第29話:日本の恵み、初めての収穫
畑にゴーレム、マンちゃん、そしてふわふわが加わり、水やりを完璧にこなすネクサ(水の精霊)も仲間入りして数週間。我が家の庭は、以前にも増して賑やかで活気に満ちていた。まるで巨大な動物園にでもなったかのようだ。レイはポポ、ゴーレム、マンちゃん、ネクサ、そしてふわふわという個性豊かな仲間たちと共に、日本の作物がすくすくと育っていく様子を毎日見守っていた。彼らはそれぞれの能力を存分に発揮し、レイの大地の祝福によって聖域化した畑の恵みは、まさに奇跡と呼ぶにふさわしいものだった。
そして、ある日のこと。
レイは畑に足を踏み入れた瞬間、その甘く、どこか懐かしい香りに包まれた。それは、これまで異世界で嗅いだことのない、特別な香りだった。彼の神霊視が捉える光景は、息をのむほど美しかった。真っ赤に熟した、「火の林檎とは似て非なる赤き実」がずっしりと枝に実り、色鮮やかなナスやピーマンが葉の間から顔を覗かせている。キュウリは青々と瑞々しく、そして何よりも、黄金色に輝く稲穂が、風に揺れてサラサラと音を立てていた。
「すごい……!ついに、できたんだ……!」
レイは感動で声を震わせた。待ちに待った日本の作物の収穫の時が来たのだ。彼はポポに「もふもふ!」と土の最終調整を任せ、ゴーレムには「優しくね、優しく!壊さないでよ!」と、まるで爆弾でも運ぶかのように慎重に収穫の準備を指示した。ネクサは喜びの舞を踊るように周囲を漂い、マンちゃんは「きゃあ!」と楽しげに歌いながら、収穫を心待ちにしているようだった。そしてふわふわは、収穫されたばかりの瑞々しい野菜にそっと触れては、その新鮮さにうっとりしている。
数時間後、レイと従魔たちの手によって、日本の作物が次々と収穫された。籠いっぱいの採れたての野菜や果物、そしてふっくらとした米の穂。どれもこれも、レイが知っている日本のそれよりも、一回り大きく、そして生命力に満ち溢れているように見えた。その日の夕食は、当然、これらの新鮮な日本の食材が主役となることが決まった。食卓がとんでもないことになりそうだ。
夕食の準備が始まった。レイはミリアに収穫したばかりの作物を渡し、料理の協力を求めた。
「母さん、この赤い実でサラダを作ってほしいんだ!」
ミリアは受け取った赤い実を見て、わずかに顔をしかめた。その表情は、まるで初めて見る宇宙人でも渡されたかのようだ。
「レイ、これは……『火の林檎』のこと? 毒があると昔から言われているものだけど……」
ミリアの不安そうな表情に、レイは満面の笑顔で、悪魔の囁きのように答える。
「違うよ、母さん! これは僕が特別に育てた、新しい作物なんだ! 見た目は似てるけど、火の林檎とは全然違う、毒なんて全くないんだよ! 大丈夫、大丈夫! 僕が何度も味見して、舌が痺れたり、お腹が痛くなったり、変な幻覚を見たりしないことを確認済みだから! 安心して食べてみて! なんなら僕が今ここで丸かじりして、倒れないことを証明して見せようか?ほら、食べるよ?食べるよ?」
レイが満面の笑みで赤い実を口元に運ぶ仕草に、ミリアは「きゃあああ!待って!そこまでしなくていいから!」と慌てて制止し、半信半疑ながらも頷いた。彼女は恐る恐るその赤い実を切り、瑞々しいキュウリと共にサラダに盛り付けていく。その手つきは、まるで時限爆弾の配線を切るかのように慎重だ。いや、もしかしたら、その赤い実がいつ爆発するのか、密かに警戒しているのかもしれない。
次にレイは、濃い紫色をした、見慣れない野菜をミリアに差し出した。
「それから母さん、この野菜は炒め物にすると美味しいんだ。これも毒じゃないから、試してみてほしいな!」
ミリアは目を丸くした。「これも……? でも、こんな色の野菜は見たことがないわ。これも毒なのでは?」彼女の疑いの目は、完全にレイの自作野菜に向けられていた。もはや「レイが何か怪しいものを育てている」という確信に変わりつつあった。
「大丈夫だってば! 僕が育てたものだから、安心して! 焼くとすごく香ばしくなるんだ! あ、念のため、これ食べた後に僕が元気か確認してくれてもいいよ! もし倒れたら、すぐに回復薬を頼むね!」
レイの冗談めかした言葉に、ミリアは困惑しながらも、そのナスを手に取った。彼女は恐る恐るそれを切り、フライパンで香ばしく炒め始めた。ジュウジュウと美味しそうな音が広がり、これまで嗅いだことのない香ばしい匂いが漂う。しかし、ミリアはまだ警戒を緩めない。「怪しい……でも、いい匂い……」という表情だ。
傍らでは、炊きたての白いご飯からは湯気が立ち上っていた。食卓いっぱいに広がる、これまでにない新しい香りに、ヴァルドとミリアは興味津々だった。好奇心が不安を上回ってきたようだ。もはや「美味しいものには危険がつきもの」という謎の覚悟を決めたかのようだった。
「レイ、これは一体……?」ヴァルドが、初めて見る白い粒が並んだ器を指差して尋ねた。
「父さん、母さん、これが僕が育てた新しい作物だよ。今日は特別に、みんなで味わおう!」
レイはそう言って、皆の前に料理を勧めた。まず、ヴァルドがスプーンを取り、炊きたての白いご飯を一口食べた。口に入れた瞬間、その表情が驚きに変わり、まるで魔法でもかけられたかのように目が輝く。ふっくらとした粒が舌の上で踊り、噛むほどに広がる優しい甘みと香ばしさ。ヴァルドの目から、感激のあまり涙が滲みそうになった。
「これは……!何と形容すればいいのか……!こんなにも香りが高く、奥深い味わいの穀物は、食べたことがないぞ! まさに穀物の王よ!ああ、これは夢か!?誰か頬をつねってくれ!」
ヴァルドは感嘆の声を上げ、思わずおかわりを求めるような目でレイを見つめた。その眼差しは、飢えた獣が獲物を見つめるかのようだった。続いてミリアが、恐る恐るサラダの赤い実を口にする。この世界では「食べると熱病にかかる」と信じられ敬遠されていた、似た見た目の「火の林檎」のイメージが頭をよぎる。しかし、レイが自信を持って「新しい作物」と断言したその実は、完熟した甘酸っぱさと、弾けるような瑞々しさが口いっぱいに広がり、彼女は思わず目を見開いた。
「まぁ!この赤い実、まるで宝石ね!甘くて、爽やかで……これは、もう一度食べたいわ! むしろ、皿ごとください!毒どころか、これもう薬膳料理じゃないかしら!?」
そして、炒められたナスを口にしたミリアは、さらに驚きの表情を見せた。口に入れた瞬間、彼女の瞳がぐるぐると回り出し、まるで宇宙に飛んでいってしまったかのような恍惚とした表情になる。
「この紫の野菜……!炒めるとこんなに甘くて香ばしくなるなんて!信じられないわ! これなら毎日、いや毎食食べたいくらいだわ!この美味しさは犯罪よ、レイ!」
家族の驚きと感動、そして食欲という名の欲望に満ちた表情に、レイは満面の笑みを浮かべた。シャドウたちも、普段は人間の食事には興味を示さないが、この日ばかりはテーブルの周りに集まり、珍しそうに匂いを嗅いでいる。彼らの目も、どこかキラキラしているように見え、今にもテーブルに飛びつきそうな勢いだった。
この日の夕食は、ヴァルドたち家族にとって、忘れられない特別な夜となった。レイがもたらした新たな味が、この異世界に初めてもたらされ、家族の心を温かい感動で満たしたのだ。そして、明日からは日本の作物争奪戦が始まる予感がした。食料庫の鍵はレイが持つべきだと、密かに覚悟した。




