第39話:甘い誘惑と冷たい大作戦
自家製のてんさい糖と上白糖、グラニュー糖が手に入り、レイの「美味しいもの作り」の情熱はますます燃え上がっていた。彼の頭の中は、もう甘い香りで充満しているかのようだ。特に彼の頭を占めていたのは、ひんやりと甘いデザート、プリンの存在だ。プルプルと揺れる黄金色の誘惑が、レイを甘く、そして冷たく手招きしていた。ミルクも砂糖も揃った今、あとは一つ、重要な課題が残っていた。
「よし、プリンを作るぞ!僕の究極の夢、プリンを完成させるんだ!」
レイが宣言すると、ミリアは目を輝かせた。「プリン?それもまた美味しそうな響きね!レイの言うことだから、きっと最高のデザートになるわ!」
レイは、ミルク、ホワクイックの卵、そして手に入れたばかりの砂糖を準備した。材料は完璧だ。あとは、これらの材料が奇跡のデザートへと変わるのを待つばかり。しかし、プリンを固め、そして何より冷たくして美味しく食べるためには、この世界にはまだ存在しない「冷やす技術」が必要だった。現代の冷蔵庫や冷凍庫が恋しい……。
「うーん、冷やす魔法か何か、ないかなぁ……」
レイは首を傾げた。この世界の魔法には様々なものがあるが、現代の冷蔵庫や冷凍庫のような、物を継続的に冷やし続ける魔法は、彼が知る限り存在しなかった。まるで、原始時代に最新家電を求めるようなものだ。そこでレイが頼ったのは、やはり知識の賢者、セイリオスだった。彼の頭の中には、この世界のあらゆる知識が詰まっているはずだ。
レイはミルクや砂糖を携え、ミリアと一緒に図書室へと向かった。セイリオスは、いつものように分厚い古文書を読みながら、レイたちを出迎えた。彼の周りには、常に膨大な知識のオーラが漂っている。
「ふむ、レイ坊。また何か面白いものを見つけたようだな。その甘い香りは、もしや、あの甜菜からか?ワシの鼻は誤魔化せんぞ!」
セイリオスは鋭い鼻を利かせた。その嗅覚は、もはや魔犬並みだ。
「そうだよ、セイリオス先生!見て、これ!」
レイは得意げに、自作のてんさい糖とグラニュー糖を見せた。セイリオスは珍しそうにそれを眺め、少し舐めてみた。「ほう……これはまた、優しい甘みだな。それに、この白く輝く方は、より純粋な甘さか。見事な錬金術だな、レイ坊!」
レイは、砂糖の成功を報告した後、本題に入った。彼のプリンへの情熱は、もはや誰にも止められない。
「セイリオス先生、僕、プリンを作りたいんだけど、冷やす方法がなくて困ってるんだ。何か、物を冷たく保存できる魔法とか、道具とかってないかな?僕のプリンの夢を叶えるには、どうしても冷やす技術が必要なんだ!」
セイリオスは、少し考え込むように首を傾げた。その顔には、賢者ならではの思案の色が浮かんでいる。
「うむ……継続的に物を冷やす魔法か。それは難しい課題だな。確かに、一時的に冷気を作り出す魔法や、物を凍らせる魔法は存在するが、大規模かつ持続的に冷気を保つとなると、専門の魔法師でも骨が折れるだろう。特に、食べ物を冷やすとなると、魔力の残留や、素材への影響も考慮せねばならん。下手をすれば、プリンが魔物の卵に化けてしまうかもしれんぞ!」
レイはがっかりして肩を落とした。彼のプリンの夢が、一瞬にして打ち砕かれたかのように見えた。しかし、セイリオスはすぐに続けた。彼の知識は、レイの希望を打ち砕くだけでは終わらない。
「だが、過去の文献には、特定の鉱石や魔石が、周囲の熱を吸収し、冷気を帯びるという記述がある。特に、『凍結鉱石』と呼ばれるものは、その性質が強いとされている。ただ、非常に珍しく、ダンジョンの深部でしか見つからない代物だがな。しかも、見つけるのが至難の業で、見つけたとしても持ち帰るのがもっと至難の業だ!下手すれば、凍結鉱石どころか、お主自身が氷漬けのプリンになるかもしれんぞ!」
「凍結鉱石!」
レイの目が輝いた。彼の神霊視が、その言葉に反応し、頭の中に冷たい鉱石のイメージを鮮明に映し出した。それは、青白く光り、触れるだけでひんやりとした冷気を放っている。そして、その鉱石の周囲には、ごく稀に発生する『氷の精霊』が宿っていることも示唆された。「これだ!僕のプリンには、この冷気が不可欠なんだ!よし、ダンジョンにプリンを取りに行くぞ!」
「それがあれば、冷たいプリンが作れるんだね!どこにあるか、分かるかな、セイリオス先生?今すぐにでも、取りに行きたい!」
レイは前のめりになった。その情熱は、もはや暴走寸前だ。ミリアは「あらあら……」と呆れ顔でレイを見つめている。セイリオスは困ったように微笑んだ。
「うむ、具体的な場所までは記されておらん。だが、凍結鉱石は、非常に強い冷気を放つため、通常の動植物が生息できない、極度の低温環境でしか発見されないだろう。おそらく、ダンジョンの奥深く、氷に閉ざされた場所に違いない。生半可な気持ちで行けば、凍死するか、魔物の餌になるかのどちらかだぞ!レイ坊、プリンの前にまず命を大事にするのじゃ!」
「ダンジョンの奥深くかぁ……」
レイは再び考え込んだ。危険な場所だが、美味しいプリンのためなら!彼のグルメ魂に火がつき、危険などものともしない。その顔は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだ。
その間にも、ミルクカウからもたらされるミルクは毎日豊富にあった。レイは、プリンを冷やす方法が見つかるまでの間も、ミルクを無駄にはしない。朝食には温かいミルクを飲み、ミリアとヴァルドは、これまでのシチューに加え、ミルクをたっぷり使ったクリーミーなスープや、香ばしいミルクパンを焼いたりと、日々の食卓はますます豊かになっていった。食卓は、まるでミルクの国のようだ。
「うむ、ミルクがあれば、食卓も潤う。レイ坊の探求心には、頭が下がるな。あの若さで、これほどの食への執念とは……ワシも負けてはおられんな、食欲だけは!」
セイリオスは、レイの作る新しい料理を楽しみつつ、彼の飽くなき探求心に感銘を受けているようだった。彼の心の中では、レイが次は何を企むのか、密かに楽しみにしているに違いない。
レイの「冷たい美味しいもの」への夢は、新たな冒険の扉を開こうとしていた。目指すは、ダンジョン深部に眠る、凍結鉱石だ!その先に待つのは、甘く冷たい究極のプリンか、それとも想像を絶する、凍てつくような悪夢か!?レイの瞳は、期待に輝いていた。




