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第三十六話 閑休

 午前中の稽古を終えて、累が十三郎と手合わせしたので少々遅くなったが、昼食は斎藤と新之助、累と十三郎の四人で座敷でそうめんを啜った。

「斎藤のあにぃ、それで丈一郎からは何の音沙汰もないのかい?」

 十三郎は兄弟子である斎藤にそう聞いた。当然嫡男である丈一郎と十三郎も知った仲である。


「うむ、その後何も音沙汰は無いな……まぁあの塚原卜伝殿の技を伝授してもらえるというんだからこの上なく光栄な話だ」

「斎藤のあにぃはその塚原卜伝由来の秘剣というのを見たんだよな?」

 そう、斎藤も新之助も丈一郎が稽古をつけてもらっているのが、塚原卜伝その人自身であることは知らない。そこは累が事前に十三郎にも伝えてある。

「確かに見た。……確かに見たのだがよく分からなかったのだよ。累殿には見えていたのだろうか?」

 そう言って斎藤は累の方を見る。

「見えていたと言えば見えていたんですが、見えなかったと言えば見えなかったのです。なんとも不思議な技でした」

「俺の技は食らってはみたものの見えていたって言ってたからな、その秘剣とか言う奴を俺も是非見てみてぇもんだな。丈一郎はいつ帰って来るのかな?」

「まぁ放っておいてもそのうち帰って来るでしょう。それと十にぃはまたどこかへ行ってしまうのですか?」

「長い放浪生活が染みついちまってな。どうも一つ所に長く留まるって言うのは苦手なんだよ」


「そうですか……どなたか次の満月がいつなのかお分かりになりますか?」

 他の三人に累は聞く。

「満月であれば明後日でございます」

 新之助がそう言った。それを聞いて累は十三郎にこう言った。

「十にぃ、丈一郎殿が戻られるのはそんなに先ではないと思いますよ。しかしこの短期間で本当にその秘剣をものにする事なんてできるんだろうか?」

「月がどう関係しているのかは知らねーが、待ってたら丈一郎だけでなくその塚原……何だっけ?」

「朴之新殿です」

 累はあわててそう答える。


「ああ、その朴之新殿ともお会いできるという事だよな? ちょっと俺も手合わせしてみてーんだよな……それまで待ってみるかな?」

「十三郎、それがいいだろう。どうだ、今日から緒方先生の所ではなくうちに泊まってみては? 色々と修行の土産話でも聞かせてくれ」

 斎藤がそう提案したので、その日から十三郎は斎藤の家で厄介になる事にした。家は道場とは別建物だが、同じ敷地にある。反魂の法の法具についても、累や佐吉の情報は出回っているようなので、十三郎の方で保管する事にした。箱の中身については斎藤には伏せてある。反魂の法の話が漏れてしまえば、塚原卜伝が本物であることもばれてしまうからだ。自分の息子が塚原卜伝に稽古をつけてもらっている等という事は、少し刺激が強すぎる話だろう。


 累は緒方邸に戻ったが、夜になって斎藤と十三郎はほぼ満月に近い月を眺めながら杯を酌み交わしていた。


「二人でこうしていると、中沢のあにぃを思い出すな」

「うむ。謎の多い男であったがいい奴であった」

「俺は旅の途中だったから葬儀どころか、亡くなられたのを知ったのも随分と経ってからだ。今度線香の一本でもあげにいかねーとな。あ、累が江戸に出てきているから留守なのかな?」

「いや、奥方の美晴殿がいらっしゃるだろう。しかしこのまま当主が不在のままでは、中沢家の屋敷を維持する事もままならぬだろうな。累殿は累殿でお家再興の為に必死なのだろう」

「しかしどうなんだ中沢のあにぃの遺言は……昼間に累と手合わせした限りじゃ、あれより腕の立つ侍なんぞ今の時代に滅多におらんだろう」

「形だけでもお前が婿に入って、家督を継いでやるわけにはいかんのか? 累殿はああは言っておったが、昔から慕われておっただろうが?」

「何言ってやがる、それは男と女の話じゃねーだろうがよ。大体美晴殿にどんな顔して会えばいいっていうんだよ」

「昔からお前は美晴殿にはぞっこんだったからな……」

 そこまで言って斎藤は考え込む。


「今まで考えた事も無かったが、お前が美晴殿をめとって中沢家に入ればいいのではないか?」

 十三郎は飲みかけの酒をブッと吹き出す。

「そんな話は聞いた事が無ーぞ!」

 夜空に浮かぶまだ完全に丸くなってはいない月は、尽きる事のない二人の会話をただただ黙って見ていた。

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