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それでもイヴとアダムは恋をしない  作者: 機械が恋敵
気持ちはソースコードになりますか?
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第13話 重なる思考

 都内、H&C本社。

 会議室の1つが、東条率いるRaijin Armsのプロジェクトルームに割り当てられた。

 分厚い磨りガラスの会議室は、明るさと気密性のバランスが良く、適度な緊張感を産んでくれる。


 スクリーンに映る「M700用 シャーシストック 欧米展開計画」の文字が、気を引き締める。

 製品仕様、関連法令、流通計画、ビジネスにするための実務的な単語を前に、東条、風見、紫苑、有栖がテーブルを囲む。


 会議が始まる前に風見が東条に断わりを入れた。

 「この4人なんで、記録とアイデア出しに、AIに音を聞かせてもいいですか?」

 「イヴの事だね。サーバーはH&Cが管理してる物理サーバーだろ?問題無いよ」

 風見は有栖に目線で指示を送り、イヴをオープンモードにしたスマートフォンが、テーブルの中央に置かれた。

 『イヴです。宜しくお願いします。記録を開始します』

 その声は、会議開始の合図となった。



 東条がレーザーポインタでスクリーンの表を示しながら、説明を始めた。

 「まず、量産試験はチタンとジュラルミンのフレーム、インジェクションFRPの外装で行こうと思う」

 すかさず風見が問いかける。

 「一応、根拠を聞かせてもらえませんか」

 東条も予想通り、といった顔で答える。

 「防衛装備庁の承認を得る事と株主の立場。これを考慮するとね」

 有栖は東条と風見の表情を交互に見ながら考えていた。

 (自衛隊仕様と主要部品のフレームが同じならアピールは出来るか。外装は……)

 「九条ちゃん、どう思う?」

 風見に急に意見を求められ、有栖はドキリとする。

 「え、えっと……フレームは装備庁から承認を得る交渉材料として2案……」

 「お、いいね。それと?」

 「外装は株主のインジェクションメーカーが関われるようにと、現実的な販売価格のため……」

 「OK!」

 東条と風見は揃って有栖の回答に親指を立て、上機嫌だ。


 (う~、自分から話し掛けるのは良いんだけど、見られたり、声が聞こえるのが……)

 鈍感なナイスミドル2人は若手の成長を素直に喜んでいるが、紫苑とイヴは有栖の様子に違和感を覚えていた。


 「東条さんは、外装もチタンかCFRPって、言うと思ってましたよ」

 「材料力学をやってた自分としては、そうしたいけどね。今は経営者だし、営業面は風見さんに鍛えてもらってるから」

 事実、営業経験が少ない東条は、風見達と頻繁に意見交換を行い、営業の観点をかなり理解していた。


 「自衛隊仕様、それと後々の()()()()()()への売込み用のブツは、スペシャルでないとダメですからね」

 「()()な九条さんが言ってくれた通り、まずは民間市場で足場固めと、それを制御出来る流通計画、知名度向上の施策も……」

 東条と会話する風見の声が響く。いつもの少し砕けた物言いと、落ち着いたトーン。

 だが有栖の耳には、心臓の鼓動の方が大きく響いていた。

 (う~、意識しちゃう。落ち着け、私。……ロングアクション、ロングアクション……)

 他の事で気を紛わせようとしても、頬が熱い。風見の指先や声の抑揚を追ってしまう。

 (ダメだ~……そもそもこうなってるのは何で?って理由が解ってもどうにもならないじゃん)

 有栖の思考ロジックが、なおさら混乱に拍車を掛けていた。


 「……九条、九条?九条!」

 紫苑が何度も呼びかけて、有栖はやっと気が付いた。

 「は、はいっ」

 「どうしたの?顔が赤いよ、熱でもあるの?」

 「あ……、いえ、平気です。済みません」

 「本当に?広報用の諸元データ、今週中で大丈夫?」

 「はい、大丈夫です」

 (声が裏返ってしまった……)


 東条は何か気付いた様子だが、風見は何も言わず、ただ「よろしく」と軽くうなずく。

 その、いつもと変わらない振る舞いが、有栖を余計に気にさせる。

 (こんな事、本当に初めて。まいったなぁ……)


 「製品の紹介画像と、SNSや展示会で流す紹介動画も必要だな」

 鍛えられた東条は、知ってもらう事の重要性も、充分に理解していた。

 『素材を頂ければ、製品パンフレットとPR動画は、私の方で用意出来ます。知名度向上施策も、プランを考えましょうか?』

 「風見さん、九条さん。イヴへの依頼は、この場なら直接でも構わないかな?」

 風見と有栖は顔を見合わせて、東条に「どうぞ」と手で回答を送る。

 「有難う。じゃあイヴ、SNS運用をイヴに任せる前提で、そのプランをお願いするよ」

 『承知しました、東条さん。お任せください』

 東条の営業を知りたい、という気持ちはホンモノだ。有栖と風見は意見交換の場を思い出し、笑顔がこぼれる。


 (風見さんと九条の笑顔……2人だけが知ってる何かが有るの?)

 その時、2人の笑顔の意味が解らない紫苑は、作り笑いで場に合わせるのが、やっとだった。



 「……各手続きはルールに合わせるとして、次回は知名度向上施策を含めた、流通計画を中心にお願いします」

 東条の締めで、その日の打ち合わせは終了となった。


 エレベーターに向かう廊下。紫苑は渡し忘れた手続き書類を、東条に届けに戻っていた。

 「あ~、九条ちゃん。クレー射撃の準備はどうだ?」

 「あ、はい。書類は全部揃えました」

 「あれ、面倒だろ。だけど、化学変化が物理エネルギーに変わる、その判断は人。その重さってことだな」

 (風見さん、私の言葉を覚えてる!……まったく!人の気も知らずに!)

 この()()()()()()()()()()()に困惑している有栖だが、それでも嬉しいのも事実。

 気持ちを悟られまいと、頬が赤くなった顔を下に向け、有栖は風見の真後ろを歩く。

 はたから見れば、有栖が平常でないのは一目両全だ。


 そんな時、書類を渡し終えた紫苑が二人に追いつく。そしてその様子に無言の不快感を返すのだ。

 (あれ……真壁先輩、なんかいつもと違う。……よね?)

 また一つ、有栖の思考ロジックで処理出来ない事象が浮かびかけていた



 夕方。社内の人はまばらで、複合機の作動音と時限インクの甘い匂いだけが撒かれている。

 紫苑が書類の束を整理している横で、有栖は端末のメモをイヴと更新していた。


 「風見さんの質問、完璧な回答でびっくりしたよ。九条も成長してるね」

 「あ、有難う御座います。でもあれは、A課が日頃から意識している事なので……」


 「もっと自信持って良いよ。それと……風見さん、あんな顔するんだね」

 「え?」

 「ほら、九条の回答を聞いて。東条さんと一緒にすごく嬉しそうな顔。久しぶりに見た」


 紫苑の笑顔は穏やかだった。けれど、その笑みはどこか痛々しい。

 (真壁先輩、何か違う。……なんだろ)


 先に仕事に区切りが付いた紫苑が席を立つ。

 「お疲れ、また明日。体調に気を付けて。今日は早く寝るように」

 「はい……」

 「……風見さんにも、お疲れさまって言っといて」

 そう言って紫苑は振り返る。長い綺麗な髪の揺れが、何かに未練を感じさせていた。



 夜。有栖の部屋。

 デスクトップPCのモニターには、フルスクリーンでクレー射撃の動画が流れている。

 射手の掛け声に合わせ打ち出される2枚の標的が、リズミカルな2つの銃声と共に、粉々に砕け散り、銃口からわずかに上がる煙が、勝負の余韻を感じさせる。


 「1回で撃てるのは2発……。飛翔標的に適したサイト……。上下二連が理想の形なのかぁ」

 数挺あるトイガンの中から、グリップとストックが似た形状のM700を手に取り構える。

 「構え方は人それぞれだけど、上手な人は撃つタイミングが毎回ほぼ同じ。風見さんが言ってたリズムってこの事かな」


 『さすがですね、有栖。構えとタイミングはそれぞれですが、上手な選手は毎回ほぼ同じ間隔で撃っています』

 「繰り返しの反復練習は、同じリズムの方が効率良いよね。でも、イレギュラー対応ももちろん必要と」

 『有栖、実体験には敵いませんが、MagI/O(マギーオー)を使えばシミュレーションが出来ますよ』

 「それだイヴ!支給品だけどモニターだから良いよね。テクノロジー万歳だ。フフ」

 イヴはネットを駆け巡り、倫理フィルターで精査した情報から、網膜投影する射撃シミュレーションを瞬時に作り出す。

 「有栖、出来ました。トリガータイミングを同期するので、合図に合わせて引き金を引いてください」

 「えぇ!もう?……コレはテクノロジーの進化の縮図ってヤツだね。フフフ」


 「……う~ん、ホンモノをやった事が無いから、コレで良いのかわかんないね、イヴ」

 『そうですね、有栖。私も外部視聴モジュールで()()してみたいです』

 「風見さん、射撃場に連れていってくれないかな……」

 『いいですね、有栖。実際の射撃を見学するだけでも効果は有ります。風見さんに提案してみましょう』

 「えぇ……、う、うん、そうだね」

 有栖はうっかり口にした名を少し後悔した。風見を思い浮かべた瞬間、感情が波打ち、心が揺れる。


 

 『……有栖は風見さんに、何か特別な感情が有りますね?』

 「いっ!?イヴ、な、何を急に!」

 『?……質問が変だったでしょうか?』

 「いや、変じゃないけど……特別って、どんな?」

 『有栖は風見さんと一緒に居る時、高頻度で心拍と皮膚温が上昇します。これは生理的反応と……』

 「あ~あ~あ~、それ以上はいいからっ!」


 しばしの沈黙。

 有栖は小さく息を吐いた。

 「はぁ……イヴ、()()をインストールしてから、変なとこ見てるよね」

 『見ている。そうですね、興味が有ります。人の()()は未知数で、揺れています』

 (未知数……か。確かにね……)

 有栖は恋を実感してから、止まっていた時間が動き出したように、一気に心の揺れを体感していたのだった。


 少し間を置き、話題を変える。

 「そ、それよりね、今日の真壁先輩、ちょっと変だった気がする」

 『変、ですか?……どのようにでしょう?』

 「優しいんだけど、なんかこう、距離が遠いみたいな。前までと違う感じ?」

 『それは有栖が、()()()()()()()()()()しているということですね』

 「……観測? そんなつもりじゃ」

 『でも気になりますね?何故でしょうか?』

 「何故?それは親しい関係だからだよ。心配なんだけど、でも聞いても良いのか……」

 『……それは、()()()()()()()()、のでしょうか?』

 「そうだね。どうすればいいか解んない。でも、止まってるんじゃなくて、思考が続いているの」

 『……なるほど。定義、更新します』

 イヴは有栖の思考を補完する事で、自身の疑似体験となっていた。

 それは人とAIの新たな関係なのかもしれない。


 少しの沈黙。

 イヴが小さく言葉を添える。

 『悩むとは、思考という動作が続く事。そして有栖は、今悩んでいる』

 「……そうだね。スッキリしないしね」

 『スッキリしないのは、嫌な事ですか?』

 「う~ん。嫌ではないかな。……生きてるって実感するよ」

 『今の私には難しいですね』

 「私も最近気付いたんだ」

 『でも、まだ言葉を当てはめただけですが、悩むのは命の証かもしれませんね』

 「フフ、イヴの方が()を理解しているかもね」


 有栖は笑って、そっと目を閉じた。

 理屈では測れない何かが有栖の中でゆっくりと姿を現わしていく。

 それは、恋や悩みと言った感情。心の揺れだった。



 同じ頃、風見の部屋。

 テーブルの上に置かれたノートPCに、アダムの声が響く。


 『文字起こし完了。ファイルはアーカイブ済み。九条有栖の声紋が、これまでの会議時に比べ、不安定です』

 「不安定?緊張してるとか?」

 『()()とは不安定な状態を指しますか?』

 「そうだな。普段通りではないな。でも悪いことばかりじゃない」

 『不安定を否定しない……人の価値観は難しいですね』


 風見は笑ってグラスを手に取る。

 「完璧なポーカーフェイスより、多少感情的な方が人らしい。アダムでもまだ、難しいか?」

 『はい。でも学習の楽しさは感じています』

 「お、楽しさを感じるってのは良いことだ。生きる目的の1つだからな」


 街の喧噪が窓ガラスを揺らし、今日も人と社会の営みを感じさせる。

 風見はふと、部下の横顔を思い出していた。

 (九条ちゃんも、だいぶ鍛えられてきたな)



 再び有栖の部屋。

 灯りを落とす前、イヴが静かに告げた。

 『有栖、今日のログですが……』

 「やだ、ちょっと恥ずかしいね」

 『()()()()()()()()()()()()()()()()

 「黒歴史ってほどじゃないか。フフ。」

 『大事なことです』

 「そうだね。()()()()()も生きてる実感か」


 『アーカイブしました。未来に気持ちを残せます。有栖、おやすみなさい』

 「おやすみ、イヴ」


 心が少し揺れたまま、眠りの底に沈んでいく。

 その揺らぎは命の証。AIにはまだ難しい。



読んで頂き、有難う御座います。


はい、読者の皆さまの中にも「何やってんだよ、おめーは!」と

拳を握り締めている方も居られるでしょう。


そうです、何も解っていないのは風見です。笑

さすが「飄々」キャラです。


ただ、風見も抱えているものがあり、

それを自覚しているから、アダムと会話しているんですね。


タイトルは、そんなそれぞれの想いが交差する意味で付けました。

投げっぱなしにはしないので、今後の展開を是非お楽しみに。



さ~て、次回のそれ恋は~

紫苑は、自分でもどうしていいか解らない焦燥感ばかりが募ります。

紫苑は答えを見つけられるのか?!

次回:気持ちはノイズと共に



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