第70話:王都の動乱、そしてヴァルドの新たな苦悩
ログハウスに朝が訪れる頃、ヴァルドはすでに数度の胃の激痛に見舞われていた。レイが作った植物ネットワーク簡易受信機は、彼の胃と王都の間に強固なホットラインを築き上げていた。その日もまた、朝食の最中、彼の胃が警鐘を鳴らし始めた。
「ぐっ……まただ……父上が、今度は執務室で書類に埋もれている……!秘書官が、『ギルド長ヴァルド、至急応援を!』と叫んでいるぞ!」
ヴァルドは顔を蒼白にさせながら呻いた。王都からの「胃痛信号」は、日を追うごとに精度と緊急性を増している。母はもはや慣れた様子で、「あらあら、今度は書類ですか。お父様も大変ですね」と優雅に朝食を続けた。レイは、自分の作った魔道具が父の役に立っていると信じ込み、満面の笑みで朝食のパンを頬張っている。
「父さん、今日はお仕事、頑張ってね!早く王都に行かないと、じぃじがもっと大変になっちゃうよ!」レイの無邪気な声が、ヴァルドの胃をさらに抉る。
「うむ……分かっておる……!」ヴァルドは腹を押さえながら立ち上がった。彼の足取りは重く、まるで処刑台へ向かう罪人のようだ。
ギルドに到着すると、ヴァルドはすぐさま執務室へ向かった。そこには、大量の報告書と、差し迫った魔物討伐依頼の山が彼を待ち構えていた。いつものことながら、溜め込まれた仕事の量に彼はため息を漏らした。そして、机の上には、見慣れない書状が置かれていることに気づいた。それは王都の紋章が刻まれた、緊急を要するらしき封筒だった。
「これは……まさか、父上からの新たな胃痛の種か……?」ヴァルドは恐る恐る書状を開封した。内容は、王都周辺で発生している魔物の異常発生と、それに伴う街道の通行不能状態についての報告だった。加えて、王都のギルドが対応に追われ、人員が不足しているため、地方ギルドにも協力を要請する旨が記されていた。
「ぐはぁっ……これは……胃薬が、あと何本必要になることやら……!」ヴァルドは書状を握りしめ、頭を抱えた。街道が閉鎖されれば、物流が滞り、経済にも甚大な影響が出る。ギルド長として、迅速な対応が求められる。
その日の午後、ヴァルドはギルドの幹部を集め、緊急会議を開いた。
「皆の者、王都から緊急の要請だ。王都周辺の街道が魔物の異常発生により閉鎖された。我々も討伐隊を編成し、応援に向かう必要がある。」ヴァルドは重々しい口調で告げた。
会議室には重苦しい空気が漂った。大規模な魔物討伐は、常に危険と隣り合わせだ。
「ギルド長、具体的な魔物の情報は?」と、幹部の一人が尋ねた。
「それが……詳しい情報がまだ届いていない。ただ、かなり大規模なようだ。」ヴァルドは歯切れ悪く答えた。
その夜、ログハウスの庭で、レイは新たな魔道具の調整をしていた。彼の隣にはバルドルが静かに佇み、シャドウは周囲の警戒を怠らない。ミルはレイの肩で目を輝かせ、ルーナは遥か王都の方角を見つめていた。
「これで、もっと遠くのことも分かるようになるかな?父さんの仕事、もっと楽になるようにしたいな!」レイは無邪気に呟いた。
その言葉は、王都で胃を抱えながら指揮を執るギルド長ヴァルドには届かない。そして、その通信機のさらなる進化が、彼の胃袋にどんな新たな悲劇をもたらすか、レイはまだ知る由もなかった。




