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第二十六話 累対沖田幸四郎

 翌日の夕刻、天流剣術道場がいつも通りの稽古を終えて門下生もいなくなった頃に、昨日綿二が言っていた通り沖田幸四郎がやってきた。正々堂々と正門から入り、道場の表玄関に入ったところで声をあげた。

「頼もう!」

 応対に出たのは道場主の斎藤伝次郎だった。本当は今日にでも来そうだという事で、グズグズと稽古後にも道場に残っていた累が最初に出迎えたかったところだが、流石に雇われ師範代の立場では出過ぎた真似というものだろう。累はドキドキと胸を高鳴らせながら道場内で待っていた。もしかすると将来自分の婿になる男かも知れない。それは毎度のことなのだが、今回事前情報でかなりの男前であることは分かっている。但し男の言うところの美男子というのは信用はならないだろう。


 斎藤の後について沖田が道場に入ってきた。道場の入口で斎藤に続いて沖田も一礼する。頭を上げた時にその顔がはっきりと見えた。累は言葉が出なかった。いや心の中では呟いた『あり中のありだ!』。これはひょっとすると今までの人生で出会った男の中では一番の面相かもしれない。しかも幸四郎というのだから四男なのだろう。それでいて神道流の達人というのだから申し分ない。流石、公儀隠密というやつは懐が深いと感心した。


 累がぼーっと沖田の方を見ていると、斎藤が声を掛けてきた。

「道場破りかと思ったが、こちらの沖田殿は是非中沢殿とお手合わせを願いたいとのことだ。事情はおわかりいただいているとのことだそうだが、それでよろしかったのだろうか?」

「はい。お話は伺っております」

 累は沖田に向かって軽く一礼をした。沖田の方は累の事をじっと見つめている。

「初めまして、沖田幸四郎と申します。剣は神道流の方を嗜んでおります。あなたが中沢累殿ですね。本日はお手合わせの方よろしくお願いいたします。しかしこのような素敵なご婦人であるとは想像しておりませんでした」

「こ、こちらこそよろしくお願いいたします」


 累は動揺していた。面相に加えて礼儀も正しい。そうしてその声は高すぎず低すぎず、体の内にじんわりと浸透してくる。その上累を見て素敵なご婦人だとの感想だ。これはきっと趣味の悪い男でもないだろう。

 しかしこれから手合わせをしようというのに、この動揺は好ましい事ではない。必要以上に心拍数があがっている事が自覚できる。


 斎藤は累の動揺を感じ取ってははーんという顔をした。

「事情はよく分かりませんが、もしかしてこれはお手合わせという名のお見合いなんですかな?」

 そう言って高笑いをする。沖田はポカンとした顔をしている。


「斎藤殿! これは侍と侍の勝負、邪推はご遠慮いただきたい!!」

 累は怒ってはみたものの確かに図星であった。しかし大声をあげた事で普段の冷静さを取り戻した。

「それは申し訳なかった。では拙者は立会人をさせて頂きましょう。但し邪魔になるといけないので道場の端に座しておきます」

 そう言って斎藤は道場の端へ移動すると着座した。


「沖田殿、突然大きな声を出して申し訳ありませんでした。お手合わせは木刀で宜しいでしょうか?」

「もちろん木刀で構いません。あなたのような美しい女性に向かってどうして刃をむけられましょうか?」

 そう言って沖田はキラキラと光る眼で累の方を見る。その眩しさに累は目を背け、壁にかかっている木刀の所まで行くと一本選んで握った。


「沖田殿も馴染むものをひとつお選びください」

 道場の中央へと戻る累は沖田とすれ違う。沖田からは男とは思えぬ何とも知れぬいい匂いがした。沖田も木刀を選んだところで二人は道場の中央で向かい合って正座すると互いに礼をした。そうして蹲踞そんきょの後距離をとってお互いに構えた。

 最初は二人共に中段の構えであったが、沖田はゆっくりと振りかぶり木刀を自分の右肩に抱えるように構えなおした。


「ふむ。確かに神道流か……」

 斎藤はそれを見て呟いた。累と沖田の睨み合いが続く。累がじりじりと間合いを詰めれば沖田は少しだけ下がって間合いを空ける。逆に沖田が少し前に出れば累は後ろに下がる。間合いは体格の大きい沖田の方が長いはずだが、初手合わせなのでお互いの足さばきの具合は分からない。二人はとにかく慎重に間合いを探り合っている。


「なるほど、どこから打ち込んでも受けられてしまいそうですね」

 累はそう言って沖田の正面からは目線を外さすに大きく息を吸った。そうして今度はゆっくりと吐いていく。呼吸が隙に繋がらないように、それは物凄く遅い呼吸だった。最後に吐き終わったところで累の目は真紅へと変わっていく。

「なるほど話の通りの赤い目だ。しかしなんて深くて美しいのだろうか……」

 沖田はそう漏らした。累は目だけではなく耳も一緒に赤くなって行くのを感じていた。


 先に動いたのは沖田だった。元々振りかぶった構えであるので振り下ろす動作だけで木刀は累の肩を狙って振り下ろされる。それは物凄いスピードだった。離れていた斎藤もどこを狙っているのかが分からないほどだった。しかし累は構えを崩さずに一歩下がってそれを躱す。沖田の木刀は空を切るが、それは下まで振り下ろされずに、累の胸の前でピタリと止まった。すかさず累は沖田の喉元に向かって突きを放った。しかし今度は沖田がそれを首を横に振って躱した。そうして二者はお互いに後退してまた間合いを空けた。


 しかしそこで沖田は構えを崩してしまう。床に正座すると木刀を置いてしまった。

「どうされましたか? まだ一手交えただけではないですか」

 累も構えを解いて、沖田にそう聞いた。

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