第54話:賢梟先生の特訓計画、発動!…そして、じぃじの密かな野望
アルヴィン宰相の突撃訪問と、その裏で交わされた「レイの無自覚チート能力を、なんとか従魔で補ってもらおう大作戦」の密談。その日の夜、ログハウスの暖炉では、フラムがパチパチと音を立てながら、ヴァルドとミリアが小さく頭を抱えていた。レイは、いつものようにシャドウの上ですやすやと寝息を立てている。その寝顔は、まるで天使のようだ。
「父上、まさかレイに『従魔との魂の繋がりを深める術』を学ばせるとは……しかも、セイリオス先生に頼むなんてねぇ。一体、どんな地獄の特訓になることやら…」
ヴァルドが困惑した表情で呟いた。ミリアも同意するようにそっと頷く。
「セイリオス先生の授業は、いつも頭を使うからねぇ。レイ、大丈夫かしら?私でもついていけないのに…」
賢梟のセイリオスは、そんな親の心配をよそに、暖炉のそばで羽毛を整えながら、ふむ、と深く頷いた。
「何を心配しておる、ヴァルド、ミリア。レイの才は、このわしが保証する。それに、これはレイにとっても良い刺激となるじゃろう。何せ、己の能力を最大限に引き出すための、わしが編み出した究極の特訓じゃからな!胃袋が悲鳴を上げても、精神力で乗り越えさせる!」
セイリオスは、どこか得意げに胸を張る。その言葉に、ヴァルドは思わず身構えた。セイリオス先生の「究極」は、往々にして常識の範疇を越えることが多いのだ。彼の胃が、またキリキリと痛み始めた。
翌朝、ログハウスの図書室は、いつもとは違う(ほんの少しだけ)緊張感に包まれていた。レイの特別授業の始まりだ。
「レイ。今日からお主には、従魔たちとの魂の繋がりをさらに深める術を教える。これは、彼らの真の力を引き出し、お主自身の力を高めることにも繋がるじゃろう。世界をうっかり破壊しないためにな。」
セイリオスは、分厚い古文書をバサッと広げ、眼鏡の奥の目をキラリと光らせた。その威厳ある姿に、レイは期待に胸を膨らませ、目を輝かせる。
「わーい!シャドウやミルと、もっと仲良くなれるの?おやつも増えるかな?」
「その通りじゃ!まずは、己の魔力を澄ませ、従魔たちの波動を感じ取る練習から始めるぞ。彼らが何を欲し、何を考えているのか、言葉なしに理解できるようになるのじゃ!究極のテレパシーじゃな!」
セイリオスは、レイに瞑想の姿勢を取らせ、ゆっくりと呼吸を整えるよう促した。レイは素直に目を閉じ、集中し始める。シャドウはレイの隣で香箱座りをし、ミルはレイの肩にちょこんと止まり、ルーナは静かにその様子を見守っていた。バルドルは天井から見下ろしている。
最初は何も感じられなかったレイだが、セイリオスの「もっとおやつのことを考えろ」「好きな食べ物のことを思い浮かべるんじゃ!特に、ミリアが作ったあの絶品ローストチキンを!」という、一見魔法とは関係なさそうな、しかしレイにとっては効果抜群の助言により、次第に変化が起こり始めた。
レイの周りにいる従魔たちが、それぞれ固有の波動を放ち始める。その波動を感じ取ると、レイの脳裏に、色鮮やかな光の糸が絡み合うように、それぞれの従魔たちの「食」への熱い思いが流れ込んできたのだ。
「シャドウは、夜中にこっそり冷蔵庫のプリンが食べたいって言ってる!僕のプリンなのに!」
レイが目を開けて言うと、シャドウは金色の目を少しだけ大きく見開き、小さく尻尾を振った。まるで「よくぞ気づいた!さすが主だ!」と言わんばかりだ。
「ミルは、僕が作った甘い果物のお菓子を、もっとたくさん食べたいって!毎日食べたいって!」
ミルは「ヒュンヒュン!」と喜びの声を上げ、レイの周りをクルクルと飛び回った。
「ルーナは、僕が作る新しいお料理、全部食べてみたいって!フルコースで!」
ルーナはレイの頬に鼻先をそっと擦り寄せ、深い青い瞳を優しく細めた。その瞳には、確かに食欲の光が宿っている。
セイリオスは、レイの驚くべき進歩に、感嘆の息を漏らした。
「なんと……これほど早く感じ取るとは。やはり、レイの才は底知れぬ。食への執着が、ここまで才能を開花させるとはな……まさに食欲は偉大な力じゃ!」
セイリオスは、自身の新たな発見に興奮し、羽根を逆立てた。もしかしたら、この特訓は想像以上に面白いことになるかもしれない、と密かにほくそ笑んだ。
その日の午後、庭でレイが従魔たちとの波動の同調を試みていると、そこに意外な訪問者が再び現れた。眩い転移の光が弾け、現れたのは、宰相アルヴィンその人だ。彼の背後からは、まだ秘書官の悲鳴が聞こえてきそうな勢いだ。
「おや?セイリオス先生、レイ!特訓の具合はどうじゃ?おやつの時間はまだかの?」
アルヴィンは、仕事着のまま現れた。その手には、王都の高級菓子店で買ったであろう、見た目も華やかなお菓子の箱がしっかりと抱えられている。その箱からは、甘い香りが漂ってくる。
「じぃじ!また来てくれたの?お菓子持ってる!」
レイは、またしても現れたじぃじに大喜びだ。セイリオスは、アルヴィンのあまりの頻繁な訪問に、呆れ顔で金縁の眼鏡を押し上げた。
「アルヴィン殿、お主、また職務を放り出して来たのか?王都の書類の山は、どうなったのじゃ?また秘書官が胃薬を飲んでいるぞ。」
アルヴィンは、セイリオスの小言を右から左へ受け流す。
「何を言うか、セイリオス先生。これもまた、レイの様子を視察するという、宰相としての重要な職務だ。それに、レイの特訓には、最高の環境と、最高の激励が必要だろう?特に、甘いものは集中力アップに繋がるからの。」
そう言って、アルヴィンはレイにお菓子を差し出した。レイの目がキラキラと輝く。アルヴィンの狙いは、レイの特訓へのモチベーションアップと、同時に自分の癒しを求めるという、まさに一石二鳥の野望だったのだ。もちろん、美味しいお菓子が食べたいという本音も隠せない。
セイリオスは、額に手を当てて深くため息をついた。
「ふむ……わかった。ならば、アルヴィン殿も特訓に加わるが良い。お主の従魔たち、フェネック、スズメフクロウ、ピグミーメガネザル、ナキウサギにも、レイの波動を感じ取らせる練習台になってもらうとしよう。これも宰相としての重要な職務じゃぞ?」
アルヴィンは、まさか自分まで特訓に巻き込まれるとは思わず、思わず固まった。彼の顔に、「え、マジで?!」という驚きの表情が浮かぶ。しかし、レイのキラキラした瞳と、従魔たちの期待のこもった視線に、断ることはできない。特に、お菓子を期待するレイの眼差しは強力だ。
ログハウスの庭では、今日もまた、レイの無自覚なチート能力と、それに振り回される大人たちの、賑やかで楽しい日々が続いていくのだった。そして、アルヴィンの胃痛も、着実に進行していく。