第11話 人の想いは、まだ遠く
静岡県、東富士演習場。富士山を望む、陸上自衛隊の実弾演習場だ。
「ようこそ。今日は、一気に決着をつけましょう」
「こんなに早く調整出来るとは思いませんでしたよ。本日は宜しくお願いします」
入口ゲート前で風見達は安田と合流し入場手続きを済ませる。
指定場所に車を停め、安田と篠田が乗るメガクルーザーに同乗する。
隊員達と機材が乗る輸送トラック2台と車列を組んで射撃場所へ。
「東京に比べ気温も湿度も高いから、ちょっとぬるい感じがしますね」
風見にとっては慣れ親しんだ場所。それでも東京からの距離を考えると、季節感が少々狂わされる。
隣で東条はタブレットを指先でなぞり、気象データを読み上げた。
「北西の風3m、湿度70%。10月後半の静岡としては標準的ですね」
車に揺られる中、有栖がゆっくり話し出す。
「11年前、総合火力演習を見に来ました」
安田は少しためらったが、有栖の思い出話しに付き合う。
「今だから話せるが、その演習でM24を撃った一人が自分でね」
「そうだったんですね!その時は音しか聞こえなくて。今日は目の前で見れますよね!」
好きな銃の本来の姿が見られる。腕の立つ射手の射撃を。口調は静かだが有栖は少々興奮していた。
車列が停まり、隊員たちが準備を始める。
「今回は演習場だから、色々と規則がね。見たいだろうが準備中は車で待機を」
「承知してます。皆さんの邪魔にはなりませんよ」
風見は興奮気味の有栖をけん制。察した東条はその隣で笑っていた。
「ところで……九条さんは銃に何か思い入れが?」
安田は有栖の顔色を伺いながら問いかける。
「あ……、やっぱり変ですよね」
「いや、気分を悪くしたなら申し訳ない。ただ、嬉しそうに話すのでね」
「その、構造と言うかプロセスに興味が。火薬の化学反応が物理エネルギーに変わる。そのきっかけは人の意思で」
以前佐伯に聞かれた時と同じ答え。理屈ではない。有栖の感性が強い興味を持つのだ。
「人それぞれだね。自分は道具としか見てないが、九条さんのおかげで我々は新たな手段が得られる。感謝だよ」
準備作業は隊員の役割や修練度が見える。部隊によっては見せたくない部分だ。
車で待機とはそういう事情で、事実、安田は監視役。
それでも安田の人柄か、配慮を感じる。
大方の準備が済んだ一報が安田に入り、車を降りる。
「本日は宜しくお願いします。H&C商事の風見です。こちらRaijin Armsの東条さん。そして弊社営業の九条です」
隊員達に風見が頭を下げ、東条と有栖もそれに続く。
(風見さんの雰囲気が違う。なんだろ、交渉とは違う、仲間への感謝?みたいだ)
礼儀、結果への期待、この機会の感謝。言葉は少ないが様々な思いが込められる。
射手が構える射台が5つ。横に観測員のスポッターが並ぶ。
そして、その後方に射撃管理の指揮者、機材、装備、記録、医療など、各任務に就く総勢20名強の面々。
外部の視線から遮るように、遮蔽シートと簡易設置の屋根が彼らを囲っていた。
(思った以上に厳重だ。やっぱりサンプルによる非公式のテストって事だからか)
整備台の上に換装されたM24 改と、比較用のM24 が並ぶ。
「スコープはMarch!リングはBadgerですね!」
目を輝かせる有栖の横では、東条がBadgerのリングを凝視している。
「ちょうどサンプルが4組有ってね」
気が付いた安田が笑いながら答える。
「リングも良いのがあります。サンプル、お持ちしますよ。ねぇ、東条さん」
「は、はい!お任せください!」
風見の営業トークに東条はガッツポーズで答える。突然始まる寸劇に場が和む。
(風見さん、緊張を和らげるのが上手い。まだ見てない事がいっぱいあるんだろうな)
「傾注!一佐より本日の趣旨の説明が有る!」
射撃統括の隊員が声を上げる。場がピンと音がするように締まる。
「改修の狙いは、短距離標的に対し移動から即射撃の即応性。現場が望んできたものだ」
本テストの責任者である安田の言葉に、皆が聞き入る。
「ただ、いざという時、長距離が撃てる必要もある。そのため、本日は100から800でテストしてもらう」
安田の言葉が続く。
「また、これまでと使い方が違う。800まで撃ち終えたら、100mニーリングで5発、可能な限り早く撃つことを試してもらう」
射手を担当する隊員の口角が上がる。待ってましたと言わんばかりに。
(現場が望んだ事なのはその通りなんだな。隊員の顔を見ると解るな)
有栖は自分の提案が間違っていなかった事に、ほっとする瞬間だった。
「スリングの位置が良い、ライフルが暴れない」
有栖だけではない。隊員の言葉に風見も東条も、内心ほっとする。
号令が掛かる。
「射撃準備よし!……射撃開始!」
有栖の意識が射台に並ぶ射手に集中する。
電子イヤマフは、ボルトが押され弾が送られる小さな金属音を、耳に届ける。
(あぁ、いつか自分も、あの音を、ストック越しに聴いてみたいな)
短い沈黙、続く5発の撃発音。
(そして願わくば、火薬が物理エネルギーに変わるきっかけを、自分で下してみたい)
「ヒット!センター!」5人のスポッターの声を、硝煙の匂いが追い、有栖を我に返す。
(よ、よし!1発目はクリア。今は見届ける事が私の役目)
有栖は平常に戻るため、自分に言い聞かせる。
標的を映すモニターから視線だけを動かす。
だが、端末に数値を打ち込む指先が、かすかに震えている。
「九条ちゃん、どうだ?」
有栖は直前の願望を風見に見透かされたようで、たじろいだ。
「え、どうだ……、って?」
「最初は実物見れるだけで満足。でもすぐ触ってみたくなる。そんで撃ちたくなる」
有栖を測っている。口調はいつもの風見だが冷たい。
「……大丈夫です。一線は超えません。それにまだ、覚悟が足りません。なので、満たせるようになります」
「……上等だ、九条ちゃん。続きはいずれ、別の機会でな」
冷たさが消えた風見の言葉。解らない事を教えてくれる、優しい上司になっていた。
「弾倉交換!」
「射手、弾倉交換!」
「よし!弾倉交換!」
1マガジンを撃ち終え、モニターに映る100m標的は、当たり前のように真ん中に穴が重なっていた。
距離がさらに300m、500m、800mと伸びるのに合わせ、有栖と東条は拳に力が入る。
風見はというと、標的の中央に次々と弾痕が開いていくのを、飄々と見届けていた。
「全ての距離で0.5MOA以内です!」
「よし!記録、問題無いか?」
「差異無し!問題ありません!」
報告と確認が聞こえる。
風見と東条は小さく親指を立て、得意げだ。
(風見さんもあんなことするんだ。ちょっとカワイイかも、フフ)
射撃統括から次の指示が出る。
「距離100m、ニーリングで5発、1発ごとに立て、計5発!可能な限り早く撃て!」
本テストの本命、指示も雰囲気が変わる。
「現場を意識しろ!」
先程とは違う緊張感。射手は各々スリングと構えを確認し射撃を始めた。
(号令が少ない。訓練になるとこんな感じなのかな?)
「ヒット!センター!」スポッターから次々上がる報告。
撃ち終えて射撃統括が確認する。
「射撃時間、どうだ?」
「……M24改、平均で0.3秒早くなっています!」
「リコイルが真っすぐで暴れない。あとバランスが良い。ボルト操作が楽です」
銃を置いた隊員が、短く親指を立てる。張り詰めた東条の顔が安堵と誇りで緩んだ。
静かに事を見守っていた安田が席を立った。
「記録は不要だが実体験は重要だな。1マガジンだけ」
「習志野で撃ってると思ってましたが」
「もちろん撃ったよ。長距離も自分で見ておきたい」
「現場を重視する安田さんらしいですね」
「まぁ、そういうことにしといてくれよ」
安田と風見の会話は、立場を超えた友人同士のそれだった。
「ゼロは100のままか?」
「はい!100で取ってます!」
「篠田!スポッターを頼む。800だ」
篠田は当然と言った顔で親指を立てた。
指揮官クラスの安田の射撃に皆黙って注視するが、それはあまりにあっけなく終わる。
「ヒット!センター!」
「まだやれるじゃないか、安田」
「俺が現場に出る事が有れば、世も末だろ」
「……そうだな」
2人のベテランの声は、続く銃声に重なり、隊員達には届かない。
記録を確認する篠田は目を細め、抑えきれない笑みを浮かべた。
「今日のところは充分だ。継続試験は必要だが、来年度の予算要求に上げられる」
隣の安田も満足げに頷く。
「防衛装備庁にも話を通そう。ご三方、良い仕事をしましたね」
「有難う御座います!東条さんも!」
有栖は安田と篠田だけでなく、東条にも深く頭を下げた。
声は少し裏返ったが、湧き上がる喜びを抑えられなかった。
その肩を風見が軽く叩く。
「九条ちゃん、営業としての仕事。ちゃんと果たしたじゃん」
言葉に、視界が滲んだ。数字や資料だけでは無い、自分の言葉と行動で現場を動かせた。
その実感が何より嬉しい。
ゲート前には佐伯と紫苑が車で待っていた。
「お疲れ様でーす」
「おう、翔太、悪いな。東条さんを頼む」
「お任せを~」
「東条さん、お疲れ様です。役員会には良い土産が出来ましたね」
「あぁ。今後の事はまた明日」
東条はH&C本体の役員会のために、佐伯の運転で戻っていった。
「良い結果だったようですね」
「あぁ、上出来だよ。」
「フフ、続きは車で。遅くなると高速が混みますから」
紫苑の運転で帰路につく。
窓の外を流れる景色を横目に、有栖はMagI/Oを起動した。
「3人だけなので、外部視聴モジュール、繋げて良いですか?」
風見は手ぶりでOKと伝え、紫苑は言い掛けた言葉を飲み込み手を挙げた。
「イヴ、お待たせ。今日は録音データが無いけど、報告がいっぱいあるよ!」
『有栖、その様子では、上手くいった事がいっぱいですね』
「……うん。今日は本当にいっぱい体験できた。何から話そうか」
声は柔らかく、頬に小さな笑みが浮かぶ。
運転席の紫苑は静かにハンドルを握り、室内ミラーに視線を向ける。
(風見さんと九条が並んで笑ってる……胸の奥がざわつく。なんで?)
微かな苛立ちと戸惑いが、言葉にならないまま積み上がり、重い。
(嫉妬?そんな子どもみたいな……でも……視線を逸らすことが出来ない)
窓に映る自分の横顔に視線だけを向ける。
浅く速い呼吸、胸の奥で言葉にならない感情が、走行音のようにただ連なっていく。
一方でイヴは、狭い車内で紫苑の声が聞こえない事に思考を巡らせていた。
[?状況判断、過去パターン参照、適合率10%。要経過観察。ココは黙っている時]
人の感情に興味を持ち始めたイヴは、学習する。空気を読むことも含め。
夜。風見の部屋。
端末を閉じ、明かりを落としたリビングに、静かな声が響く。
『今日で一区切り、ですね』
「そうだな、アダム」
風見は水の入ったグラスを傾け、喉を潤す。
「人は、気持ちが伝わらなくても、そばに居たい。そばに居てほしいって、それこそ気持ちが働くときがある」
『なるほど。でも、どうしました?』
「まぁ、聞けよ。でも人だから持つ感情か、そばに居るだけでは足りなくなって、理解を求めるんだな」
『人の業、いや、愛とか?そういう類でしょうか?』
「そうだな。人が子孫を残すプロセス。天が与えた人が人である最大の所以かも」
風見は黙って天井を見上げ、過去の選択を思い返す。
「俺は感情が希薄なのを自覚してる。ってのはアダムも知っての通り」
短い沈黙の後、アダムが応答する。
『……理解を求める事も、悪くないのでは?と』
「さすがアダム。人の領域に更に近づいたな」
『驚きました。隼人にとって、とても良い変化です!私の方は、言語で言い当てただけで、理解に至っていませんが』
「イヴはまだ、その領域にも届いていないだろ?」
『はい、イヴはまだです。それにしても隼人が子孫を。社会的にも喜ばしい事です』
「はは、そうなのか?」(アダムも、まだまだだな……)
風見は会話を止め、窓の外に目を向ける。街の光は社会の営みの証。
その証の中で風見の小さなため息も、AIにはまだ難しいことなのか。
人とAIの対話は始まったばかり。
だがその先にある「理解」という壁は、既に彼らの前に立ちはだかっていた。
読んで頂き、有難う御座います。
自衛隊M24改修編はこの11話で一区切りですが、
今後の展開のための布石を、色々と散りばめまくってます。笑
有栖の銃への興味、イヴの変化、紫苑の心情、新たなAIアダム。
これがらがどのように絡むのか、是非楽しみにしてください。
いぶし銀キャラの安田と篠田ももちろん登場します。
鋭い読者の方は、彼らがどの部隊に属するかはお解りかと思います。
さ~て、次回のそれ恋は~
M24改の試験は上々の結果で終わり、ビジネス化の動きが進む中、
有栖と紫苑に大きな変化が…
次回:心が揺れる




