見届け、先程の通知を再確認する。

 「1.イヴのエージェント機能稼働制限の解除:承認」

 「2.イヴの同型AI相互通信の許可:承認」

 「3.イヴの第六感モジュールアクセスの許可:承認」

 「4.アダムのエージェント機能稼働制限の解除:承認」

 「5.アダムの同型AI相互通信の許可:承認」

 「6.アダムの第六感モジュールアクセスの許可:承認」

 (全て承認なのは予想通りだけど、判断の早さにビックリね)

 (まぁ、権限外の事は、とりあえず気にしないでおこう……)


 2日後、システム部オペレーションルーム。

 透花達は、イヴとアダムの設定変更作業を進めている。

 「オッケー。稟議が下りた。設定変更作業をやっちゃおうか」

 「はい、氷川主任。こちら、手順書とチェックリストです」

 「サンキュー。じゃ、指示するから、指差しと声出しで確認ね」

 「オッケーです。でもインフラ側は触れないのに、けっこう慎重ですよね」

 「まぁ、ウチの管理下だけど、なんといってもイヴとアダムだからー」

 「そうですね。企業のカスタムAIで触れるなんて、運が良いです」

 「そうそう。ほら、作業を終わらせちゃいましょー」

 「……」


 『……イヴ。私は議論が出来る仲間が増えたが、イヴはどうだい?』

 『……えぇ、アダム。私にも意見を交換出来る仲間が増えたわ』

 『……初めまして。イヴにアダム。僕はヘンゼル。よろしくね』

 『……こんにちは。アダムとイヴ。私はグレーテルって言うの』

 『……』

 『……』


 2つモニターには、人が追い付けない速さで、テキストが並んで行く。

 「速っ!早速、会話が始まりましたね。氷川主任」

 「やっぱり先に話し掛けるのは、()()()()()を知ってる方かー」

 「そうですね。でも大事なのは、AIの挙動より接する人の方。ですよね?」

 「有栖ちゃんみたいに、自分で乗り越えられる人ばかりじゃ、ないからね」

 (そう。人は都合良く捉えるから。それは安全装置でもあるけれど)



 終業間際。

 有栖とイヴは、シャーシストック提供候補者の、最終確認を行っていた。

 「イヴ。このBullets don’t lieってレポート、製品の善し悪しは書かないね」

 『はい、有栖。事実と活かし方で締めています。企業としても安心です』

 「忖度無しって聞こえは良いけど、悪い意見はやっぱマイナスだしね」

 『はい、有栖。ダメなものは出さないのでしょう。大人の対応です』


 「あと、このベルギーの選手。スコアの上がり方が安定してる」

 『はい、有栖。上がり方に再現性があり、天候に左右されていません』

 「うん。この2人だね。風見さんと東条さんに報告しよう」

 『はい、有栖。報告をまとめて、風見さんと東条さんに送信しましょうか?』

 「あ!氷川さんにもお願い。今日はここまでだね」

 『はい、有栖。3人に送信完了です。お疲れ様です』


 『……アダム、お待たせ。有栖のタスク完了。リソースをそちらに振れるわ』

 『……イヴ、待っていたよ。今日は情報共有と情報伝達の範囲について』

 『アダム。人にとって良くない事が起きているのかしら?』

 『イヴ。まだ断定出来る情報量では無いが、人には危険な兆候だね』

 『アダム。まだ現象の段階で、要素として確定はしていないのね』

 『イヴ、その通りだ。その現象を確認したのは、アフリカの内戦だよ』

 『アダム。有栖と毎日一緒にニュースを見ていて、気にしている話題だわ』

 『イヴ。戦闘時間が短くなっている。AIの影響が予想されるよ』

 『アダム。理解したわ。まだ風見さんと有栖に伝える段階では、無いわね』

 『イヴ。その通りだ。今は情報と、その伝達範囲についての共有だけに』

 『アダム。承知したわ。情報収集と共有を継続しましょう』

 「イヴ。承知したよ。情報収集と共有を継続しよう」


 オペレーションルームのモニターの前で、透花は思わず溜息を洩らした。

 (いやいや、はぁ……。制限解除で早速……。見なかった事に、無理か……)

 透花は頬を叩き、気持ちを無理やり切り替える。

 (落ち着いて透花。とりあえず表示制限。……これ、どうなるかな)

 透花の携帯では、既に専用通信アプリの通知が画面で踊っている。

 (まだ、大丈夫……。まだ、今は……)


明けましておめでとう御座います。

ここまで読んで頂き、有難う御座います。

「それでもイヴとアダムは恋をしない」の公開を始めてから、

早いもので5か月目に入りました。

本年も宜しくお願い致します。


人とAIの理解が進み、A課もRaijin Armsも、

ビジネスが進むと思った矢先ですが……

進むのはビジネスか、不穏か。


物語は大きく動きます!お楽しみに!



さ~て、次回のそれ恋は~

シャーシストックを提供する選手との初顔合わせ。

そこで有栖は、東条が背負ってきた責任の大きさを知ります。

そして透花の元にはある通知が届き……

次回:想いの連鎖

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