第28話:水の精霊と畑の進化
畑にゴーレムという頼れる巨人が加わり、マンちゃんの可愛らしい歌声が響くようになって数週間。我が家の庭は、以前にも増して賑やかで活気に満ちていた。まるで巨大な動物園にでもなったかのようだ。レイはポポ、ゴーレム、マンちゃん、そしてふわふわという個性豊かな仲間たちとの畑仕事に夢中だったが、一つだけ、まだ「ええい、面倒だ!」と叫びたくなるほどの手作業に頼っている部分があった。それは水やりだ。広大な畑に効率的に、かつ楽して水を供給する方法を、レイは毎日腕を組みながら真剣に模索していた。
そんなある日の午後、レイは水桶を抱え、汗だくになりながらせっせと畑に水を撒いていた。その姿は、まるで夏休みのラジオ体操に来た小学生のようだ。そこへ、レイと契約を交わした水属性の幻獣、小さな精霊のネクサが、心配そうにレイの傍らに舞い降りてきた。掌に乗るほどの小さな体で、透き通るような水色の体がキラキラと光を反射している。吸い込まれるようなアクアマリンの瞳が、今はレイの様子に、微かな心配を浮かべていた。
「レイ、その水やり、大変そうね。退屈で死にそうだわ」
ネクサの声は、泉の水の流れのように澄んでいながら、なぜかレイの心に直接語りかけてくる。まるで脳内に直接流れるBGMのようだ。レイは、突然聞こえた声に、心底驚いたような、いや、むしろ「幻聴か!?」と疑うような表情を浮かべた。
「ネクサ、もしかして、手伝ってくれるの?」
レイが尋ねると、ネクサは優雅に、まるでバレリーナのように頷いた。
「ええ。ワタシは水の精霊。水のことなら、あなたを助けられるわ。というか、見ていられなくて」
ネクサがそう言うと、レイが持っていた水桶へとスッと近づき、小さな手をそっと水面に触れさせた。すると、水桶の中の水が、まるで生きているかのように「ブルブル」とゆらめき始めた。ネクサが自らの魔力を流し込むと、水は細い螺旋を描きながらフワリと空中に舞い上がり、畑全体に均一に、まるでシャワーのように降り注ぎ始めたのだ。その水は、ただのH2Oではない。レイの神霊視と大地の祝福には、ネクサの意思と魔力が込められ、植物の一つ一つが「うわーっ!」「サイコー!」「もっとちょうだい!」と、まるで水風呂に浸かったおっさんのように歓喜の声を上げているのがはっきりと見て取れた。植物たちはみるみるうちに活力を取り戻し、葉の色はより鮮やかになり、茎はぐんと伸びたように見えた。「あれ、昨日より大きくなってる!?」と、レイは思わず目を擦った。そして、とあるトマトの株からは「うーん、この水、最高だねぇ!これは絶対、前より甘くなるよ!」と、自信満々の声まで聞こえてきた。
「すごい! ネクサ! ありがとう!」
レイは目を輝かせた。これまでの手作業とは比べ物にならない効率と、植物の明らかな変化に感動を覚える。もう水やりで腰を痛める心配もないだろう。
「これは、まさに水属性最適化の力じゃな! うむ、この儂が是非ともその真理を、根源から、いや、存在そのものから解き明かしたいものじゃ! 研究したいのう、研究したいのう、研究したいのう!」
いつの間にかレイの肩に、まるで最初からいたかのように止まっていた梟のセイリオスが、金色の瞳をキラッキラに輝かせながら、どこか粘着質な口調で興奮気味に言った。彼の頭の中では、すでにこの世界の誰も知らない新たな学説が何十本も浮かんでいることだろう。
ネクサの働きによって、レイの畑はさらなる進化を遂げた。ゴーレムが土を耕し、ポポが土の栄養を管理し、マンちゃんが可愛らしい歌声で植物の成長を促す中、ふわふわは畑の上空を偵察し、ネクサは畑全体を潤す命の水を供給する。レイの管理する畑は、単なる作物を育てる場所ではなく、レイの持つ大地の祝福によって、それぞれの従魔の能力が最大限に引き出される、まさに楽園のような聖域へと変貌していくのだった。今日も我が家の庭からは、ゴーレムの鈍い足音、ポポの「もふっ!」、マンちゃんの「きゃああ!」、そしてネクサの澄んだ水の音が、まるで不思議なオーケストラのように響き渡っていた。




