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第65話:レイの「ただの石」が大騒動?

 ヴァルドが森の「生態系」の奇妙さに胃薬を常備する日々を送る中、ログハウスにはセイリオスがいつも通り研究に勤しんでいた。彼の目は相変わらずレイの才能を「黄金の鉱脈」と見立て、何か面白い研究の種はないかとギラギラ光らせている。

 その日、レイは秘密基地「うっかり工房」から、とっておきの「すごいもの」を無邪気に持ち帰ってきた。レイにとってはただの遊びの延長だったが、それが周囲の大人たちの胃をキリキリさせる原因であり、彼らの常識を宇宙の彼方へ吹っ飛ばす起爆剤になるとは、知る由もなかった。

「みんなー!見て見て!僕がみつけたすごいものだよー!」

 レイが嬉しそうに差し出したのは、掌に乗るサイズの何の変哲もない、ただの灰色っぽい石だった。魔力的な輝きもなく、どこにでも落ちていそうな丸い小石。まさに、その辺の道端に転がっている、つまらない石ころそのものだ。もちろん、レイの指に触れても、何の反応も示さない。石も「あー、またレイがなんか持ってきたなー」くらいのノリである。

「おお、レイ!これはまた、可愛らしい石じゃのう!」

 セイリオス先生は目を輝かせ、興味津々に石を覗き込んだ。彼の知識と経験は、その石にどこか秘められた「何か」を感じ取ろうとウズウズしていたが、レイの無邪気な笑顔と、石自体の「無反応」が「気のせい気のせい!」とばかりにそれを打ち消してしまう。

「これね、僕がみつけたんだよ!シャドウやミル、ルーナも手伝ってくれたの!」

 ミルが「ぴぃ!」と得意げに胸を張り、シャドウは「ただの付き添いだったがな」と素っ気なく言いつつ、しっぽをゆらゆらさせていた。ルーナは静かに石を眺め、それが土の中から植物たちが「レイ様のために掘り出しました!」と献上したものであることを、心の中でこっそり把握していた。

 そこへ、森の調査から戻ってきたばかりのレオンとリィナ、そして王都調査団の面々が、疲れ切った顔でログハウスに入ってきた。彼らは森の植物たちに絡まれ、足止めを食らい、迷子になりかけた挙げ句、なぜか同じ場所を三回も通されるという、摩訶不思議な体験を経て、疲労困憊の状態だ。

「ただいま…くそっ、今日の森も手強かった…一体何なんだ、あの奇妙な植生は…」レオンが愚痴をこぼした途端、彼の目にレイが持つ石が映った。

「な、なんだそれは?!レイ!その石、まさか…!?」

 レオンは石の何の変哲もない様子を見て、逆に「これはヤバい!」と妄想をフル加速させた。「これは!レイが森の『ぬいぐるみ型魔物』を調教し、その魔力を凝縮して作った、新しいタイプの魔道具か!ただの石に見せかけて、実はとんでもない力を秘めた『擬態石』!きっと、レイの思考を具現化する万能隠密超絶石ばんのうおんみつちょうぜついしに違いない!」

「わー!すごい!レイ、これきっと隠れてるけど、レイの言うことなら何でも聞く、レイのお友達の石なのね!可愛い!」リィナも目を輝かせた。彼女の目には、石がレイの隣でピコピコと喜んでいる幻が見えているらしい。

 ヴァルドは、レイの差し出す石を見た途端、「ぶべらっ!!」と、本日二度目の何かを吹き出した。今度は何も口に含んでいなかったため、ただ虚しく空気が漏れただけだが、彼の胃に致命的なダメージを与えたのは間違いない。

 王都調査団は、レイの「ただの石」に魔力測定器を当てていた。しかし、いくら測っても示されるのは「何の魔力反応もない、ただの石」という結果だけだった。彼らは子供の言葉と実際の現象の乖離に戸惑い、「やはりこの子、天才すぎて我々の常識を超えているのか…?」「いや、ただの迷信だ!こんな報告、王都で笑われるぞ!」と、頭を抱えていた。報告すべき確たる成果もないまま、彼らはこれ以上の滞在は無意味だと悟り、数日後にログハウスを後にした。

「ああ、くそっ!結局何だったんだ、この森は!子供の戯言に振り回されただけだったか!俺たちの休暇を返せ!」

 王都調査団の団長は、帰り支度をしながら悔しそうに唸った。彼らの旅費と時間と胃袋は、奇妙な森と無邪気な子供の「遊び」によって無駄になったとしか思えなかったのだ。

 その横で、レオンとリィナも浮かない顔をしていた。

「あーあ、せっかくレイの近くにいたのに、森の調査で全然遊べなかったなぁ…」リィナが肩を落とす。彼女の心の中は、レイとのお茶会計画でいっぱいだった。

「ああ、そうだ。僕らは森の謎を解明するのに忙しかったからな…今度王都に帰ったら、レイを連れて行って、思う存分美味しいお菓子をご馳走してやらねば!」レオンは拳を握り、次回の再会と美味しいお菓子への執念を誓った。

 双子はレイに会えないことを後ろ髪を引かれながらも、王都へ帰る馬車に乗り込んだ。彼らの後ろ髪は、文字通り物理的に何本か植物に絡め取られていたが、誰も気にしていなかった。

 ヴァルドは、王都調査団と双子が去った後、久々に安堵のため息を大きく漏らした。

「やっと静かになったな…レイのやつ、本当にただの石で遊んでただけだったか。よかった…」

 ヴァルドは、レイが普通の子供のように、森で見つけた石で遊んでいる姿に心から安堵していた。これで余計な騒動は起きないだろうと、彼の胃も久々に休息を得られた。この平和がいつまで続くのか、彼はまだ知らない。


 ログハウス上空を旋回していたバルドルは、レイの指に触れた石が放つ一瞬の膨大な魔力波動を、その魔眼で捉えていた。それは、通常の測定器や冒険者では感知できない、極めて特殊な現象だった。バルドルは「救世主様も相変わらずだな。まさか、あの石がアレとは…相変わらず常識破りだぜ」と、いつものように呆れと感嘆を込めて心の中で呟いた。

 ログハウスに静けさが戻った数日後の午後。

 セイリオスは、いつものようにログハウスの図書室にこもり、古文書を読み解きながら、レイが持ち帰った「ただの石」について思案していた。魔力反応ゼロのこの石に、なぜレイはこれほど惹かれるのか。そして、以前レイが口にした「魔力を貯めてみただけ」という、彼の常識を根底から揺るがす言葉が、セイリオスの中で何度も何度も反芻されていた。まるで耳元で無限ループしているかのように。

「ふむ…魔力反応ゼロとはな…しかし、レイがあれほど興味を持つとは、ただの石ではあるまい。」

 セイリオスは、自身の豊富な知識と、レイが引き起こす奇妙な現象の数々を思い出し、石の潜在的な可能性を探る。何気なく、レイが石に無意識に働きかけている一瞬の魔力変動を思い出し、長年の研究で培った直感が、ある仮説に辿り着いた。彼の脳内で、パズルのピースがカチリと音を立ててはまった。

「ま、まさか…これは…!魔力を貯蓄し、自在に放出できる…古の文献にしか存在しないとされた『万能魔鉱石』…!?」

 セイリオス先生は震える手で石を拾い上げ、長年の知識と研究に基づいて、さらに詳しくその性質を探った。通常の魔力測定器では感知できない、彼の理論とレイの奇跡でしかたどり着けない真実に到達したのだ。すると、あらゆる属性の魔力が淀みなく吸収され、必要に応じて取り出せる、まさに魔法界の究極バッテリー、魔力無限供給装置であることが判明した。遺跡の時代には存在したものの、今は存在すら知られていない幻の魔鉱石。それを、植物たちがレイのために地中から掘り起こし、レイはそれをただの「遊び相手」として遊んでいたのだ。なんという無自覚、なんという恐ろしさ!

 セイリオスは、レイの無邪気な背中を見つめ、静かに、しかし深い感動と、それを上回る激しい戦慄を覚えた。

 同時に、この「お宝」がレイにもたらすであろう途方もない騒動を想像し、セイリオスは青ざめた顔でその石をそっと自室の引き出しの奥深くに、さらにその下にあった「絶対に開けるな」と書かれた木箱の中へ、そしてその木箱をさらに封印された地下室の壁の隠し扉の向こうへと、念入りにしまい込んだ。

「……なかったことに、しよう。そう、なかったことだ。これは幻覚じゃ、夢じゃ……。我が輩は、何も見ておらん、何も知っておらんぞ!」

 研究者としての探求心と、平和な日常(特にヴァルドの胃)を守りたいという老梟の本能が激しくぶつかり合い、最終的に後者が核兵器級の勝利を収めた瞬間であった。彼は、額に冷や汗をかきながら、今日のところは「石の秘密は我が輩だけの胸に…いや、記憶からも消去じゃ!」と、固く誓うのだった。

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