第58話:遺跡の奥で大暴れ!うっかりお宝発見王レイ?!
王都からの調査団がログハウスで盛大に胃痛を患っている頃、レイはいつものように森を探索していた。セイリオス先生との特訓で従魔たちとの繋がりが深まり、植物たちの声もはっきりと聞こえるようになったレイは、森の奥から奇妙な魔力を感じ取っていた。それは、どこか懐かしく、そして同時に好奇心をくすぐる波動と、微かな「変な匂い」だった。
「ねぇ、シャドウ、あっちからなんかへんなにおいがするよ!行ってみよう!お宝の匂いがする!」
レイが指さす先には、古くから森に隠されていたと思しき、蔦に覆われた巨大な石の建造物が見えていた。それは、滅びた古代文明の遺跡の一部だろう。ヴァルドはレイに「森の奥には行かないこと」と厳しく言いつけていたが、好奇心旺盛なレイの耳には届いていない。シャドウは小さく鼻を鳴らし、ミルはレイの肩でぴょんぴょんと跳ね、ルーナは静かにレイの隣に寄り添う。バルドルは上空を旋回しながら、その様子を見守っていた。
遺跡の入り口は、まるで巨大な口を開けたように広がっていた。中は薄暗く、ひんやりとした空気が流れている。足元には、古代の文字が刻まれた石板が転がり、壁には見慣れない絵が描かれている。
「わー、すごいねここ!秘密基地みたい!」
レイは目を輝かせながら、足を踏み入れた。しかし、ここはただの秘密基地ではない。古代の魔術師が残した、強力な罠や番人が待ち構える危険な場所だ。
レイが最初の通路に足を踏み入れると、突然、天井から鋭い石の槍が何本も降ってきた。古代の罠だ。普通なら即死級の攻撃だが、レイは全く気づいていない。
「お坊ちゃま、上ですわ!」
その時、壁を這う巨大な蔦が意思を持ったかのように伸び、レイの頭上に傘を作るように広がった。レイの大地の祝福に感応した植物が、彼を守ろうと自ら動いたのだ。石の槍は蔦に当たり、まるで枯れ葉のようにボロボロと崩れ落ちた。
「わー!蔦さん、ありがとう!雨、降らなかったね!」
レイは無邪気に蔦に話しかけ、次の部屋へと進んでいく。シャドウは呆れたように鼻を鳴らし、ミルは「ぴぃ…」と小さく震えた。ルーナはレイの無自覚な力に、もはや驚くことすら諦めたような表情をしていた。
さらに奥へと進むと、巨大なゴーレムが道を塞いでいた。遺跡の番人だ。鈍い光を放つその瞳は、侵入者を排除するために起動したばかりのようだ。
「あれー?大きなロボットだ!動いてる!バルドルより大きいね!」
レイはゴーレムに駆け寄ろうとする。ヴァルドが聞いたら胃を抱えるほどの危機的状況だが、レイは遊び相手と勘違いしている。ゴーレムはゆっくりと腕を振り上げ、レイに攻撃を仕掛けようとした。
その瞬間、シャドウがレイの前に飛び出し、ゴーレムの足元に滑り込んだ。そして、金色の目でゴーレムの「心」を読み始めた。
(ああ…また侵入者か…もう定時過ぎてるんだけどな…今日で起動したのは何回目だっけ…休みたい…あと、背中のネジがちょっと緩んでるんだよなぁ…この世界、サービス残業多すぎだろ…)
シャドウは、ゴーレムの意外な「本音」に思わずピタリと動きを止めた。ゴーレムは見た目に反して、まるで過労死寸前の社畜のような心の声を発していたのだ。
「シャドウ、どうしたの?ロボットさん、遊んでくれないの?」
レイが首をかしげると、シャドウはため息をついた。
「…主よ。このロボットは、疲れているらしい。それに、背中のネジが緩んでいると、動きたくないそうだ。まさかゴーレムにもブラック企業が存在するとは…」
レイは目を丸くした。「えー!ネジが緩んでるの?じゃあ、直してあげよう!」
レイは無邪気にゴーレムの背中へと回り込み、ネジをキュッと締めてやった。すると、ゴーレムは突然、ブルブルと震えだし、その体の表面から、微かな光が漏れ出した。そして、まるで「ありがとう…解き放たれた…」とでも言うかのように、その場にぺたりと座り込んだ。番人としての役目を放棄し、安らかに眠りについたようだ。
「あれ?直したら座っちゃった!もっと休みたいのかな?」レイは首をかしげる。
その時、ゴーレムが座り込んだことで、隠されていた足元の床がわずかに沈み込んだ。ミルがレイの肩から勢いよく飛び降りた拍子に、その沈み込んだ床に足を取られ、ドジを踏んで転んでしまう。
「ぴ、ぴぃ…!」
ミルが転んだ場所には、隠し扉があった。ミルの体が偶然、特定のスイッチを押したのだ。隠し扉がゆっくりと開き、奥からひんやりとした空気が流れ込んできた。
隠し扉の奥には、広い空間が広がっていた。空間の中央には、見たこともない複雑な文様が刻まれた金属製の板が浮遊している。その周囲には、様々な魔力の光を放つ宝物的な魔道具が並べられ、さらに奥の壁には、膨大な情報がびっしりと記された分厚い古文書が収められた棚があった。そして、レイが感じていた「変な匂い」は、この空間の奥、古文書棚のさらに奥から微かに漂ってきているようだった。
「わー!なんか色々あるよ!ミル、すごいね、見つけてくれたの?」
レイは目を輝かせ、まず金属製の板に興味津々で触れた。すると、板はまるで魔法の鏡のように、森の地図や、遠くの街の様子、さらには王都の地形までを立体的に表示し始めた。その詳細さは、ヴァルドが使っている地図とは比べ物にならないほどだ。
「これ、森の中を歩くのに、すっごく便利だね!じぃじが胃薬買いに行くお店もわかるかな?シャドウ、見て見て!」
レイの言葉に、シャドウは「これは…失われた時代の導きの魔道具か。王都の通信魔法陣よりも精度が高いかもしれん…これを軍事利用すれば…いや、レイにはただの便利ツールか」と小さく呟いた。これは、現代の魔術では再現できない、失われた技術の結晶だった。レイはこれを「森のGoogleマップ」と呼ぶことにした。
次にレイは、古文書棚へと向かった。棚には埃をかぶった古文書がぎっしり詰まっており、その中には「失われた魔法」「魔道具の真髄」「異世界の技術」「お菓子の作り方、ただし幻の食材限定」「ゴーレムの労働環境改善マニュアル」といった、興味をそそるようなタイトルが並んでいる。レイは、その古文書たちから漂う「もっと読んでほしい!」という熱い波動を感じ取っていた。
そして、古文書棚の奥に、レイが感じていた「変な匂い」の元があった。それは、黒い小さな箱だった。箱からは、確かに嗅いだことのない、しかしレイにとってはなぜか安心するような、甘くて香ばしい匂いが漂っている。レイは期待に胸を膨らませて箱を開けた。
箱の中には、手のひらサイズの茶色い塊が入っていた。形は不揃いで、見た目はあまり良くない。しかし、その塊からは、レイが心から愛する「おやつの匂い」がしたのだ。
「わー!これ、おやつだ!美味しい匂いがする!」
レイは嬉しそうにその茶色い塊を手に取った。それは、古代の魔術師が非常食として残した、超高カロリーの栄養食であり、とてつもなく甘い匂いの元だったのだ。しかし、レイにとっては、まさに究極のお宝だった。シャドウは「…結局、おやつか…」と呆れたような、それでいてどこか納得したような表情で呟いた。
その頃、ログハウスで報告を受けていた調査団は、突然の地面の揺れと、遠くで発生した大規模な魔力変動に顔色を変えていた。
「な、なんだ?!この魔力の揺らぎは?!先ほどの浄化反応と酷似しているぞ!まさか、救世主様がまた何か…?!」
団長が叫ぶ。ヴァルドは静かに天を仰ぎ、胃を鷲掴みにされた。
「……レイが、また何かやらかしたな…」
ログハウスの庭では、今日もまた、レイの無自覚なチート能力が世界を揺るがし、大人たちの胃痛を加速させていくのだった。ヴァルドの胃薬は、もはや消耗品だ。




