第56話:植物たちのささやきと、賢梟先生の野望!
セイリオス先生の特訓が続く中、レイの「従魔との魂の繋がりを深める術」は着実に進歩していた。アルヴィン宰相の従魔たちの胃の痛みや秘書官への怨念まで感じ取れるようになったレイの感性は、もはや常識の範疇を越えている。そんなある日の午後、レイは庭でミリアが丹精込めて育てているハーブや野菜たちに水をやっていた。ヴァルドは「レイが庭仕事をしている間は、ログハウスが壊れる心配はない」と、胃を休ませる貴重な時間としていた。
レイがじょうろの水をまくと、ハーブの葉がそよぎ、まるで感謝しているかのように揺れた。すると、レイの頭の中に、微かな声が響いてきた。
「あー、喉渇いたー!もっとちょうだい!」
「うん、ここ、もう少し水が欲しいな!」
最初は気のせいかと思ったレイだが、よく耳を澄ますと、それは紛れもなく植物たちの声だった。彼らは、水を欲しがったり、日当たりについて愚痴をこぼしたり、時には隣の野菜の育ち具合を褒めたりと、人間と変わらないような会話を交わしていたのだ。
「え?植物さんたち、お話してるの?」
レイが驚いて声を上げると、庭の隅に生えていた小さな苔が、まるで「しーっ!」とでも言うかのように、わずかに葉を揺らした。
「今日の王都は霧がすごかったよ。遠くの山の木が言ってた」と、庭の奥にある古木が大きく枝を揺らして呟いた。
「この前、北の森で変なキノコが生えたって、土の中の友達が教えてくれたよ」と、地面を這うツタがささやく。
レイは、植物たちが持つ広大な「情報網」に驚きと興奮を隠せない。彼らは、根を張り、茎を伸ばし、土や風、虫たちを通じて、世界中の様々な出来事を「見て」「聞いて」いたのだ。まるで、巨大な生きたデータベースだ。レイは、植物たちのささやきに耳を傾けながら、彼らの世話をすることに夢中になった。王都の政治情勢から、森の奥の熊の夫婦喧嘩まで、あらゆる情報がレイの頭の中に入ってくる。
その様子を、セイリオスは満足げに観察していた。彼の目は、レイが持つ「大地の祝福」が、彼が思っていた以上に深い能力であることを捉えていた。
「ふむ、レイ。お主の『大地の祝福』は、もはや精霊との交信レベルに達しておるな。植物たちの『心の声』まで聞き取るとは、恐るべし!」
セイリオスは、レイの横にぴょんと飛び乗ると、鋭い視線を庭の植物たちに向けた。彼の頭の中で、何やら壮大な計画が動き出しているようだった。
「レイ、この植物たちを、我がログハウス図書室の新たな『新図書室係』にスカウトしようではないか!」
セイリオスの突拍子もない提案に、レイは目を丸くする。
「しんとしょしつがかり?」
「うむ!彼らは世界中の情報を知っておる。ならば、彼らの知識を図書室の蔵書として取り込めば、図書室の価値は飛躍的に高まるじゃろう!例えば、遠い国の気候変動や、珍しい薬草の育成方法、過去の歴史の真実まで、何でも質問できる図書館になるのだ!」
セイリオスの発想は、まさに賢梟らしいものだった。植物たちの知恵を、自身の研究と知識欲を満たすために利用しようと企んでいるのだ。
ヴァルドは、遠くからその会話を聞きつけ、慌てて庭に駆け寄ってきた。
「セイリオス先生!まさか、本当に植物を『図書室係』に?それに、植物の情報網ですか…それって、王都からの調査団が来ることも、事前にわかるってことですか?」
ヴァルドの問いに、セイリオスは得意げに羽根を広げ、ふふん、と鼻を鳴らした。
「その通りじゃ、ヴァルド。わしはな、この特訓で、レイの能力を『世界の目』として活用しようと考えておったのじゃ。さて、レイよ。もし、このログハウスに、あまり歓迎できない客が来そうになったら、植物たちが教えてくれるじゃろうな?」
セイリオスはレイに問いかけた。レイは植物たちの声に耳を傾け、数秒考え込んだ後、満面の笑みで頷いた。
「うん!王都から、なんか固い服を着た人がたくさん来るって、庭のバラさんが言ってるよ!えーっと、あと二日後くらいに、大きな鳥に乗って来るんだって!」
レイの言葉に、ヴァルドは思わず膝から崩れ落ちた。植物の情報網は、想像をはるかに超えるものだった。そして、その情報は、王都からの調査団の訪問を正確に示していた。
「まさか、本当にそこまで分かるとは……」ヴァルドは、アルヴィン宰相とセイリオス先生の恐るべき計画に、胃を鷲掴みにされたような感覚に陥った。宰相はレイの能力を制御したいと言っていたが、どう考えてもこれは、新たな騒動の予感しかしない。
ログハウスでは、レイの無邪気な力と、賢梟先生の野望、そしてそれらに振り回される大人たちの、賑やかで胃が痛い日々が、今日もまた続いていくのだった。ヴァルドはすでに胃薬を常備することにした。




