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第六話 勝負

 門下生も帰って、道場に残っているのは師範の斎藤伝次郎とのその息子新之助、累の三人だけになった。


 累と斎藤伝次郎は道場の中央に向かい合わせに正座をしている。

「それで累殿、確認なんですが私は今も亡き妻を愛しておりまして、どの様な女性であっても、再び所帯を持つつもりは御座いませんが……」

 それを聞いて累は笑う。

「斎藤殿、それはご心配なく。お手合わせをお願いしたのは、私の武術家としての興味に依る所です。ただ私が勝った場合、ここで指南役として雇って頂けると助かるのですが……」

 斎藤は安心した面持ちでこう返す。

「それは願ってもない話だ。ここは天流剣術を掲げているが、もちろんその元になっているのは、拙者がそなたの父上と学んだ緒方流剣術だ。最近門下生も増えてきているのに、長男の恭一郎も不在で人手がほしかったところですからな」

「それは大変ありがたい。ただまずは斎藤殿に勝たなければなりませんね」

 累がそういったあと、二人は正座を崩し木刀を持つと互いに蹲踞そんきょしてから立ち上がった。


 昼間の道場破り、堀内の時と同じように二人は青眼に構えて向かい合う。そうしてしばらくはお互いに一歩も動こうとはしない。しかし昼間と違うのは両者ともに顔には汗一つかいていない所だろう。


 不意に累は、無造作に一歩進み出て間合いを詰めてみた。斎藤はそれに合わせて一歩下がった。すると累は更にもう一歩進み出る。斎藤はまた一歩下がったが、次の瞬間摺り足で今度は前に出た。木刀は小さな動きで累の右手首を狙ってきた。

 今度は累が一歩下がって振りかぶる。そうして斎藤の頭を狙って振り下ろす。その累の打ち込みを、斎藤が自分の木刀を寝かせて頭の上部で受ける。すると累はもう一度振りかぶって今度は斎藤の左胴を狙って振り下ろした。


 斎藤は今度は木刀で受けることなく、一歩下がってそれを躱した。空を切ったと思った累の木刀は途中でその動きを止めると、今度は斎藤の木刀を下から叩きあげた。斎藤の木刀は上にはじかれる。しかし斎藤はそれでも体勢を崩すことなく、後ろに下がりながら、上から木刀を振り下ろす。引き面だ。しかし累はそれを一歩下がって躱した。


 そうしてしばらくまた、お互いに構え直して相対する。両者はまたしばらくは動かない。静かなにらみ合いが続く。しかしその静けさを破る様に累の怒涛の打ち込みが始まった。静から動へと動きが変わる。その動きに合わせて長い黒髪が揺れる。しかし斎藤はこれを全ていなしながら、時折自分もまた返し技を放つ。そうして激しい打ち合いが続いたあと、また二人は構えなおした。道場の隅でこの戦いを見ていた新之助は、二人のあまりに激しい攻防に暫し息をするのを忘れてしまっていた。


「素晴らしい。まるで昔の中沢殿と手合わせをしているようだ。よくぞここまで精進なされたものだ。しかし手加減は無用に願いたい。中沢殿と同じくあれが使えるのであろう」

 斎藤のその言葉を聞いて累は頷くと、大きく息を吸ってからゆっくりと吐きだした。彼女の両の瞳は真紅へと変化していく。

「やはり同じですな」

 斎藤はにやりと笑うと、四方八方から累に打ち込んで行く。しかし今度は昼間の堀内に斎藤がしていたように、木刀も使わずに全てを累に避けられてしまった。そうして最後には累の放った左胴が斎藤を捉えた。斎藤は打たれた脇腹を抑えながらうずくまる。そうして

「お見事!!」

 と、叫んだ。


 手合わせが終わって、道場の正面に顔を向けて三人は正座をする。正面、相互の二礼を終えると、新之助が父親に問いかけた。

「父上、最後累殿の動きが変わったように見えましたが?」

「うむ。あれが累殿がお父上から受け継いだ合気の才だ。お前も多少は相手の気に合わせられるようになって来ただろう。しかし中沢殿のそれは常識を超えている。こちらの動きは全て予測されていると言ってもいいだろう。……予測とは違うな。知られているのだ」


「己が動く前に、それらが全て相手に知られているという事ですか?」

「まぁその様なものだな」

 斎藤は新之助にそう言うと、横にいる累の方を見てこう言った。

「久々に面白い立ち合いが出来ました。それでいつから当道場にいらして頂けるのでしょうか?」


「その前にひとつお聞きしてよろしいですか?」

「なんでもお聞きください」

「ご不在のご長男は新之助殿に面相がにていらっしゃるのでしょうか?」

「ああ、丈一郎ですか。それは兄弟なのでそうでしょうな」

「なるほど、それはお会いするのが楽しみですね。……しかし長男ですか……実に惜しい」


 新之助は不思議そうな顔で累を見ている。彼はまだ歳こそ元服にも届いていないが、その見た目は現代であれば間違いなくイケメンへの成長を期待させるものであった。

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