第1話:目覚めたらチート幼児!黒い影の友達と、アレルギーよさらば!
朝陽が差し込む天蓋ベッドで、レイはゆっくりと目を開けた。そこには、見慣れた日本の天井ではなく、白木で組まれた見事な梁が広がっていた。違和感にまどろんでいた意識が、ふと、昨夜の出来事を鮮明に思い出す。四歳の誕生日の夜、突然脳裏に蘇ったのは、前世の日本での大人の記憶だった。個人を特定するような具体的な情報はなかったが、日本の生活様式や、懐かしい料理のレシピ、そして花粉症や動物アレルギーに悩まされた日々のことなど、ぼんやりとだが確かに30年分の人生が駆け巡ったのだ。「え、これって、まさか…!?」 そんな驚きが、レイの小さな胸を満たしていた。
「……え、嘘でしょ?」
細く伸びた白い指が、朝陽を受けてきらきらと輝く金色の髪に触れる。そして、鏡に映る自分の姿に息をのんだ。色素の薄い金髪、エメラルドグリーンの瞳、そして、透き通るような白い肌。まるで物語に出てくるエルフの子供のようだった。これが、自分? 前世ではごく普通の黒髪黒目の日本人だったはずなのに。どう考えても、これは人生ハードモードからのイージーモード転生ではないだろうか? レイは、内心でそんなツッコミを入れていた。
「レイ、起きたか?」
優しい声に振り向けば、逞しい腕と金髪緑眼を持つ父、ヴァルドが笑顔で覗き込んでいた。その横には、引き締まった体つきに美しい黒髪を持つ母、ミリアが優しく微笑んでいる。見慣れない自分の姿と、優しく見守る両親の姿に、レイは改めてこの現実を認識した。ここは、自分の知る日本ではない。豊かな自然、魔法、魔物、精霊、妖精、幻獣が存在する、「なんだかすごい」異世界だった。そして自分は、フレイ神の末裔であるユングリング家の子孫、「レイ」として、この世界に生まれたのだ。
「おはよ、とぉしゃん、かぁしゃん」
幼い声が口からこぼれる。内面は大人でも、対外的な発言は幼児らしいギャップに、レイは少し戸惑いを覚えた。しかし、それを悟られないよう、にこりと微笑んでみせた。だって、変な子だと思われたら困るだろう?
「今日はレイの誕生日だからな。とびきり美味しい朝食を用意してやったぞ!」
ミリアが嬉しそうに言う。彼女は現在、育児のため冒険者を休業中だが、冒険者として席を置いているため、森やダンジョンへ狩りに出かけることもできる。食へのこだわりは人一倍強く、家族に美味しいものを食べさせるためなら、手間を惜しまないタイプだった。その言葉に、前世で花粉症と動物アレルギーに悩まされ、食べることに執着があったレイの胸は高鳴った。まさか、異世界転生で食の自由まで手に入れるとは!
朝食は、暖炉で焼かれた香ばしいパンに、たっぷりのミルク、そして、ミリアが森で採ってきたばかりだという新鮮な果物と、見たこともないような卵料理が並んだ。異世界の食事に感動しながらも、ふと、ある異変に気づく。体の奥底から、じんわりと温かい力が湧き上がってくるような感覚。それは、まるで体の隅々まで何かが満たされていくような、心地よい感覚だった。
「もしかして、これが……」
フレイ神の「祝福」が確定した瞬間だと、レイは直感的に理解した。そして、その瞬間、脳裏にいくつかの情報が流れ込んでくる。まるで、ゲームのチュートリアル画面が開いたかのようだった。
〈契約の王印〉:魔物・精霊・妖精と契約できる力。(これはすごい!)
〈神霊視〉:神性の存在・場所を見抜ける力。(まさか、神様も見えるのか?!)
〈言霊理解〉:全言語を理解し、会話できる力。(これで言葉の壁は心配ない!)
〈大地の祝福〉:自然魔法に絶対的な適性があり、植物育成・治癒・土魔法が得意な力。(花粉症もアレルギーも怖くない!やったー!)
これが、自分のチート能力……! 花粉症や動物アレルギーに悩まされ、毎日鼻水と目のかゆみに苦しんだ前世とはまるで違う、とんでもない力を手に入れたことに、レイは内心で歓喜した。「僕、最強になれるかも?!」 そんな、子供らしい夢も膨らんでいた。
朝食後、レイはログハウスの広大な敷地にある森へと向かった。豊かな自然に囲まれてのんびり暮らしたいという願望が、前世の記憶と共に蘇っていたのだ。ログハウスには、祖父アルヴィンが張った強力な結界があるため、通常の侵入は困難だった。しかし、この結界は同時に、清浄な魔力と空気に満ちた空間を作り出し、祝福を受けた魔獣や精霊を強く惹きつけるという特性も持っていた。木々の間を縫うように歩いていると、ふと、草むらから鋭い視線を感じた。
「にゃ……」
そこにいたのは、漆黒の毛並みと金色の瞳を持つ、小さな黒猫だった。警戒するように、ぴくりと耳を動かし、いつでも逃げられるように身構えている。まるで、「僕に触ったら呪うぞ」とでも言いたげだった。レイはゆっくりとしゃがみこみ、そっと手を差し出した。
「可愛いね、君」
レイの言葉に、黒猫は身をこわばらせた。しかし、レイは諦めない。〈言霊理解〉の力が働いていることを感じながら、さらに優しく語りかけた。
「怖がらないで。君と友達になりたいんだ。僕はレイ。君の名前は?」
その言葉が通じたかのように、黒猫の金色の瞳が大きく見開かれた。そして、ゆっくりと、震えるような、しかし確かな声で返事をした。
「……シャドウ」
レイは目を輝かせた。言葉が通じた! しかも、この黒猫はただの猫ではない。その瞳の奥には、どこか人間のような知性が宿っていた。シャドウは、恐る恐るレイの差し出した手に顔を擦りつけた。毛並みは、驚くほど滑らかで、アレルギー反応は一切ない。レイはそっとシャドウを抱き上げた。温かい小さな体が、レイの腕の中にすっぽりと収まる。
シャドウは、レイの膝の上で丸くなり、ゴロゴロと喉を鳴らした。やがて、すうすうと規則正しい寝息が聞こえ始めた。レイは、シャドウが自分の影の中に潜り込めることに気づき、さらに驚いた。まるで、影そのものが生きているようだった。
「面白いね、君」
レイは、優しくシャドウの頭を撫でた。広大な自然の中で、初めての友達ができたのだ。この黒猫が、これからどんな冒険を共にするのか、レイは胸を躍らせた。そして、これからの異世界での生活への期待が、胸いっぱいに膨らんでいくのを感じていた。