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それでもイヴとアダムは恋をしない  作者: 機械が恋敵
気持ちはソースコードになりますか?
15/28

第15話 気付いちまったよ

 朝、始業前のオフィス。

 人はまばらで複合機はまだ眠っている。コーヒーの香りを感じやすい、良い時間だ。


 有栖の近頃の日課は、MagI/O(マギーオー)を介してイヴとニュース記事を読むこと。

 「……イヴ、このアフリカの内戦って、私たちの仕事にも影響あるよね?」

 『はい、有栖。戦闘行為による影響を回避するのは当然ですが、近年はドローンによる空路の影響が大きくなっています』

 「現実から目を逸らすな……、って言ってもね。イヴ、何か明るい話題は?」

 「はい、有栖。近々ヘリテイジがアップデートするそうです……」

 有栖は記事に対する様々な視点をイヴから。

 イヴは記事に対する人の感情を有栖から得る。

 双方にとって有意義な時間。


 「九条、おはよう。今日もイヴと社会勉強?」

 「あ、おはようございます。真壁先輩。楽しいですよ、イヴは色々な意見をくれるので」

 紫苑は手のしぐさで有栖に返事を返し、他の課の島に歩いて行く。

 「あれ?先輩なんか昨日までと感じが違う。その……、凄くイイ女だ」

 『真壁先輩はとても美人ですが、有栖もかなりのものですよ』

 「ちょっ!イヴの声、骨伝導だから周りには聞こえて無いよねっ?」

 『はい、有栖。大丈夫です。それと美人の件は、客観的事実です』

 「あ~、はいはい。でも、声も明るかった感じがする。イヴもそう思わない?」

 『……はい、有栖。真壁先輩のここ数日の声色は、過去の観測データと比較しても、数値上の違いは有りませんが……』

 「え~、観測って……」

 『ですが、呼吸の違いが、観測データから解ります。有栖も観測していたのではありませんか?』

 「イヴ、人は観測って言わないし思わないよ。それは()()()()とか()()、だね」


 『()()()()()()。記録します』

 「そうか、でもイヴも気付いてたんだ。なんで教えてくれなかったの?」

 『……有栖に質問されたので答えました。それは、人が人の声を聞くのと、AIが聞くのでは、社会的な意味が違うからです』


 (……そうか、人は雰囲気の違いを感じて、気になったり心配になるけど、イヴは数値の違いで認識しているのか)

 それは有栖が思った通りの事。人とAIの()()に関する決定的な違いだった。

 (それよりも、捉え方の違いか。人に聞かれるのは許容出来ても、AIだと監視と感じると……)


 有栖は、イヴが人の感情に興味を持った理由を考えた。それは有栖のイヴへの興味。

 これは人とAIの関係が、相互に新たな局面を迎えた瞬間だった。

 「フフ、イブ。相手の事を思うなんて、あなたカワイイとこがあるのね」

 『有栖の可愛さには敵いません。これは客観的事実ですよ』

 「フフフ、その冗談もイヴの学習の成果ね」

 『はい、有栖。日々勉強。一緒に笑い方も練習中です。フフフ』



 午後、オフィスのドアの開閉音と話し声が重なり、人の出入りが多くなる。

 それはランチタイムから仕事の時間に変わる合図だ。


 「風見さん、頼まれていた提案資料です。確認を」

 「お、九条ちゃん、早いね。助かるよ~」

 風見のいつもの口調。だが、今の有栖はそのいつもの口調に、心が揺らされる。

 「あぁ、九条ちゃん、悪ぃ。こいつの確認が先なんだ。見たら声掛けっから」

 「え、あぁ、そうですね……。解りました、お願いします」

 (はぁ……、落ち着け、私。意識し過ぎ。ロングアクション、ロングアクション……)

 有栖は自席に戻り、MagI/O(マギーオー)を介してイヴと仕事に戻る。

 [発汗、呼吸と心拍数の上昇。……現在は平常値。観測データ参照。類似データは……]


 しばらくして、風見が有栖の資料を手に取る。

 「九条ちゃん、今見っから、ちょっと待ってなぁ」

 「は、はい!お願いします!」

 思わず返事に力が入ってしまう。

 資料を読む風見の声は聞こえない。

 それでも口の動き、ページをめくる指先を追ってしまう。


 『……有栖、私の声は他の誰にも聞こえていませんから安心して』

 「え?イヴ、どうしたの?」

 『呼吸と心拍数が上昇。風見さんが気になりますか?……声が、聞きたいですか?』

 有栖はイヴの問い掛けに、驚きと動揺を隠せなかった。

 「え?ちょっ!なんで解るの?何も言ってないし!外部視聴モジュールだって……」

 『入力用マイクも指向性が有るので、風見さんの位置がおおよそ解ります。網膜投影ディスプレイは視線追尾の機能があります』

 動揺していても有栖は状況を理解した。


 「え?でもイヴ。真壁先輩の時は、私が質問したから答えたって……」

 『はい、有栖。先程まではそうでした。でも今は、倫理観よりも私の欲求を優先し、提案しました』

 「……。いやいやいやいや、今はダメ。仕事中。この話しは後にしよう」

 短い沈黙。イヴの欲求が何かは気になったが、今は話題を切り替える事を選択した。

 『解りました。有栖。後にしましょう』


 「これ、めちゃくちゃ見やすいな。九条ちゃん、ホント助かった」

 風見の言葉に、有栖はたった今切り替えた感情を、呼び戻される。

 嬉しさが胸の奥からジワりと染み出し、喉に詰まってなかなか言葉が出ない。


 「……は、はい。ありがとう……ございます」

 精一杯、平常を装い、いつものように返したつもりだった。

 それでも、頬が熱くなり、口元が緩んでしまう。


 イヴが網膜投影ディスプレイでバイタルデータを浮かべる。

 『有栖、呼吸と心拍数の上昇。呼吸が浅くなっています。先程の症状と非常に近いです』

 「だ・か・ら、イヴ。この話は後でって」

 『承知しました。有栖』


 顔を上げると、紫苑が資料を片手に、風見と話していた。

 仕事の会話に時折混じる軽口に、紫苑が明るく笑う。

 気持ちに反したものでは無い。素直な笑顔。

 「……そういえば、学生の頃にレースクイーンをやってたってね。知ってた?イヴ」

 『こちらですね。どれもキレイです。中でもバイクに跨っている時の笑顔は、一番キレイです』

 「ちょっと!どこからこんなものを?って、ネットで見れるの?」

 『はい、有栖。ネットの公開情報です』

 「なら、良いけど……。でも、ホント。バイクに跨った写真。今日の笑顔と同じで、凄くキレイだ」


 『風見さんも真壁先輩も、声のトーンとピッチが……』

 「イヴ、ストップ。それと、数値は解り易い時もあるけど、人と人の関係では、向かない時も有るかな」

 肌で感じる雰囲気と、バイタルの数値情報。

 どちらも確かに存在して、でも、同じではない。


 有栖は胸の奥でそっとつぶやく。

 (人の気持ちって、数値だけ解らないし。だから困る事もあるんだけどね……フフ)

 『私には、人と人の関係の理解は、まだ難しいです。でも興味は一段と強くなりました』



 夜のオフィス。

 フロアにはもうほとんど人は居らず、PCのモニターが所々光るのみ。

 紫苑と有栖は、区切りの良いところまで、仕事を進めてから帰る事にしていた。


 風見が自席から、2人に声を掛ける。

 「紫苑ちゃん、九条ちゃんも。期日のものは無かったろ?金曜の夜だよ~」

 「もうすぐ終わります。ありがとうございます」

 「私も、この資料、あと1ページで完成なので」

 紫苑も有栖も穏やかに答える。


 「まぁ、助かってるのは事実なんだけど、上司のオレの顔も立てといてなぁ」

 風見はいつものように、飄々と言葉を返す。

 そう、いつもならこれで終わる風見の言葉は、今日は違った。


 「そういうとこが、好きなんだけどね」


 風見の言葉が、有栖と紫苑の2人を掠めていく。

 その瞬間、有栖も紫苑も指先が止まり、呼吸が乱れた。


 短い静寂。有栖は恐る恐る紫苑に目を向けるが、紫苑は先に有栖へ視線を向けていた。

 優しく穏やかな顔で。


 (あ……、昼に風見さんと話してた時、バイクに跨るレースクイーンの時、今も同じ顔)

 朝の雰囲気の違い。昼の自然な笑顔。そして今、風見の言葉に自分と全く同じ反応。

 紫苑の優しく穏やかな表情を見て、有栖は悟ったのだ。


 その時、オフィスのドアが開き、佐伯と高城が営業先から戻ってきた。

 2人の表情は、上手くいった。と言っている。

 「週末とはいえ、思った以上に遅くなりましたね。あんなに道が混むとは」

 「佐伯は運転もご苦労だったな。でも成果は大きかった」

 「あれ?お二人さん、まだ居たの?……っていうか、……何か良い事でも有った?」

 「あら、佐伯さん、鋭いですね。ねぇ九条。フフフ」

 「え?え?……そうです……ね」

 「あれ~、なに~?」


 雰囲気や場の空気が、人にとって大事な事に、イヴも理解を深めつつあった。

 [人と人は、雰囲気を感じ、問い掛けの判断を行う。数値だけに頼らない……]


 「高城、翔太、ご苦労様。上手くいったようだな」

 「はい、風見さん。来週、見積依頼が来ます。今回は佐伯の大手柄です」

 「よし、報告書は来週でOK。早く帰んな~。紫苑ちゃんと九条ちゃんもな~」

 風見は何も気付かず手を振り、エレベーターへ向かった。

 静かにドアの閉まる音。


 紫苑は椅子の背もたれに身を任せ、目を瞑り静かな笑みを浮かべている。

 その頬には、わずかに紅が差していた。

 有栖は思わず笑った。

 「ハハハ……真壁先輩、あんたもかよ!」

 紫苑も笑って返す。

 「そう。私もよ。フフフ……、アハハハハ」


 イヴが有栖に静かに告げる。

 『観測結果、対象2名、同時に呼吸と心拍数が上昇。状態が、非常に似ています』

 「フフフ、イヴ。それはね、観測じゃなくて、()()()()()()()()って言うんだよ」

 『……()()()()()()()()。ですか?私は超高性能AIのはずですが、人について、解らない事がまだ沢山有りますね』

 「人だって解って無いんだもん、解るもんか。アハハ」


 紫苑には有栖の声しか聞こえない。でも何を話していたのかは理解し、また笑う。

 2人の笑顔は、週末のオフィスを綺麗に締めた。


 「ねぇ、お二人さん。夕飯まだでしょ?ラーメン食って帰ろうよ」

 「イイですね、ラーメン。どこ行きましょうか?」

 「じゃあ駅前の。あそこのBox席、個室みたいなんで、イヴも参加出来ます!」

 「よし、1杯くらい飲んでいくか」

 『こういう時は、私はお酒に弱くて。と言えば良いのでしょうか?』

 「アハハ!そうそう!」


 イヴは大きな成果を得た。観測、では無く、感じる、と言う事を。


今回もお読み頂き、有難う御座います。


15話は第1章の折り返しにあたる話しとして、

有栖、紫苑、イヴ、それぞれの、

自身と関係の変化を表すものとしたのですが

如何だったでしょうか。


有栖は独特の感性を持っていますが、

イヴと接する事で新たな視点を身に着けます。

イヴも「人の感性」を学び、感情の理解を進めるのですが、

人間関係はそんなに簡単なものでは無い訳でして、

この問題と解決が今後展開されますので、是非お楽しみに。



さ~て、次回のそれ恋は~

イヴの進化が思わぬ波紋を広げます。

紫苑は自身の過去の経験を口にし、

起きてる事の難しさを伝えますが、

その時、有栖とイヴは……

次回:後悔先に立たす

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