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第三十五話 手合わせ

 翌日、天流剣術道場に行く累に十三郎も同行した。借りていた木刀を返し、一本駄目にしたお詫びをする為である。道場では十三郎は隅の方に座って、自分の兄弟子である斎藤と累が稽古をつけている様子をずっと眺めていた。一通り午前中の稽古が終わって、門下生の姿がなくなったところで、道場主の斎藤が十三郎に声をかける。

「もういいぞ、累殿と手合わせをするのであろう? 拙者は先日こてんぱんにやられたが、お前ならそんな事も無かろう。本気を出す相手が居なくて累殿も退屈だろうからな」


「そ、そんな事はございません。ただ十にぃにも私の成長を見て頂きたいのです」

 累はそう取り繕った。

「良い良い、拙者も二人の手合わせを是非とも拝見したい」

 そういうと斎藤伝次郎は息子の新之助と共に道場の端に座した。十三郎は自分の使う木刀を選んでいる。壁にかかった一本を上下に何回か振ると、累に向かって

「どれ、どれくらい腕を上げたか見せてもらおうか」

 と言って道場の中央の方に移動して構えた。相対する形で累も木刀を持って中段に構える。十三郎の構えは下段と中段に間くらいの高さだった。


『昨日もこんな構えであったろうか?』

 累は昨日の十三郎の構えを思い出そうとしたが思い出せない。十三郎の剣先はゆらゆらと揺れている。

「まずは打ち込んできてみろ。本気で大丈夫だぞ」

 十三郎の言葉に累は自らの最高の速度を持って打ち込んでみた。しかし木刀は空を切る。避けられたという認識は無かった。すり抜けたという感じだった。そう言えば昨日の徳三郎とかいう侍の最初の一撃もそんな風に見えた。累は空を切った木刀で今度は下から上に斬り上げた。しかしその木刀も空を切った。

「なるほど、それで霧の十三郎か……」

「やめてくれよ。なんか一部の奴らが勝手に俺をそう呼んでるみたいだが、あんまり強そうな二つ名じゃねーだろう? 今度はこちらから行くぞ」


 いつのまにか、構えなおしていた十三郎の剣先が揺らめきながら動き出した。それは陽炎の様にゆらゆらと直線ではない軌道を辿る。しかし確かに全体としては一つの動きなのだ。

『これは避けきれない!』

 累は一瞬のうちにそう判断して、遥か後ろに下がる。

「うむ、累、見事な足さばきだ」

 二人の距離が開いたところで、累は深く息を吸った。その瞳がみるみる赤く染まって行く。

「赤目か、懐かしいなぁ。中沢のあにぃとやっているみたいだぜ。あの頃はてんで敵わなかったが今ならどうだろうな?」

 そう言い終えた十三郎に累は間髪入れずに前に出て切り込んだ。しかしその木刀は先ほどと同じように十三郎の体をすり抜ける。すり抜けつつ前に進み続けて、距離が開いたところで振り向いた。


「成る程、体は避けているのに気を残したままにしているので、打ち込んだ方はすり抜けたように感じられるのですね」

「ほう、やはり見抜くか。一体その赤い目にはどう映ってるんだ? 前に聞いた中沢のあにぃの話はどうにも理解できなかった」

「感覚的な話なので言葉では説明できませんが、あるべきものが見えていると言ったらいいんでしょうか……過去も未来も現在も、まやかしや幻も関係ない」

「うむ、相変わらずさっぱりわからん」

 そう言って十三郎はまた木刀の先端をゆらゆらと揺らし始めた。累は黙ってそれを見ている。


「こいつも剣筋は見えてるって事だな!」

 そう言いながら十三郎は左下から斜め上に斬り込んだ……ように見えたが気が付けば木刀は累を逆側から打っていた。ギリギリのところで累の木刀はそれを受けていたが、勢いを殺し切れずに木刀は累の左わき腹に食い込んでいた。たまらずに累は道場に片膝をついた。それを見た十三郎は自分の木刀を投げ捨てて累の方へと駆け寄った。

「大丈夫か累!! てっきり避けられるもんだと思って本気で打ち込んじまった」

「何とか勢いは殺したので大丈夫です。駄目ですね。私の筋力では真っ当に受けるべきではなかった。見えていれば受けられるという物でもない。真剣なら死んでいたでしょう。私の負けです」

「はっはっはっ、確かに今のが真剣勝負だったら致命傷を負ったかもしれねーが、そもそも真剣勝負ならまた違う受け方をしただろうよ」

「……」

 累は何も言わなかった。


「どうした、痛むのか?」

「十にぃは十三郎というくらいだから、嫡男ではないし根無し草だよな?」

 十三郎は累の発言に変な顔をしたが、すぐに気が付いて慌ててこう答えた。

「……おいおい、やめてくれよ。お前とは親子ほども年が離れているし。ほんのちっこい頃から知ってるんだぞ。そもそも中沢のあにぃの家督を継いで宮仕えなんて、俺には無理な話だぜ」


「……まぁ一応聞いたまでだ……」

 道場の隅の方では、笑いを堪え切れす斎藤が腹に手を当てていた。しかし累の方は打たれた場所とはまた違う所が、チクリと傷むのを感じていた。

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