第61話:植物のお節介?秘密基地、生命の楽園へ!
双子のレオンとリィナがログハウスに帰省し、王都の調査団が常駐を続ける中、レイは日々、森の奥の秘密基地「うっかり工房」で過ごしていた。快適さにすっかり夢中になっているレイは、自分が引き起こしている常識外れの現象には気づいていない。王都調査団は森の奥から発せられる奇妙な魔力変動に相変わらず首を傾げているが、レイは知る由もない。
ログハウス上空高くを旋回していたバルドルは、地上で起こっている奇妙な魔力変動を感じ取り、鋭い鷹の目で森の奥を捉えていた。
「また救世主様が何か面白いことを始めたな…」
バルドルは上空で小さく呟いた。
ある日の午後、レイが工房で古文書を広げて「お菓子」のレシピを眺めていると、シャドウが呆れたように鼻を鳴らした。
「主よ、また植物たちが勝手にやっているぞ。」
シャドウの視線の先には、昨日は何もない壁だった場所に、澄んだ水がチョロチョロと流れ出す小さな泉がニョキっと現れていた。水は透明で冷たく、飲水レベルの清らかさだ。レイの大地の祝福に感応した植物たちが、彼の快適な生活のために、まるで水道のように水を引いてきたのだ。
「わー!すごい!水が出てきた!これで喉が乾いても大丈夫だね!」
レイは目を輝かせ、ごくごく水を飲んだ。ミルは「ぴぃ…ぴぃ…」と驚きすぎて固まり、ルーナは静かに泉を眺め、その水が生命力に満ちていることに気づいていた。
「富裕層が貴重な水の魔石を消費してようやく手に入れるような水を、何の苦もなく生み出すとはな…」
シャドウが頭を抱えて呟いた。「もうこの際、驚くのも疲れるな…」
さらに翌朝、工房を訪れたレイは、また新たな変化に目を丸くした。図書スペースの床から、太い蔓が伸び上がり、天板を広げたような形で机と椅子代わりの植物がニョキっと生えているのだ。その隣には、ふかふかの苔が生えた巨大なキノコが、まるでソファーのように鎮座している。そして、最も驚くべきは、天井から垂れ下がった蔦が絡まり合った、まるでデザインされたかのような蔓のハンモックが自然に形成されていることだった。
「わー!すごい!机と椅子だ!これで座って絵本が読めるね!ハンモックもある!」
レイは無邪気に喜ぶが、シャドウとミルは顔を見合わせてため息をついた。
「これ、座ってたら根っこが生えてこないかな…」
ミルが恐る恐る蔓の椅子に触れる。シャドウは「主が少しでも快適に過ごせるよう、植物たちがご奉仕しているのだろうが…こんな唐突に生えてくるものなのか?」と頭を抱え直した。
ルーナは、工房の入り口へと続く森の道を静かに見つめていた。いつの間にか、遺跡の入り口を覆い尽くすように、トゲトゲのいばらが複雑に絡み合い、まるで自然が作り出した巨大な迷路のように見せかけているのを発見した。いばらには、レイの許可なく近づく者には警告を発する微弱な魔力が込められている。
「この迷路は、主以外を完全に拒絶するだろう…賢い植物たちだ。迷い込んだ者たちは、永遠にここへたどり着けないだろうな。」
ルーナがどこか冷徹なまでに感心したように呟いた。レイの無自覚な力は、森の植物たちを、彼の「秘密基地を守る兵士」へと変貌させていたのだ。彼らはレイに好かれたくて、勝手にお節介を焼いているのである。
そんな秘密基地で、ゴーレムは新しい「お仕事」に精を出していた。レイは以前ゴーレムの心の声で聞いた「背中のネジが緩む」「サービス残業は嫌だ」という希望を考慮し、ゴーレムとお友達として接し、新たな「労働環境改善計画」を実行していた。
「ゴーレムさん、無理しなくていいからね!疲れたらすぐ休んでいいよ!お菓子作りの歌も、いつでも歌ってあげるからね!」
レイがそう声をかけると、ゴーレムはゆっくりと頷き、背中のネジをキュッと締める仕草をした。ゴーレムにとって、レイの無邪気な歌声は、長きにわたる孤独な番人生活から解放され、初めて心が通じ合う「お友達」と過ごす喜びの象徴だった。彼は森で迷子になった者がいれば、静かに道案内をしてやる。ただし、その道はレイの機嫌を損ねるような輩が近づけば、なぜか遠回りになったり、突然沼地に出たりと、密かに活躍している。そして、時折レイが秘密基地を訪れると、彼のために「うた…」と呟きながら、古代のメロディを奏でるようになった。その音色は、どこか楽しげで、彼が新しい生活を満喫しているのが伺えた。
レイの秘密基地は、もはや単なる遊び場ではなかった。それは、古代の魔法と、レイの無尽蔵な魔力、そして植物やゴーレムといったレイの「お友達」たちの「親心」が融合した、この世で唯一無二の「動く要塞」へと、静かに、そしてカオスに進化を続けていた。
ログハウス上空では、バルドルがその驚くべき変化を目の当たりにして、思わず独りごちた。
「あの救世主様がまた…どこまでこの森を変えるつもりなんだ?知識のじー様が知ったら今度こそあの世行きだな…いや、変えている自覚はないのだろうが…」
その頃、ログハウスの庭では、王都調査団の魔力計測器が異常な数値を示し、団長が頭を抱えていた。
「な、なんだこの魔力反応は…森の奥から、何かとてつもないものが生まれているぞ!しかも、妙に居心地が良さそうな…なぜか、我々が調査しようとすると、必ず道に迷うのだが…まさか、救世主様がまた何か…」
ヴァルドは、調査団の慌てふためく様子を横目に、静かに胃薬をもう一錠口に放り込んだ。「救世主様がまた何か…その『何か』が一番恐ろしいんだがな…」と心の中で付け加えた。




