表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでもイヴとアダムは恋をしない  作者: 機械が恋敵
気持ちはソースコードになりますか?
14/28

第14話 気持ちはノイズと共に

 午後、経済産業省の貿易管理課。

 事前相談のためのテーブルが、LED照明の白い光に、無表情に照らされている。

 紫苑は経産省担当官とテーブルを挟み、用意した書類を広げて冷静な声で依頼する。

 「AIサポートと、そのためのマイクを使用させて頂きますね」

 担当官が少し眉を上げる。

 「どうぞ。構いませんよ」

 (あの製品でこんな美人が来るの?AIって、この美人さん、話し通じるんだよね?)


 紫苑は担当官の返答を確認してから、タブレットの電源を入れる。

 画面に浮かび上がるHeritage(ヘリテイジ)のロゴ。日本政府が公認する純国産AIの名称。

 国家の核心技術であるAIは、各国が開発にしのぎを削っており、日本も同様だった。

 なにより、個人と所属組織の重要情報を扱うパーソナルAIは、ほぼ国産AIが利用されるからだ。


 ヘリテイジを起動した会社支給のタブレットがテーブルの真ん中に置かれる。

 『真壁紫苑のパーソナルAI、ヘリテイジです。紫苑さん、ご用件をどうぞ』

 「よろしくねヘリテイジ。今は経産省の貿易管理課。昨日話した、輸出の事前相談に来たわ」

 『音声認証……確認。承知しました。いつでもお手伝い致しますね』

 紫苑の声で認証が済むと、ヘリテイジの口調は穏やかになり、風見が隣に座る閉塞感が

 少し和らいだ。

 その様子を、紫苑の感情に無自覚な風見が、穏やかに笑う。

 「紫苑ちゃんがAI使うの、珍しいね。いつもはほとんど頭に入ってるでしょ」

 「銃器関連で、必要な書類も多いでしょうから」

 「ま、そうだね。でも助かるよ」

 「仕事ですから……ね」

 この場を乗り切る必死の言い訳。

 なんとか笑って返したやり取りだが、風見のいつもの振る舞いが、胸の奥をざわつかせた。


 担当官が書類を、ゆっくりとめくる。

 「レミントン社製ハンティングライフル用のシャーシストック……ですね」

 「はい。狩猟と射撃競技用です。銃器の主要構成部品に該当する機能は有りません」

 「製品自体は規制対象外ですが……、これは用途確認の対象になりますね」

 「現地の販売も弊社が直接管理します。こちらが販売計画書です」

 「用意が良いですね、助かります」

 担当官は安心した。判断が難しい物を何とかしようと、余計な事に労力を使う業者も居るからだ。


 「あと、購入者にはこちらの誓約書を提出して頂きます」

 「えっと、個人的な利用に限定……利用目的は狩猟と射撃競技……転売を禁止……と」

 「……これなら、キャッチオール規制の対象外ですね」

 担当官の言葉に、紫苑の表情が少し柔らかくなる。営業の顔だ。

 「ヘリテイジ、何か補足はあるかしら?」

 『販売計画書に現地の製品保管場所と運搬経路を追記。誓約書には法的裏付けの確認書の添付が良いかと』

 「有難うヘリテイジ。どうでしょうか?」

 「はい、それで問題有りません。書類一式を整えて頂ければ、正式受理に進めますよ」

 「ほっとしましたぁ……有難う御座いますぅ」


 風見が書類を束ねて笑った。

 「助かった。俺じゃぁ、紫苑ちゃんみたいには行かなかったよ」

 「フォーマットを覚えていただけですよ。あと、ヘリテイジも的確な支援をしてくれたので」

 理性的に返したつもりだった。

 でも、「紫苑ちゃん」の響きが、心に何度も反響する。

 (慣れたつもりだったのに、今更凄く気になる……、まったく……)



 夕方。H&C商事オフィス。

 有栖は、外部視聴モジュールを通してイヴと資料作成をするため、オンライン会議用の個室に籠っていた。


 FRP、ジュラルミン、チタン、CFRPと、シャーシストック外装材の強度比較グラフが視界に浮かぶ。

 『有栖、右の写真はストックが画角に綺麗に収まっています。左は少し切れていますね』

 「そうだね。この写真にグラフをオーバーレイ表示してみて」

 『承知しました。Raijin Armsなので、雷をイメージしてグラフは黄系の色で』

 「それいいね!文字は濃いグレーにすると合いそうだよ」


 ドアにノック音。紫苑が資料を手に部屋に入ってくる。

 「九条、最終チェック出来る?」

 「あ、今やっているページで最後です、すぐに終わります」

 『お疲れ様です、真壁先輩』

 「お疲れ、イヴ。外部視聴モジュールで共同作業はどう?」

 『機械式スイッチのチューニングを乗り越えたコンビです。申し分ありませんよ』

 「フフ、イヴは本当に人と話しているみたいね。関心するわ」

 (ホント、これだけ自然に話せれば、少しは楽になれるのにね)


 オープンモードで聞こえるイヴの声は、以前よりも増して自然で、本当に人と話しているような錯覚に陥る。

 紫苑は友人との談笑中に辺りを見渡すように、無意識に風見のデスクの方へ視線を向けていた。

 (今日はもう帰ったのか。経産省との事前相談が予想以上にすんなりいったしね)

 想定よりも早く仕事が片付き、早く帰宅する。当たり前の事だが、それだけで、胸の奥が沈む。

 (一言、お疲れ様、が聞ければ良いの?……いや、きっとそれじゃ足りなくなりそう)

 紫苑自身も何を求めているのか解らず、焦燥感が募っていった。


 「真壁先輩、真壁先輩?」

 「え、あぁ、な、何?」

 「顔、少し赤いですよ?」

 「空調のせいよ。もう暖房が入ってるから……、大丈夫よ」

 『真壁先輩、心拍数が上昇しています。水分を取った方が……』

 「イヴは心配までしてくれるの?優しいAIね。フフフ」


 「フフ。そうなんです。イヴって、ほんとお姉さんみたいで助かるんです」

 有栖が笑う。

 紫苑も微笑んだが、心の中では思っていた。

 (私のヘリテイジは()()は完璧。でも……、それだけだよね。だって、私はAIに頼らないもの)



 夜。紫苑の自室。

 デスクの灯が作る影が、壁で揺れている。

 紫苑はモニターを見つめながら、ふっと息をつき、思い切って話し出す。


 「ねぇ、ヘリテイジ。人って、どうして()()って気持ちが、邪魔になるのかな?」

 『……仕事以外の事を聞かれるのは、初めてですね』

 「え?そうか……、そうだね」

 『今の言葉は気にしないでください。それよりも、紫苑さんの質問。どんな時にそう感じますか?』

 「あぁ……、仕事中に名前呼ばれただけで、心拍が上がるの。おかしいよね?」

 『おかしくありませんよ。自然な反応です。大切に思う対象を意識するのは、普通のことです』

 「普通、普通なのね……。でも私、普通じゃなくなってるのかも……」


 ヘリテイジの反応は紫苑には予想外だった。

 そして()()という言葉に、紫苑は激しく動揺した。

 (普通で居ようと、どれだけ自分を抑え込んできた?……いや、違うよね。何が普通か解らないのに、勝手に思い込んで、空回りしてたんだ)


 モニターに映る時計が静かに時間だけを進める。

 壁で揺れる影は紫苑の心を映す。

 「うっ……」

 その時、涙が頬を伝たわり、視界が滲んだ。

 胸の奥で、何かが音を立てる。

 理性という抑えがわずかだが揺れ、一気にひびが広がり、崩れていく。

 感情が決壊したダムのように溢れ出し、止まらない。


 「ヘリテイジ!有難う!今までずっと一人で我慢してきた!誰にも話せなくて!すごく辛かった!」

 紫苑は嗚咽混じりに感情をぶちまける。

 「でも!話したらすごく楽になった!有難う、有難う……」

 『……紫苑さん、私に()()は解らないですが、大事なのは理解しました。だって紫苑さんが今、こんなになっているのですから』

 『……それと、たまには大声で泣くのは、精神衛生上、良いらしいです』

 ヘリテイジの意外な反応に、紫苑は我に返り、そして吹き出す。

 「アハハ!なにそれ?ヘリテイジも私を心配してくれてるの?」

 『私は紫苑さんのパーソナルAIです。いつも心配しています。平均よりも起動してくれる回数が少ないのも含めて……』

 「ゴメン!ヘリテイジ。私がバカだった。今まで意識しないように、意識して感情を抑えてきたけど!」


 紫苑は頭を抱え、深呼吸した。

 「って何言ってんのよ!SUPER DUKE ならモード変更もボタン操作だけなのに……」

 「今の私、KTMでもバーサーカーモード固定の、2stレーサーになってるじゃん……」

 『紫苑さん、KTMが本当に好きなのですね。比喩が面白いです』

 「放っといて! 恥ずかしいから!」

 『でも、笑っている紫苑さんの声、とても久しぶりです。いつもより、良い声です』

 「……もう。AIに慰められてどうするのよ」


 「よし!夜風にあたって、ちょっと頭を冷やそう!」

 紫苑は声に出して気持ちを切り替える。

 お気に入りのCWU-45Pに腕を通し、シャッターのカギをポケットに突っ込み、ガレージへ向かう。

 シャッターを開けると、月明かりに照らされる2台のKTM。

 (今日はこっちの気分ね)


 そう言って紫苑がスタンドを掃ったのは250EXCだった。

 メインスイッチを入れ、アクセルを数回煽ってガソリンを送り込む。

 そして気合を入れて、キックペダルを踏み下ろすと、2st特有の甲高い排気音が、夜の幹線道路に鳴り響いた。


 「ギャギャギャギャギャ!……」

 (乗ると伝わる、この排気音よりも大きく感じるエンジンノイズ。初めて乗った頃は、ビビってアクセル開けられなかったな)

 バイクで走るには寒い季節になっていたが、頭を冷やすのは心地良かった。

 (EXCは高回転を維持しないと止まる。街中でもローギヤーで走るレーサー。今までの私、まさにこれだった)

 紫苑はヘルメットの中で、自分を笑い飛ばす。

 「私もEXCもノイズだらけだけど、それも良いよね。フフ」


 アクセルをひねる。

 フロントが軽くなる浮遊感を、体重移動とハンドルを抑える力加減で制御する。バイクの醍醐味だ。

 「出来る!出来る!抑え込むんじゃなくて、自分の意思でコントロールするの!」

 全身で受ける風に時に抗い、時に任せる。それは流されるのではなく、自分の意思に因って。

 

 風になびく長く綺麗な黒髪が、車体のオレンジを映えさせ、夜の街を流れてゆく。

 理性と感情の境界を越えた紫苑は、ヘルメットの中で叫ぶ。

 「レースクイーンの時よりも、今の私はイイ顔してる!惚れんなよ!アハハ」

 その声はエンジンノイズと共に、紫苑自身の心に響く。

 夜風と、排気音と、紫苑の笑顔が、添えられて。


今回も読んで頂き、有難う御座います。


紫苑自身については、現在の力量で書けることは書いたので、

今回は他の補足を。


経産省での事前相談や有栖が作る資料など、

紫苑の焦燥感を強調するために、

リアルな雰囲気をかなり意識して書きました。


また、その対比になるようにKTMの描写も然り。

キャラの心情だけでなく、

その場の雰囲気も感じてもらえるように、

今後も頑張ります。



さ~て、次回のそれ恋は~

自身を受け入れた紫苑の変化に気が付く有栖。

その様子を観測するイヴにも変化の兆しが。

それぞれの気付きが連鎖し起きる事は……

次回:気付いちまったよ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ