第17話:水の守り手、ネクサとの契約、そしてレイの「精霊捕獲大作戦」?!
王都での幻獣の歌声を聞いて以来、レイの心は落ち着かなかった。その歌声は、どこか寂しげでありながら、レイの心を「うずうず」と強く揺さぶるものがあった。アルヴィンやヴァルドも王都での幻獣の出現に警戒を強めていたが、レイはあの歌声の主が危険な存在ではないと直感的に感じていた。うん、だって歌声が悲しそうだったもんね。
翌日、ミリアが「今日の夕食は奮発するわよ!」とばかりに買い出しに出かけ、ヴァルドとアルヴィンが「ふむ、この書類は…」「いや、それは…」と政務で忙しい中、レイは魔獣たちと共に、再び庭園の奥深くへと向かっていた。セイリオスは書庫で本を読んでいたが、レイが庭園に向かうのをちらりと見て、「ふむ、何か面白いことでも始まるかのう」と何も言わずに見送った。
レイが祠の近くまで来ると、昨日よりもはっきりと、歌声が聞こえてきた。それは、庭園のさらに奥、木々の間から漏れ聞こえる水の音と混じり合い、神秘的な調べを奏でている。まるで、誰かが水の音に合わせて歌っているかのようだった。シャドウが先導し、その漆黒の体が木々の影に溶け込むように進む。「私に任せろ」とばかりに。ミルはレイの肩で「ぴぴぃ!」と周囲を警戒し、ふわふわはレイの足元に寄り添う。「何かおやつ落ちてないかなー」とばかりに。ルーナは、その青い瞳に微かな期待を宿らせながら、レイの隣を歩いていた。その瞳には、まるで「待っていたよ」とでも言いたげな光が宿っていた。
歌声に導かれるまま木々を抜けると、そこには、王都の喧騒を忘れさせるかのような、ひっそりとした泉が広がっていた。泉の水は透き通るように澄んでおり、水底の小石一つ一つが鮮やかに見えるほどだ。そして、その泉の中央に、一際大きな蓮の花が咲き誇り、その花びらの上に、まばゆい光を放つ小さな存在が横たわっていた。
それは、人の形をしているが、全身が透き通るような水の色に輝き、まるで水そのものが意思を持ったかのように流麗だ。背には朝露の雫のような透明な羽根が生え、光を浴びてきらきらと虹色に輝いている。まるで、水と光が織りなす芸術品のような、幻想的な美しさだった。しかし、その顔には、深い疲労と、そして「もうどうでもいいや」と諦めにも似た表情が浮かんでいる。
「この子……寝てるのかな?それとも……」
レイが呟くと、シャドウが小さく唸り声を上げた。バルドルが上空から「ドシーン!」とばかりに舞い降りてきて、泉のほとりに静かに着地した。他の魔獣たちも、その存在から放たれる清らかながらも弱々しい魔力に、警戒しつつも惹きつけられているようだった。まるで、「お仲間かな?」とでも言いたげに。
「水の精霊……その中でも、上位の存在……」
ルーナが、途切れ途切れに言葉を紡いだ。彼女の瞳が、その存在に呼応するように、微かに揺れている。「まさか、こんなところで会えるなんて」とでも言いたげに。
レイの〈神霊視〉は、その存在から、純粋で淀みのない水の神性を捉えていた。しかし、その神性の輝きは弱く、まるで電池切れ寸前の懐中電灯のようだ。
「苦しんでる……お腹空いてるのかな?」
レイは、その水の精霊から、深い悲しみと、永い時間の中で培われた孤独を感じ取った。レイの〈大地の祝福〉が、泉の周囲の植物を癒すように、優しい光を放ち始める。その光が水の精霊の体に触れると、水の精霊は微かに身動きをし、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
吸い込まれるようなアクアマリンの瞳が、レイを捉えた。その瞳には、一瞬の驚きと、そして微かな希望が宿った。
「……誰……?見慣れない顔ね……」
水の精霊の声は、泉の水の流れのように澄んでいながら、弱々しく響いた。その声は、レイの心に直接語りかけてくる、透明で美しい女性の声だった。
「僕はレイ。君、大丈夫?どこか痛い?」
レイが優しく語りかけると、水の精霊はかぶりを振った。
「……ワタシは……この場所に……永いこと……囚われている……退屈で死にそうだわ……」
その言葉に、レイは心を痛めた。この美しい精霊が、なぜこのような場所で、こんなにも「退屈」しているのだろう。
「もしよかったら、僕と契約しない? 僕と一緒なら、きっと君の苦しみも癒せるかもしれないし、退屈もさせないよ! 君の名前は?」
レイがそっと手を差し伸べると、水の精霊はレイの手を見つめ、迷うように息を吐いた。そして、レイの瞳に宿る純粋な優しさを見た時、そのアクアマリンの瞳に、確かな光が灯った。
「……ネクサ……」
水の精霊は、か細い声で自身の名前を口にした。
「ネクサ。僕と契約して、一緒に暮らそう。君の苦しみも退屈も、僕が一緒に癒してあげる!」
レイのまっすぐな言葉に、ネクサは心を決めたように、レイの差し出した小さな手のひらに、自身の小さな手を重ねた。まるで、運命の歯車がカチリと音を立てて動き出したかのようだった。
その瞬間、レイの右手の王印が、これまでで最も強く、清らかな光を放った。白く輝く光が、泉の水面を照らし、泉全体が幻想的な輝きに包まれる。ネクサの体からも、透き通るような青白い光が立ち上り、レイの王印の光と重なり合った。二つの光が重なり合い、王都の庭園全体に神秘的な波動が広がっていく。その輝きは、まるで庭園全体が巨大な宝石になったかのようだった。
光が収まると、レイとネクサの間には、強固で、温かい絆が結ばれていた。ネクサの体は、以前よりも鮮やかに輝き、その顔には、深い安堵と、かすかな笑みが浮かんでいる。まるで、長年の肩の荷が下りたかのようだ。
「……ありがとう、レイ。これからは、ワタシはレイの『水の守り手』になるわ」
ネクサの声は、先ほどよりもはっきりと、そして力強く、レイの心に響いた。彼女は、レイの新たな従魔として、再びこの世界で生きることを選んだのだ。
シャドウたちは、その契約の光景を息をのんで見守っていたが、ネクサがレイと契約したことを感じ取ると、警戒を解き、ゆっくりと泉のほとりに集まってきた。ルーナは、ネクサを見て、何かを思い出そうとしているようだった。その瞳には、確かな光が灯っていた。
レイは、新たな家族となったネクサの小さな手を優しく包み込んだ。かつてこの場所で、何らかの理由で囚われていた水の精霊。ネクサとの出会いは、レイの異世界での生活に、さらなる物語の展開を予感させた。そして、王都の庭園に現れた幻獣の歌声は、彼らが出会うための、運命の調べだったのかもしれない。うん、まさに「奇跡の出会い」ってやつだ!