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第三十一話 構想

 それから二日間は何事もなく平穏な日々だった。法具の入った箱は毎日累が肌身離さず、道場へ行くときも持参していた。隠密からは沖田以上の剣士が送り込まれてくることも期待していたのだがそれもなかった。綿二も佐吉の家とは違って、緒方の道場跡の屋敷に来ることは無かった。いかに綿二の特異体質であっても、緒方であればその存在を認識できるかもしれないなと累は思っていたが、実際それがどうなのかは確認する術もなかった。


 そう言えば修行に行くと言ったきり、丈一郎も卜伝からも何の音沙汰もなかった。佐吉の話の通りであれば、卜伝殿がこの世に留まっていられるのもあと数日のはずである。理屈は分からないが、沖田と手合わせした時はすこぶる調子が良かった。あの感じでもう一度卜伝と相対してみたいなと累は思っていた。


 いつも通り道場で稽古を終えて帰り支度をしていたところで、新之助が道場に駆け込んできた。

「中沢殿、至急中沢殿宛にとのことで文を預かりました」

 累は文を受け取り開いてその場で読んでみた。内容はこうだ。佐吉の身柄は預かった。大人しく法具を渡せば傷つけるつもりは無い。法具をもってこのあと指定の場所まで来い。

 よりにもよって、直接自分に挑んでくるのではなく佐吉を人質にとったということになる。隠密とは御公儀ではなかったのか? 御公儀でなくともそんな卑劣な真似をするとは武士の風上にも置けない。綿二はこの件にからんでいるのだろうか? だとすれば彼の事も許せない。口では町の平和の為みたいなことを言っていた癖に、やっている事はやくざ者と一緒ではないか。


 累は怒りに震える心を抑えながら手早く身支度を終えて道場をあとにした。指定の場所は道場からはほど近いが、人影もまばらな神社の裏境内だった。累が速足で到着すると既にそこには五人の男が待っていた。その姿からすると全員が侍の様だ。佐吉の姿は見当たらない。


「文の差出人はお主らか? 人質というやり方も卑劣であれば、複数人で待ち受けるというのもどうなのだ。これが公儀隠密のやり方なのか?」

 男達の中でも最年長に見える者が一歩類の方へ進み出ると口を開いた。

「生憎と我々は隠密ではござらん」

「ん? 隠密ではないのか? しかし御公儀ではないとしても、侍なら侍らしく一対一で勝負すべきであろう」

「いや、何も我々はここでお主の事をどうこうしようとは思っておらぬ。ただその法具をこちらに引き渡してほしいのだ。文にはああ書いたが佐吉殿も実際には攫ったりはしておらぬ。そうでも書かないとお主が来てはくれぬだろうと思ったからそう書いたまでだ」


「ほう、なるほど……思っていたほどには悪党というわけでも無さそうだな……」

 そう言いながら累は集まっている男たちの面相をじっくりと吟味する。今話していた男ともう一人は今一つだは、他になかなか悪くないものも一人いる。いや、悪くないどころかなかなかの美形かもしれない。年齢は二十代から三十代といったところだろうか。

「良くは分からぬが、お主たちはこの法具を使って何をしようというのだ」

 今度は最初に話しかけてきた男とは別の、累が美形だと感じた者が答えた。

「聞いた話ではお主は紅い目の一族らしいな」

「それがどうかなされたか?」

「紅い目の一族という事は、真田幸村殿と関係する家の出だという事だろう。そなたはこの徳川の世をどう思っているのだ」

「まぁ戦乱の世に比べれば、平和でいい時代ではないのかな」


 最初の男が前に進み出て言う。

「侍は戦う事こそが仕事だ。しかし争いごとも無くなった今、江戸はともかく地方では職にあぶれた侍が溢れているのだぞ。食う事がままならぬものもごまんといる」

 違う男も言う。

「実戦を戦う事も無くなって、その剣技も落ちていく一方だ。こんな事では侍というう存在自体が無くなってしまう」


「ではどうしろというのだ?」

 その累の問いには最初に話し始めた男が答える。

「現在豊臣軍であった大名たちは外様として、江戸から離れた地に追いやられている。そこで我々は西軍の石田三成公を反魂の法で蘇らせ、そのお力も借りてまずは九州全体を今の幕府から独立した存在にしようと考えている」


「また戦乱の世に戻そうというのか?」

 累は男にそう聞いた。

「そうではない。この日の本を二つに分けて、互いに睨み合う事で緊張感を持たせようというのだ。相手が居れば侍たちも己の切磋琢磨に励むであろう。国の防衛の担い手として、多くの者は職にもつけるだろう。国内の話だけではなく、大陸や半島から攻められても壁の役目を果たせる」


まつりごとには興味はね~が、そんな事は死んだ者の魂など頼らずに己の力でどうにかすべきだろう」

 どこからかそんな声が響いた。累と侍たちは声のした方を見る。そこには浪人の様に薄汚い格好をした髭面の一人の侍が立っていた。両の腕は袖を通さずに懐で腕組みをしている。腰に刺した刀も脇差も相当に使い込まれている。背中には何やら長物の包みを背負っている。


「何か面白そうな話をしてるんで聞かせてもらったが、その反魂の法とやらを使えば死者を蘇らせることができるってのは本当かい?」

 浪人風の侍はそう聞いてきた。

「何者かは知らぬが、お主には関係のない話であろう。黙ってこの場を立ち去るのが身のためだぞ」

 侍の一人が進み出てそう言った。


「おーおー怖いねー。大体にして大の男が五人も集まって、女一人を威圧するなんてのは見てらんねーな。お嬢ちゃん、俺が加勢してやろうか?」

 女子供扱いされて累はカチンときた。

「お気持ちだけ頂いておこう。しかしここに居るものを斬り捨てるなど私一人で十分だ。それよりも聞かれてしまったのなら反魂の法については口外無用に願おう」


「斬り捨てるだと! 人が下手に出ていれば舐めた口をきいてくれる」

 ひとりの若侍が累の方へと進み出た。

「試して見られるか?」

 累の挑発に若侍は腰の刀の束部分を握る。しかし彼が刀を抜く前に、一筋の光がその眼前を横切った。次の瞬間侍の髷は数本の髪の毛が舞う中、ぽとりと地面に落ちた。累は髷を切り落とした刀の刃先を、更に彼の右首元にピタリと止めて見せる。

「抜くというのであれば次は髷だけではすまんぞ」

 若侍はその言葉に腰を抜かして地面に座り込んだ。

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