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第67話:大地の祝福、再び暴走?伝説の薬草生えちゃった!

 ログハウスの平和な昼下がりは、ヴァルドのうめき声で不穏な幕を開けた。書類の山に埋もれた机で、ヴァルドがこめかみを揉みながら呻く。王都の冒険者ギルド長として、日々の依頼書や報告書、冒険者たちの喧嘩の仲裁報告……。胃薬のストックは減らせると喜んだのも束の間、彼の胃はむしろ鋼鉄の騎士団に攻め込まれたかのように激しく反乱を起こしていた。

 その様子を、レイが心配そうに覗き込んだ。足元にはシャドウが心配げに鼻を鳴らし、ルーナは窓辺でじっとヴァルドを見つめている。

「父さん、また胃が痛いの?大丈夫?」

 レイの澄んだ瞳が、ヴァルドの顔色をまっすぐに捉える。ヴァルドは努めて笑顔を作った。

「ああ、大丈夫だ、レイ。ちょっと、ギルドの書類と格闘しててな、胃が驚いただけさ」

 ヴァルドはそう言ったが、レイには父さんの顔がいつもより青ざめて見えた。前世の記憶を持つレイは、大人のヴァルドが抱えるであろう心労を察する。どうすれば、父さんを助けられるだろう? 子供として振る舞いつつも、内心では思案する。以前、ミリアが父さんのため薬草でお茶を作ってくれたことを思い出した。自分も何か、父さんを元気にできることがないか。レイは、父さんが元気になったらいいな、と純粋に願った。同時に、彼の大人の思考は、使えるリソース、特に「大地の祝福」と従魔たちの力を瞬時に巡らせていた。

「僕ね、父さんの胃が良くなるお薬、作ってあげたいな!」

 レイの純粋すぎる願いが口にされたその瞬間、ログハウスを取り巻く大地が、まるで鼓動するかのようにブルブルと震え始めた。レイの瞳から放たれる清らかな魔力が大地へと吸い込まれていくと、その波動は「契約の王印」を通じて畑チームの従魔たちに伝播する。

 畑の片隅では、ゴーレムが唸り声を上げながら、信じられない速さで土を掘り返し始める。その巨体から迸る魔力は、畑全体に活力を与えていく。ゴーレムの頭に乗っていたポポが「モフッ!モフッ!」と興奮した鳴き声を上げ、小さな前足でゴーレムの頭を叩く。まるで「もっとだ!もっと掘るんだ!」と指示を出しているかのようだ。ポポの指示を受け、ゴーレムは畝を深く耕し、畑の土は瞬く間に肥沃な色に変わっていく。

 その異変に気づいた畑の仲間たちも次々と動き出す。土の中からマンちゃんが「きゃっきゃっ!」と可愛らしい声を上げながら飛び出し、頭の葉っぱを揺らしながらぴょんぴょんと踊り始めた。まるで指揮者のように畑中をちょこまか歩き回り、マンちゃんの動きに合わせて、すでに植えられている植物たちが活き活きと葉を広げる。

 そこに、ふわふわが「ぴぃ!」と嬉しそうに跳ねながら現れた。レイが耕したばかりの畝に、ふわふわがゆっくりと身を横たえると、その体から温かい光が放たれ、土へと染み込んでいく。土は瞬く間に柔らかく、そして栄養豊かなものへと変化し、作物が驚くほどの速さで芽を出し始める。

 普段はのんびり屋のブモも、何かに突き動かされるように「ブモォ!」と一声、その巨体を小刻みに震わせる。ホワクイックたちは、地面の震えに戸惑いながらも、なぜかいつもよりつやつやした卵を産み始めた。そして、畑の端で水やりをしていたネクサだけが、水色の体から淡い光を放ち、どこか物憂げな顔で空を見上げている。「あら、また始まりましたわね。退屈じゃないけど、少し忙しいわ」と、小さな声で呟いた。

 レイは、お父さんが元気になったらいいな、と目をキラキラさせて畑へと駆け出した。シャドウとルーナも、何が始まるのかとばかりにレイの後を追いかける。ヴァルドは、差し出された温かいお茶にホッと息をつき、まさか息子の一言で大地が本気を出しているとは、夢にも思わなかった。

 翌朝。朝露にきらめく畑は、ヴァルドの胃を直撃するような衝撃的な光景を晒していた。

「な、なんだこれはっ?!」

 昨日まで見慣れた野菜の畝の脇に、見覚えのない植物がニョキニョキと生えている。それは、深紅の葉に、漆黒の宝石を散りばめたかのようなマダラ模様を持つ薬草だった。その周囲には、通常の薬草とは明らかに異なる、芳醇で神秘的な香りが満ちている。畑チームの従魔たちは、その見慣れない植物から溢れるとてつもない魔力に、思わず後ずさりしていた。

 そこに、目を輝かせたセイリオス先生が駆け寄ってきた。彼は昨日から畑の魔力変動に薄々気づき、寝る間も惜しんで研究していたのだ。乱れた羽毛をそのままに、片眼鏡は曇り、まさに研究者のお手本のような姿だった。

「おおおお!ヴァルド!これはまさか、まさかっ!『ダンジョン百花草』ではないかっ!本来は、深層ダンジョンの最奥にしか自生せぬ幻の薬草じゃぞ!しかも、隣には……これは、古の文献にしか残っておらぬ、『生命の雫草いのちのしずくそう』……絶滅したとされていた上級回復薬の材料じゃっ!」

 セイリオス先生は薬草を撫で、狂喜乱舞していた。彼の知識と研究者魂が、かつてないほどに高揚している。その興奮ぶりに、畑チームの従魔たちもざわめき始めた。

 マンちゃんは「きゃっきゃっ!」と喜びの声を上げながら、深紅の葉に興味津々に手を伸ばそうとする。そんなマンちゃんを見て、ポポは「モフッ!」と一声、まるで希少なものだから触れてはダメと言っているようだった。ふわふわは様子を見にきたレイの側に駆け寄り、「ぴぃぴぃ!」と鳴きながら、その場でくるくる回って褒めてと言っているかのように嬉しさを表現しアピールをするので、レイはふわふわを優しく撫でてやった。そんな嬉しさを爆発させている従魔達をよそに、ブモは珍しく落ち着かない様子で「ブモォ…」と唸る。あまりにも強力な薬草に尻込みしているようだ。意外なのはいつも退屈そうにしているネクサだがこの日ばかりは畑の隅で淡い光を強めて「退屈じゃないわね」と小さな声で呟いた。

「へえー!お薬になるんだね!これが父さんの胃に効くお薬?」レイは無邪気に尋ね、その深紅の薬草をじっと見つめた。隣にいたシャドウが、クンクンと薬草の匂いを嗅ぎ、ルーナは不思議そうに首を傾げている。セイリオス先生はレイの問いかけに、興奮しながら頷いた。

 ヴァルドは、その薬草の持つ途方もない価値と、それに群がる従魔たちに、胃がキリキリと痛み始めた。胃薬のためにレイが願ったはずなのに、なぜか世界を揺るがしかねない「お宝」が目の前に出現したのだ。

「え、ええと、レイ?これ、君がまた何かしたのか?」ヴァルドが慌てて尋ねる。

 レイは首を傾げた。「僕、父さんの胃が良くなるように、お薬の草が生えたらいいなって思っただけだよ?そしたら、こんなきれいな草が生えてきたんだ!」彼は、深紅の薬草を愛おしそうに撫でた。「これ、なんだか美味しそうだね!」彼は深紅の薬草を興味津々に眺め、思わず手を伸ばしかけた。その純粋な好奇心が、大人たちをさらにヒヤッとさせる。シャドウがレイの手を止めようと、前足でそっと彼の腕を触る。

「そうか……レイが、遺跡にいったときに、どこかにあった種が、レイの服にくっついてきたのかもしれんなあ……」ヴァルドは、以前レイが遺跡に行ったことを思い出し、妙に納得したような顔をした。絶滅したはずの薬草の種が、たまたまレイの服にくっついてきて、レイの願いと「大地の祝福」によって奇跡的に芽生えたのだろうと、ヴァルドは推測した。最近の胃が痛む原因の八割はレイ絡みだと彼は内心で確信している。

 セイリオス先生は、興奮を抑えつつも、内心では今後の研究費と、レイの無自覚な能力に頭を抱えていた。「これはまた、とんでもない発見をしてしまったものじゃ……我が研究室が、世界の中心になってしまうぞ!……って、いやいや、そんなことよりも、この薬草の安全性と有効性じゃ!」彼は急に真顔に戻り、持っていた筆記用具をカバンから取り出し、メモを始めた。ゴーレムは、先生の背後で静かに畑を見守っている。


 その日の夕方、ログハウスの植物通信係である窓辺の蔓植物が、ヴァルドにそっと葉を伸ばした。その葉は、まるで指を指すように森の方向を向き、かすかに震えている。

 ヴァルドは首を傾げた。

(ん?この蔓、なんだかいつもと様子が違うな。何か訴えかけているようだが……)

「お前、どうした?何かあったのか?」

 ヴァルドが尋ねると、蔓はさらに激しく震え、枝を複雑に絡ませてみせた。ヴァルドは腕組みをして考え込む。

(これは、何かを伝えようとしているのは確かだが、人間にはまるで意味が分からない。まさか、森に魔物の群れでも現れたとでも言いたいのか?)

 彼の思考は、日々のギルド長としての業務に直結していた。シャドウがヴァルドの足元でウロウロし、ルーナは警戒するように耳をぴくつかせた。

 その様子を、レイは図書室から出てきた際に偶然目にした。ヴァルドと蔓植物の間の、もどかしいやり取り。レイは一瞬、眉をひそめた。

(やっぱり、植物が人間と直接的なコミュニケーションを取るのは難しい。この世界の人間は、植物の『言葉』を理解できないのか。これは厄介だな……)

 前世の知識を持つレイは、植物には独特の「思考」や「記憶」、そして「感情」があることを知っていた。しかし、彼らが直接言葉を話すことはできない。ましてや、人間がその微細な信号を読み取るのは至難の業だ。しかし、このログハウスの植物たちは、レイの大地の祝福と繋がっている。

 レイは静かに蔓植物に近づき、そっと葉に触れた。レイの指先から大地の魔力が流れ込むと、蔓は安堵したように震えを止め、わずかに葉の先端をヴァルドの方向からレイへと向けた。

「あのね、父さん。この子たち、父さんの胃が痛いって、心配してるんだと思うよ?」

 レイの言葉に、ヴァルドは目を丸くした。「え?レイ、お前、植物と話せるのか?」

「ううん、話せるわけじゃないよ。でも、なんだか、そう言ってる気がするの!」レイは、あくまで子供らしい無邪気な笑顔で答えた。

(よし、これならいける。植物の『努力』を引き出し、人間が理解できる形に変換する『通訳』が必要だ。そして、その通訳は僕が担う。そうすれば、僕が情報をコントロールできる。これが、僕の情報網の第一歩になる……!)

 レイは、蔓植物に触れたまま、心の中でそっと語りかけた。

(ねえ、みんな。もし何かあったら、今度からは『光』で教えてくれる?例えば、すごく大切なことなら、もっと強く光るとか。そうすれば、僕が皆の『声』を父さんに伝えられるから)

 レイの言葉は、彼の魔力を通して、ログハウスの全ての植物に伝播した。窓辺の蔓植物の葉が、瞬く間に淡い光を放ち始めた。それはまるで、彼の提案に「わかった!」と応えているかのようだった。その光は、人間が視覚で認識できる明確な信号だった。

 セイリオス先生が通りかかり、その様子を見てニヤリと笑った。「ふむ、興味深い。植物のコミュニケーション方法の研究は、まだまだ奥が深いぞ!」彼は植物の「努力」を、完全に自身の研究対象としてしか見ていないのだった。今日もセイリオス先生のノートには、植物の葉の動きとそれに対する考察がびっしりと書き込まれていく。ヴァルドの胃痛は、しばらく続きそうだった。しかし、レイの心の中では、広大な植物ネットワークの構築という、壮大な計画の第一歩が静かに踏み出されたのだった。

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