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第33話:禁断の赤い実、トマトの真価

 泥実から生まれた新たな調味料が食卓に並び、レイの家族は舌鼓を打っていた。ヴァルドは「これはもう、食べる麻薬だな!」と叫び、ミリアは「これで私も一流料理人の仲間入りね!」と目を輝かせる。しかし、レイの「美味しい」探求の旅は、まだ始まったばかりだ。彼の次なる目は、この世界では「毒」とされ、誰も見向きもしない真っ赤な果実に向けられていた。それは、レイが「トマト」と呼ぶものだった。

 その日の昼食後、レイはミリアに、まるで秘密の取引を持ちかけるかのように尋ねた。

「母さん、あの赤い実、本当に食べられないの?本当に、本当に?」

 ミリアは顔を曇らせた。その表情は、まるで自分の子が危険な遊びをしようとしているのを見ているかのようだ。

「ええ、レイ。あの赤い実は、見た目はとても美しいけれど、食べると体が痺れて、ひどい吐き気に襲われるの。ひどい時は、数日寝込んでしまう人もいるわ。だから、誰も採ろうとしないし、毒の実と呼ばれているのよ。まるで、悪魔の誘惑ね!」

 その赤い実、レイが「トマト」と呼ぶものは、ダンジョンの奥地に自生する、鮮やかな赤色が特徴の果実だ。その色彩とは裏腹に、強い毒性を持つとされ、人々に忌避されていた。そのため、この世界でサラダとして生食できるトマトは、特別な環境で作られたレイのトマトだけだ。一般的な「火の林檎」は、まさに禁断の果実だったのである。

 しかし、レイの神霊視は、その「毒」の奥に隠された、とてつもない可能性の輝きを捉えていた。それは、アビスベリーや泥実とは異なる、しかし確かに「美味しい」へと繋がる、眩いばかりの光だった。「この輝きは尋常じゃない!これは毒なんかじゃない、美味の宝庫だ!」レイのグルメセンサーが再び狂ったように警報を鳴らしていた。

 レイはミリアに、その赤い実を少しだけ採ってきてほしいと頼んだ。ミリアは心配そうにレイを見つめたが、アビスベリーや泥実での彼の奇跡を思い出し、諦めたように承諾してくれた。

「分かったわ。でも、もしあなたが倒れたら、看病はしないからね!」そう言いながらも、彼女の心の中では、わずかな期待が芽生えていた。

 翌日、ミリアが持ち帰ったのは、手のひらに乗るほどの小さな赤い実が数個だった。レイは早速、その実の加工に取り掛かった。神霊視で実の内部を詳細に解析すると、その毒性の原因が、特定の成分と結びついた不安定な魔力にあることが分かった。そして、その魔力を別の形に変換することで、毒性が失われ、さらに新たな「旨味」が生まれることも見抜いた。「なるほど、魔力変換ね!簡単、簡単!」と、レイはニヤリと笑った。

「よし、これだ!」レイは、図書室で見つけた古い錬金術の書物から、特定の素材を組み合わせることで物質の性質を変化させる「錬成」の術式を思い出した。彼は、赤い実を細かく刻み、そこに少量の水と、乾燥させた木の実の粉末を加えた。そして、器に入れた実に手をかざし、術式を唱えながら集中する。その姿は、まるで怪しげな儀式を執り行う魔術師のようだ。

 彼の指先から放たれる微かな光が実を包み込み、ゆっくりと変化が始まった。どす黒かった毒の魔力が、少しずつ澄んだ輝きへと変わっていく。毒々しい匂いは薄れ、代わりに甘酸っぱい、何とも言えない素晴らしい香りが漂い始めた。ミリアは、その劇的な変化に息をのんだ。

「あら、本当に匂いが変わったわ!まさか、本当に魔法だったなんて!」

 数時間後、レイの手には、深紅の液体が満たされた器があった。それは、透明感のある美しい赤色で、甘くフルーティーな香りを放っていた。恐る恐る一口舐めてみると、口の中に広がるのは、凝縮されたような甘みと、心地よい酸味だった。レイの顔は、まさに至福の表情だった。

「これは……甘くて、少し酸っぱい!まさに、『ケチャップ』だ!この味は、僕の記憶の中でも最高ランクだよ!」

 レイは、この液体が現代世界で言うところの「ケチャップ」だと確信した。特に、彼の頭の中に浮かんだのは、肉料理に添えたり、パンに塗ったりする、あの甘酸っぱい調味料だった。

「母さん、これ、焼いた肉に付けてみて!きっと感動するよ!」

 ミリアは半信半疑ながらも、レイが差し出した深紅の液体を、焼いた鳥肉に少量つけて口に運んだ。次の瞬間、彼女の顔が驚きに満ちた。その目からは、もはや「毒」への恐怖はなく、ただ純粋な「美味」への感動だけが輝いていた。

「これは……!お肉の味が、こんなにも引き立つなんて!甘みと酸味が、お肉の旨味とこんなに合うなんて!まるで、お肉が神界に連れていかれたようだわ!」

 ヴァルドも味見し、目を丸くした。「これは素晴らしい!この赤色の液体があれば、どんな肉料理も格段に美味しくなるぞ!毒の実が、まさかこんな宝になるとは……!もう毒と呼ぶなんて、失礼極まりない!」彼の言葉には、感動と、これまで毒と決めつけていたことへの後悔が入り混じっていた。

 レイはさらに、この「トマトソース」に、先ほど完成した泥実の「コチュジャン」を少量加えてみた。すると、甘酸っぱさの中にピリッとした辛味が加わり、より複雑で食欲をそそる香りが立ち上った。

「これは、『チリソース』に近いかな。辛いものが好きな人にはたまらないはずだ!」

 ミリアとヴァルドは、その新たな味わいに再び驚きを隠せない。特に、コチュジャンと合わさったソースは、これまで経験したことのない刺激的な美味しさだった。二人の顔は、辛さと旨さに悶絶しつつも、至福に満ちた表情をしていた。「うーん!これはヤバい!」「もう止まらない!」

 レイが開発した「トマトソース」は、家族の食卓に革命をもたらした。これまで単調だった肉料理に深みと彩りを与え、食欲を一層掻き立てる魔法の調味料となったのだ。

 そして、レイの頭の中では、次の「美味しい」のアイデアが次々と生まれていた。それは、この異世界で眠る、まだ見ぬ食材たちの潜在能力を、彼の神霊視と錬金術の知識で引き出す、終わりのない旅の始まりを告げていた。彼の手にかかれば、この世界の「毒」や「ハズレ品」は、全て「奇跡の美味」へと変わるだろう。

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