第38話:甘い誘惑と空飛ぶ甘党
ミルクカウの加入により、レイの家には新鮮で濃厚なミルクが毎日たっぷり届けられるようになった。朝食には温かいミルクが並び、シチューはこれまでのものより格段にクリーミーになった。ミリアもヴァルドも、ミルクの美味しさに舌鼓を打つ。彼らの顔は、もはやミルク色の光を放っているかのようだ。
「まさか、あの暴れるミルクカウを連れてくるとはね……レイの食い意地には本当に感心するわ。もう、あなたの食への執念は、伝説になるんじゃないかしら?」
ミリアが呆れたように言ったが、その顔は満面の笑みだった。ヴァルドも「おかげで毎日が楽しみだ!次のレイの新作が待ち遠しいぞ!」と豪快に笑った。彼はもはや、レイの「美味しい」の虜になっていた。
レイは、毎日ミルクカウの乳搾りを丁寧に行った。彼が優しく声をかけ、ミルクカウが気持ちよさそうにミルクを出す様子は、まるで親子のようにすら見えた。ミルクカウは、レイが来るのを首を長くして待っているようだった。
たっぷりのミルクが手に入ったことで、レイの頭の中は次の「美味しい」でいっぱいになった。彼の脳内は、まるで「美味しいものフェスティバル」だ。
「よし!次はプリンとチーズを作るぞ!濃厚ミルクで、最高のデザートを!」
レイは意気揚々とミリアに宣言した。その目は、すでに完成したプリンを見ているかのようだ。
「プリンとチーズ?また聞きなれないものね。でも、どんな味になるのかしら!レイの作るものなら、きっと美味しいに決まっているわ!」
ミリアは目を輝かせた。彼女の好奇心は、レイの新たな発明によって、際限なく刺激されていた。
しかし、ここで一つ大きな問題が浮上した。プリンやチーズ、そしていずれ作りたいと考えている生クリームやソフトクリームに欠かせない、あの「甘み」の源だった。
「砂糖は、本当に貴重な高級品なんだよね……」
レイは、貯蔵庫の隅にわずかに残された、粒の荒い、高価な砂糖を見てため息をついた。これでは、お試しで大量に使うことなど、とてもできない。まるで、金塊をちびちび使うようなものだ。
「うーん、どうすれば、この甘みをたくさん手に入れられるかなぁ……」
レイは頭を悩ませた。彼の「美味しいもののためなら何でもする」という欲求は、どんな困難も乗り越える原動力となる。彼のグルメ魂は、どんな壁も打ち破るのだ。
「そうだ!砂糖も自分で作ればいいんだ!なぜ今まで気づかなかったんだ、僕としたことが!」
レイの神霊視が捉えたのは、この世界の比較的寒い地域に自生する、カブに似た根菜、「甜菜」だった。この甜菜は、地元の動物が時折かじっているのを見かける程度で、特に利用価値を見出されていなかったが、レイの目には、甘い未来が輝いて見えた。しかも、甜菜を加工した後に残る繊維は、魔獣が食べると魔力が回復したり、気力がアップしたりする、なんとも素晴らしい「魔獣が喜ぶ野菜(餌)」になることも、神霊視が教えてくれた。まさに、一石二鳥ならぬ、一石三鳥だ!
「よし!みんな、行くぞ!次の美味しいものを探しに、森へ!新しい甘みの源を見つけ出すぞ!」
レイは、シャドウ、ミル、ルーナ、バルドル、そして図書室にいるセイリオスに声をかけた。ポポ、マンちゃん、ネクサ、ふわふわとゴーレムは畑のお留守番だ。彼らは、レイの不在中も畑をしっかり守ってくれるだろう。
森の中を歩いていると、やがてルーナがくんくんと鼻を鳴らし、しっぽを振って一点を見つめた。「レイ、なんだか甘くて、いい香りがするぞ!まるで、蜜の森に迷い込んだようだ!」
ルーナの言葉に、ミルも「キャッキャッ!」と興奮したように枝の先を指差す。そこには、地面から顔を出すカブのような根菜が群生していた。まさに、神霊視で見た「甜菜」だ!レイのグルメレーダーは、今日も健在である。
レイが甜菜の群生に近づくと、その近くの、甘い花が咲く植物の周りを大きなミツバチがぶんぶんと飛び回っている。ハニービーだ。彼らは、その花から蜜を集めているようだった。しかし、よく見ると、一匹のハニービーが巣の入り口で困っている。どうやら、入り口が少し塞がれてしまい、中に入れないらしい。他のハニービーたちは、まるで「頑張れ!」と応援しているかのようだ。
「ハニービーさん、困っているの?僕が手伝ってあげるよ!美味しい蜂蜜のお礼は、いらないからね!」
レイが優しく声をかけ、大地の祝福の力で、塞がれた入り口をそっと開いてあげた。すると、ハニービーは「ブーン!」と喜びの羽音を立て、感謝を示すように、小さな蜜の塊をレイの足元にそっと置いて飛び去っていった。まるで、「ありがとう!」と言っているかのようだ。
「やった!お礼に蜂蜜をもらっちゃった!ラッキー!」
レイは、思わぬ収穫に顔をほころばせた。彼の運の良さは、もはやチートレベルだ。
その様子を見ていたバルドルが、呆れたようにツッコミを入れた。「レイ坊よ、お前、さっき『お礼はいらない』とか言ってた癖に、ちゃっかり貰ってるじゃねえか!しかも、その顔、どことなくいやらしいぞ!」
レイは、バルドルのツッコミに「えへへ」と照れ笑いを浮かべた。
甜菜の根をいくつか収穫し、レイは期待に胸を膨らませて家路を急いだ。畑に戻ると、ゴーレムが土を耕し、ポポとマンちゃん、ネクサとふわふわが既に畑の準備を終え、いつでも植え付けられる状態になっていた。彼らの仕事ぶりは、プロそのものだ。
「畑チーム、ありがとう!この甜菜、いっぱい育てて、美味しい砂糖を作るぞ!みんなで甘いもの食べ放題だ!」
レイは早速、収穫した甜菜の根を畑に植え付けた(これは後の本格栽培のためだ)。残りの甜菜を片手に家の中へ。
「母さん!この甜菜で、美味しい砂糖を作るんだ!これで甘いものも作り放題だよ!」
レイは、ミリアに甜菜を見せて興奮気味に話した。ミリアは目を丸くする。
「え、このただの根菜が、砂糖になるの?レイ、あなたは一体どこまで私たちを驚かせれば気が済むの?もう、私の心臓がいくつあっても足りないわ!」
レイは、収穫した甜菜の根を前に立ち、錬金術の準備を始めた。その姿は、まるで天才科学者のようだ。
「まず、甜菜に含まれる甘い成分を抽出するんだ。」
レイはそう言うと、甜菜に手をかざし、魔力を込めた温水を錬成した。その温水に細かくカットした甜菜を浸すと、たちまち甘い香りが広がる。糖液が染み出た後、残った甜菜の繊維には、レイがさらに魔力を注ぎ込んだ。
「この繊維は、美味しいおやつになるんだ!特に、魔獣たちには最高の元気の素になるはずだよ!」
レイが魔力で栄養と風味を凝縮させた繊維を、ミルクカウやフラムたちに差し出すと、彼らは「ブモォォォォォ!」「モキュモキュ!」と大喜びでかじりつき、みるみるうちに瞳に活力が宿った。まるで、魔法のキャンディでも食べたかのようだ。
「次は、不純物を取り除く魔法陣を展開するよ。」
レイは床に複雑な模様を描き、そこに魔力を流し込んだ。すると、糖液の中に浮遊していた不純物が、まるで磁石に吸い寄せられるように一箇所に集まり、塊となって取り除かれた。その光景は、もはや錬金術というより、手品に近い。
清浄になった糖液を、今度は魔力で煮詰めていく。レイは、器の中の糖液に絶えず魔力を送り込み、水分だけを蒸発させていった。糖液は徐々に濃くなり、黄金色に輝き始める。甘い香りが部屋中に充満し、ミリアは思わず深呼吸をする。
「もう少しだ……甘みが凝縮していく……まるで、甘い夢が形になるようだ!」
レイは集中力を高めた。その額には、うっすらと汗がにじむ。
そして、最後の工程。レイは、錬金術の奥義を用い、濃縮された糖液に特殊な魔力波を照射した。すると、液体の中からキラキラとした白い結晶がみるみるうちに現れ始めた。まるで魔法のように、甘い砂糖の結晶が生成されていく。その美しさは、まるで雪が舞い降るかのようだ。
レイは、生成された結晶と、糖分を多く含んだ蜜分が混じり合った状態のそれを、今度は風の魔法でそれぞれの成分に分けた。白い結晶は、まるで雪のように軽やかに舞い上がり、別の容器へと収まっていく。これが、お菓子作りに最適な上白糖やグラニュー糖の元になる部分だ。一方、茶色がかった濃厚な蜜分は、とろりと別の容器へと流れ込んでいく。こちらは、煮物や普段使いにぴったりの、優しい風味を持つてんさい糖の元となる。
最後に、それぞれの砂糖の元を乾燥させるため、微弱な熱の魔法をかけた。
数時間後、レイの目の前には、少量ながらもサラサラとした白い粉、上白糖・グラニュー糖、そしてほんのり色づいたてんさい糖が完成していた。その見た目は、まるで魔法の粉のようだ。
「やったー!できたー!これが砂糖だよ!これで甘いものも作り放題だ!」
レイは、自身の錬金術の力で生み出した砂糖を、誇らしげにミリアに見せた。
ミリアが指先に少しつけて舐めてみると、「まぁ!なんて優しい甘さなの!本当にこれが、あの甜菜からできているなんて信じられないわ!しかも、二種類も!レイ、あなたはもう、錬金術師を超えているわ!もう、私をどうしたいのよ!」と感動の声を上げた。彼女の目からは、もはや星がこぼれ落ちそうだ。ヴァルドも興奮して駆け寄ってきて、「砂糖だと!?この白い粉が!?うおおお、これで毎日甘いものが食えるのか!レイ、お前は本当に神か!」と叫びながら、嬉しさのあまり涙ぐんだ。
「これで、美味しいプリンもチーズも作れるぞ!お菓子には白い砂糖、普段の料理にはてんさい糖だ!最高のスイーツを作るぞ!」
レイは、これから始まる甘い料理の数々に思いを馳せ、早くも顔がにやけていた。少量ではあったが、自家製の砂糖が手に入ったことで、今後の「美味しい」への道は大きく開けた。彼のグルメ探求の旅は、まさに甘く、そしてどこまでも続いていく。




