第40話:賢者の知恵と冷たいプリンへの道(前編)
「凍結鉱石!それがあれば、冷たいプリンが作れるんだね!」
レイの頭の中は、もうひんやり甘いプリンでいっぱいだった。彼の脳内は、まるで巨大なプリンアラモードになっていた。しかし、ダンジョンが危険な場所だと知り、さすがのレイも少し考え込んだ。彼の眉間に、ちっちゃなシワが寄った。
「うーん……ダンジョンは危ないって、父さんも母さんも言ってたし、僕、冒険者じゃないから入れないんだよね……」
レイはしょんぼりして肩を落とした。その背中からは、まるで冷気のようにしょんぼりオーラが漂ってくる。「行ってみたいなあ。でも、仕方ないか……プリンは僕を待っているのに……」
そんなレイの様子に、セイリオスが大きな目をパチクリさせた。彼が知るレイは、困難に直面してもすぐに解決策を見つけ出す、とんでもない子供だからだ。
「ふむ、レイ坊よ。心配するな。何もお前が直接危険な場所へ赴く必要はない。お主は天才なのだから、頭を使えばよいのだ。」
そしてセイリオスは、バルドルへと視線を向けた。その目には、何か企みがあるような光が宿っていた。
「バルドルよ。お前ならば、空からダンジョンの様子を探り、遠隔視の魔眼で内部を詳しく調べてくることができるだろう。レイ坊の神霊視で得た凍結鉱石の情報をもとに、その場所とそこにいる精霊たちの様子をだな。偵察の腕前は、ワシが保証するぞ!」
バルドルは「ふむ……」と顎に手を当てて考え込んだ。彼の脳裏には、危険なダンジョンの魔物たちの姿が浮かんだが、それよりも「冷たい美味しいもの」という言葉が勝った。
「ダンジョンは危険だが、レイ坊のためなら仕方ないな!それに、冷たい美味いものが手に入るなら、このバルドル、ひとっ飛びだ!ジジィ、見てろよ、俺様の偵察の腕前を!」
バルドルはそう言うと、悠々と空へと舞い上がっていった。その飛び立つ姿は、まるでヒーローのようだ。
数時間後、バルドルが興奮した様子で戻ってきた。彼の顔は、何かすごいものを見つけたかのように輝いている。
「レイ坊!セイリオス!見つけたぞ!ダンジョンの奥に、セイリオスが言っていた凍結鉱石があった!そして、その周りには、間抜けな顔をした、可愛らしい氷の生き物がたくさんいたぞ!あれは、まるで羽の生えた氷の塊だ!」
バルドルは、ペンギンの精霊たちの様子を、身振り手振りでコミカルに伝えた。まるで、彼自身がペンギンになったかのように、よちよち歩きを真似してみせる。
「その可愛らしい氷の精霊たちは、ぐうたらで、ほとんど凍結鉱石の周りでゴロゴロしていた。だが、時折、奴らが放つ冷気で、凍結鉱石の周囲がさらに凍りつき、巨大な氷の塊ができていたぞ。あれは、奴らが本気を出せば、相当な冷気を操れる証拠だ!だが、基本は寝てるだけだな!」
セイリオスは、バルドルの話に頷いた。彼の目は、新たな知識に触れて輝いている。
「うむ、文献によれば、氷の精霊は、特定の魔力的な現象が具現化した存在だ。ダンジョンに多く生息する魔物とは異なり、彼らは必ずしもダンジョンの魔力に完全に縛られているわけではない。」
その言葉に、レイがパチクリと目を丸くした。彼の頭の中では、新しいアイデアが次々と生まれている。
「ダンジョンの魔物と精霊は違うんだね。という事はダンジョンの外にも出てこられるって事だよね?それって、つまり……!」
レイの確認に、セイリオスは静かに頷いた。
「その通りだ、レイ坊。強い冷気を放つ凍結鉱石があれば、外界でも活動できる稀有な存在なのだ。彼らは、自らが住む場所の冷気を維持する能力を持つが、基本的には怠惰で、快適な環境を好む傾向があるな。そして、甘いものに目が無いという記述もある。特に、ひんやりとした甘いものには目がないとされているぞ。」
レイの目が輝いた。彼の顔には、悪巧みをしているかのような笑みが浮かんだ。
「わかった!あの精霊たちを、このお家にお招きすればいいんだ!ぐうたらでいいから、冷たいプリンが作れる環境を作ってくれるなら!よし、おもてなし作戦だ!」
レイは早速、ミルクカウからもらったミルクと、自作のてんさい糖とグラニュー糖、そして蜂蜜を準備した。彼の腕には、すでに美味しいプリンの味が見えているかのようだ。
「よし、みんな!この甘いものを持って、ペンギン精霊さんたちを連れてきてくれるかな?もちろん、無理強いはしないよ。美味しいおもてなしをするだけさ!」
レイが頼むと、バルドル、シャドウ、ルーナ、ミルは頼もしく頷いた。彼らも、レイの作戦に乗り気だ。特にバルドルは、冷たいスイーツの誘惑に抗えない。
その前に、セイリオスが一つ付け加えた。彼の声は、少しばかり呆れを含んでいた。
「待て、レイ坊。君の従魔たちはまだギルドに登録されていない。ダンジョンへの立ち入りは、たとえ従魔であっても許可が必要だ。ヴァルドに従魔登録をしてもらい、Sランク冒険者であるミリアも同行者として同行するのが筋だろう。そうすれば、ギルドの規則を遵守しつつ、君の意図も達成できる。無断でダンジョンに入れば、ワシがヴァルドに怒られるのだ!」
ミリアは「え、私が?また大変なことに巻き込まれる予感がするわ……」と少し驚いた顔をしたが、レイの真剣な瞳と、「美味しいプリン」という言葉には敵わなかった。彼女の頭の中にも、冷たいプリンの幻がちらつき始めた。
「まったく、レイのためなら仕方ないわね!でも、美味しいプリン、期待しているわよ!」
ミリアはすぐに通信用の魔道具を取り出し、夫であるギルド長ヴァルドに連絡を入れた。ヴァルドは王都で執務中だったが、息子のレイの従魔たちの並外れた能力と、その純粋な「美味しいもの」への情熱を知っていたため、妻からの特例申請に深くため息をつきつつも、最終的には「ふむ……仕方あるまい。ただし、規則は厳守だぞ、ミリア。お前たちの安全も最優先だ。私も後でプリンをご馳走してもらうからな!」と許可を出した。遠くから、ヴァルドが「やれやれ、まったくレイには困ったものだ。だが、美味いものには弱いんだよなあ……」と、嬉しそうに呟く声が聞こえてくるようだった。
こうして、正式な許可を得て、ミリアと従魔たちはダンジョンへと向かう準備を整えた。レイの「冷たい美味しいもの」への執念は、ついにダンジョンを巻き込む大作戦へと発展したのだった。




