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第51話:賢梟先生の教えと、まさかの「うっかり神殺し」

 前日の世界を揺るがす騒動から一夜明け、ログハウスには再び穏やかな朝が訪れていた。ヴァルドは、レイの規格外な能力をどうにかこうにか正しい方向に導き、その安全を守るため、改めて覚悟を決めていたのだ。「胃薬、多めに買っておこう…いや、もう胃袋を鋼鉄製に改造してもらおうか…」そんな決意が、彼の瞳に宿っていた。

 午前中、レイは賢梟のセイリオス先生の座学を受けていた。図書室の奥で、セイリオス先生はいつもより真剣な表情で、魔導の基本と応用を教えていた。レイは賢い子なので、新しい知識をスポンジのようにぐんぐん吸収していたのだ。しかし、その知識がどんなとんでもないことに繋がるのか、誰も想像すらしていなかった。まさか、世界を救うことになるとは。

「レイ、魔力を操るには、まず己の体と心、そして世界の理を理解せねばならぬ。焦る必要はないが、常に意識を高く持つことじゃ。くれぐれも、世界を壊すような真似はせぬようにな。特に、うっかりとか言って破壊しないように。」

 セイリオス先生はそう言って、レイの小さな頭を優しく撫でた。レイは素直に頷いていた。その笑顔は、未来に起こるであろう大騒動を知る由もなかったのだ。彼はただ、「早く座学終わらないかなー」とでも考えているようだった。


 弓と矢と、とんでもない「的に当たらない」事件!

 昼食を終え、レイは庭に出た。今日のセイリオス先生の授業はいつもより頭を使ったようで、少し気分転換がしたかったらしかった。昨日、無意識に放ってしまった派手な魔法のことは、レイの頭の中にはもうほとんど残っていなかったのだ。まさに「喉元過ぎれば熱さ忘れる」状態だった。なんなら、今朝食べたパンの味すら曖昧だった。そんなレイの前に、シャドウ、ミル、バルドル、そしてルーナがやってきた。

「レイ、遊ぼうぜ!ねぇねぇ、何するのー?!」ミルは勢いよくレイに飛びつき、彼の体に張り付こうとピョンピョン跳ねていた。その姿は、まるで「僕も遊んで!」と全身で訴えているようだった。レイの腕にしがみつき、離れようとしない。

 シャドウは一歩離れた場所で金色の目を細め、気まぐれな猫のようにレイの様子を観察していた。「さて、今日の主は、何を面白いことをしでかすのやら…今度こそ、我を驚かせてくれるだろうか?」そんな感情が、その瞳に宿っているようだった。彼は既に、レイがただ者ではないことを悟っていた。

 バルドルはレイの頭上をくるりと旋回すると、少し離れた木の枝に止まり、「おーい、坊主。次はどんな面白いことするんだ?もしかして、空飛ぶほうきでも出すのか?!」とばかりに目を輝かせて見下ろしていた。彼の顔には、次なるハプニングへの期待が満ち溢れていたのだ。

 ルーナは深い青い瞳でレイを見つめ、清廉な精獣らしく静かに彼の傍らに寄り添っていた。その優雅な姿は、まるでレイを守護する騎士のようだった。だが、その心の中では「また何かが起こる予感がする…」と、どこか緊張していた。

「うーん、魔法はしばらくお預けかなぁ。そういえば、弓の練習、やってみたかったんだよなぁ!やっぱり男の子は弓矢だよね!」

 レイはそう呟くと、ログハウスの奥にある弓と矢筒を引っ張り出してきた。ミルは興味津々といった様子でレイの足元をちょこまかと走り回り、弓に手を伸ばそうとしていた。

「ミル、触っちゃダメだよ。危ないからね!指がなくなっちゃうかもしれないから!」レイは優しく諭した。その声は、まるで小さな親のようだった。ミルは不満そうに「ぶー」と鼻を鳴らした。

 シャドウは「弓、か。面白いことを考えるものだ。まさか、あの子供が弓を…」と小さく鼻を鳴らした。バルドルは枝の上で首を傾げ、レイの動きを面白そうに眺めている。ルーナは優雅な羽根の生えた背中でレイの背後を護るように構え、彼の一挙手一投足に注意を払っていた。裏山にある木を的に見立て、レイは弓を構えた。正しい構え方など知らない。見よう見まねで弦を引き、矢を放つ。その動作はたどたどしいが、不思議と安定していたのだ。まるで、弓がレイの意志に呼応しているかのようだった。「これで僕も、伝説の弓使いだ!」とレイは胸を張った。

 シュッ、と放たれた矢は、真っ直ぐに的へと向かって飛んでいく……かと思われたその時、空の誰も気づかないような場所に、微かな空間の歪みが現れたのだった。それは、長い眠りから覚め、この世界に這い出ようとしていた邪神の眷属が蠢く兆しだった。空間の歪みは一瞬だけ、微かに邪悪な光を放っていた。まるで、「フハハハハ、我は今、蘇るのだ!この世界を我が支配下に…ぐはっ?!」とでも言いたげに。

 その光を、レイの放った矢が偶然にも、しかし狙い澄まされたかのように真っ直ぐに貫いたのだ。

「え?あれ?的じゃないところに飛んでっちゃった…」

 レイは、矢が的に当たらず、妙な光の中に消えたことに首を傾げていた。次の瞬間、空間の歪みはチリチリと音を立てながら収縮し、まるで存在しなかったかのように跡形もなく消滅したのだ。その場所から、澱んだ邪悪な気配が完全に払拭され、澄んだ空気が満ちた。まるで、「しまったー!やられたー!まさか、こんな子供の矢に…!」という邪神の眷属の断末魔が聞こえてきそうだった。

「……信じられん」ルーナが静かに呟いた。その異変に反応するようにわずかに体を震わせたが、すぐに普段の落ち着きを取り戻し、レイを見つめていた。その瞳には、驚きと、ほんの少しの畏怖が混じっていたのだ。「まさか、本当に『神殺し』の素質があるとは…」と、彼は内心で呟いていた。

 シャドウは金色の目を大きく見開き、「……またか。この主は、本当にどこまで規格外なのだ。もはや驚くのも疲れる…」と呆れにも似た感情を言葉にしていた。彼の心の中では、「もう驚くのはやめよう。これが日常だ」と強く誓ったに違いなかった。そして、小さくため息をついた。

 バルドルは枝の上から身を乗り出すようにしてその一部始終を見ており、「おいおい、冗談だろ坊主!?とんでもねえことしでかしやがったな!これで世界が平和になるのか?!」と、空気を震わせるほどの大声で叫んだ。彼の声は、歓声にも悲鳴にも聞こえたのだった。

「当たんなかったかー。でも、変な光が消えたぞ!やったー!」

 レイは、的を外したことよりも、謎の光が消えたことに僅かな達成感を覚えたのか、目をキラキラさせて頷いた。ミルは「すごいすごい!」とレイの周りをクルクルと飛び回り、背中に張り付こうと飛び跳ねていた。ルーナはレイの無邪気な表情を見つめながら、その途方もない力を再確認していたのだ。「これは、まさに神様の悪戯だ…」


 ▪️王都の騒乱:再びの緊急会議、今度は「神に感謝?!」

 その頃、王都では再び大騒ぎとなっていた。先の魔力変動の調査が進む中、突如として観測された邪悪な魔力、そしてそれが瞬時に「浄化」されたという報告に、宰相アルヴィンをはじめとする要人たちは、顔色をさらに悪くしていたのだった。彼らの顔は、もはや青を通り越して真っ白だ。

 緊急会議が再開される。宰相アルヴィンは眉間に深い皺を寄せ、重々しい口調で問いかけた。彼の額には、新たな胃痛の兆候が見て取れた。

「ギルド長、王宮魔術師団長。今しがたの魔力反応、一体何事だ?!今度は何が起こったのだ?!まさか、儂のランチがまた消えたのか?!」

 王宮魔術師団長は震える声で答える。

「宰相閣下。間違いなく、邪神の眷属による空間の歪みでした。その魔力は、かつて文献で記されたそれと酷似しており、この世界の存在ではないかと……しかし、発現と同時に、何者かの手によって完全に『浄化』されました!まるで、一撃で消し去られたかのようです!まさか、神様が降臨したとでも言うのでしょうか?!」

 ギルド長であるヴァルドは、受け取った報告書を震える手で読み上げていた。彼の視線は、なぜか遠いログハウスの方向を向いている気がした。

「各地からの報告も同様です。邪悪な魔力を感知した直後、まるで何かに撃ち抜かれたかのように、その存在が霧散したと。信じがたいことですが、間違いなくこの世界が、神域の危機に瀕し、そして奇跡的に救われた瞬間かと……。もしかしたら、新しい神様が生まれたのかもしれません!」

 騎士団長は、顔を青くして絞り出すように言った。彼の顔には、「もう無理…」と書いてある。

「まさか、これが先の魔力変動と関係があるのか……何者かが、邪神の目覚めを察知し、とんでもない力で未然に防いでくれたとでも言うのか?一体、我々は何に感謝すればいいのだ?!」

 会議室には、驚きと畏怖、そして一抹の安堵が入り混じった空気が満ちていた。誰もが、何が起こったのかを正確に理解できず、ただ「何者かが神域の危機を救った」という、都合の良い結論に至るしかなかったのだ。彼らの頭の中では、「ありがとう、謎の救世主!」という感謝の言葉がリフレインしていた。

 宰相アルヴィンは、深く息を吐いた。彼の頭の中では、すでに一つの可能性が、確信へと変わりつつあったのだ。胃薬を噛み砕く音が聞こえそうだ。

「先の未曽有の魔力変動は、邪神の復活の予兆だったのかもな……そして、その動きを察知した何者かが、うっかり危機を救ってくれたということか。まさか、孫が世界を救うとは…」

 会議は、神に感謝し、その救い主を探す方向で、とりあえずは進められることになった。しかし、誰もがその救い主が、ログハウスの庭で弓矢の練習をしている子供だとは、夢にも思わなかった。


 父子の深いため息:また、お前か…

 緊急会議が終わり、宰相アルヴィンは、そのまま執務室に残ったヴァルドを呼び止めた。彼の顔は、まるで巨大なパズルを解き明かそうとしているかのようだ。

「ヴァルドよ。先ほどの件だが……お前は、どう思う?正直に言ってみろ。まさか、また…?」

 アルヴィンの問いに、ヴァルドは深いため息を吐いた。その顔には、諦めと、どこか困り果てたような、まさに「もう、笑うしかない。僕のライフはゼロよ!」といった表情が浮かんでいた。

「父上……あの邪悪な気配が消滅した直後、かすかに、あの清々しい魔力の残滓を感じました。それは、レイの魔法の気配と酷似しています。間違いありません、あれはレイの仕業です…」

 ヴァルドの言葉に、アルヴィンの眉がピクリと動いた。

「まさか……いや、だが、あの羅針盤も、同じ魔力の残滓を示していた。そして、あの光の矢のような消滅の仕方……うっかり神殺し、とでも言うのか…」

 アルヴィンは言葉を失い、ヴァルドと顔を見合わせた。二人の間には、説明のつかない、しかし確信にも近い「また、あいつか。とんでもない孫が生まれたもんだ…」という共通認識が生まれたのだ。彼らの脳裏には、すでに世界がレイによってうっかり滅びる未来図が描かれていた。

「ログハウスに帰ったら、庭の裏山にでも行って、何か変わったことがないか見てみますよ。あの子のことですから、何か面白いことをしていた可能性も……今度は何を巻き込んだのやら。次は何を『うっかり』するのか、私も楽しみです…胃が痛いけど。」

 ヴァルドがそう言うと、アルヴィンはもう一度、深々とため息を吐いた。

「そうか……。わがユングリング家は、本当に規格外の血筋だな……いやはや、胃が痛い…。この分だと、世界平和どころか、胃袋平和も遠いな…。」

 二人の間に、苦笑にも似た静寂が訪れる。世界がざわつき、神域の危機が救われたと大騒ぎになっていることなど、ログハウスで裏山できのこ狩りに夢中になっているレイは、知る由もないのだった。彼は今頃、「今日の的は、ちょっと小さすぎたかな?」とでも考えていることだろう。

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