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第23話:月狼ルーナの覚醒と、古の誓い

 

 ログハウスの図書室に、穏やかな時間が流れていた。レイは、ミリアが淹れてくれた温かいハーブティーを飲みながら、昨日感じた図書室の不思議な息吹を、心の中でそっとなぞっていた。従魔たちはそれぞれの場所でくつろいでいる。シャドウはレイの影にひっそり隠れ、ミルは肩の上で毛づくろいに余念がなく、ふわふわは膝の上で気持ちよさそうに丸まっていた。フラムは足元で暖炉の残り火をちょんちょんとつつき、フローラはレイの傍らで澄んだ魔力を放ち、柔らかな光を灯していた。ルーナは書棚の片隅で、まるで何かを待つかのように、静かに佇んでいた。


 その時だった。ルーナの白い毛並みが、突然、月の光のように淡く輝き始めた。彼の青い瞳は、図書室の奥、埃を被った古い書棚の一角をじっと見つめていた。その場所は、昨日レイが神霊視で感じた、微かな神性の輝きが一番強く放たれていたところだった。


「……ワタシ……ここを……」


 ルーナの声が、直接レイの心に響いてきた。その声は、微かな震えを帯び、これまでに聞いたことのない強い感情が込められているのが、レイにははっきりと伝わった。


 レイは、ルーナの視線の先を追った。書棚から放たれる輝きは、確かに微弱ではあったが、昨日よりも明らかに強くなっていた。まるで、その光が、ルーナに呼びかけるように、じんわりと濃くなっているかのようだった。


「ルーナ、どうしたの?」


 レイが優しく尋ねると、ルーナはゆっくりと、その書棚へと歩み寄った。彼が書棚にそっと触れると、棚全体から、古く、しかし力強い魔力が溢れ出し始めた。その魔力は、ルーナの体を優しく包み込み、彼の瞳をさらに青く、深く輝かせた。


「……ここ……ワタシの……」


 ルーナがそう呟くと、書棚の奥から、カタカタと微かな音が聞こえ始めた。そして、書棚の背板の一部が、ゆっくりと内側に沈み込んでいく。まるで、長年秘められていた扉が、ようやく開かれる劇的な瞬間のようだった。それは、図書室そのものが、ルーナの呼びかけに応じているかのようにも見えた。


「まあ! レイ、こんなところに隠し場所があったなんて……!」


 ミリアが驚きを隠せない声で言った。長年このログハウスで暮らしているミリアでさえ、この図書室にこんな秘密の場所があるとは、夢にも思っていなかったのだ。隠された空間からは、ひんやりとした空気が流れ込んできた。


 そして、そこに隠されていたのは、古びた巻物だった。見たこともないほど古く、しかし不思議なほど色褪せていない、銀色の巻物だ。巻物からは、ルーナが放つ月の魔力と似た、しかしより強く、純粋な神性の輝きが放たれていた。それはまるで、月の光そのものが形になったかのような、神秘的な美しさだった。


 ルーナは、その巻物に鼻先を寄せ、震えるようにそっと触れた。巻物に触れた瞬間、ルーナの体から、眩いほどの光が溢れ出した。そして、彼の瞳が、これまでにないほど強く、深く輝き始めた。


「……思い出した……ワタシは……月の神殿の……守護者……古の誓いを……」


 ルーナの声は、もはや途切れることはなかった。その言葉は、レイの心に、静かで確かな響きとなって伝わってきた。彼の失われた記憶が、今、はっきりと呼び覚まされた瞬間だった。


 レイは、ルーナの劇的な変化に驚きつつも、その言葉に心を震わせた。月の神殿の守護者。それは、ルーナがただの可愛い従魔ではない、もっと特別な、大切な存在であることを示していた。そして、この巻物が、ルーナの長い間閉ざされていた記憶の扉を開いたのだ。


「ルーナ、よかったね! 記憶が戻ったんだね!」


 レイが嬉しそうに言うと、ルーナはレイに視線を向け、その瞳に深い感謝の色を宿した。その表情は、まるで長年の霧が晴れたかのように、清々しいものだった。


 ミリアは、目の前で起こった奇跡的な光景に、ただただ目を奪われていた。隠し場所の存在、ルーナの突然の覚醒、そして巻物から放たれる神聖な輝き。全てが彼女の想像をはるかに超えていたのだ。


 セイリオスは、静かにその光景を見守っていたが、ルーナが記憶を取り戻したことに、満足げに頷いた。


「ふむ……やはり、この図書室は月の神殿の守護者たるルーナの記憶を封じるに足る、特別な場所だったか。レイ、お主の祝福が、まさかこれほど早く彼の記憶を取り戻す助けとなるとはな」


 セイリオスは、この図書室が、ユングリング家がフレイ神の加護を受け、この土地を守護してきた歴史の中で、月の神殿と深く関わってきた場所であることを示唆した。そして、この場所を守り継ぐ者が選ばれるのは、王家の血筋や爵位ではなく、その資質、そして運命によるものだと。ヴァルドが選ばれたのも、そしてきっと、彼の次の管理者となるのがレイであることも、全ては必然であるかのようだった。それは、この図書室が持つ、もう一つの顔だったのだ。


 図書室に差し込む光の中で、ルーナが手にした銀色の巻物は、静かに、しかし力強く輝き続けていた。レイの異世界での生活は、ますます深淵な真実へと誘われていくのだった。


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