第44話:ヴァルドの衝撃と緊急家族会議
その日の夜、父のヴァルドが冒険から帰宅した。レイが作ったばかりの冷たいおやつを前に、テーブルには熱い紅茶が湯気を立てている。
「父さん、これ、僕が作ったんだ!」
レイは目を輝かせながら、ベリーの氷菓とミルクの冷菓をヴァルドの前に差し出した。ヴァルドは普段、どんな魔物と対峙しても表情一つ変えないが、レイの作ったおやつにはさすがに驚いた。その顔は、まるで初めて見る巨大な魔物と対峙したかのように、わずかに引きつっている。
「ほう、これはまた……。プリンに続いて、新しいものを作ったのか。」
ヴァルドは興味深そうにまずベリーの氷菓を一口。口に入れた瞬間、その剛健な顔がわずかに強張る。甘酸っぱい果実の味が口いっぱいに広がり、キンと冷たい感触が火照った体に染み渡る。ヴァルドの目が見開かれ、普段は閉じられている感情の扉が、音を立てて開くのが見えた。
「……美味い。」
短い一言だったが、その声には確かな驚きと称賛が込められていた。次に、ヴァルドはミルクの冷菓を口にした。とろけるような滑らかさ、凝縮されたミルクの濃厚な甘みが、静かに、しかし鮮烈にヴァルドの舌を魅了する。彼の脳裏には、今まで食べたことのない、未体験の「甘味の衝撃」が走った。
「これは……いったいどうやって作ったんだ、レイ?」
ヴァルドの問いに、レイは得意げに答えた。その顔は、まるで褒められた子犬のようだ。
「錬金術を使ったんだよ!ブモのミルクをね、もっと美味しくなるように変えてみたんだ! すごいでしょ、父さん!」
レイの言葉に、ヴァルドは深く頷いた。彼の息子が持つ能力の深さに、改めて驚きを感じた。単なる料理の腕ではなく、それは世界の理すらねじ伏せるような、とてつもない可能性を秘めているように思えた。ヴァルドの脳内には、レイの才能が「危険物」と書かれた標識と共に点滅し始めていた。
レイが寝た後、屋敷の奥にある書斎では、ヴァルドとミリア、そしてセイリオスとバルドルが、静かに、しかし真剣な面持ちでテーブルを囲んでいた。セイリオスは紅茶を、バルドルは珍しく神妙な顔で水を飲んでいる。普段は冗談ばかりのバルドルも、この時ばかりは口を真一文字に結んでいた。
「改めてだが、レイのあの冷たいおやつは……どう考えても常識外だ。私がこれまで経験した、いかなる料理とも菓子とも異なる。」
ヴァルドが重々しく口を開いた。ミリアも同意するように頷く。
「ええ、ヴァルド。あのミルクの冷菓なんて、この世界の技術では考えられないわ。錬金術を使っているとはいえ、あの子の能力は本当に計り知れない……。まるで、神が作ったお菓子みたいだもの。」
「ふむ、レイの天賦の才が、いよいよもって表に出てきたというわけだ。これは、いずれ歴史に名を刻むかもしれんな。」
セイリオスが涼しい顔で紅茶を一口啜った。その表情は、まるで他人事のようだ。バルドルが呆れたようにツッコミを入れる。
「ジジィは相変わらず呑気だな!こんなものが世に出たら、一体どうなるか分かってるのか?! 下手をすれば、世界中がひっくり返るぞ!」
「わかっておる。故に、こうして秘密の会議を開いておるのだろう? まさか、お主はその場で叫び出すつもりだったのか?」
セイリオスの言葉に、ヴァルドは大きくため息をついた。
「問題はそこだ。この味が世間に知れたら、間違いなく母さんの実家……大商会が黙っていない。特に祖父上だ。レイの能力を商売に利用しようと、きっと色めき立つだろう。あの人の嗅覚は、魔物よりも鋭いからな。」
ミリアも頭を抱える。
「そうよ!あの人は一度決めたら聞かないから、レイがゆっくり過ごせなくなるかもしれないわ!あの子の安全と平穏が何よりも大事なのに……。そうなったら、私は実家に乗り込んででも阻止するわ!」
「うむ。レイの能力は、まだ公にはすべきではない。神の祝福を持つ者が生み出す奇跡の産物となれば、不必要な注目を集めることになるだろう。それは、レイにとって大きな負担となる。」
セイリオスの言葉に、ヴァルドは腕を組んだ。彼の眉間のしわが、さらに深くなる。
「では、当面の間、レイの菓子作りと錬金術のことは、この屋敷だけの秘密とする。絶対に外に漏らしてはならない。たとえ、拷問を受けてもだ。」
バルドルが力強く頷く。
「おう、任せとけ!俺の風の眼はごまかせねぇぞ!誰かが怪しい動きをしたら、すぐに報告してやる! この秘密、俺の墓場まで持っていくぜ!」
「だが、父上への報告はどうする?」
ヴァルドが問いかけると、ミリアは少し考えて言った。
「そうね……お義父様には、レイが最近、料理の腕を上げている、とだけ伝えましょう。それから、ブモのミルクが以前にも増して美味しくなった、とか。具体的な内容には一切触れないで、あくまで『成長報告』として、軽く流すのよ。あの方が勘繰らない程度に、ね。」
「フン、あの宰相殿のことだ。それでどこまで納得するかは分からんがな。鼻は利くからな、あの男は。」
セイリオスが鼻を鳴らしたが、それ以上の異論は出なかった。レイの能力は、まだ家族の誰もがその全貌を理解できず、また安易に利用されるべきではないと、皆が共通の認識を持っていた。この極上のおやつは、今はただ、愛する家族と従魔たちだけの、特別な甘味として、秘密裏に楽しまれることになるだろう。
こうして、レイの規格外な才能は、一時的に家族の間に「内緒」という名の結界を張ることになったのだった。その結界は、いつまで続くのか、誰にも分からなかった。




