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第25話:賢者のプライドと大鷲の「喝を入れようか」

 ルーナが真の月狼として覚醒して以来、ログハウスの図書室はなんだか一段とキラキラして、神聖な空気をまとっていた。空間に満ちる月の魔力は、まるで高級アロマのようで、レイはさらに集中して書物と向き合えるようになった。覚醒したルーナは、ほとんどの時間をレイのそばで過ごし、その大きな体で静かに見守っている。彼の青い瞳は、以前にも増して深くて、レイが古文書を読み解く様子を、食い入るように追いかけていた。まるで、「お主、もっと賢くなれ〜」とでも言いたげに。


 ある日、レイは、セイリオスが長年頭を悩ませていたという、とんでもなく難解な古文書を手に取った。それは、複雑な古代文字と、まるで子どもの落書きのような奇妙な図形がびっしり書き込まれた、分厚い羊皮紙の書物だった。セイリオスは、その書物を解読するためだけに、このログハウスに居座っていると言っても過言ではないほど、研究に命を懸けていたのだ。


「セイリオス先生、これ、なんて書いてあるんですか?」


 レイが何気なく尋ねると、セイリオスはまるで酸っぱい梅干しを丸ごと食べたかのような、衝撃の顔をした。


「むう、レイよ。それはこの図書室でも最難関とされる古文書の一つじゃ! 儂もこれまでに数えきれないほどの時間を費やしたが、未だその全容を解明できずにいるのじゃ。古代の魔術理論が記されているようじゃが、その記述はあまりにも難解で、文字の羅列が意味をなさない部分も多いのじゃよ!」


 セイリオスは大きくため息をつき、眼鏡の位置を直した。その言葉からは、長年の研究で頭を抱え続け、髪の毛が抜けそうになった苦労がにじみ出ているようだった。


 しかし、レイは古文書を眺めながら、首を傾げた。彼の〈言霊理解〉というズルい祝福が、古文書の言葉をスラスラと読み解いていく。そして、奇妙に見えた図形も、彼の目にはまるでプラモデルの設計図のように鮮明に映ったのだ。


「えっと……これは、魔力循環の法則について書かれてますね。この図形は、魔力を効率よく流すための回路図で、この部分が……あ、魔力変換炉の改良案か。なるほど、ここにエラー処理の記述が抜けてるから、魔力逆流のリスクがあるのか。だから先生、詰まっていたんですね! あはは!」


 レイは、まるで子供向けの絵本でも読むかのように、すらすらと古文書の内容を読み上げ、さらにその記述の不完全な点まで、まるで「ここ、赤点ですよー!」とでも言うかのようにズバッと指摘した。


 セイリオスは、レイの言葉を聞くにつれて、徐々に顔色を変えていった。彼の口は半開きになり、眼鏡がずり落ちるのも構わず、レイが指差す古文書の箇所を凝視した。その目は、まるで宇宙人が目の前に現れたかのように、カッと見開かれていた。


「な、なんだと!? そ、そんなはずは……! 儂が三百年、夜も寝ずに研究し続けてきたこの魔術書を、お主は今、たった数分で、しかもエラーまで指摘しただとぉ!? うぐぐ……!」


 セイリオスの声が、図書室に響き渡った。彼は呆然とした顔でレイと古文書を交互に見て、やがて床にがっくりと膝をついた。まるで、人生最大の衝撃を受けて、電池が切れたロボットのように。


「ぐおおお……儂の、儂の血と汗と涙の結晶が……! いや、違う、儂の、儂の努力が、こんなにもあっさりと……! 馬鹿な、そんな馬鹿なことがあってたまるか! くっ……!」


 セイリオスは、顔を覆って呻き声を上げた。その姿は、長年の研究が報われず、若き才能に一瞬で追い抜かれた賢者の、深い絶望と悔しさを表しているかのようだった。まさに、賢者のプライドが、パリッパリに砕け散る瞬間だった。

 その様子を、レイの傍らに止まっていた大鷲のバルドルが、まるで「ざまぁみろ」と言いたげな睥睨するような目で見下ろしていた。彼は、セイリオスとは旧知の仲。普段から居眠りしているセイリオスを「ジジィ」呼ばわりする、かなりの毒舌家だ。


 バルドルは言った。「おいおい、賢者殿。随分と派手にへこんでおるな。ジジィ、まさかそんなことで魂が抜けたわけではあるまいな?」

 バルドルは続けた。「どうだ、このワシが特別に、お前に活を入れてやろうか? 長年の研究が、ひよっこ坊主に一瞬でひっくり返されるなど、賢者様にとっては日常茶飯事であろう? なぁ、ジジィ」


 セイリオスは、バルドルの辛辣な言葉にピクリと反応し、顔を上げた。バルドルの口撃と、レイの純粋な問いかけが同時に襲いかかり、セイリオスの心は二重のダメージを受けたようだった。まるで、パンチとキックを同時に食らったかのように。


「ぐふっ……バルドル、お主まで追い打ちをかけるか……! だが、そうじゃな、活を入れてもらうとするか……。儂は、新たな研究テーマを見つけたぞ。お主のその不可解な**〈言霊理解〉**について、徹底的に解明することにする!」


 セイリオスはそう言って、新たな研究意欲に燃える目でレイを睨みつけた。レイは、それが自分にとって新たな「宿題」、いや、もはや「ボスキャラ」と呼ぶべきものになることを、まだ知る由もなかった。バルドルは、そんなセイリオスの様子を愉快そうに眺め、小さく「ケケッ」と喉を鳴らした。


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