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第72話:レイの「ちょっとした手助け」が招く混乱

 夕刻、集められた討伐隊は、まだ日が高い森の道を王都へと向かっていた。彼らの表情には、これから始まるであろう危険への覚悟と、王都の窮状を救うという使命感が入り混じっていた。ヴァルドは隊列の先頭に立ち、時折腹を押さえながら周囲を警戒している。彼の左手の甲には、レイが調整した植物ネットワーク簡易受信機が埋め込まれた小さな魔石が光っていた。緊急会議の後、レイが「父さん、これならいつでもじぃじの声が聞こえるよ!」と、ヴァルドの手に押し付けたものだ。ヴァルドは一瞬ためらったが、背に腹は代えられないと受け入れた。

 ヴァルドの後方、隊列の比較的安全な位置には、レイと彼の従魔たちがいた。レイはきょろきょろと周囲の植物に興味津々で、時折しゃがみ込んで葉を撫でている。バルドルはレイのすぐ頭上をゆっくりと旋回し、その鋭い視線で常に周囲を警戒していた。シャドウはレイの影に溶け込むように寄り添い、ルーナは静かにレイの足元を歩き、ミルはレイの肩で周囲の音に耳を傾けている。彼らは討伐隊の直接の戦力ではないが、レイにとってはかけがえのない存在だ。

 街道を進むにつれて、魔物の気配が濃くなってきた。経験豊富な冒険者たちは、獲物の匂いを嗅ぎつけた野犬のように鼻をひくつかせ、得物の柄に手をかけている。

「ギルド長、この先の森から、妙な気配がしますぜ。かなりの数だ……!」

 偵察に出ていた斥候が戻り、緊張した声で報告した。

 その時、ヴァルドの胃が、まるで警報のように激しく脈打った。彼は思わずうめき声を上げ、胃のあたりを強く押さえる。レイから埋め込まれた魔石が、激しく明滅を繰り返している。

「ぐっ……な、なんだとぉぉっ!?右前方、木々の陰に潜むはゴブリンの群れ……!いや、待て……その後ろには、グリーンスキンオークが三体……うち一体は隊長格だ!奴らは奇襲を狙っているぞ、野郎ども!」

 ヴァルドの口から、まるで魔物たちの思考を読み取ったかのような具体的な情報が飛び出した。討伐隊の冒険者たちは、呆気に取られて互いに顔を見合わせた。ギルド長の顔は胃痛で青ざめているが、その指示は寸分の狂いもない。

「ギルド長、まさか、そこまで正確に……?本当に神の啓示ってやつですかね?」

 隊長が信じられないといった様子で問いかけた。

「うむ……何、長年の経験と勘だ!迷うな!右前方、奇襲を仕掛ける前に叩き潰せ!」ヴァルドは額に脂汗を浮かべながら叫んだ。彼の胃は、魔物の配置図をリアルタイムで送信しているかのように痛み続けている。

 冒険者たちは半信半疑ながらもギルド長の指示に従い、右前方へ一斉に駆け出した。すると、まさにヴァルドの言葉通り、木々の陰から奇襲を仕掛けようとしていたゴブリンとグリーンスキンオークの群れが姿を現した。

「おいおい、本当にその通りじゃねえか!ギルド長は予知能力者かよ!?」

「くそっ、油断してたぜ!だが、おかげで先手が取れる!」

 冒険者たちは驚きと興奮に包まれ、奇襲を未然に防がれた魔物たちは混乱に陥った。統制を失った魔物たちは、冒険者たちの猛攻の前に次々と倒れていく。剣が閃き、魔法が炸裂し、戦士たちの雄叫びが森に響き渡った。彼らの戦い方は、軍隊のような整然としたものではなく、個々の技量と経験に裏打ちされた、荒々しくも効率的なものだった。

 その間、レイは、ルーナの背に隠れるようにして、初めて見る大規模な魔物討伐の光景に目を奪われていた。轟音と土埃、閃く剣と炸裂する魔法。目の前の光景は、彼が絵本で読んだ冒険譚よりもずっと激しく、そして少し怖いと感じた。ミルは警戒の鳴き声を上げてレイの肩にしがみつき、シャドウは魔物たちの影を感知して漆黒の毛並みを逆立てるように身を硬くした。ルーナはレイの前に立ち、彼を守るように低く唸っていた。バルドルは上空から戦況を見守り、レイに危険が及ばないか常に注意を払っていた。

 父さんが、そして屈強な冒険者のお兄さんやお姉さんたちが、大きな声を出して魔物と戦っている。魔物が放つ奇妙な光、それに対抗する冒険者たちの鮮やかな魔法。父さんは胃を抑えて苦しそうな顔をしているけれど、それでもみんなを助けようと、懸命に指示を出している。レイは、父さんがすごく頑張っているのを見て、胸の奥がぎゅっとなった。彼も、父さんやみんなを助けたい、と純粋に思った。

 戦闘は予想以上に早く決着した。冒険者たちは興奮冷めやらぬ様子でヴァルドを称賛する。

「ギルド長、恐れ入りました!あの情報がなければ、俺たちは危うく返り討ちになるところでしたぜ!」

「おかげで怪我人もほとんど出ませんでした!さすがギルド長!」

 ヴァルドは顔を歪ませながら、賞賛の言葉に曖昧に頷く。彼の胃は、まだレイからの情報信号でキリキリと音を立てていた。その痛みは、勝利の喜びよりもはるかに強烈だ。

「まさか、レイのあの受信機が、魔物の位置情報までリアルタイムで送ってくるとは……これでは、私が斥候より先に胃を壊してしまうぞ……!」

 ヴァルドは内心で叫んだ。レイの「ちょっとした手助け」は、彼の想像をはるかに超える「とんでもない能力」へと進化していた。討伐隊の冒険者たちはギルド長の卓越した采配に感嘆する一方、ヴァルド本人は胃痛と情報過多という新たな苦悩に戦々恐々とするのだった。彼の胃薬の消費量は、この調子では倍増するだろう。

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