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第37話:ミルクカウとの奇妙な契約

 マヨネーズと植物性ミルクの成功で、レイの料理の腕はますます磨かれていった。家族の食卓は、もはや高級レストランと化し、ヴァルドは「レイ、君はもはや我が家の料理長だ!」と毎日褒めちぎり、ミリアも「私が料理を教えた甲斐があったわね!」と、ほぼレイのおかげなのに得意げな顔をしている。しかし、レイの中には、まだ満たされない「美味しい」への欲求があった。それは、濃厚なダンジョンのミルクと、それから生まれる甘く冷たいデザートへの強い憧れだ。彼の頭の中では、プリンやアイスクリームが踊り狂っていた。

「やっぱり、あのダンジョンのミルクがあれば、プリンとか、もっと色々な美味しいものが作れるんだけどな……」

 レイは、食卓に並んだシチューを眺めながら、ぽつりと言った。その顔は、まるで遠い故郷を懐かしむかのような、切ない表情だ。ミリアは苦笑いする。

「ダンジョンのミルクは高価だし、量も限られるからねえ。それに、普通の牛乳のようにたくさん出るわけじゃないし……。諦めなさい、レイ。世の中には手に入らないものもあるのよ」ミリアは、レイの夢を現実的に諭そうとした。

 レイは、ダンジョンのミルクとは違う、もっと安定して手に入る「ミルク」の供給源はないかと、神霊視でこの世界のあらゆる生き物たちを調べていた。彼の神霊視は、もはや「美味しいものレーダー」と化していた。そんなある日、彼の神霊視が捉えたのは、森の奥深くで「ブモォォォォォ!」と地響きを立てて暴れ回る巨大な牛の魔物、ミルクカウの姿だった。その反応は、まるで黄金を発見したかのように眩しかった。

 ミルクカウは、オスでも乳を出すという珍しい特性を持っていた。しかし、そのミルクは、パートナーに恵まれず子育てができない個体が、乳搾りされないまま乳が溜まってしまうと、乳腺が詰まり、激しい痛みに耐えかねて暴走するという厄介な側面も持っていた。暴走したミルクカウは、その巨体からミルクを四方八方に飛ばしながら暴れ回り、その力はAランク魔物に匹敵すると言われるほど危険な存在だった。そのため、はぐれミルクカウは、基本的に討伐されるのが一般的だった。群れの中にいても、モテないオスは徐々に乳が溜まり、自分の意思とは関係なく暴走スイッチが入ってしまうという、なんとも不憫な魔物だった。まさに、体の構造が可哀そうな魔物である。

「これだ!このミルクカウを連れてくればいいんだ!これでプリンもアイスも作り放題だ!」

 レイは、ミリアとヴァルドの制止も聞かずに、シャドウ、ミル、ルーナ、ポポ、マンちゃん、ネクサ、そしてバルドルとセイリオスを引き連れて、ミルクカウのいる森へと飛び出していった。その勢いは、まるで遠足にでも行くかのようだ。ミリアは「ああ、もう!また何をしでかすのあの子は!」と頭を抱えた。

 森の奥では、噂に違わず一頭のミルクカウが、目を血走らせて暴れ回っていた。その体からは白いミルクがジェット噴射のように飛び散り、周囲の木々はなぎ倒され、まるで竜巻が通った後のようだ。ミリアが口にした「悪魔の誘惑」どころか、「暴走する乳製品工場」と化したミルクカウは、まさに地獄絵図を作り出していた。

「ブモォォォォォ!痛い!痛いんだブモォォォォォ!もう、死んでしまうブモォォォォォ!」

 ミルクカウの叫び声は、まさに絶叫だった。その苦しみが、森中に響き渡る。

 レイは、ミルクカウの苦しみに気づき、大地の祝福の力で、穏やかな魔力を放ちながら、ゆっくりと近づいていった。シャドウがレイの前に立ち、いつでも防御できるように構える。ミルはレイの肩の上で、緊張しながらもミルクカウの様子をうかがっていた。

「痛いんだね?僕がその痛みをどうにかしてあげるよ。だから、落ち着いて。」

 レイは優しく語りかけた。その声は、まるで迷子の子牛を諭す母親のようだ。ミルクカウは警戒しつつも、レイから放たれる優しい魔力に、少しだけ動きを緩める。

「ブモ?……痛い、もうダメだブモォォォォォ!もう、この苦しみから解放されたいブモォォォォォ!」

 レイは、その場でミルクカウの痛みの原因が「乳が溜まっていること」だと神霊視で確認した。彼は、まるで医者が病名を診断するかのように冷静だった。

「わかった!その乳を僕に分けてくれたら、痛みがなくなるよ!そして、君には美味しいご飯と、広くてフカフカの土地を用意する。毎日、僕が丁寧に乳搾りをするから、もう暴走することもない!まさに、ウィンウィンな関係だ!」

 レイがそう提案すると、ミルクカウは驚いて動きを止めた。暴走している間にも、セイリオスが「ふむ、これはまさか、交渉術か?レイ坊の食への執念は、ときに魔物をも説き伏せるな。これは論文の題材になるかもしれん」と感心したような声を出した。その横でバルドルが「ジジィ、そんなこと言ってる場合か!暴走が止まったぞ!」と呆れたように言った。

「ブモ……本当なのかブモ?痛みから解放してくれるのかブモ?嘘じゃないブモ?」

 ミルクカウは疑わしげにレイを見た。その目は、まだ少し血走っている。

「もちろん!僕は美味しいものが大好きなんだ。君のミルクを使って、たくさんの美味しいものを作って、君にもお礼として分けてあげるよ!僕の作る美味しいものは、きっと君の想像をはるかに超えるはずだよ!」

 レイの純粋な瞳と、美味しいものへの熱意に、ミルクカウは心を動かされたようだ。その暴走はぴたりと止まった。痛みから解放されるという誘惑には勝てなかったようだ。

「ブモォォォォォ……わかったブモ。信じてみるブモ。もし嘘だったら、お前を潰すブモ!」

 こうして、レイと暴走ミルクカウの間で、奇妙な「ミルク搾り」の契約が成立したのだった。レイは、大地の祝福の力でミルクカウの乳腺の詰まりを少しずつ和らげ、優しく乳搾りを始めた。大量のミルクが放出されると、ミルクカウは「ブモォォォォォ……気持ちいいブモ……最高ブモ……」と、安心したように目を閉じ、恍惚とした表情を浮かべた。その表情は、まるで温泉に浸かっているかのようだ。

 レイは、ミルクカウを自宅の広大な畑へと案内した。そこには、マンちゃんが育てた栄養満点の草が敷き詰められ、ネクサが新鮮な水を供給する水場も完備されていた。ミルクカウは、用意された環境に満足げに「ブモォォォォォ」と鳴いた。そこは、ミルクカウにとってのまさに天国だった。

「これで毎日、美味しいミルクが飲み放題だ!プリンもアイスも、もう夢じゃないぞ!」

 レイは、これから作られるであろう数々の美味しいスイーツに思いを馳せ、早くも顔がにやけていた。彼の頭の中では、すでにミルクを使った新たな「美味しい」が無限に広がり始めていた。

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