第43話:冷たい甘味のさらなる探求
プリン作りの大成功は、レイの「冷たいおやつ」への探求心に、さらなる火をつけた。彼の頭の中では、シャリシャリとした氷菓や、とろけるような凍結乳菓が、色とりどりの花火のように打ち上がっていた。前世の記憶が、この異世界で新たな可能性を見出すたびに、レイの心は躍った。
「母さん、次はね、果物を凍らせたデザートと、もっとこってりしたミルクを凍らせたものが食べたいんだ! 名前は、えっと……『ベリーシャーベット』と『ミルクアイス』かな!」
レイは目を輝かせながら、ミリアに新たなアイデアを語った。ミリアは、レイの突飛な発想にももう驚かない。むしろ、次に何が飛び出すのか、密かに楽しみにしている節があった。
「氷のデザートとミルクを凍らせたもの、ね。どんな材料が必要になるのかしら? また錬金術を使うの?」
「果物なら、甘くて酸っぱいベリー系がいいな。それを潰して、凍らせながら混ぜるんだ。ミルクの方はね、ブモのミルクを使おう!あのミルクは元々濃厚だけど、錬金術を使えば、もっとすごいものができるはずだよ! きっと、みんながびっくりするくらい美味しくなる!」
レイの言葉に、ミリアは頷いた。ブモのミルクは、レイの「大地の祝福」を受けた牧草と、レイが作った甜菜おやつを食べているおかげで、通常のミルクカウよりも格段に上質で、乳脂肪分も豊富だ。レイの錬金術が加われば、未知の領域に踏み込めるかもしれない。それはまるで、美食の錬金術師のようだ。
早速、ゴーレムとポポに、庭のベリーの収穫をお願いした。ゴーレムは大きな体を器用に動かし、まるで繊細な彫刻家のように、枝になったベリーを優しく摘み取る。足元では、ポポが「もふっ!」と鳴きながら土の栄養状態を確認し、適切な場所から収穫を促す。その手際の良い共同作業に、レイは満足げに頷いた。彼らの働きぶりは、もはやプロの農業集団である。
厨房では、レイの指示でフラムが小さな鍋の下で炎を揺らしている。
「フラム、ブモのミルクを温めるから、極弱火でお願いね。焦げ付かないように、ゆっくりと、ゆっくりとだよ。これは、繊細な作業だからね!」
レイが言うと、フラムは「ブォ……」と小さな炎を灯し、鍋の底を優しく炙り始めた。火加減の調整が格段に上達したフラムは、まるでレイの思考を読み取るかのように、繊細な熱を送り続ける。ミルクがゆっくりと温まり、甘く豊かな香りが厨房に満ちていく。フラムの炎は、もはや火の芸術だ。
その間、レイはボウルに収穫したベリーを入れ、軽く潰しながら、錬金術の術式を唱えた。レイの手から透明な魔力の光がベリーを包み込み、鮮やかな果汁がみるみるうちに凝縮されていく。水分が取り除かれ、甘みと酸味が凝縮された濃厚なエキスの完成だ。その光景は、まるで魔法の調理番組を見ているかのようだ。
「よし、次はブモのミルクだよ!」
レイは温まったミルクを別のボウルに移し、そこに再び錬金術の魔力を注ぎ込んだ。ミルクの表面がキラキラと輝き、透明な膜が張っていく。レイは集中して魔力を送り込み、ミルクの中に含まれる脂肪分が分離し、ボウルの底に沈殿していく。これは、砂糖を精製する際の不純物除去と似た原理を応用したものだった。まるで、ミルクから黄金を生み出しているかのようだ。
「よし、これが、一番濃厚な部分だよ!これをさらに錬金術で性質を変化させるんだ! 最高のミルクアイスにするぞ!」
レイは分離された濃厚な脂肪分を丁寧にすくい取り、別の小さな器に入れた。そこに再び魔力を込め、「物質変性」の術式を唱える。脂肪分はゆっくりと、しかし確実に、より滑らかでクリームのような質感へと変化していく。その変化は、見るものを魅了する。
その甘い香りに誘われるように、いつもは図書室にこもっているセイリオスが、ひょこりと顔を出した。彼の目は、もう完全に厨房に釘付けだ。厨房の入り口には、甘いものに目がないシャドウや、元気いっぱいのミル、寡黙なルーナ、さらには畑をちょこまか歩くマンちゃん、水を供給するネクサ、そして監視役のバルドル、提供者であるブモ、さらにふわふわ、そしてポポまでもがソワソワと落ち着かない様子で集まってくる。彼らは、まるで嗅覚に導かれた甘味の亡霊たちのようだ。
「レイ、この濃厚な乳製品の生成には、さらに古の錬金術の記述が役立つやもしれぬぞ。ふむ、ここにある『甘味を極めるための禁断の書』によれば…」
セイリオスは、金縁の丸眼鏡を押し上げながら言った。彼はいつの間にか、古い羊皮紙の巻物を足元に広げている。その巻物からは、何やら怪しげな光が漏れている。
「物質の凝縮だけでなく、より安定させ、口当たりを滑らかにするための『精霊融合の術式』がある。お主の大地の祝福とペンギン精霊の冷気を組み合わせれば、新たな境地に至るだろう。ただし、この術式はあまりにも強力ゆえ、取り扱いには注意が必要だぞ…」
セイリオスの言葉に、レイの瞳が輝く。彼の研究者魂に火がついたようだ。
「すごい!精霊融合!それなら、もっと美味しくなるね! セイリオス、ありがとう!」
レイは、セイリオスが示した術式を頭に刻み込み、練り上げた濃厚な乳製品と凝縮した果汁をそれぞれ陶器製の深皿に入れ、冷蔵室へと運んだ。
「ペンギンさんたち、お願いね!これを冷やしながら、さっきの棒で混ぜてほしいんだ!特にこっちは、セイリオスが教えてくれた術式を使うから、冷気を最大限に集中させて、そして、時々僕の魔力を流し込むから、合わせてね! 最高のデザートを作るんだ!」
レイの言葉に、ペンギン精霊たちは「ブエッ!ブエッ!」と元気よく返事をした。彼らは冷気を放ちながら、レイが用意した小さな棒で凍り始めた液体をかき混ぜ始める。レイは定期的に魔力を送り込み、ペンギン精霊たちの放つ冷気と術式が融合していく。シャリシャリとした氷菓は、みるみるうちに滑らかな舌触りになり、ミルクの冷菓は、驚くほどきめ細やかな口どけに変わっていく。まるで、精霊たちが踊りながらデザートを作っているかのようだ。
しばらくして、二種類の冷たいおやつはキンキンに冷えた状態になった。レイは待ちきれずに深皿から切り分け、まずはベリーの氷菓を一口。
「んん〜っ!甘酸っぱくて、ひんやり!まるで宝石みたいだよ! これは、夏の妖精が作った味だ!」
次に、ミルクの冷菓を口に含む。
「わぁ!こっちは濃厚で、とろけるみたい!プリンよりもずっと滑らかだよ! もう、言葉にならない美味しさだ!」
レイは歓声を上げた。錬金術と従魔たちの協力、そしてセイリオスの知識が、レイの想像をはるかに超える冷たい甘味を生み出したのだ。
ミリアも口に運び、目を見開いた。
「これは……!信じられないわ!ベリーのものは、こんなに凝縮された味がするなんて!そしてこのミルクのものは、口に入れるとすぐに溶けてしまうわ。なんて贅沢な味わい! レイ、あなたは本当に天才ね! これなら、父さん(ヴァルド)もきっと言葉を失うわ!」
ペンギン精霊たちは、冷やし終えたばかりのおやつを受け取ると、一口食べるたびに「ブエエエッ!」と喜びの声を上げ、その場でぴょんぴょんと跳ねた。彼らの瞳は、自分たちの力が生み出したこの極上の冷菓に釘付けだった。彼らはもう、ぐうたらするだけでなく、最高のデザートクリエイターとして目覚めたかのようだ。
セイリオスは、満足げに紅茶を一口含んだ。「ふむ、知識は使いよう。良い試みであったな、レイ。この『禁断の書』の記述も、あながち嘘ではなかったな。」
シャドウはクールを装いつつも、ミルクの冷菓をゆっくりと味わい、その金色に輝く瞳を満足そうに細めた。普段は感情を表に出さない彼が、珍しく至福の表情を浮かべている。ミルは、レイの皿からこっそり一口もらおうとぴょん、と飛びついたが、レイはスルッと身をかわし、ミルはそのまま空を切って壁に軽くぶつかり、しょんぼりと肩に張り付いた。「ミル、諦めなさい!」とレイが笑う。ルーナも、その美しい姿からは想像できないほど熱心に氷菓を味わい、一口食べるごとに小さな舌で唇をペロリと舐める。ブモは「ブモォォォォォ!」と喜びの声を上げながら、自分が提供したミルクがこんなにも美味しいおやつになったことに誇らしげだった。バルドルも、いつもは冷静な態度だが、一口食べると静かに目を閉じ、その美味しさを噛み締めているようだった。彼の頬が、わずかに緩んでいる。マンちゃんは「きゃっ!ぎゃあぁぁ!」と可愛らしい声をあげながら、レイの足元で喜びを表現し、ネクサはキラキラと光る羽根を揺らしながら、冷たいおやつを優雅に楽しんでいた。ふわふわは甘い匂いに興奮して、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、皿の周りをぐるぐると回っていた。ポポも「もふもふ!」と体を揺らし、小さな口で器用に冷菓を味わっている。
こうして、レイの「冷たいおやつ」への探求は、新たな成功を収めた。錬金術と従魔たちの力が融合し、この異世界に「冷たい甘味」の新たな歴史が刻まれた日となった。




