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第三十九話 写し身

 累が神社の裏境内に着いた時、そこには誰もいなかった。地面には十三郎のものだろう、地面に吸い込まれて液体の様は呈していないが、血痕が黒く残っている。あたりを見回すと粗末な小屋が一つある。累は小屋の前まで駆けて行くと今にも壊れそうなその扉を開けた。小屋に入ってすぐは土間になっているが、その先は板敷きの床となっていた。床にはござが敷かれいてその上には十三郎が横たわっていた。斬られたであろう傷口には細布が巻き付けられている。その枕元には若杉雨丸が目を閉じて正座をしていた。


「十…岸田殿は亡くなられたのか?」

 累は平坦な声で若杉にそう声を掛けた。

「左様です。実に惜しい方を無くしました。しかしその亡骸も決して無駄には致しません」

 

 累はしばしその場に立ち尽くす。頭の中には幼い頃より十三郎と過ごした日々の事が走馬灯のように思い出されていた。若杉は目を開き累の方を見た。


「岸田殿は拙者との真剣での勝負を望まれた。あれほどの剣技を持った方が相手だ、加減などできようはずもない。いや、場合によっては斬られていたのは拙者の方だったかもしれない」


 累は若杉の言葉をじっと聞いていた。

「……武士が真剣勝負を挑んで斬られて亡くなった。それはそれで仕方のない事であろう。で、あれば私とも勝負をして頂けるかな?」


「何のために? お主にはそこまでして法具を守る義理はないであろう? 岸田殿がお亡くなりになって心を痛めているのは拙者も同じなのだ。ここは大人しく引き下がっては頂けぬか?」

 確かに若杉の言う通りだと累は思った。自分にはそこまでして佐吉の法具を守る義理は無い。石田三成公が蘇って九州が独立国になろうが知った事ではない。十三郎の死も武士として勝負に臨んだ結果だ。累とて先日斬られる覚悟で塚原卜伝に挑んでいたではないか。しかし頭では理解できても感情は納得できない。


「ならば法具は返してもらおうか。友人から預かった大切な品だ。返すというなら黙ってこの場を立ち去ろう」

「なるほど、どうしてもやらなければいけないという事ですね……分かりましたお相手いたしましょう」

 そう言って累と若杉は小屋の外へと出た。向かい合ってお互いに礼をした後、互いに腰の刀を抜いて構える。累は中段に、若杉はトンボの構えをとる。


『この者も薩摩示現流か』と累は思った。であれば一撃必殺で強烈な初手が来るはずである。十三郎が斬られたのだからその腕は凄まじい物なのだろう。

「最初から全てを出してお相手しないといけない様ですね。我が名は古河藩剣術指南役、中沢直光が娘累! いざ尋常に勝負せよ」

 そう言って累は深く息を吸う。そうしてゆっくりと吐き出すとその瞳は真紅に染まった。


「拙者赤目の一族とは初めて手合わせをさせて頂きます。不謹慎ながら胸が躍りますね。公儀隠密鷹の組組長、若杉雨丸。私儀あってお相手いたす」

 と若杉が言った。きっとこの者は悪い物ではないのだろうと累は思った。しかし公儀隠密を名乗ったからには、累をこの場で確実に始末する自信があるという事だろう。それはどうにも気に食わない。そうして先ほどまでは十三郎の死を確認して激高していた心は、また違った意味で高鳴っているのを自覚した。


「チェストー!!」

 掛け声とともに若杉は一気に間合いを詰めて、刀を振り下ろして来た。それは凄まじい振りであった。刀で受ければきっと刀事真っ二つに斬られていた事だろう。しかしその動きは赤目になった累にははっきりと見えていた。後退するのではなく体を左へと素早く動かして躱した。しかし若杉の刀身は振り下ろすや否や半円を描いてまた斜め上から振り下ろされる。確かにその軌道は、横に動いた累を追いかけて来た。最初の一撃ほどの威力は無いが早い。避ける間もなく累は刀でそれを摺り上げた。そうして逆にそのまま振りかぶって若杉に打ち込んだ。若杉は凄まじい速度の足さばきで後ろに下がってこれを躱した。


『今の動きは新陰流か……』

薩摩示現流にも二の太刀三の太刀の型もある。しかし若杉の動きは累の知っているそれらの技とは違っていた。先日手合わせをした井原幹次郎の新陰流に近い物であった。そうして気になったのは足さばきだ。あれも先日累が見せた縮地の足運びと全く同じだった。


「驚かれているようですね。そう、拙者は一度見たものの動きは全て記憶して自分もそれと同じように動くことができるのです。あなたの動きも先日少しですが拝見させて頂きました。今のあなたでは私に勝つことはできないでしょう。もうこのように不毛な争いはやめにしませんか?」

「なるほど、どうやら先日はどこかで見ておられたようですね。しかし私がこの目になってからの動きは未知数のはず……」

 そう言って累は連続して斬りかかった。示現流とは違って一撃必殺ではない。威力よりも速度を重視して、より多くの手数を繰り出す。しかし若杉はそれらをことごとく躱していく。

「流石に凄まじい早さですね。しかし新陰流だけでも受け技は数百に及びます。更には他流派の技も合わせて、今の拙者はどのような攻撃も全て受ける事が出来ます」


「果たしてそうでしょうか?」

 そう言って累は口元に笑みを浮かべる。その時若杉の着物の左そでがはらりと地面に落ちた。累の刀が切り裂いたのだ。

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