第42話:初めてのプリン
冷たいプリンを作るための環境が整い、レイの心は期待でいっぱいだった。冷蔵室となった部屋は、ペンギン精霊たちの放つ冷気と凍結鉱石の力で、完璧な温度を保っている。まるで、この部屋だけが極寒の地に存在するかのようだ。
「これで、いつでも美味しいプリンが作れるね!僕のグルメロードは、まだまだ続くぞ!」
レイは興奮して飛び跳ねた。ミリアもその喜びを共有するように微笑む。彼女の顔も、どこかプリン色に輝いて見える。
「お母さん、プリンはね、まず卵をよく溶いて、そこに砂糖と牛乳を混ぜるんだ。それから、甘くて少しほろ苦い、茶色い蜜を器の底に入れると、もっと美味しくなるんだ。それを布で濾して、大きな陶器製の深皿に流し込んだら、お湯を張った別の大きな皿か鍋に入れてオーブンでじっくり焼くんだ。まるで、魔法の儀式みたいだろ?」
レイは、前世の知識をあたかも目の前にあるレシピのように、淀みなく説明した。ミリアは「プリン」という聞き慣れない菓子の名と、その説明に驚き、首を傾げた。
「それが……『プリン』というお菓子なの?なんだか複雑そうね。まるで、錬金術のようだわ。それで、その『プリン』を作るには、どんな道具が必要なの?」
ミリアが尋ねると、レイは腕組みをして少し考え込んだ。彼の頭の中では、最適な調理器具の選定が始まっている。
「うん。まずは、プリン液を入れる大きな陶器製の深皿がいるね。それから、卵を混ぜるための大きなボウルと、泡立て器。正確に量を測れる計量カップと、あとは、その深皿が入るくらいの、オーブンに入れられるもっと大きな皿か鍋だね!」
レイが「泡立て器」という言葉を口にすると、ミリアは「泡立て器ね!それなら、いくつか持っているわ!」と自信満々に頷いた。彼女はすぐに厨房の奥へ向かい、ガサゴソと何かを探し始めた。レイはミリアの素早さに感心しつつ、期待の眼差しを向けた。
数秒後、ミリアが誇らしげに持ってきたのは、乾燥した細い小枝を丁寧に束ねたものだった。それは、この世界の一般的な家庭で、何かを混ぜる際に使われる道具のようだった。
「ほら、レイ!これが『泡立て器』よ!シャカシャカと空気を含ませるように混ぜるんでしょう?これなら得意よ!」
ミリアはそう言って、その小枝の束をレイに見せた。しかし、レイはそれを見て一瞬固まった。彼の知る泡立て器とはあまりにもかけ離れた、まるで原始時代からタイムスリップしてきたようなその姿に、レイは内心で「うわ、これは…!」と動揺した。
「あ、えっと……ミリア母さん、それも確かに泡立てるのに使えるんだけど……」
レイは言葉を選んだ。直接否定するのは忍びない。
「もし良ければ、この世界のどこかの料理本で見たことがあるんだけど、フォークを何本か束ねて使うと、もっと細かく、効率よく混ぜられると思うよ! 空気ももっと含まれて、ふわふわになるはず!」
レイが説明すると、ミリアは「なるほど!フォークを束ねるのか!それは思いつかなかったわ!」と目を輝かせ、すぐに手持ちのフォークを数本束ねて見せた。レイはその順応性の高さに内心驚きつつも、ホッと胸をなで下ろした。
「それなら、大きな陶器製の深皿も、それが入る大きな鍋もあるわね。ボウルもある。計量カップは……たしか、普段使っているものがあるから、それを使ってみましょう。レイ、私に任せなさい!」
必要な道具は全て家にあるもので賄えることがわかり、レイは早速、卵、牛乳、砂糖など、揃っている材料を準備した。
レイは目を輝かせながら、ミリアの手元をじっと見つめた。レイの指示が始まると、ミリアはその通りに手際よく作業を進める。その連携は、まるで熟練の料理人のようだ。
「まず、カラメルを作るんだ。鍋に砂糖と水を少し入れて、フラム、これを中火でお願いね。最初は透明だけど、だんだん茶色い色になって、いい香りがしてきたら火からおろしてね。焦がさないでよ、フラム!これ、大事なプリンの命運がかかってるんだから!」
レイの指示に、フラムは「ブォ!」と短い炎を揺らし、慣れた手つきで炉の炎を調整し始めた。最近、火加減の調整が格段に上達したフラムは、レイの細かな指示にもぴったりと応えられるようになっていた。彼の炎は、もはや芸術の域に達している。しばらくすると、鍋の中の液体がゆっくりと茶色く色づき始め、甘く香ばしい匂いが漂ってきた。その匂いは、ミリアの食欲をそそる。
「そう、それだよ!それを深皿の底に薄く広げてね。焦げ付かないように、素早くね!」
ミリアは熱いカラメルを慎重に陶器製の深皿の底に流し入れた。その動きは、まるで職人技だ。
次に、ボウルに卵を割り入れ、丁寧に溶きほぐすミリア。
「そう、そこに砂糖を少しずつ加えながら、そのフォークを束ねたもので、しっかり混ぜてね。空気を含ませるように、シャカシャカとね!腕が疲れても、プリンのためだ!」
レイの指示に、ミリアは真剣な顔で即席の泡立て器を握りしめ、ボウルの中の液体をかき混ぜた。泡立てるというよりは、しっかりと混ぜ合わせるという作業だ。彼女の腕は、もうプルプルしている。
次に、温めた牛乳を少しずつ加える。
「これを布で濾すんだ。こうすると、なめらかな口当たりになるんだよ。舌触りが命だからね!ツルツル、プルプルになるんだ!」
レイが説明すると、ミリアは別のボウルの上に布を広げ、その中に卵液をゆっくりと注ぎ入れた。レイは、濾された卵液が、より一層きめ細かくなっているのを見て感心した。彼の期待は高まるばかりだ。
いよいよ陶器製の深皿に卵液を流し込む作業だ。レイは慎重に、カラメルが固まった深皿に、卵液を満たしていく。
「よし、これで準備はできたね。あとはオーブンで焼くだけだよ。僕のプリン、美味しくな〜れ!美味しくな〜れ!」
レイが言うと、ミリアは陶器製の深皿をそれよりも大きな耐熱皿に並べ、お湯を張ってオーブンに入れた。オーブンから立ち上る熱気を見つめながら、レイはじっと完成を待った。その目は、オーブンの小窓に釘付けだ。
数十分後、甘い香りが部屋中に漂い始めた。その甘い香りに誘われるように、いつもは図書室にこもっているセイリオスが、文字通り宙に浮いたまま、フラフラと厨房の入り口に吸い寄せられてきた。彼のくちばしからは、よだれが垂れているかのようだ。他の従魔たちも、自分たちが大好きな甜菜に似た甘い匂いを嗅ぎつけ、そわそわどころか、もう落ち着きがない。シャドウは尻尾を激しくブンブン振り回し、ルーナは「キューン、キューン!」と甘えた声を出し、ミルはレイの足元を跳びはねながら「早く!早く!」と言わんばかりに枝を振り回している。ミルクカウは「ブモォ!」と期待の声を上げ、その場を小刻みに揺らし、ふわふわは甘い匂いに興奮して、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。マンちゃんは鼻をヒクヒクさせ、今にも厨房に突進しそうな勢いだ。
ミリアがオーブンから熱々のプリンを取り出すと、表面はうっすらと焼き色がつき、見るからになめらかそうだ。その輝きは、まるで黄金の塊だ。
「わぁ!できた!僕の夢のプリンだ!」
レイは歓声を上げた。ミリアは粗熱を取ったプリンを冷蔵室へと運んだ。
「ペンギンさんたち、お願いね!このプリンをキンキンに冷やしておいて!美味しいおやつが待っているわよ!冷やし終わったら、君たちの分もあるからね!」
ミリアが声をかけると、ペンギン精霊たちは「ブエッ!ブエッ!」と鳴き、満足そうにプリンの周りに集まり、冷気を放ち始めた。彼らは、最高の仕事ができたとばかりに、胸を張っているかのようだ。
しばらくして、プリンはキンキンに冷えた状態になった。レイは待ちきれずに陶器製の深皿からプリンを切り分け、スプーンで一口すくった。
「んん〜っ!おいしい!冷たくて、とろけるみたい!これぞ、僕が求めていた味だ!この世界のどのスイーツよりも美味しいぞ!」
なめらかな舌触りと、卵と牛乳の優しい甘さ、そして底に隠れていたほろ苦いカラメルが口いっぱいに広がる。冷たいプリンは、暑い日にぴったりで、レイは至福の表情を浮かべた。彼の顔は、もはや昇天している。
ミリアも切り分けられたプリンを一口食べ、目を見開いた。
「これは……!なんて滑らかなの!そしてこの冷たさ……初めての味だわ。こんなに美味しいお菓子があったなんて!レイ、あなたは本当に魔法使いね!この美味しさ、ギルド長にも食べさせたいわ!」
きっと父さんは味見ですら羨ましがるだろうなとレイは父が今この時も真面目に働いている事に感謝した。ペンギン精霊たちも、冷やし終えたプリンを今日のおやつとして受け取ると、一口食べるたびに「ブエエエッ!」と喜びの声を上げ、その場でぴょんぴょんと跳ねた。彼らは、この冷蔵室と、そこで生み出される冷たいおやつがあれば、一生ここから離れることはないと、心に固く決めたのだった。彼らの間抜けな顔が、この時ばかりは輝いて見えた。
セイリオスや他の従魔たちも、レイとミリアから分け与えられたプリンを初めて口にし、その甘さと冷たさに目を輝かせていた。特にセイリオスは、普段見せないような恍惚とした表情を浮かべ、「うむ、これは研究の価値があるな……毎日食べたい……」と呟いていた。シャドウは静かにプリンを味わい、ルーナは尻尾を振りながらおかわりをねだり、ミルはプリンの器に頭を突っ込みそうになるのをレイに止められていた。ミルクカウは「ブモォォ!」と、ミルクの供給源としての誇りを感じているようだった。マンちゃんは目を閉じて至福の表情、ふわふわはプリンの周りを飛び跳ねていた。
こうして、レイの「冷たいプリン」への夢は現実のものとなった。初めてのプリン作りは大成功。この日を境に、レイの「美味しいものを冷やす」という探求は、新たな段階へと進んでいくのだった。




